竜の末裔(ジオ視点)
老ドラゴン、スバルの許可を得たあとのエリスの行動は早かった。
マナが最も集まるポイントを特定し、せっせとその周りに術式らしい記号や図形を描いていく。何か特別な道具を使っているのか、ただ地面にミゾを掘っているだけなのに、その軌跡はきらきらと輝いて見えた。
「手際のよいことじゃ……エリスは本当に優秀な魔女のようだの。我が同朋よ」
「俺の名前はジオです。その……あなたは何故俺を同朋と呼ぶのですか」
「同朋は同朋であろう。末裔のほうがよいか?」
「そこがわからないんです」
俺は老ドラゴンに呼びかけられてから、ずっと抱いていた疑問を口にした。
「俺の左目は確かに変ですが、ただの人間です。ドラゴンのあなたにそう呼ばれる理由に心当たりがない」
「理由も何も、お主は妾の三番目の子の末裔じゃろう」
「さんっ……? え?」
いきなり血縁宣言をされて、思考が停止しそうになった。
俺が、ドラゴンの末裔? このドラゴンが血縁?
「人間とドラゴンの間で子供ってできるんですか」
俺とスバルは体格がまるで違う。両者で子作りなど想像がつかないんだが。
「三番目の子、ケイゴクは人間がお気に入りでのう。己の体を作り変えて人と番い、妻との間に子を成しておった」
「その子供が……俺ですか?」
「直接の子ではない。ケイゴクが人と暮らしておったのはずいぶん前のことじゃ。人が世代を交代する間隔から考えると……五世代ほど間に挟まっておるのではないかな」
だから、スバルは俺のことを『末裔』と呼んだのか。
「親から何も聞いておらぬのか?」
「いいえ、全く……。物心ついた時には孤児院で暮らしていたので。親に関することは何ひとつ知らないんです」
「子を育てる間もなく命尽きてしまったのか。ならば知らぬは道理よ」
「親が死んだから孤児院に預けられた、とは限りませんよ」
死別以外にも、子どもが親と離れる理由はいくつもある。
病気、貧困、望まない妊娠。
それから。
「親が子を愛せなかった可能性も……」
なにしろ、この瞳だ。
ドラゴンと交わったのは何世代も前だ。知らなければ、ただの不気味な目である。実際、俺は孤児院にいる間は誰とも馴染めなかった。
「それはない」
老ドラゴンはきっぱりと否定した。
「ドラゴンは情に厚い。己の血に連なる者を決して見捨てぬ。父か母か……そこまではわからぬが、妾の血をひいたほうの親は、決してお主を見捨てぬよ。幼いそなたの側におらなかったのなら、それはやむにやまれぬ事情ゆえ。……許しておやり」
「……」
スバルは両親のことを血筋以外何もしらない。
聞いた風なことを、と否定することもできたが、できなかった。
彼女は事実、産まれる可能性の低い卵のために身を削っている。そんな彼女の血をひく者が薄情とは思えなかった。
「その瞳は、呪いではない。強く生きねばならぬお主に与えられた祝福じゃ。大事にするのじゃな」
老ドラゴンは、俺と全く同じ色の瞳を細める。
「……目を大事にしろ、と言われたのはこれで二度目です」
「言ったのは魔女エリスかの?」
「はい。目の力を説明したら、警戒するでも利用するでもなく、ただ大事にしろと心配されてしまいました」
「根が善良なのじゃろうな。……雇い主と言っておったが、番ではないのかえ?」
俺は肩をすくめた。
彼女が俺の伴侶。それこそあり得ない。
「今の彼女に、恋愛は無理ですよ。粉々に潰されたプライドを、必死に積み上げ直しているところなんですから」
自分のことで手一杯で、他に目を向けている余裕なんてない。
女受けするこの見た目のおかげで、意識はされているが、それだけだ。好みのデザインの道具に出会えて喜んでいるだけだろう。
彼女が本当の意味で誰か一人を想うとしたら、この旅の目的を成し遂げて己を取り戻してからだろう。
その時に自分を選んでほしいと思う気持ちはあるが、今は無理だ。
「セクハラでパーティーを出た女性を、パーティーメンバーが口説くのはダメだろ……」
パーティー崩壊の危機再びである。
この旅が続けられなくなったら、終わりだ。エリスはもう二度と立ち上がることはできないだろう。
だから、どんなに美しいと思っても触れてはいけないのだ。
この気持ちには蓋をしておかなければ。
ほかでもない、エリスのために。
マナが最も集まるポイントを特定し、せっせとその周りに術式らしい記号や図形を描いていく。何か特別な道具を使っているのか、ただ地面にミゾを掘っているだけなのに、その軌跡はきらきらと輝いて見えた。
「手際のよいことじゃ……エリスは本当に優秀な魔女のようだの。我が同朋よ」
「俺の名前はジオです。その……あなたは何故俺を同朋と呼ぶのですか」
「同朋は同朋であろう。末裔のほうがよいか?」
「そこがわからないんです」
俺は老ドラゴンに呼びかけられてから、ずっと抱いていた疑問を口にした。
「俺の左目は確かに変ですが、ただの人間です。ドラゴンのあなたにそう呼ばれる理由に心当たりがない」
「理由も何も、お主は妾の三番目の子の末裔じゃろう」
「さんっ……? え?」
いきなり血縁宣言をされて、思考が停止しそうになった。
俺が、ドラゴンの末裔? このドラゴンが血縁?
