古竜
「妙なものが見える、とは言ってたけどまさかドラゴンとはね……」
翌朝、野営地を出た私たちは、目標地点のすぐそばにまで移動していた。木々の間から、慎重にその先をうかがう。
私たちが目指すレイラインの中継ポイントには先客がいた。
白銀の毛並みを持つ巨大なドラゴンである。基本的に体を覆うのはふかふかの羽毛だけど、額のツノと翼の周りだけ虹色に輝くウロコが生えている。
「あれをどかせるのは、難しそうですね」
中継ポイントの真上に座るドラゴンは、その状態でも高さが三メートルほど。立ってしっぽまで伸ばせば体長はゆうに十メートルをこえるだろう。
「サイズが大きすぎて、人間程度じゃ物理的に太刀打ちできないわよ。それに、あのツノを見て」
「ツノ……ですか?」
「そう。額に生えてる二本のツノが、どっちもゴツゴツして節くれだってるでしょ? あれは歳を経たドラゴンの印なの。あそこまで立派なツノは文献でも見たことがないわ。相当な老ドラゴンよ」
ドラゴンは人間とは比べ物にならないほどの長い年月を生きる。そして、年齢を重ねるごとに知識を蓄え、老獪になる性質があった。当然マナの扱いにも長けている。
物理がきかないから、と魔法や呪術を仕掛けても返り討ちになるだろう。
「物理もダメ、魔法もダメ、となると困りましたね」
「一旦、このポイントを後回しにして、ドラゴンが移動するのを待つのも手だけど……時間が経てばどいてくれるとは限らないのよね」
寿命の長いドラゴンは、人間と時間の感覚が違う。同じ場所で十年座り込んでいてもおかしくない。
「だとしたら、やはりドラゴンをどかせる必要があるのですが……ん?!」
考え込んでいたジオが、びくっと体を硬直させた。ドラゴンを見つめながら、ガタガタと震え始める。
「ど、どうしたの!」
「わ……わかりません! 突然頭に声が! エリス、どうしたら……!」
見上げると、ドラゴンに釘付けになったままの金の瞳が輝いていた。陽の光を反射しているんじゃない。瞳自体が発光している。
異常事態が起きている。それだけは間違いなかった。
私は震えるジオの手を握る。
まずはとにかく彼を落ち着かせないと。
「大丈夫、私がここにいるわ。声はなんといってるの?」
「ドウホウ……? チに連なる……? よくわかりません」
「同朋? 仲間だと思ってるのかも。相手に問い返すことはできる? とにかく何者なのか特定しないと」
「や、やってみます……!」
ぎゅう、とジオが私の手を握り返す。彼は血の気が引いて真っ青だ。
なんとか対話を進めてるみたいだけど、だんだんと顔が困惑に歪んでいく。
「え……そう、なんですか? ……?」
「ジオ?」
「ええと、今語りかけてきているのは、あそこに座っているドラゴンのようです。俺のことを、同朋だとか、血に連なる者と呼んでます……」
「あなたがドラゴンの同朋?」
「……その目が、証だとか」
ジオの左目は、相変わらず金の光を放っている。ドラゴンとの対話の影響なのだろうか。
「やっぱり金の瞳はドラゴン由来だったのね」
「そのようです……ね」
「会話が成り立つようなら、近くで直接話せないか提案してみて。ジオの頭の中だけで会話されたら、私が助けてあげられないもの」
「やってみます……」
ドラゴンを見つめたまま、ジオがまた沈黙する。
しばらくして、ふっとジオの瞳から光が消えた。
「会話……終わりました。側にいって、大丈夫だそうです」
「わかったわ。行きましょう」
私たちは、おそるおそるドラゴンに近づいていった。
翌朝、野営地を出た私たちは、目標地点のすぐそばにまで移動していた。木々の間から、慎重にその先をうかがう。
私たちが目指すレイラインの中継ポイントには先客がいた。
白銀の毛並みを持つ巨大なドラゴンである。基本的に体を覆うのはふかふかの羽毛だけど、額のツノと翼の周りだけ虹色に輝くウロコが生えている。
「あれをどかせるのは、難しそうですね」
中継ポイントの真上に座るドラゴンは、その状態でも高さが三メートルほど。立ってしっぽまで伸ばせば体長はゆうに十メートルをこえるだろう。
「サイズが大きすぎて、人間程度じゃ物理的に太刀打ちできないわよ。それに、あのツノを見て」
「ツノ……ですか?」
「そう。額に生えてる二本のツノが、どっちもゴツゴツして節くれだってるでしょ? あれは歳を経たドラゴンの印なの。あそこまで立派なツノは文献でも見たことがないわ。相当な老ドラゴンよ」
ドラゴンは人間とは比べ物にならないほどの長い年月を生きる。そして、年齢を重ねるごとに知識を蓄え、老獪になる性質があった。当然マナの扱いにも長けている。
物理がきかないから、と魔法や呪術を仕掛けても返り討ちになるだろう。
「物理もダメ、魔法もダメ、となると困りましたね」
「一旦、このポイントを後回しにして、ドラゴンが移動するのを待つのも手だけど……時間が経てばどいてくれるとは限らないのよね」
寿命の長いドラゴンは、人間と時間の感覚が違う。同じ場所で十年座り込んでいてもおかしくない。
「だとしたら、やはりドラゴンをどかせる必要があるのですが……ん?!」
考え込んでいたジオが、びくっと体を硬直させた。ドラゴンを見つめながら、ガタガタと震え始める。
「ど、どうしたの!」
「わ……わかりません! 突然頭に声が! エリス、どうしたら……!」
見上げると、ドラゴンに釘付けになったままの金の瞳が輝いていた。陽の光を反射しているんじゃない。瞳自体が発光している。
異常事態が起きている。それだけは間違いなかった。
私は震えるジオの手を握る。
まずはとにかく彼を落ち着かせないと。
「大丈夫、私がここにいるわ。声はなんといってるの?」
「ドウホウ……? チに連なる……? よくわかりません」
「同朋? 仲間だと思ってるのかも。相手に問い返すことはできる? とにかく何者なのか特定しないと」
「や、やってみます……!」
ぎゅう、とジオが私の手を握り返す。彼は血の気が引いて真っ青だ。
なんとか対話を進めてるみたいだけど、だんだんと顔が困惑に歪んでいく。
「え……そう、なんですか? ……?」
「ジオ?」
「ええと、今語りかけてきているのは、あそこに座っているドラゴンのようです。俺のことを、同朋だとか、血に連なる者と呼んでます……」
「あなたがドラゴンの同朋?」
「……その目が、証だとか」
ジオの左目は、相変わらず金の光を放っている。ドラゴンとの対話の影響なのだろうか。
「やっぱり金の瞳はドラゴン由来だったのね」
「そのようです……ね」
「会話が成り立つようなら、近くで直接話せないか提案してみて。ジオの頭の中だけで会話されたら、私が助けてあげられないもの」
「やってみます……」
ドラゴンを見つめたまま、ジオがまた沈黙する。
しばらくして、ふっとジオの瞳から光が消えた。
「会話……終わりました。側にいって、大丈夫だそうです」
「わかったわ。行きましょう」
私たちは、おそるおそるドラゴンに近づいていった。