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作者: タカば
凋落(ロゼリア視点)
 宿屋の一室には倦んだ空気が漂っていた。
 誉れ高き勇者パーティーの面々は、それぞれがやる気なくベッドやソファに寝転がったり座ったりしている。

「痛ぇ……」

 勇者ヴィクトルが不機嫌そうにうめいた。
 それもそのはず、彼の右足は包帯でぐるぐる巻きになっていた。その下の皮膚はダンジョンで受けた毒で紫色になっている。治るまで絶対安静だ。

「おいサフィーア、お前治癒術師なんだろ。パパっと治せよ」

 小突かれて、サフィーアが顔をしかめる。

「精一杯やってるわよ。でも、私の仕事は傷の治癒であって毒の分解じゃないの。こんなに毒が残ってる状態で治癒術をかけたら悪化するわよ」
「じゃあ治らねーのはロザリアのせいってことか?」

 じろりと睨まれて、私は反論した。

「ひ、必要な薬は処方してあります! 分解に時間がかかるのは、毒が強力すぎるからで……」
「つっても、レッドバックスパイダーだろ? エリスはすぐ解毒してたぜ?」

 ヴィクトルは凶悪な毒グモを、まるでそのへんのクモのように語る。あんなクモの一撃を受けておいて、死ななかっただけでも奇跡だというのに。早く治せなどと、ヴィクトルは頭がおかしいとしか思えない。
 エリス先輩はこの要求に、本当に応えていたんだろうか。

「ねー、ヴィクトルの足はいつ治るのー? さっさと下にもぐって魔道具を試したいんだけど」

 じゃらじゃら、と呪術師ベリルが身に着けた魔道具を振り回す。
 あの後わかったが、彼女の魔道具購入費は、彼女の懐から出たものではなかった。勇者パーティーの名声を利用して、あちこちの業者からいくつも借金していたのだ。あまりにも借り先が多すぎて、どれほどの額になっているのかもわからない。
 借金ができたのは最近のことだ。
 今まではエリス先輩が先回りして、業者に金を貸さないようきつく言い含めていたらしい。魔道具を売る商人も同様だ。

「うるせえ、黙って待ってろ。足が治ったらすぐに行く」

 リーダーの言葉には逆らえないらしく、ベリルは生意気な口を閉じた。代わりに、女傭兵ルビィがしょぼんとうなだれる。

「すまない……私のサポートが至らず……」
「確かにな~お前があと一歩早く追いついていれば、俺もこんなザマにならずにすんだかもな~」

 それは嘘だ。
 ヴィクトルの怪我は、彼が独断先行しすぎたせいだ。周りがサポートできない状態に自らつっこんでいって、おいついてきた仲間に責任を負わせるなんて、リーダーのすることではない。
 しかし、私はルビィをかばわなかった。
 ヴィクトルの説教とルビィの謝罪。ふたりの間で、どちらが悪いのか決まっているのなら、口をはさむ必要はない。何か言ったところで、『じゃあ俺が悪いのか?』と嫌味を言われるだけだ。

「すまない……」

 陰気に頭をさげるルビィを見下ろし、ヴィクトルはふんと鼻を鳴らす。
 それから、ベッドサイドあった書類を私に投げてよこした。

「きゃっ……何?」

 急に投げられた紙束を受け取れず、ばさばさと紙が散らばる。どれも白紙だ。

「王国騎士団への報告書だ。お前が書いて出しとけ」
「どうして私が? リーダーの仕事じゃないんですか?」
「エリスは毎回やってたぜ」

 エリス先輩の名前を出されたら逆らえない。私は床に投げ出された紙を拾い上げた。

「間違っても怪我したとか書くなよ。査定に響くから。なんか……あー……二十五階層についたとか、書いて出しとけ」
「……最終到達階層は、二十三階のはずだけど」

 二十五階を目指した勇者パーティーの探索は、失敗に終わっていた。
 準備も何もせずに深層に突っ込んでいったせいで、相性の悪い魔物に取り囲まれて死にそうになったのだ。その後も何度か探索に挑戦していたが、毎回撤退を余儀なくされていた。
 到達階も、二十三階、二十二階、と行くたびに減っている。
 今回に至っては、攻略済みのはずの二十階でクモの毒を受けて撤退となった。
 勇者パーティーは、ゆっくりとしかし確実に弱くなっていた。

「どうせ連中はダンジョンの中にまで来ねえんだ。バレねえよ」
「……」

 勇者パーティーの歯車が狂った原因は、エリス先輩の不在だ。
 認めたくないけど、結果が全てを物語っている。
 彼らは皆それぞれに強い力を持った実力者だ。うまく連携すれば最強のパーティーとして機能するだろう。しかし、それは連携できればの話。
 敵に突っ込むことしか考えていないリーダー。
 ただただ生命力の活性化しかしない治癒術師。
 魔道具を次から次へと取り換えて、熟練度を一切上げない呪術師。
 リーダーの言葉を妄信する傭兵。
 こんな問題児ばかり抱えてどうしろというのだ。
 彼らを管理し、時には叱咤しながら、裏からまとめていたエリス先輩は異常だ。人間業ではない、というのが正直な感想だ。

「報告書が終わったら酒買ってこい。あと夕食後に『マッサージ』してくれよ」

 足の動かせないヴィクトルは体力が有り余っている。
 彼の言うマッサージは、ただ筋肉をもみほぐすだけのものではないんだろう。

「治るまで、下手な運動は……」
「お前が動けばすむ話だろ? 黙って奉仕してろよ」

 また睨まれる。
 その目は、完全に私を見下していた。
 こいつと寝るんじゃなかった、と心の底から後悔する。
 ヴィクトルにとって、女を抱くという行為は組み敷くこと、つまり支配下に置くことを意味する。彼は一度でも抱いた女を自分と同等に扱わない。
 彼の中で私は人間以下の奴隷だ。

「報告書、書いてきます……」

 私は部屋を出ると、ふらふらと隣の部屋に向かった。ここはヴィクトルから声がかからなかった日の夜を過ごすための、荷物部屋だ。
 他に誰もいないのをいいことに、愚痴を口に出す。

「エリス先輩、あなたは正しかった」

 メンバーの中で唯一ヴィクトルを拒絶したエリス先輩。
 彼と寝なかったからこそ、彼女は唯一ヴィクトルに意見できる立場にあった。
 このパーティーをまともに動かしたいなら、彼に体を許してはいけなかったのだ。

「もう無理!」

 私は大急ぎで自分の荷物をまとめた。
 こんなパーティーにはいられない。逃亡したら、きっと私はエリス先輩と同様に降格されるだろう。いや、降格されるだけならまだいい。私は先輩ほどの実績はないから、もっとずっと粗雑に扱われるだろう。魔法使いとしての将来は、完全に閉ざされる。
 しかし、そんなもの気にしてどうなるだろう。
 ダンジョン探索は命がけの仕事だ。
 こんな狂ったメンバーで潜っていたら、いつかどこかで全滅するだろう。
 地の底で絶命した私を、誰が救ってくれるというのか。
 成功も失敗も、生きていればこそだ。

「つきあってらんない……!」

 ヴィクトルたちが寝静まったころ、私はこっそりと宿屋から脱出した。


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