用心棒(ジオ視点)
「じゃ、新入り。勤務中はコレつけてろよ」
カメリアガーデンの用心棒に仮面を渡され、俺は頷いた。仮面をつけて顔をあげると、彼も同じようにして仮面をつけている。黒服に仮面が娼館『カメリアガーデン』の制服だ。
エリスが娼館付属の工房で製薬に集中する一方で、俺はアルバイトを始めていた。
傭兵の俺にとって武力で店を守る用心棒は、うってつけの仕事である。
「ジオだっけ? お前、エリスの護衛なのにこんなことしてていいのか?」
俺の身支度が整ったのを確認してから、先輩用心棒は不思議そうに尋ねた。
「製薬に集中しているエリスは基本的に工房から出ませんから。出ても娼館の食堂に行くくらいがせいぜいですし」
「そのへんは元々、俺たちが警備してるからなあ。張り付いてる意味もねーか」
「必要ならやりますが、ただ待機しているだけは性に合わなくて」
「わかる。立ってるだけってのは、体がなまるよな」
そう言って先輩用心棒は笑った。
あの日の俺は傭兵ランクどころか、金も衣類も、剣すらも持っていなかった。彼女に力を貸すと言っておきながら、結局装備も何もかもエリスに用立てさせてしまっている。
エリスは『事情があったんだから仕方ない』と笑って許してくれているが、せめて生活費だけでも自分で賄いたい。
俺は先輩用心棒のあとについて歩き始めた。まずは設備や建物の位置関係を頭に叩き込む必要がある。仮面の縁取りごしに娼館のきらびやかな家具を観察した。
「……警備も含めた男衆は全員仮面着用が義務ですが、どうしてこんなことを? とっさの空間把握に支障が出るのでは」
鼻と口をふさいでいるのも問題だ。呼吸を阻害されては、長期戦に耐えられないだろう。
「面倒でもしょうがねえよ。客が『娼館に来てまで男の顔を見たくねえ』って言ったのが原因らしいから」
「……それは、しょうがないですね」
いつの世も、男というのはどうしようもない。
「慣れると悪くないもんだぜ? 仮面のぶん、視線や表情を読み取られにくいからな。威圧感が出るから、戦うのが下手な奴でもとりあえず仮面かぶっときゃビビッてもらえる」
「なるほど」
「気を付けるとしたら、たまーに仮面の死角をついて悪さしようとする奴だな。あいつらが思ってるより、こっちは周りが見えてるんだが。って……しまった」
先輩用心棒は突然足を止めた。
「お前よく考えたら左目見えてねーんじゃねえか。今更だけど仮面つけてて大丈夫か? 俺ら以上に視界が狭いだろ」
「お気遣いなく、俺も慣れてますから」
普段不気味がられるから隠しているが、俺の金眼には強い力がある。少々布でふさいだ程度で知覚に問題はない。むしろ、ここで働く誰よりも広い視界を持っているだろう。
「へえ~傭兵の経験ってやつかねえ」
先輩用心棒はうんうんと頷いた。こんなところで働いている割に、彼はずいぶんと素直なタチらしい。
「細かい作法はこれから教えるが、大原則をひとつだけ教えとく。俺たちの保護優先順位は、一に上客、二に店、三に姫だ」
「……一が姫ではなく?」
姫、とは王侯貴族のことではない。ここで働く女性たちだ。彼女たちは金を生み出す商品のはずなのだが。
「どいつに傷がついた時がヤバいかって話だ。出入りの貴族が怪我したら、店そのものがヤバくなる。店が壊れたら俺たち全員がヤバくなる。姫が怪我したら……交換すればいいだけの話だ」
「できるだけ、全員の生活を守るための順位、ということですか」
「良く言えばな」
仮面で表情を隠しているが、先輩用心棒の声は硬い。自分でもいいとは思ってないんだろう。本当にお人好しな用心棒である。
「だったら……」
更にたずねようとした時だった。
