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作者: タカば
人手不足(ガラル視点)
「なんだ、この手紙はっ!」

 執務机に積み上げられた手紙の山を見て、私は声をあげた。一体何通あるのか、数えるのも面倒くさい。

「……すべて、薬の催促状です」

 手紙を持ってきた魔法使いが答える。封筒から手紙をひっぱりだしてみると、確かにどれも、発注した薬が納品日までに届かないと記されていた。

「これは、デルガル伯爵……アルディーニ子爵……なんてこった、ジョコンダ侯爵夫人まで!」
「いずれも、増毛薬や痩身薬などです。命に関わる薬ではありませんから、納品を少し待っていただいて……」
「馬鹿野郎! この薬が最優先だ!」

 私は愚かな魔法使いを怒鳴りつけた。

「し……しかし……」
「この魔術協会の財政を支えているのは何だと思ってる! 貴族相手の高級薬だ! 庶民相手に風邪薬をいくら売ったところではした金にもならん! だが奴らは毛が一本増えるだけでも金貨を積む! いいか、病の深刻度に構うな! 金払いのいい客優先で調合するんだ!」
「それでは、薬が間に合わない方も出るのでは……」
「貧乏人の生き死になど放っておけ」
「……っ!」

 反論しようとした魔法使いを睨みつける。男はやっと私の意図を理解したのか、俯いて口を閉じた。
 最初からそうしておけばいいものを。

「わかったらさっさと他の連中に指示を……いや、待て」
「なんでしょう」
「お前は指示を出さなくていい。私が直々に担当者を回り、注文通りに薬を作らせる」
「は……」

 魔法使いはぽかんとした顔になった。
 その愚鈍な顔を、魔法で焼き潰したくなる。
 察しの悪い部下ほど、いらいらするものはないな。

「お前は、そこの机に座って、私の代わりに詫び状を書いていろ。くれぐれも失礼のないようにな」

 部下の返事を待たずに、俺は部屋を出た。
 廊下をつっきり、魔法使いたちが仕事をしている研究棟に向かう。

「あいつら、何をしている……!」

 上客からの注文は、私が直々に担当者を割り振っていた。いずれも、私の意図通りに仕事をする優秀な魔法使いだ。上客と知っておきながら、さぼるような連中ではなかったはずだが。

「おい!」

 伯爵の毛生え薬を担当していたテオの研究室のドアを開けると、異臭がただよってきた。
 中を覗き込むと、部屋のあちこちで何かが腐り、カビが生えていた。
 どうやらそれらは鉢に植えられた薬草のようだったが。

「新種植物づくりの専門家が……何やってるんだ」

 あいつには、植物の世話係として魔女を三人もつけてやったというのに。

「おい、いないのか!」

 声をかけても中に人の気配はない。
 あいつめ、仕事をさぼって何をやっている。

「クソ!」

 私は力任せにドアを閉めると、別の魔法使いの部屋へと向かった。

「誰かいないのか!」

 しかし、次の部屋も無人だった。次も、その次も。
 どこにも魔法使いがいない。
 代わりにあるのは、薬品や道具が散らかったぐしゃぐしゃの研究室ばかりだ。

「あいつら、どこで何をやってるんだ」

 魔法使いを探して、廊下を歩いていたら何かが足にひっかかって躓きそうになった。あわてて足元を見ると、枯れた観葉植物の鉢が転がっている。

「魔女どもめ! ちゃんと掃除しろ!」

 いらいらしすぎて気分が悪い。
 何故誰も己の仕事を全うしないのか。

「おい、誰か……!」

 研究棟の奥のドアを開けた私は、何故魔法使いどもが自分の研究室にいないのか理解した。
 ここにいたのだ。
 この部屋にだけ、何人もの魔法使いが集まっていた。
 大きな魔道具が占領する狭い部屋に二十名近く。こんなに集まっていたら、見つからないのも道理である。

「お前たち、こんなところで何をやってる」

 声をかけると、魔法使いたちは一様にうつろな目をこちらに向けてきた。

「水を……」
「水なら汲んでくればいいだろう」
「いえ。魔道具で精製した純水が必要なんです。しかし、製造機がうまく動かなくて……」

 そういえば、ここはエリスが作った純水製造機を設置した部屋だったか。

「魔女どもに調整させればいいだろう。なんでお前らがやってるんだ」
「いないからです」
「は?」
「純水製造機の担当魔女が、全員やめてしまったんですよ」

 ご存知なかったんですか、と言われて首をかしげる。
 栄光ある魔術協会に入っておきながら、辞職する者は負け犬だ。いちいち辞めた者の名前など確認しない。

「それで、自分たちで製造機を動かしているんですが、どうにもうまくいかなくて」

 魔法使いたちはそろってうなだれた。

「マニュアルはどうした? 魔道具導入の際には、必ず作る規則だろう」
「あるにはありますがね」

 ひとりが、ぼろぼろの冊子をこちらによこした。
 開いてみたが、どのページも汚れがひどい。こんな不潔な本、これ以上持っていたくないんだが。それに……。

「なんだこの書き込みは。注釈だらけで元々何が書いてあったかわからんじゃないか」
「そのあたりは、担当魔女たちのメモですね。純水製造機はことのほか繊細で、その日のコンディションや製造速度などにあわる必要があるんです。これらはマニュアルに書かれていない、細かなコツのようです」
「じゃあ、そのコツにあわせて設定すればいい話じゃないのか」
「できたらやってますよ!」

 魔法使いのひとりが鋭く叫んだ。
 何をいきなり激高しているんだ。仕事をしないどころか、八つ当たりか。

「……魔女たちは歴代の担当者から、口伝に近い状態でマニュアルとともに使い方を学んでいたようです。直接の指導があればメモの意味もわかったのでしょうが……誰ひとり魔女が残っていない状態では……」

 魔法使いがこれだけ集まっておきながら、マニュアルひとつ理解できないとは、情けない。

「せめて、原本が残っていればなあ」

 誰かがぽつりとつぶやいた。
 言われて、マニュアルをよく見てみれば、背表紙に写本であることを示すスタンプが押されていた。ということは、原本、つまり何も書かれていないマニュアルがどこかにあるはずである。

「だったら資料室から取ってこい」

 こんな時のための原本と、写本である。

「ちょっと待ってください。このマニュアルを作ったのって、あいつですよね?」

 にわかに活気づこうとした魔法使いたちを、そのうちのひとりが止めた。
 魔道具の利用マニュアルは、道具を作った本人が作るのが規則だ。道具の使い方は、製造者が一番よく理解しているはずだから。
 この純水製造機を作ったのはエリス。
 だからマニュアルを作ったのもエリスだ。

「男が作った資料ならともかく、魔女の作ったもので資料室の棚をふさぐわけにはいかないって、協会長が収蔵申請を却下してませんでしたか?」
「ええ……だったら今どこに?」
「あるとしたら、あいつの研究室だけど……」

 ふたたび、魔法使いたちの視線が私に集まった。
 そうだ、エリスの研究室は掃除しようとしたら、中身が全部自動的に片付けられてしまったのだった。部屋にはマニュアルどころか塵一つ残っていない。
 あの女め。
 どこまでも私の邪魔をしやがって。

「ぐだぐだ文句を言うな! 写本はあるんだ、自分たちでなんとかしろ!」

 私は、純水製造室から飛び出した。


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