あこがれの先輩(ミレーユ視点)
「エリス先輩が勇者パーティーから追放された?」
とびこんできたニュースが信じられなくて、私は思わず聞き返した。でも、同僚魔女は青い顔のまま大きく頷く。嘘を言っている顔じゃなかった。
「セレナとソフィーが聞いたって。ほら、あの子たちの仕事場って、協会長の執務室に近いから」
「え……どうして? 理由は?」
「パーティー内で問題を起こしたからだって。でも……そんなのおかしいよ。エリス先輩が失敗するわけないもん」
「だよね」
エリス先輩は私たち魔女の中で、いや魔術協会の中で一番優秀な魔法使いだ。
彼女が出向先で問題を起こすなんて信じられない。
「おい、魔女ども何を騒いでる」
私たちが話し込んでいると、廊下から声がかかった。振り向くと男性魔法使いが大きな木箱を抱えて立っている。木箱の中には空のフラスコがいくつも入っていた。
「くだらないおしゃべりをしてる暇があったら、手を動かせ。このフラスコ全部に精製水をいれて第五研究室まで届けるんだ」
「ええ? 精製水なら、朝作って届けたはずですけど」
「それじゃ足りないから言ってるんだろ。さっさとしろ」
「待ってください、そんなことしてたら私たちの研究を進める時間が……!」
「はっ……お前らの研究?」
男性魔法使いは、私たちの抗議を鼻で笑った。
「魔女の論文が年間いくつ報告されてるんだよ。お前らが研究したところで、使い物になるわけないじゃないか」
「それはあなたたちが、雑用ばっかり押し付けるせいで時間がとれなくて……!」
「言い訳だけは一人前だな」
私たちの言い分を聞く気のない魔法使いは、ヘラヘラと笑うだけだ。
「いいから精製水を作れ。夕方の実験に間に合わなかったら上司に報告して査定を下げさせるからな」
フラスコ入りの木箱を私に押し付けると、魔法使いは去っていった。
「むかつく……水に不純物を混ぜてやろうか」
「ミレーユ、落ち着いて。気持ちはわかるけど、ソレやったらアウトだから」
「わかってる……」
私はぎゅっと箱を抱える手に力を込めた。
この国では女性が魔術を学び知識をつけることをよく思わない男が多い。
当然魔術の世界も男社会だ。
魔女たちはどれほど優秀であっても『女である』その一点で評価を下げられる。
努力して魔法使いの資格を得たとしても、与えられる仕事は雑用ばかりで何の研究もさせてもらえない。出世なんて夢のまた夢だ。
「切り替えて、がんばらなくちゃ。エリス先輩はこんな状況でも成果をあげてたんだから」
エリス先輩は、私たち魔女の希望の星だった。
男たちに邪魔されどれだけ冷遇されても、実績を積み上げてのし上がってきた本物の天才だ。
「勇者パーティーから外されたのなら、また研究室に戻ってくるはずだし」
あとひとつ功績をあげれば、協会長の席にだって手が届く。
そう思われた矢先に、エリス先輩に出された辞令が『勇者パーティーへの出向』だった。
表向きは、誉れある優秀な勇者パーティーへの助力依頼、だったけど実態は研究環境を奪う左遷だった。
先輩は『これも仕事よ』と言って、旅立っていったけど、彼女の不在は大きな損失だった。
彼女がいない間、魔女どころか魔術協会全体の研究が滞っている。
「それがね……」
同僚魔女は、眉を寄せてため息をついた。
「エリス先輩、魔術協会も辞めちゃったんだって」
「え」
「要は任務失敗でしょ? 協会長がその責任をとらせる、って言って二階級降格の上研究室を閉鎖したんだって。それを聞いて、出ていったって」
「先輩が……やめた?」
ぐら、と視界が歪んだ。
エリス先輩は私たち、いや私の希望の星だった。
私が頑張れたのは、エリス先輩がいたからだ。功績をあげて、出世していく彼女がいたからこそ、その背中を追えたのだ。
彼女ができたんだから、きっと私もできる、って信じられた。
彼女がトップに立てば、窮屈な魔術協会の空気が変わると思ったから踏みとどまれた。
でも、エリス先輩はもういない。
理不尽にはじき出されてしまった。
「……そんな」
体に力が入らない。
手の間から木箱が滑り落ちた。床に投げ出されたフラスコが粉々に割れる。派手な音がしたはずなのに、どこか遠くの出来事のように感じた。