ガシャン! という大きな音が店の表から響いてきた。
カメリアガーデンの用心棒に仮面を渡され、俺は頷いた。仮面をつけて顔をあげると、彼も同じようにして仮面をつけている。黒服に仮面が娼館『カメリアガーデン』の制服だ。
エリスが娼館付属の工房で製薬に集中する一方で、俺はアルバイトを始めていた。
傭兵の俺にとって武力で店を守る用心棒は、うってつけの仕事である。
「ジオだっけ? お前、エリスの護衛なのにこんなことしてていいのか?」
俺の身支度が整ったのを確認してから、先輩用心棒は不思議そうに尋ねた。
「製薬に集中しているエリスは基本的に工房から出ませんから。出ても娼館の食堂に行くくらいがせいぜいですし」
「そのへんは元々、俺たちが警備してるからなあ。張り付いてる意味もねーか」
「必要ならやりますが、ただ待機しているだけは性に合わなくて」
「わかる。立ってるだけってのは、体がなまるよな」
そう言って先輩用心棒は笑った。
あの日の俺は傭兵ランクどころか、金も衣類も、剣すらも持っていなかった。彼女に力を貸すと言っておきながら、結局装備も何もかもエリスに用立てさせてしまっている。
エリスは『事情があったんだから仕方ない』と笑って許してくれているが、せめて生活費だけでも自分で賄いたい。
俺は先輩用心棒のあとについて歩き始めた。まずは設備や建物の位置関係を頭に叩き込む必要がある。仮面の縁取りごしに娼館のきらびやかな家具を観察した。
「……警備も含めた男衆は全員仮面着用が義務ですが、どうしてこんなことを? とっさの空間把握に支障が出るのでは」
鼻と口をふさいでいるのも問題だ。呼吸を阻害されては、長期戦に耐えられないだろう。
「面倒でもしょうがねえよ。客が『娼館に来てまで男の顔を見たくねえ』って言ったのが原因らしいから」
「……それは、しょうがないですね」
いつの世も、男というのはどうしようもない。
「慣れると悪くないもんだぜ? 仮面のぶん、視線や表情を読み取られにくいからな。威圧感が出るから、戦うのが下手な奴でもとりあえず仮面かぶっときゃビビッてもらえる」
「なるほど」
「気を付けるとしたら、たまーに仮面の死角をついて悪さしようとする奴だな。あいつらが思ってるより、こっちは周りが見えてるんだが。って……しまった」
先輩用心棒は突然足を止めた。
「お前よく考えたら左目見えてねーんじゃねえか。今更だけど仮面つけてて大丈夫か? 俺ら以上に視界が狭いだろ」
「お気遣いなく、俺も慣れてますから」
普段不気味がられるから隠しているが、俺の金眼には強い力がある。少々布でふさいだ程度で知覚に問題はない。むしろ、ここで働く誰よりも広い視界を持っているだろう。
「へえ~傭兵の経験ってやつかねえ」
先輩用心棒はうんうんと頷いた。こんなところで働いている割に、彼はずいぶんと素直なタチらしい。
「細かい作法はこれから教えるが、大原則をひとつだけ教えとく。俺たちの保護優先順位は、一に上客、二に店、三に姫だ」
「……一が姫ではなく?」
姫、とは王侯貴族のことではない。ここで働く女性たちだ。彼女たちは金を生み出す商品のはずなのだが。
「どいつに傷がついた時がヤバいかって話だ。出入りの貴族が怪我したら、店そのものがヤバくなる。店が壊れたら俺たち全員がヤバくなる。姫が怪我したら……交換すればいいだけの話だ」
「できるだけ、全員の生活を守るための順位、ということですか」
「良く言えばな」
仮面で表情を隠しているが、先輩用心棒の声は硬い。自分でもいいとは思ってないんだろう。本当にお人好しな用心棒である。
「だったら……」
更にたずねようとした時だった。
ガシャン! という大きな音が店の表から響いてきた。