「人間とドラゴンの間で子供ってできるんですか」
俺とスバルは体格がまるで違う。両者で子作りなど想像がつかないんだが。
「三番目の子、ケイゴクは人間がお気に入りでのう。己の体を作り変えて人と番い、妻との間に子を成しておった」
「その子供が……俺ですか?」
「直接の子ではない。ケイゴクが人と暮らしておったのはずいぶん前のことじゃ。人が世代を交代する間隔から考えると……五世代ほど間に挟まっておるのではないかな」
だから、スバルは俺のことを『末裔』と呼んだのか。
「親から何も聞いておらぬのか?」
「いいえ、全く……。物心ついた時には孤児院で暮らしていたので。親に関することは何ひとつ知らないんです」
「子を育てる間もなく命尽きてしまったのか。ならば知らぬは道理よ」
「親が死んだから孤児院に預けられた、とは限りませんよ」
死別以外にも、子どもが親と離れる理由はいくつもある。
病気、貧困、望まない妊娠。
それから。
「親が子を愛せなかった可能性も……」
なにしろ、この瞳だ。
ドラゴンと交わったのは何世代も前だ。知らなければ、ただの不気味な目である。実際、俺は孤児院にいる間は誰とも馴染めなかった。
「それはない」
老ドラゴンはきっぱりと否定した。
「ドラゴンは情に厚い。己の血に連なる者を決して見捨てぬ。父か母か……そこまではわからぬが、妾の血をひいたほうの親は、決してお主を見捨てぬよ。幼いそなたの側におらなかったのなら、それはやむにやまれぬ事情ゆえ。……許しておやり」
「……」
スバルは両親のことを血筋以外何もしらない。
聞いた風なことを、と否定することもできたが、できなかった。
彼女は事実、産まれる可能性の低い卵のために身を削っている。そんな彼女の血をひく者が薄情とは思えなかった。
「その瞳は、呪いではない。強く生きねばならぬお主に与えられた祝福じゃ。大事にするのじゃな」
老ドラゴンは、俺と全く同じ色の瞳を細める。
「……目を大事にしろ、と言われたのはこれで二度目です」
「言ったのは魔女エリスかの?」
「はい。目の力を説明したら、警戒するでも利用するでもなく、ただ大事にしろと心配されてしまいました」
「根が善良なのじゃろうな。……雇い主と言っておったが、番ではないのかえ?」
俺は肩をすくめた。
彼女が俺の伴侶。それこそあり得ない。
「今の彼女に、恋愛は無理ですよ。粉々に潰されたプライドを、必死に積み上げ直しているところなんですから」
自分のことで手一杯で、他に目を向けている余裕なんてない。
女受けするこの見た目のおかげで、意識はされているが、それだけだ。好みのデザインの道具に出会えて喜んでいるだけだろう。
彼女が本当の意味で誰か一人を想うとしたら、この旅の目的を成し遂げて己を取り戻してからだろう。
その時に自分を選んでほしいと思う気持ちはあるが、今は無理だ。
「セクハラでパーティーを出た女性を、パーティーメンバーが口説くのはダメだろ……」
パーティー崩壊の危機再びである。
この旅が続けられなくなったら、終わりだ。エリスはもう二度と立ち上がることはできないだろう。
だから、どんなに美しいと思っても触れてはいけないのだ。
この気持ちには蓋をしておかなければ。
ほかでもない、エリスのために。