彼が追放された理不尽なワケ
「すいません、お恥ずかしいところをお見せしました……」
ジオに手を引かれて執務室に移動したスキンヘッドの大男は、涙でべしょべしょになった顔をふいた。そして居住まいを正して深々と頭をさげる。
「傭兵稼業に人死にはつきもの……とはわかっていても、家族の生死には、どうしても動揺してしまって」
ふう、と大きく深呼吸してから、大男は顔をあげた。
「改めて、初めまして。俺はノクトスの傭兵ギルド長をしております、レオン・アークフィールドと申します」
「は……はあ」
そんな立場の人物が何故中庭に。
面食らっていると、私の隣に立つジオが苦笑して肩をすくめた。
「中庭のあれはレオンの趣味の園芸です。執務が暇な時は、だいたいあそこにいるんですよ」
なるほど、だから執務室を素通りして庭に直行したのか。
「むっさくるしい連中ばっかり見てると、気が滅入るからな。癒しの空間くらい持ってていいだろ。ええと……あなたは」
「エリスです。彼を傭兵として雇っています」
私もぺこりと頭を下げる。それを聞いて、レオンは目を見開いた。
「もしかして、純水の魔女エリス? 勇者ヴィクトルのパーティーの。うん? ……しかし最近メンバー交代したって噂が」
「実は勇者パーティーも魔術協会も辞めまして。今はただのエリスです」
「そうだったんですか? ……一体何故」
「それについては、俺の事情を話してからで」
驚くレオンに、ジオが口をはさんだ。レオンが目をむく。
「そうだ、お前だよ! ジオ、何があったんだ! 巫女姫セラフィーナのパーティーに派遣されたはずが、呪われて追放されたって噂が流れてきてて! しかもランクも最低に落とされているし! 俺がどれだけ心配したか!」
「……申し訳ありません」
ジオは素直に頭をさげる。レオンはへにゃ、と眉を下げた。ジオが困ったときに眉を下げるのは、彼の影響かもしれない。
「いや、俺は謝ってほしいんじゃなくてな……何か理由があったんだろ? ああ……と、彼女の前で話していいことか?」
「ともに行動するなら、彼女にもお伝えすべき内容です。ふたりとも、聞いてもらえますか」
ジオの神妙な様子に、私たちは頷く。
来客用のソファに座ると、彼はぽつぽつと話し始めた。
「ちょうど一年前のことです。俺は巫女姫セラフィーナのパーティーに加入しました」
「巫女姫……聞いたことがあるような」
私は首をかしげる。レオンが横から説明を加えた。
「西の隣国、デュランダル神聖国のパーティーですよ。強い神聖力のある巫女姫がリーダーで、構成員のほとんどが神官資格を持っています」
「思い出した! 『コキュートス』攻略の上位ランカーじゃない」
私が抜ける何か月か前に、急に実力を上げてきたと噂になっていた。ヴィクトルが『女の分際で俺より持ち上げられてんじゃねえよ』と不機嫌になっていたのを覚えている。
「ジオ、巫女姫パーティーで何があったんだ? 高く評価されてる、と聞いていたんだが」
「確かに、評価していただいてました。しかし……評価されすぎて、巫女姫セラフィーナから、求婚されてしまったんです……」
言いながら、ジオの声は消え入るように小さくなっていった。
きゅうこん。
それってつまり、結婚の申し込みってことで。
「もちろん丁重にお断りしましたよ?! 相手は雇い主ですし、そもそもそんな目で見たこともなかったですし!」
「だよな。お前は仕事とプライベートを分けるところあるし」
「そうしたら、『私がいないと生きられないってわかるまで、反省してなさい』と言って俺に呪いを……」
「アレ、巫女姫がやったの?」
「はい」
呪いが異常に強固だった理由がやっとわかった。
神聖な力は、その対極となる暗黒呪術にも通じる。彼女は有り余る神聖力を反転させてジオにぶつけたのだろう。
「左目も含めた能力のほとんどを封じられて、声も……誰かに言葉を伝える手段を全て封じられて、俺はパーティーから放り出されました」
「むちゃくちゃじゃない!」
フラれたから呪いをかけて追放とか、あまりにあまりすぎる。
反省してろってことは、呪いで心が折れたところで解呪をタテに関係を迫るつもりだったんだろうか。
「何か月もさまよって、歩くこともできず……あとは死を迎えるしかないかと蹲っていた時でした。酒場の客が、『魔術協会を追い出された魔女には、こいつが似合いだ』と言って、俺をエリスの前に連れてきたんです」
