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作者: タカば
歓楽街
「さ、行くわよ」

 傭兵ジオを雇ってから数日後、乗り合い馬車を乗り継いだ私たちは目的地に到着した。
 馬車留の先には、魔法でキラキラとライトアップされた華やかな街並みがある。

「エリス、待ってください」

 ジオが私の後をついてくる。
 街を出た彼はふたたび衣装替えをしていた。黒をベースにしたシンプルな服に革製の防具、手入れされた長剣とナイフに厚手のマントを身に着けている。派手さはないけど、傭兵らしい旅装だ。
 左目に眼帯をつけ、金の瞳を隠してしまったジオはどこにでもいる傭兵のひとりに見えた。命のやりとりをしている傭兵が片目をなくすなんて、よくあることだからだ。

「こんなところ、一人歩きしたら危ないですよ」

 私の隣に並びながら、ジオは周囲に目をくばる。
 眼帯で片目を覆って戦闘に支障は出ないのか、と思ったけど問題ないみたいだ。竜を思わせる独特の瞳は、やはり強い力を持っているらしく布地の一枚くらい見通せるようだった。

「平気よ、この街は慣れてるもの」
「え……慣れ……?」

 ジオがぎょっとした顔になる。
 まあ、気持ちはわかるけどね。
 この街は、お金持ちの男性が正式なパートナー以外の女性と一夜の夢を見る場所。いわゆる歓楽街だ。派手な看板の下では、厚く化粧をした女たちが道行く男性の袖を引いている。
 若いと言ったら語弊があるかもだけど、少なくとも二十代の女が通う場所ではない。
 でも私の目的地はこの奥だ。
 戸惑うジオを連れて、私は立派な館の前にやってきた。門の前に立つ仮面の男たちに声をかける。彼らはここの用心棒だ。

「マリータに会いたいんだけど、つないでくれる? エリスが来たって言えばわかるから」
「エリス様ですね。少々お待ちください」

 仮面の男のひとりがうやうやしくお辞儀をすると、すぐに中に入っていく。

「え、エリス……あの、ここってもしかして……」
「娼館よ。『カメリアガーデン』はこの街一番の人気店なの」

 そう言うと、ジオの顔からさあっと血の気が引いていく。

「資金調達って……エリス、まさかあなたは自分の身を! やめてください! そんなことをするくらいなら俺が!」
「何を早とちりしてるの。そんなことしないわよ」
「ですが……!」
「はいはい、迎えが来たみたいだから中に入るわよー」
「エリス!」

 パニックになっているジオを連れて、私は娼館へと足を踏み入れた。





「勇者パーティーから追い出されたんだって?」

 部屋に入ると、呆れ声がとんできた。
 客を迎える部屋の奥、女たちを管理をする関係者エリアに通され、ひときわ立派な執務室のドアをくぐった先に、目的の人物はいた。
 娼館『カメリアガーデン』のオーナー、マリータ・カメリアだ。いち娼婦から身を立て、女主人にまで上り詰めた彼女は、相変わらず独特の風格がある。

「耳が早いわね」
「ウチを何だと思ってるんだい。うちの女どもの知らない秘密なんて、この世にないよ」

 娼館には情報が集まる、とは聞いてたけど本当だったのか。この調子だと、私が魔術協会を辞めた件も知ってそうだ。

「それで、ウチに転職する気かい? 見目は悪くないけど、アンタみたいに面倒くさい高齢処女なんざ買い手はつかないよ?」
「違うわよ!」
「しょっ……」

 ツッコミをいれる私の隣で、ジオが絶句する。

「え? もう勇者の手がついた後だったかい」
「あのバカのお手付きなわけないでしょ! っていうか、そんなの誰にもっ……」
「エリスが……しょじょ」

 お願い、反芻しないで!
 この歳まで誰ともそんな関係じゃなかったのは、たまたまだから!

「身を売りに来たわけじゃないの! ジゼルの工房を貸してもらいたいの」

 私は娼館専属医師の名前を出した。

「協会長に盛る毒薬でも作るのかい?」
「作りたいのはやまやまだけどね。私が作りたいのは薬! 製造設備がなくて困ってるの。ここなら、魔術協会の管轄外だからこっそり作ってもバレないでしょ」
「悪くない売り物だね。アンタの腕ならどの薬も一級品だろう」

 マリータはぎらりと目を光らせる。

「で……アタシへの見返りは?」
「今は現金がないから、できた薬を一割引きで売るっていうのはどう?」
「三割引き」
「そんなに引いたら材料費が出ない。一割五分」
「ウチが材料を卸すならどうだい?」
「……仕入れ値にもよるけど、二割引きなら」
「商談成立だね、好きに使いな」
「よしっ!」

 私は思わずガッツポーズになる。
 魔術協会を追い出された私には、身に着けた技術以外に売れるものがない。技能を生かそうにも工房なしでは、ろくな薬が作れないから大幅な時間ロスになるところだったのだ。

「薬を作る間寝起きする部屋がいるだろ。サービスで用意してやるよ」
「ありがとう、マリータ!」

 マリータはにやりと笑う。

「ベッドはそのボウヤとふたりでひとつがいいかい?」
「別々で!」

 私は思わず絶叫した。
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