竜の金眼
「エリス、この先に進むのは明日にしましょう」
街道をそれた森の中、木々がとぎれて少しだけ開けた場所でジオが立ち止まった。ジオにあわせて、私も一緒に足を止める。
「理由は? 目的地はもうすぐそこなんだけど」
ノクトスで傭兵ギルドマスター、レオンと面会した数日後、私たちは本来の目的を果たすために、レイラインの中継ポイントを目指していた。レイラインがぶつかる場所は、どこもマナの濃度が不安定で、人里には向いてない。目標ポイントは、三か所全部が森の奥だ。
「目標ポイントに何かいます」
ジオが進行方向を見つめながら説明する。どうせ他に人はいないからと、素顔をさらした彼の金の瞳がきらりと光る。きっとそこには、私には見えない何かが映っているのだろう。
「これから日が暮れるし、無理に進まないほうがよさそうね。明るくなってから、慎重に近づきましょうか」
「それがいいと思います」
ジオはこくりと頷いた。今日はここで野営だ。
「ありがとうございます、俺の意見を受け入れてくださって」
「あなたの左目に力があるのはわかってるもの。それくらい聞くわよ」
私はジオを見上げた。
久しぶりに陽の光の元で見るジオの左目は相変わらず綺麗だ。
「エリス?」
声をかけられて、自分がジオの目をじっと覗き込んでしまっていたことに気が付いた。
「ごめん」
「いいえ、問題ありません」
「いやダメでしょ」
ジオはにこにこといつものように笑ってるけど、これはさすがに不躾が過ぎると思う。
「エリスの視線なんてかわいいものですよ。金の瞳に口づけて、溢れる出る力を直接味わいたい……とか言う女性に比べたら」
「おおう」
巫女姫セラフィーナ、そんなこと言ってたんかい。
そりゃ求婚を断られるわ。
「普通は、恐れられるんですよ。人間の瞳とは全く形が違いますから。……少なくとも、孤児院の子供や、女性は受け入れがたかったようです。レオンも、今でこそ慣れましたけど、俺を引き取った当初はおっかなびっくり接していました」
「えーこんなに綺麗なのに!」
「……そうやって、ただの宝石みたいな評価をしたのは、エリスが初めてです」
「そうかな?」
魔術協会に連れていったら、私と同じ反応をする魔女は多いと思うけどなあ。
とはいえ、見ていたことが不愉快じゃないなら、少しつっこんだことを聞いても平気かもしれない。私は前から気になっていた疑問をぶつけてみた。
「その瞳のルーツって、尋ねても大丈夫?」
どう見ても、ただの瞳じゃないんだよね。魔法使いとしてメカニズムが気になってしまう。しかしジオはうーん、と首をかしげた。
「大丈夫ですが、エリスの求める答えにはならないかと。なにしろ親がわからないので」
瞳の特性だから遺伝の可能性が一番高いけど、出自不明では判断しづらい。産まれた直後の赤ん坊に魔法をかけた可能性もゼロじゃないし。
「俺にわかるのは、この瞳の使い方くらいですね。透視と遠見、それから瞳を介した精神攻撃」
「その瞳、精神干渉までできるの?」
透視と千里眼は薄々気づいてたけど、そっちは初耳だ。
「左目を見た相手に、軽く力をぶつける程度ですけどね。挑発したり、怯えさせたり。至近距離で睨めば相手を気絶させることもできます」
「そこだけ聞くと、ドラゴンの威圧攻撃っぽいけどねえ」
そういえば、瞳の形もドラゴンに似ている。でも人間にドラゴンの力を移植する魔法なんてあったっけ?
「やりようによっては、また別の使い道がありそうですが、どうも俺に魔法の才能はないようで……今はこれが精いっぱいです」
「いやもう十分強力な武器だから。大事に使いなさい」
そう言うと、ジオはぶはっと笑い出した。
何故そこで笑うのか。
「だ、だって……この瞳の話をしたら、だいたいみんな恐れるか、利用するかしかなかったのに、大事にしろって……」
「それの何が悪いのよー! もー!」
「悪くはありません。ただ……」
ふ、とジオの笑みが深くなった。
何故かうっとりと私を見つめてくる。
「今まで、この目のことでいろいろ言われてきましたけど、綺麗だと言われて、こんなに嬉しい気持ちになったのは、初めてです」
「え」
ちょっと待って、もともと顔がいいと思ってたけど!
そんな甘い笑顔どこに隠し持ってたの。
お願いだから至近距離で微笑まないで!
こっちの心臓がもたないから。
「ありがとうございます、エリス」
「~~~~~~!」
誰か、イケメン微笑み罪を制定してください!
こんな甘い顔向けられても、どんな顔をしたらいいかわからないから!
「と、とにかく! ここで野営するんでしょ! 日が暮れる前に準備するわよ!」
顔どころか、どう言葉を返したらいいかもわからなくなって、私は強引に話を打ち切った。
仕事しよう! 仕事!
作業したら余計なこと考えなくてすむし!
ことあるごとに、にこにこ微笑みかけてくるジオを見るたび、ドキドキしてるなんてこと、認めるわけにいかない。
私はあくまで、彼の雇い主なわけだし!