「それで、私が酔った勢いで呪いを解いちゃったと」
「酔っ……エリスさん?」
レオンがぎょっとした顔でこっちを見る。
「レオンさん、そのあたりは深く追求しないでください。ちょっと……私も勇者パーティーを抜けたりとか、いろいろあったので」
「はあ……」
「エリスのおかげで一命を取り留めた俺は、彼女の護衛として一緒に旅をすることにしました。セラフィーナたちから離れたかったですし……ここに来たのは、ノクトスがエリスの目的地のひとつだったからです」
ジオがそこまで語り終えると、レオンは大きくため息をついた。
「お前が落とされた状況はわかった。でも、どうしてすぐに連絡してこなかったんだ。呪いが解けたんなら、手紙でもなんでも使えただろう」
「……それは、危険だと思って」
ジオは、執務室に入るまでつけていた仮面を握り締めた。
「セラフィーナは、俺と……俺の左目に執着していました。俺が呪いから逃れて自由に行動していると知ったら、必ず接触してくるでしょう。俺が捕まるだけならまだいいですが、エリスやレオンに敵意が向けられたら、と思うと……」
「それで連絡を控えていたのか。うん……まあ、俺がお前の立場でもそうする……か?」
「この街に入るとき、仮面をつけていたのもそれが原因?」
「はい」
ジオはこくりとうなずく。
「俺の産まれはここですからね。知り合いが多いですし、セラフィーナの部下の誰かが、街に潜伏している可能性もあります」
故郷に網を張るのは、逃亡者追跡の基本だ。
「クソッ……なんてことだ」
レオンが悔しそうに拳を握り締めた。
「レオン、申し訳ありません。俺が下手な行動をとったせいで……」
「そうじゃない。派遣先でウチの傭兵が不当な評価を受けて死にかけたんだ。本来なら、厳重抗議して国から罰を与えてもらう案件だ! しかし、相手がデュランダル神聖国の秘蔵っ子じゃ相手が悪すぎる……! 呪いが解けた今、巫女姫が何をやったかなんて証拠も残ってないだろうし。仕返しできない己の立場の弱さが恨めしい……」
一ギルドのマスターと、宗教国家で権力を握る姫君とでは立場が違う。
今回の件で訴え出ても、否定されて終わりだろう。
「これからどうするかだな……」
ギルドマスター・レオンは頭を抱えてしまった。
ジオに手を引かれて執務室に移動したスキンヘッドの大男は、涙でべしょべしょになった顔をふいた。そして居住まいを正して深々と頭をさげる。
「傭兵稼業に人死にはつきもの……とはわかっていても、家族の生死には、どうしても動揺してしまって」
ふう、と大きく深呼吸してから、大男は顔をあげた。
「改めて、初めまして。俺はノクトスの傭兵ギルド長をしております、レオン・アークフィールドと申します」
「は……はあ」
そんな立場の人物が何故中庭に。
面食らっていると、私の隣に立つジオが苦笑して肩をすくめた。
「中庭のあれはレオンの趣味の園芸です。執務が暇な時は、だいたいあそこにいるんですよ」
なるほど、だから執務室を素通りして庭に直行したのか。
「むっさくるしい連中ばっかり見てると、気が滅入るからな。癒しの空間くらい持ってていいだろ。ええと……あなたは」
「エリスです。彼を傭兵として雇っています」
私もぺこりと頭を下げる。それを聞いて、レオンは目を見開いた。
「もしかして、純水の魔女エリス? 勇者ヴィクトルのパーティーの。うん? ……しかし最近メンバー交代したって噂が」
「実は勇者パーティーも魔術協会も辞めまして。今はただのエリスです」
「そうだったんですか? ……一体何故」
「それについては、俺の事情を話してからで」
驚くレオンに、ジオが口をはさんだ。レオンが目をむく。
「そうだ、お前だよ! ジオ、何があったんだ! 巫女姫セラフィーナのパーティーに派遣されたはずが、呪われて追放されたって噂が流れてきてて! しかもランクも最低に落とされているし! 俺がどれだけ心配したか!」
「……申し訳ありません」
ジオは素直に頭をさげる。レオンはへにゃ、と眉を下げた。ジオが困ったときに眉を下げるのは、彼の影響かもしれない。
「いや、俺は謝ってほしいんじゃなくてな……何か理由があったんだろ? ああ……と、彼女の前で話していいことか?」
「ともに行動するなら、彼女にもお伝えすべき内容です。ふたりとも、聞いてもらえますか」
ジオの神妙な様子に、私たちは頷く。
来客用のソファに座ると、彼はぽつぽつと話し始めた。
