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作者: タカば
次の目標
「目標額、到達ー!」

 ジオを拾ってから二か月後、私は『カメリアガーデン』の工房で祝杯をあげた。
 テーブルの上は、いつものようにジオが運んでくれた夕食が並んでいる。今日はお祝いだから、ちょっとだけ豪華メニューだ。

「思ったより早かったですね」
「薬が思いの外高く売れたし、薬製造のために作った魔道具もここの医務室で買い取ってもらえたからね」

 おかげで、当初の目算より二か月以上早く資金を調達できた。これだけあればジオを連れて数年は大陸を旅することができる。

「エリスの仕事が正当に評価された結果ですね」

 お酒の入ったカップ片手ジオがにこりと笑った。
 顔のいい男はふいうちで褒めないでいただきたい。どんな顔をしていいかわからなくなるから。

「これからどちらに向かうおつもりですか? 資金ができたら、ガーデンを出るとはうかがっていましたが」
「まだ細かく決めてないわ。目的地がひとつじゃないから」

 私は仕事中に作った簡易地図を引っ張り出す。
 そこにはぽつぽつと三か所、赤い印がつけられている。

「ダンジョン『コキュートス』を中心に三か所。これらが私の目的地よ」
「こちらに向かう目的は何でしょう?」

 ジオは興味深そうに地図を見つめた。
 私は頭をめぐらせる。彼は大目的を聞いてから小目的を聞きたい派だ。旅の概要を説明してから、直近の目的地の説明をしたほうがいいだろう。

「レイラインについては知ってる?」
「大きなマナの流れのことだったような……あいにく、魔法を操れないので、流れそのものは感知できませんが」
「そこまでわかってくれれば充分よ。マナは生きとし生けるもの全てを支える力だけど、その濃度は一定じゃない。ある大きな流れにそって、循環してるの。そのルートがレイライン」

 私はクルクルと指先を回す。

「このレイラインは川みたいに物理的なルートがあるわけじゃなくて、土地ごとの植生や生き物の密度によってちょっとずつ変わっていくの。何百年か前は濃密なマナが溢れていた土地が、今じゃ枯渇して砂漠化してる……なんてのもよくある話だわ」
「遺跡探索を生業にしていた傭兵仲間が、そんな話をしていましたね。昔のレイラインを調べれば、都市の位置がわかるとかなんとか」
「なかなかいい着眼点ね」

 財宝優先の考え方なんだろうけど、その思考は魔法使いにはないものだ。

「このマナは時期によって濃淡の差はあっても、大陸やこの星全体で見れば一定量が保たれる仕組みになってる。……ううん、なってたの」
「今は違う?」
「私もずっと観測してたわけじゃないから、ここ五年の推移しかわからないけど。大陸全体で確実に減ってるわ」
「まさか、その原因がダンジョン『コキュートス』、なんですか?」

 さすがジオ、鋭い。
 私たちの最終目標は『コキュートス』を消滅させて大陸を救うことだもんね。当然このレイラインの話もコキュートスに繋がっていく。

「ええ。コキュートスと、コキュートス周辺のレイラインを調べた結果、大陸中のレイラインが捻じ曲げられ、ダンジョンに集められていることがわかったわ。しかも単純に集められてるだけじゃない、階層拡大にモンスターの生成にと派手に消費されてる」
「マナの減少は、ダンジョンが原因? しかし消費で問題が起きるという話は、聞いたことがありませんが……」
「本来、マナを消費すること自体は悪じゃないのよ。マナは消費されると、その分新たに発生する仕組みになってるから」

 魔法使いがいくらマナを消費して魔法を行使しても、世界が滅んだりしないのはこの特性のおかげだ。
 むしろ使い方によっては、産まれるマナを増やすことさえできる。
 だけど、『コキュートス』にその法則はあてはまらなかった。
 ダンジョンはただただマナを吸い込むだけで、そこから新たにマナが産まれることはない。

「コキュートスを放置すれば、大陸が滅ぶ。あの日あなたがおっしゃっていた意味がわかりました」

 ふむふむ、とジオは頷く。

「だとしたら、一刻も早くダンジョンに挑むべきですよね? しかし、エリスはわざわざ遠回りをしようとしている。……何か理由が?」
「その通り。大陸中からマナを集めている『コキュートス』は、無限の補給路を持つ軍隊と一緒よ。ちょっとつついてダンジョン内の魔物を減らしたところで、意味がない。あれを消滅させるには、あらかじめ補給を断つ必要があるの」
「段々見えてきました。地図に記されたポイントにいけば、レイラインを変えて……コキュートスへ向かうマナを止められるんですね」
「満点!」

 理解力のある仲間って頼もしい。
 セクハラ勇者ヴィクトルに何百回説明しても、『はあ? なんでダンジョン攻略のためにダンジョン外に行かなきゃいけねえんだよ』としか言われなかったのに。

「各所にレイラインの中継ポイントがあるの。そこに細工をすれば、それ以上ダンジョンにマナは流れこまなくなるし、攻略だって楽になるはずよ」

 そのための術式はすでに構築してある。
 ポイントに辿り着けば、実行できるはずだ。

「ひとつでも残すと、またコキュートスが復活する可能性があるから、下準備は結構な長旅になると思う。ジオには悪いけど……」
「遠慮は必要ありません。元から言っているでしょう、俺はエリスのためなら一生を捧げても構わない」
「……気持ちだけ受け取っておくわ」

 どうしてくれよう、この心臓に悪いイケメン。
 私以外の女性にそれやったら、プロポーズだと勘違いしちゃうから、やめたほうがいいと思う。

「エリス、中継ポイントはどこから回っても構わないんですよね?」

 しばらく地図を見つめていたジオが口を開いた。

「ええ。ポイント自体に優劣はないから。東回りでノクトスから行くか、西回りでメディアナから行くか、迷ってるくらいで」
「でしたら、最初はノクトスでお願いしてよろしいですか」
「いいけど、どうして?」

 ジオが提案してくるなんて珍しい。
 私の意見に従うのが基本で、たまに自分で判断してても結局その基準は私のためになるかどうかだったのに。

「ノクトスは生まれ故郷なんです。俺が所属している傭兵ギルドもあります。長く連絡してなかったので、顔を出したくて」
「そういう理由なら構わないわ」

 白金クラスまで出世した傭兵が、最底辺に降格されたのだ。きっと心配されてるに違いない。

「私の出発を待たず、先に手紙を出しててもいいのよ? 配達料くらいなら出してあげるし」
「いえ、それはちょっと」

 ジオはわずかに顔をこわばらせて拒否した。
 これも珍しい反応だ。
 なんだろう、故郷を嫌ってるわけでもなさそうだけど。

「手紙で、万が一記録を残したくないので」
「……ずいぶん不穏な物言いね」

 う、とジオは小さくうめく。

「それについては、ご容赦を。ノクトスに……ギルドについたら、お話します。まだ、冷静に話せる自信がなくて」
「わかった、待ってる」

 これまで誠実に接してくれたジオがそう言うなら、何かわけがあるんだろう。
 ノクトスに着けば話す、とも言ってるし。
 ジオの事情は一旦棚上げして、私は旅の準備に集中することにした。




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