双子
「突然の呼びかけで、驚かせてしまったのう。妾は、この場所から動けぬゆえ、このような手段で失礼した」
「事情があるのなら仕方ありません」
私たちはすぐそばまで移動すると、静かに座る老ドラゴンを見上げた。ジオとよく似た金の瞳は理知的な光を宿していて、口調も落ち着いている。会話に問題はなさそうだ。
「俺は、ジオ・アークフィールドといいます。こちらは俺の雇い主の魔女エリス。俺たちは彼女の目的のために、ここを訪れました」
「ふむ、左様か」
ドラゴンは興味深そうに私を見た。
人間をはるかに超越した存在からの視線に、思わず姿勢を正してしまう。
「妾の名は、スバル。この地にはもうかれこれ三十年ほどおるかの」
思った以上に座り込み期間は長かった。たぶん、この調子では何年待っても彼女はこの場所から動かないだろう。
「理由をお伺いしてもよいですか?」
「……子のためじゃ」
そう言って老ドラゴン、スバルは姿勢を変えた。前脚の間から、大きな樽くらいのサイズの卵が顔をのぞかせる。
「ドラゴンの卵……? でも、ドラゴンの孵化にかかる期間はだいたい一年ほどで、何年もかかるなんてことは……」
「無論、ワケあってのことじゃ。マナの扱いに長けた魔女なら、この卵がどんなものかわかるかの」
そう言われて、私は卵に意識を集中した。
卵に宿る命のかたちを確認して、その数がおかしいことに気づく。
「……この卵、命がふたつ……あるような?」
「左様。この卵は双子なのじゃ」
「あり得ない!」
「……双子の何がおかしいんですか?」
ひとりだけ事情がわからず、ジオが首をかしげる。
「多胎児は、犬や猫のように授乳する生き物にしか生まれないの。鳥やドラゴンのように、卵で生まれる生き物にはあり得ないのよ」
「どうしてです? 卵に黄身がふたつ入ってた、なんて話はよく聞きますが」
「それは成長前の卵の話でしょ。実際に二羽出て来たった話はないはず」
「言われてみれば……確かに」
「いくつ命が入っていても、卵の大きさは変わらない。ひとつの卵には、ひとりぶんの栄養しか入ってないの。そこに命がふたつ宿ったとしても、お互いに栄養を奪い合って、結局成長しきれないまま死んでしまうわ」
スバルの抱いている卵も同じ状態のはずだ。
むしろ栄養が足りないなか、三十年も卵が生きていることが驚きだ。
「魔女殿の言う通り、この卵は本来孵化できぬものじゃ。妾自身今まで産んできた二十と四つの卵うちには、同じ理由で諦めてしまったものもある。しかし……最期の卵だけは、どうにも諦めきれなくてのう」
「最期? どこかお加減が悪いんですか?」
尋ねると、スバルは目を細める。どうも、笑っているらしかった。
「寿命じゃ。この卵を孵した後、妾は天に昇ることになっておる」
スバルはいとおしそうに卵をなでた。
「妾たちは幸い、鳥ではなくドラゴンじゃ。体の大半はマナでできておる。卵の中の栄養が少々足りなくとも、外からマナを与えてやれば孵してやれると思ってのう」
「それで、マナが集まるここで、卵を温めてたんですね」
こく、とスバルが頷く。三十年がかりの抱卵と聞いて、一瞬スバルの正気を疑いかけたけど、彼女は冷静だった。レイラインの中継ポイントで、あふれ出るマナを利用すれば孵化できる可能性はある。
ただし、それはレイラインが正常に機能していればの話だ。
「この子らの体はほぼできあがっておる。あと少し、マナを与えてやれば出てこれるじゃろう。しかし……ここ数年で急にレイラインを流れるマナが減ってのう」
「西にある巨大ダンジョン『コキュートス』のせいですね」
「なに」
私が指摘すると、スバルは目を見開いた。
「迷宮がレイラインに干渉して、この大陸中のマナを吸い上げているんです。私は、その流れを変えるためにここへ来ました」
「マナが一か所に集まっているのは感じておったが、そんなことになっておったのか……。直々に出向いて破壊してやりたいところじゃが、この子らを抱えていては、そうもいかぬ。はがゆいことよ」
「迷宮破壊は、私たちに任せてください。そのかわり、私にここのマナの流れを変える許可を。『コキュートス』へのマナ供給を止めます」
「……できるのか?」
スバルは疑う、というよりは不思議そうに私を見た。
人間が大きなマナの流れを変えるなんて信じられないんだろう。でも、やらなくちゃいけないことだ。
『お前の術が確実に使えるって、保証できるのか?』
誰かの罵倒が頭をよぎる。
今回使う術式は、私にとっても人類にとっても初めての試みだ。
ある程度テストはしてあるけど、本番でうまく機能するかどうかはわからない。
でも、だからって立ち止まっていられない。
ちらりと横を見ると、ジオが微笑みながら立っていた。
呪いの言葉は忘れよう。
思い出すべきは、彼の言葉だ。
「おまかせください。私は、誇り高き魔女エリス。必ず、この地と……あなたの卵を救って見せましょう」
スバルがゆっくりと立ち上がった。私が魔法を行使しやすいように場所をあけてくれる。
こんな所で会ったのも、何かの縁だ。
