黒竜、白竜
私たちが息をのんで見つめるなか、ドラゴンの卵はパキパキと音をたてながらヒビを増やしていく。どのヒビも、内側からできたもの。つまり中から何かが卵を破壊しているのだ。
中から卵を割ろうとする何か。
それは、内に育まれた命に他ならない。
「産まれる……!」
スバルがつぶやく。
その声は震えていた。
パキ、パキ、パキ、と何度も卵にヒビをいれて。
ようやく、何かが卵の中から顔をのぞかせた。
「ふあああああ……やっと出られたー!」
まず最初に出て来たのは、元気のよさそうな子ドラゴンだった。大きさは大型犬くらい。スバルと同じ、ふわふわ真っ白な毛並みに金の瞳で、額にはちょこんと小さな赤いツノが生えている。
「ちょっと、早くどいて。出られない」
ぐいぐい、と、下から出てきた黒い前脚が赤ツノ子ドラゴンを押し上げた。
「わかってるってばー!」
赤ツノ子ドラゴンが卵の殻から体を出すと、その下からもう一頭子ドラゴンが姿を現した。こっちは真っ黒な毛並みに金の瞳、額に生えた小さなツノは青だ。
色は全く違うけど、体格や顔つきはそっくり同じ。似ているのか似ていないのか、不思議なコンビだ。
「おお、おお。お前たち、ふたりとも無事で……!」
スバルは大きな腕を広げると、子ドラゴンたちをぎゅっと抱きしめた。子ドラゴンたちも、嬉しそうに母親の胸に顔をうずめる。
「やっと母様にぎゅーできた!」
「かあさん、あったかい……」
「愛い子供たち、そなたらに最初の贈り物をあげよう」
スバルはよしよし、と子ドラゴンをなでる。
「ずっと……三十年の長きの間、そなたらに与える日を夢見てきたのじゃ。……純白の毛並みと緋色のツノを持つ乙女、そなたの名前はナンテン」
「ナンテン!」
元気な女の子ドラゴンは目を輝かせた。
「漆黒の毛並みと藍のツノを持つ男子、そなたの名前はホクシン」
「……ホクシン」
落ち着いた男の子ドラゴンは、噛みしめるようにして自分の名前をささやいた。
「いずれも、空を統べる者の意味を持つ名じゃ。きっとよい運命がお前たちを待っておるだろう。……行く末を見届けられぬのが、残念じゃ」
「母様?!」
ゆら、とスバルの輪郭がほどけた。
ついさっきまでしっかりと子供を抱いていたはずの前脚が、陽炎のようにゆらめいて見える。
「スバル!」
見ていた私も、思わず声をあげてしまった。マナで作られたドラゴンの姿がゆらぐ時。
それが何を意味するのか、私は文献を読んで知っている。
「寿命が……尽きるんですか?」
やっと子供を両手に抱けたのに。何もこんなタイミングで、生の終わりが来なくてもいいじゃないか。
スバルは金の瞳を細める。
「……よい。元々この子らを今生に送り出すために、命の終わりを引き延ばしておったのじゃ。命運尽きるのは、むしろ必然じゃろうて」
スバルは、子供たちをもう一度抱きしめた。
「ホクシン、ナンテン。母は寄り添えぬ。じゃが……生き抜いておくれ」
「わかった!」
「……大丈夫、生きるよ」
スバルの姿が更にゆらいだ。
幻のように存在感が希薄で、ついさっき、力強く私たちを守ってくれたドラゴンと同じとは思えないほどだ。
歳を経て、命運そのものが終わりを迎えたドラゴンは、体にマナをとどめることが出来ない。
ただ拡散するマナとともに、全てが散り散りになっていく。
「エリス、ジオ。そなたらに感謝を。心穏やかに終わりを迎えられるのは、ふたりのおかげじゃ。礼をせねばな」
見上げる私の前に、何かが落ちてきた。慌ててキャッチすると、虹色に光る板のようなものが手のひらにおさまっている。板からは、持っているのが恐ろしくなるレベルの高濃度な魔力が感じられた。
「これって……」
「妾の逆鱗じゃ。魔法使いにはこの上ない魔道具となろう」
逆鱗とは、ドラゴンの急所のひとつだ。無数のウロコの中で、喉元に生えたこの鱗だけが逆さに生えていて、体内マナをコントロールしている。
こんなに大事なものをもらっていいんだろうか。
「ジオにはこちらを」
ジオの前には、二振りの剣が現れた。片手で一振りづつ、二刀流で扱うものなのだろう、どちらも刀身が短く小ぶりだ。剣の先から柄まで真っ黒な剣には継ぎ目がなく、金属特有の光沢がない。明らかに普通の剣ではなかった。
「妾のツノを剣とした。戦いに身を置くそなたの守り刀となろう」
「……ありがとうございます」
スバルはゆっくりと私たちを見る。
「エリス、ジオ。……そして、ナンテン、ホクシン。幸せにな」