余計な感情、ダメ! 絶対!
街道をそれた森の中、木々がとぎれて少しだけ開けた場所でジオが立ち止まった。ジオにあわせて、私も一緒に足を止める。
「理由は? 目的地はもうすぐそこなんだけど」
ノクトスで傭兵ギルドマスター、レオンと面会した数日後、私たちは本来の目的を果たすために、レイラインの中継ポイントを目指していた。レイラインがぶつかる場所は、どこもマナの濃度が不安定で、人里には向いてない。目標ポイントは、三か所全部が森の奥だ。
「目標ポイントに何かいます」
ジオが進行方向を見つめながら説明する。どうせ他に人はいないからと、素顔をさらした彼の金の瞳がきらりと光る。きっとそこには、私には見えない何かが映っているのだろう。
「これから日が暮れるし、無理に進まないほうがよさそうね。明るくなってから、慎重に近づきましょうか」
「それがいいと思います」
ジオはこくりと頷いた。今日はここで野営だ。
「ありがとうございます、俺の意見を受け入れてくださって」
「あなたの左目に力があるのはわかってるもの。それくらい聞くわよ」
私はジオを見上げた。
久しぶりに陽の光の元で見るジオの左目は相変わらず綺麗だ。
「エリス?」
声をかけられて、自分がジオの目をじっと覗き込んでしまっていたことに気が付いた。
「ごめん」
「いいえ、問題ありません」
「いやダメでしょ」
ジオはにこにこといつものように笑ってるけど、これはさすがに不躾が過ぎると思う。
「エリスの視線なんてかわいいものですよ。金の瞳に口づけて、溢れる出る力を直接味わいたい……とか言う女性に比べたら」
「おおう」
巫女姫セラフィーナ、そんなこと言ってたんかい。
そりゃ求婚を断られるわ。
「普通は、恐れられるんですよ。人間の瞳とは全く形が違いますから。……少なくとも、孤児院の子供や、女性は受け入れがたかったようです。レオンも、今でこそ慣れましたけど、俺を引き取った当初はおっかなびっくり接していました」
「えーこんなに綺麗なのに!」
「……そうやって、ただの宝石みたいな評価をしたのは、エリスが初めてです」
「そうかな?」
魔術協会に連れていったら、私と同じ反応をする魔女は多いと思うけどなあ。
とはいえ、見ていたことが不愉快じゃないなら、少しつっこんだことを聞いても平気かもしれない。私は前から気になっていた疑問をぶつけてみた。
「その瞳のルーツって、尋ねても大丈夫?」
どう見ても、ただの瞳じゃないんだよね。魔法使いとしてメカニズムが気になってしまう。しかしジオはうーん、と首をかしげた。
「大丈夫ですが、エリスの求める答えにはならないかと。なにしろ親がわからないので」
瞳の特性だから遺伝の可能性が一番高いけど、出自不明では判断しづらい。産まれた直後の赤ん坊に魔法をかけた可能性もゼロじゃないし。
「俺にわかるのは、この瞳の使い方くらいですね。透視と遠見、それから瞳を介した精神攻撃」
「その瞳、精神干渉までできるの?」
透視と千里眼は薄々気づいてたけど、そっちは初耳だ。
「左目を見た相手に、軽く力をぶつける程度ですけどね。挑発したり、怯えさせたり。至近距離で睨めば相手を気絶させることもできます」
「そこだけ聞くと、ドラゴンの威圧攻撃っぽいけどねえ」
そういえば、瞳の形もドラゴンに似ている。でも人間にドラゴンの力を移植する魔法なんてあったっけ?
「やりようによっては、また別の使い道がありそうですが、どうも俺に魔法の才能はないようで……今はこれが精いっぱいです」
「いやもう十分強力な武器だから。大事に使いなさい」
そう言うと、ジオはぶはっと笑い出した。
何故そこで笑うのか。
「だ、だって……この瞳の話をしたら、だいたいみんな恐れるか、利用するかしかなかったのに、大事にしろって……」
「それの何が悪いのよー! もー!」
「悪くはありません。ただ……」
ふ、とジオの笑みが深くなった。
何故かうっとりと私を見つめてくる。
「今まで、この目のことでいろいろ言われてきましたけど、綺麗だと言われて、こんなに嬉しい気持ちになったのは、初めてです」
「え」
ちょっと待って、もともと顔がいいと思ってたけど!
そんな甘い笑顔どこに隠し持ってたの。
お願いだから至近距離で微笑まないで!
こっちの心臓がもたないから。
「ありがとうございます、エリス」
「~~~~~~!」
誰か、イケメン微笑み罪を制定してください!
こんな甘い顔向けられても、どんな顔をしたらいいかわからないから!
「と、とにかく! ここで野営するんでしょ! 日が暮れる前に準備するわよ!」
顔どころか、どう言葉を返したらいいかもわからなくなって、私は強引に話を打ち切った。
仕事しよう! 仕事!
作業したら余計なこと考えなくてすむし!
ことあるごとに、にこにこ微笑みかけてくるジオを見るたび、ドキドキしてるなんてこと、認めるわけにいかない。
私はあくまで、彼の雇い主なわけだし!
余計な感情、ダメ! 絶対!