できることがあるのなら、なんだってやってみよう。
「事情があるのなら仕方ありません」
私たちはすぐそばまで移動すると、静かに座る老ドラゴンを見上げた。ジオとよく似た金の瞳は理知的な光を宿していて、口調も落ち着いている。会話に問題はなさそうだ。
「俺は、ジオ・アークフィールドといいます。こちらは俺の雇い主の魔女エリス。俺たちは彼女の目的のために、ここを訪れました」
「ふむ、左様か」
ドラゴンは興味深そうに私を見た。
人間をはるかに超越した存在からの視線に、思わず姿勢を正してしまう。
「妾の名は、スバル。この地にはもうかれこれ三十年ほどおるかの」
思った以上に座り込み期間は長かった。たぶん、この調子では何年待っても彼女はこの場所から動かないだろう。
「理由をお伺いしてもよいですか?」
「……子のためじゃ」
そう言って老ドラゴン、スバルは姿勢を変えた。前脚の間から、大きな樽くらいのサイズの卵が顔をのぞかせる。
「ドラゴンの卵……? でも、ドラゴンの孵化にかかる期間はだいたい一年ほどで、何年もかかるなんてことは……」
「無論、ワケあってのことじゃ。マナの扱いに長けた魔女なら、この卵がどんなものかわかるかの」
そう言われて、私は卵に意識を集中した。
卵に宿る命のかたちを確認して、その数がおかしいことに気づく。
「……この卵、命がふたつ……あるような?」
「左様。この卵は双子なのじゃ」
「あり得ない!」
「……双子の何がおかしいんですか?」
ひとりだけ事情がわからず、ジオが首をかしげる。
「多胎児は、犬や猫のように授乳する生き物にしか生まれないの。鳥やドラゴンのように、卵で生まれる生き物にはあり得ないのよ」
「どうしてです? 卵に黄身がふたつ入ってた、なんて話はよく聞きますが」
「それは成長前の卵の話でしょ。実際に二羽出て来たった話はないはず」
「言われてみれば……確かに」
「いくつ命が入っていても、卵の大きさは変わらない。ひとつの卵には、ひとりぶんの栄養しか入ってないの。そこに命がふたつ宿ったとしても、お互いに栄養を奪い合って、結局成長しきれないまま死んでしまうわ」
スバルの抱いている卵も同じ状態のはずだ。
むしろ栄養が足りないなか、三十年も卵が生きていることが驚きだ。
「魔女殿の言う通り、この卵は本来孵化できぬものじゃ。妾自身今まで産んできた二十と四つの卵うちには、同じ理由で諦めてしまったものもある。しかし……最期の卵だけは、どうにも諦めきれなくてのう」
「最期? どこかお加減が悪いんですか?」
尋ねると、スバルは目を細める。どうも、笑っているらしかった。
「寿命じゃ。この卵を孵した後、妾は天に昇ることになっておる」
スバルはいとおしそうに卵をなでた。
「妾たちは幸い、鳥ではなくドラゴンじゃ。体の大半はマナでできておる。卵の中の栄養が少々足りなくとも、外からマナを与えてやれば孵してやれると思ってのう」
「それで、マナが集まるここで、卵を温めてたんですね」
こく、とスバルが頷く。三十年がかりの抱卵と聞いて、一瞬スバルの正気を疑いかけたけど、彼女は冷静だった。レイラインの中継ポイントで、あふれ出るマナを利用すれば孵化できる可能性はある。
ただし、それはレイラインが正常に機能していればの話だ。
「この子らの体はほぼできあがっておる。あと少し、マナを与えてやれば出てこれるじゃろう。しかし……ここ数年で急にレイラインを流れるマナが減ってのう」
「西にある巨大ダンジョン『コキュートス』のせいですね」
「なに」
私が指摘すると、スバルは目を見開いた。
「迷宮がレイラインに干渉して、この大陸中のマナを吸い上げているんです。私は、その流れを変えるためにここへ来ました」
「マナが一か所に集まっているのは感じておったが、そんなことになっておったのか……。直々に出向いて破壊してやりたいところじゃが、この子らを抱えていては、そうもいかぬ。はがゆいことよ」
「迷宮破壊は、私たちに任せてください。そのかわり、私にここのマナの流れを変える許可を。『コキュートス』へのマナ供給を止めます」
「……できるのか?」
スバルは疑う、というよりは不思議そうに私を見た。
人間が大きなマナの流れを変えるなんて信じられないんだろう。でも、やらなくちゃいけないことだ。
『お前の術が確実に使えるって、保証できるのか?』
誰かの罵倒が頭をよぎる。
今回使う術式は、私にとっても人類にとっても初めての試みだ。
ある程度テストはしてあるけど、本番でうまく機能するかどうかはわからない。
でも、だからって立ち止まっていられない。
ちらりと横を見ると、ジオが微笑みながら立っていた。
呪いの言葉は忘れよう。
思い出すべきは、彼の言葉だ。
「おまかせください。私は、誇り高き魔女エリス。必ず、この地と……あなたの卵を救って見せましょう」
スバルがゆっくりと立ち上がった。私が魔法を行使しやすいように場所をあけてくれる。
こんな所で会ったのも、何かの縁だ。
できることがあるのなら、なんだってやってみよう。