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作者: タカば
故郷
 ノクトスは賑やかな街だった。
 歓楽街から乗り継いできた乗合馬車を降りると、通りを行きかう沢山の人たちが目に飛び込んでくる。彼らの表情はどれも明るくこの街が豊かで平和なことを教えてくれていた。建物に荒れたところはないし、警戒して歩く人もあまりいないから、治安もかなりよさそうだ。

「いい街ね」
「はい」

 私が声をかけると、隣を歩くジオがこくんとうなずいた。いつものやりとりだけど、表情は見えない。無表情になっているとか、そういうのではなく物理的に顔が見えないのだ。
 彼はこの街に着く少し前からなぜか仮面をつけていた。カメリアガーデンでバイトしていた時に使っていたアレである。
 どういう心境なのか、何を考えているのか。
 数か月の付き合いでしかない私には、正直わかりかねる。
 街中でこんな仮面をつけて歩いていたら、目立つんだけどいいんだろうか。ジオは顔がいいから、仮面をつけてなくても目立つとは思うけど。

「こちらです」

 生まれ故郷というのは本当らしく、ジオは迷いなく通りを進んでいく。
 ノクトス最初の目的地は、傭兵ギルドだ。そこに彼を傭兵として育ててくれた親代わりがいるらしい。

「普通なら、血縁の家族を尋ねるものなのでしょうが……俺は孤児院育ちで、親が誰なのかわからないんです」

 歩きながら、ジオが言う。

「孤児院でも、あまり他の子と馴染めなくて……それを拾ってくれたのがノクトス傭兵ギルドマスター、レオンです」
「じゃあ、そのレオンさんがジオの家族なんだ」
「……そうですね」

 答える声が柔らかい。
 どうやら笑ったらしかった。

「エリス、あそこがギルドです」

 街の中心部まで来たところで、ジオが建物のひとつを指した。ギルドらしい大きな看板が掲げられている。建物の作りは古いけど、傷んだところはなく、周りは丁寧に掃除されている。歴史ある古きよき傭兵ギルド、といった風情だ。
 中に入ると、いかにも傭兵といった雰囲気の男たちが何人もたむろしていた。彼らはじろじろと目踏みするようにこちらを見てくる。不愉快だけど警戒する気持ちはわかるのでとりあえず無視する。
 ジオは私を連れて傭兵たちの横を通り過ぎると、受付などは通さずに職員用のドアをあけた。

「こ……ここって勝手に入っていいの?」
「……」

 ジオは無言でずんずん奥へ進んでいく。立派な扉のついた執務室も通り過ぎ、さらに裏口を開けたら、花園が現れた。正確には花園が出現したわけじゃない、花が咲き乱れる中庭に出たのだ。無骨な傭兵ギルドの内装との落差が激しすぎて、一瞬別世界に連れこまれた気分になる。
 何故、傭兵ギルドの奥にこんなものが。
 混乱していると、花園の奥からぬうっと人影が現れた。
 ジオも背が高いほうだけど、さらに高い。身長二メートルはあろうかという大男だ。しかも大きいのは上背だけじゃない。むきむきと筋肉で固めた体は横幅があり、さらに同じくらい厚みもある。頭がスキンヘッドなこともあり『厳つい』、という形容がぴったりくる男性だ。手に剪定ばさみを持ってるところから察するに、どうもこの庭を手入れしているのは彼のようだけど。
 彼は庭に侵入してきた人物を認めると、剪定ばさみを投げ捨ててさっと腰の剣に手をやった。
 歴戦の傭兵らしい鋭い殺気がこちらに向けられる。

「誰だ? 関係者以外立ち入り禁止だが」
「失礼、俺です」

 ジオがひょいっと仮面を外した。
 端正な顔立ちと色違いの瞳を見た瞬間、男の殺気がかき消える。

「……ジオ?」
「はい。ご無沙汰、しています」
「ジオ……? 本物の?」
「はい」

 彼はジオの姿を認めると、へなへなとその場に膝から崩れ落ちた。

「よかったあああああ……生きてたあああああ……」

 助け起こそうと手を差し出したジオの手を握り締めて、大男はぼろぼろと涙をこぼした。

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