「ちょうど一年前のことです。俺は巫女姫セラフィーナのパーティーに加入しました」
「巫女姫……聞いたことがあるような」
私は首をかしげる。レオンが横から説明を加えた。
「西の隣国、デュランダル神聖国のパーティーですよ。強い神聖力のある巫女姫がリーダーで、構成員のほとんどが神官資格を持っています」
「思い出した! 『コキュートス』攻略の上位ランカーじゃない」
私が抜ける何か月か前に、急に実力を上げてきたと噂になっていた。ヴィクトルが『女の分際で俺より持ち上げられてんじゃねえよ』と不機嫌になっていたのを覚えている。
「ジオ、巫女姫パーティーで何があったんだ? 高く評価されてる、と聞いていたんだが」
「確かに、評価していただいてました。しかし……評価されすぎて、巫女姫セラフィーナから、求婚されてしまったんです……」
言いながら、ジオの声は消え入るように小さくなっていった。
きゅうこん。
それってつまり、結婚の申し込みってことで。
「もちろん丁重にお断りしましたよ?! 相手は雇い主ですし、そもそもそんな目で見たこともなかったですし!」
「だよな。お前は仕事とプライベートを分けるところあるし」
「そうしたら、『私がいないと生きられないってわかるまで、反省してなさい』と言って俺に呪いを……」
「アレ、巫女姫がやったの?」
「はい」
呪いが異常に強固だった理由がやっとわかった。
神聖な力は、その対極となる暗黒呪術にも通じる。彼女は有り余る神聖力を反転させてジオにぶつけたのだろう。
「左目も含めた能力のほとんどを封じられて、声も……誰かに言葉を伝える手段を全て封じられて、俺はパーティーから放り出されました」
「むちゃくちゃじゃない!」
フラれたから呪いをかけて追放とか、あまりにあまりすぎる。
反省してろってことは、呪いで心が折れたところで解呪をタテに関係を迫るつもりだったんだろうか。
「何か月もさまよって、歩くこともできず……あとは死を迎えるしかないかと蹲っていた時でした。酒場の客が、『魔術協会を追い出された魔女には、こいつが似合いだ』と言って、俺をエリスの前に連れてきたんです」
「それで、私が酔った勢いで呪いを解いちゃったと」
「酔っ……エリスさん?」
レオンがぎょっとした顔でこっちを見る。
「レオンさん、そのあたりは深く追求しないでください。ちょっと……私も勇者パーティーを抜けたりとか、いろいろあったので」
「はあ……」
「エリスのおかげで一命を取り留めた俺は、彼女の護衛として一緒に旅をすることにしました。セラフィーナたちから離れたかったですし……ここに来たのは、ノクトスがエリスの目的地のひとつだったからです」
ジオがそこまで語り終えると、レオンは大きくため息をついた。
「お前が落とされた状況はわかった。でも、どうしてすぐに連絡してこなかったんだ。呪いが解けたんなら、手紙でもなんでも使えただろう」
「……それは、危険だと思って」
ジオは、執務室に入るまでつけていた仮面を握り締めた。
「セラフィーナは、俺と……俺の左目に執着していました。俺が呪いから逃れて自由に行動していると知ったら、必ず接触してくるでしょう。俺が捕まるだけならまだいいですが、エリスやレオンに敵意が向けられたら、と思うと……」
「それで連絡を控えていたのか。うん……まあ、俺がお前の立場でもそうする……か?」
「この街に入るとき、仮面をつけていたのもそれが原因?」
「はい」
ジオはこくりとうなずく。
「俺の産まれはここですからね。知り合いが多いですし、セラフィーナの部下の誰かが、街に潜伏している可能性もあります」
故郷に網を張るのは、逃亡者追跡の基本だ。
「クソッ……なんてことだ」
レオンが悔しそうに拳を握り締めた。
「レオン、申し訳ありません。俺が下手な行動をとったせいで……」
「そうじゃない。派遣先でウチの傭兵が不当な評価を受けて死にかけたんだ。本来なら、厳重抗議して国から罰を与えてもらう案件だ! しかし、相手がデュランダル神聖国の秘蔵っ子じゃ相手が悪すぎる……! 呪いが解けた今、巫女姫が何をやったかなんて証拠も残ってないだろうし。仕返しできない己の立場の弱さが恨めしい……」
一ギルドのマスターと、宗教国家で権力を握る姫君とでは立場が違う。
今回の件で訴え出ても、否定されて終わりだろう。
「これからどうするかだな……」
ギルドマスター・レオンは頭を抱えてしまった。