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作者: タカば
尋ね人(酒場の主人視点)
「尋ね人?」

 その客がやってきたのは、ちょうど酒場が賑わう時間だった。俺は料理の手を止めて客に応対する。
 妙な女だった。髪は上等なハチミツみたいな金髪で、瞳はとれたての菜っ葉みたいに鮮やかな緑をしている。神官らしいローブの胸元には、見慣れないデザインの紋章が縫い取られていた。神職なのは間違いないだろうが、仕えているのはヨソの国の神だろう。
 女は頭の先からつま先まで真っ白で、汚れもシミもない。場末の酒場のごちゃごちゃとした風景にはあまりに不似合いで、そこだけ浮いて見えた。酒場の入り口を見ると、彼女の護衛らしい、白い神官服の男たちが何人かこっちを伺っていた。
 こんな高級そうな女がひとり歩きするわけないか。

「はい。傭兵をひとり、探しているのです」
「さてねえ。ここは傭兵ギルド連中のたまり場だから」

 今だって、入っている客の半分は傭兵だ。残りは近所に住む肉体労働者と下級騎士。ウチはとにかく安くてウマくて、腹にたまるのがウリだ。たまに魔女が酒飲んでクダ巻いてたりするが。

「ええと……背は高くて、黒髪。瞳の色は青で、左目は隠しています」
「黒髪の隻眼……」

 片目を失った傭兵も掃いて捨てるほどいる。黒髪も青目もよくある色だ。やはり女の尋ね人は絞り込めそうにない。

「身なりは……良くないと思います。体を壊して、喋ることもできなくなって、先月傭兵ギルドから最低ランクに降格されていましたから」
「体を壊した傭兵、ね」

 さて、うちの店に出入りする連中でそこまで落ちぶれた者はいただろうか。うちは金を払って食事をする店だ。そこまで身を持ち崩した奴が、安酒場とはいえ店内に入ってくるとは思えない。

「アレじゃねえか? この間俺が純水の魔女に紹介した奴」

 話を聞いていた常連のひとりが口をはさんだ。コイツは金払いはいいが、酔った勢いでタチの悪い冗談を仕掛ける、厄介客のひとりだ。

「魔女……?」

 真っ白な女は不審そうに常連へと顔を向ける。

「ああ、おっぱいがデカくて綺麗な青髪をした魔女だよ。何があったか知らねえが、魔術協会をクビになって、傭兵ひとり雇えねえってグチってたからよ、路地裏に転がってた隻眼の男を紹介してやったんだ」
「紹介ってお前なあ。おもしろがって押し付けただけだろ」

 そういえば、奴が連れて来た男も黒髪だった。ぼろきれで顔の半分を隠していたから、隻眼という特徴と矛盾はしていない。

「あれは失敗したなあ。てっきり悲鳴のひとつでも上げると思ったのに、笑って上の宿に連れ込んで行きやがった」
「連れ……」

 女の顔がひきつる。

「まさかあの魔女が悪食趣味とは思わなかったぜ。そんなんなら、俺だって一度オネガイしたのによ」

 常連は悔しそうに口をとがらせる。
 安心しろ、あの魔女はお前を鼻にもひっかけねえから。
 女は慌てて俺を見た。白い顔からは血の気が引いている。

「ご店主、魔女たちはその後……」
「うちは宿屋も兼ねてるからな。普通に客として一晩泊めてやったよ」
「……!」

 女は息をのんだ。

「彼はその後……?」
「旅に出るっていって、翌朝ふたりでチェックアウトしてったな」
「行先は、ご存知ありませんか?」
「いや。客の私生活は聞かないようにしてるから」
「そう……ですか。ご協力、感謝します」

 女はぺこりと頭をさげると、カウンターに銀貨を置いて入り口に向かった。仲間らしい神官たちと共にどこかへと向かっていく。

「……まいど」

 俺は銀貨をポケットにしまい込んだ。
 あの日、何をやったのかエリスは魔力を使い果たして髪が真っ黒になっていた。連れの男も隻眼こそ変わらないものの、健康体だった。
 ここで仕入れた情報通り『ボロボロの傭兵を連れた青髪の魔女』を探したところで、彼女らは見つからないだろう。
 情報提供者としては、補足説明すべきだったかもしれない。
 新情報に喜んだ女は、きっともう一枚銀貨をくれただろう。
 話さなかったのは、店主としての勘だ。
 あの女は、傭兵の状態に関しては、さほど感慨を見せなかった。探しているのは落ちぶれて話すこともできない者だというのに、気遣う様子が一切ない。
 顔色が変わったのは、魔女に拾われたと聞いてからだ。
 探していた相手を誰かが助けた、と聞けば安堵するのが普通ではないだろうか。
 なんだか嫌な予感がして、結局何も話せなかった。

「エリス……お前、何やってんだ?」

 駆け出しのころから、うちに出入りしていた破格の魔女。
 危なっかしい酒の飲み方をするあいつを、何度かばってやったか知れない。
 女のくせにうちの料理をうまいうまいと毎回幸せそうに食べるものだから、すっかり酒場の娘のような扱いだ。
 勇者パーティーに派遣されたとかで、二年も顔を見せなかったと思ったら、これだ。

「無事に戻ってこいよ」

 俺は祈るようにつぶやいた。

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