優しい笑顔だけを残して、スバルは消えていった。
「スバル、ありがとう……」
私は空に向かって言葉を贈った。
中から卵を割ろうとする何か。
それは、内に育まれた命に他ならない。
「産まれる……!」
スバルがつぶやく。
その声は震えていた。
パキ、パキ、パキ、と何度も卵にヒビをいれて。
ようやく、何かが卵の中から顔をのぞかせた。
「ふあああああ……やっと出られたー!」
まず最初に出て来たのは、元気のよさそうな子ドラゴンだった。大きさは大型犬くらい。スバルと同じ、ふわふわ真っ白な毛並みに金の瞳で、額にはちょこんと小さな赤いツノが生えている。
「ちょっと、早くどいて。出られない」
ぐいぐい、と、下から出てきた黒い前脚が赤ツノ子ドラゴンを押し上げた。
「わかってるってばー!」
赤ツノ子ドラゴンが卵の殻から体を出すと、その下からもう一頭子ドラゴンが姿を現した。こっちは真っ黒な毛並みに金の瞳、額に生えた小さなツノは青だ。
色は全く違うけど、体格や顔つきはそっくり同じ。似ているのか似ていないのか、不思議なコンビだ。
「おお、おお。お前たち、ふたりとも無事で……!」
スバルは大きな腕を広げると、子ドラゴンたちをぎゅっと抱きしめた。子ドラゴンたちも、嬉しそうに母親の胸に顔をうずめる。
「やっと母様にぎゅーできた!」
「かあさん、あったかい……」
「愛い子供たち、そなたらに最初の贈り物をあげよう」
スバルはよしよし、と子ドラゴンをなでる。
「ずっと……三十年の長きの間、そなたらに与える日を夢見てきたのじゃ。……純白の毛並みと緋色のツノを持つ乙女、そなたの名前はナンテン」
「ナンテン!」
元気な女の子ドラゴンは目を輝かせた。
「漆黒の毛並みと藍のツノを持つ男子、そなたの名前はホクシン」
「……ホクシン」
落ち着いた男の子ドラゴンは、噛みしめるようにして自分の名前をささやいた。
「いずれも、空を統べる者の意味を持つ名じゃ。きっとよい運命がお前たちを待っておるだろう。……行く末を見届けられぬのが、残念じゃ」
「母様?!」
ゆら、とスバルの輪郭がほどけた。
ついさっきまでしっかりと子供を抱いていたはずの前脚が、陽炎のようにゆらめいて見える。
「スバル!」
見ていた私も、思わず声をあげてしまった。マナで作られたドラゴンの姿がゆらぐ時。
それが何を意味するのか、私は文献を読んで知っている。
「寿命が……尽きるんですか?」
やっと子供を両手に抱けたのに。何もこんなタイミングで、生の終わりが来なくてもいいじゃないか。
スバルは金の瞳を細める。
「……よい。元々この子らを今生に送り出すために、命の終わりを引き延ばしておったのじゃ。命運尽きるのは、むしろ必然じゃろうて」
スバルは、子供たちをもう一度抱きしめた。
「ホクシン、ナンテン。母は寄り添えぬ。じゃが……生き抜いておくれ」
「わかった!」
「……大丈夫、生きるよ」
スバルの姿が更にゆらいだ。
幻のように存在感が希薄で、ついさっき、力強く私たちを守ってくれたドラゴンと同じとは思えないほどだ。
歳を経て、命運そのものが終わりを迎えたドラゴンは、体にマナをとどめることが出来ない。
ただ拡散するマナとともに、全てが散り散りになっていく。
「エリス、ジオ。そなたらに感謝を。心穏やかに終わりを迎えられるのは、ふたりのおかげじゃ。礼をせねばな」
見上げる私の前に、何かが落ちてきた。慌ててキャッチすると、虹色に光る板のようなものが手のひらにおさまっている。板からは、持っているのが恐ろしくなるレベルの高濃度な魔力が感じられた。
「これって……」
「妾の逆鱗じゃ。魔法使いにはこの上ない魔道具となろう」
逆鱗とは、ドラゴンの急所のひとつだ。無数のウロコの中で、喉元に生えたこの鱗だけが逆さに生えていて、体内マナをコントロールしている。
こんなに大事なものをもらっていいんだろうか。
「ジオにはこちらを」
ジオの前には、二振りの剣が現れた。片手で一振りづつ、二刀流で扱うものなのだろう、どちらも刀身が短く小ぶりだ。剣の先から柄まで真っ黒な剣には継ぎ目がなく、金属特有の光沢がない。明らかに普通の剣ではなかった。
「妾のツノを剣とした。戦いに身を置くそなたの守り刀となろう」
「……ありがとうございます」
スバルはゆっくりと私たちを見る。
「エリス、ジオ。……そして、ナンテン、ホクシン。幸せにな」
優しい笑顔だけを残して、スバルは消えていった。
「スバル、ありがとう……」
私は空に向かって言葉を贈った。