「魔女ども、うるさいぞ!」
音を聞きつけて、また男性魔法使いがやってきた。でも私は振り返ることができない。
「おい……このフラスコ、ひとついくらすると思ってるんだ! さっさと掃除して精製水を作れ!」
「……無理」
ぽろりと言葉がこぼれた。
「は?」
「もう無理、できない」
私はそれっきり、立ち尽くした。
とびこんできたニュースが信じられなくて、私は思わず聞き返した。でも、同僚魔女は青い顔のまま大きく頷く。嘘を言っている顔じゃなかった。
「セレナとソフィーが聞いたって。ほら、あの子たちの仕事場って、協会長の執務室に近いから」
「え……どうして? 理由は?」
「パーティー内で問題を起こしたからだって。でも……そんなのおかしいよ。エリス先輩が失敗するわけないもん」
「だよね」
エリス先輩は私たち魔女の中で、いや魔術協会の中で一番優秀な魔法使いだ。
彼女が出向先で問題を起こすなんて信じられない。
「おい、魔女ども何を騒いでる」
私たちが話し込んでいると、廊下から声がかかった。振り向くと男性魔法使いが大きな木箱を抱えて立っている。木箱の中には空のフラスコがいくつも入っていた。
「くだらないおしゃべりをしてる暇があったら、手を動かせ。このフラスコ全部に精製水をいれて第五研究室まで届けるんだ」
「ええ? 精製水なら、朝作って届けたはずですけど」
「それじゃ足りないから言ってるんだろ。さっさとしろ」
「待ってください、そんなことしてたら私たちの研究を進める時間が……!」
「はっ……お前らの研究?」
男性魔法使いは、私たちの抗議を鼻で笑った。
「魔女の論文が年間いくつ報告されてるんだよ。お前らが研究したところで、使い物になるわけないじゃないか」
「それはあなたたちが、雑用ばっかり押し付けるせいで時間がとれなくて……!」
「言い訳だけは一人前だな」
私たちの言い分を聞く気のない魔法使いは、ヘラヘラと笑うだけだ。
「いいから精製水を作れ。夕方の実験に間に合わなかったら上司に報告して査定を下げさせるからな」
フラスコ入りの木箱を私に押し付けると、魔法使いは去っていった。
「むかつく……水に不純物を混ぜてやろうか」
「ミレーユ、落ち着いて。気持ちはわかるけど、ソレやったらアウトだから」
「わかってる……」
私はぎゅっと箱を抱える手に力を込めた。
この国では女性が魔術を学び知識をつけることをよく思わない男が多い。
当然魔術の世界も男社会だ。
魔女たちはどれほど優秀であっても『女である』その一点で評価を下げられる。
努力して魔法使いの資格を得たとしても、与えられる仕事は雑用ばかりで何の研究もさせてもらえない。出世なんて夢のまた夢だ。
「切り替えて、がんばらなくちゃ。エリス先輩はこんな状況でも成果をあげてたんだから」
エリス先輩は、私たち魔女の希望の星だった。
男たちに邪魔されどれだけ冷遇されても、実績を積み上げてのし上がってきた本物の天才だ。
「勇者パーティーから外されたのなら、また研究室に戻ってくるはずだし」
あとひとつ功績をあげれば、協会長の席にだって手が届く。
そう思われた矢先に、エリス先輩に出された辞令が『勇者パーティーへの出向』だった。
表向きは、誉れある優秀な勇者パーティーへの助力依頼、だったけど実態は研究環境を奪う左遷だった。
先輩は『これも仕事よ』と言って、旅立っていったけど、彼女の不在は大きな損失だった。
彼女がいない間、魔女どころか魔術協会全体の研究が滞っている。
「それがね……」
同僚魔女は、眉を寄せてため息をついた。
「エリス先輩、魔術協会も辞めちゃったんだって」
「え」
「要は任務失敗でしょ? 協会長がその責任をとらせる、って言って二階級降格の上研究室を閉鎖したんだって。それを聞いて、出ていったって」
「先輩が……やめた?」
ぐら、と視界が歪んだ。
エリス先輩は私たち、いや私の希望の星だった。
私が頑張れたのは、エリス先輩がいたからだ。功績をあげて、出世していく彼女がいたからこそ、その背中を追えたのだ。
彼女ができたんだから、きっと私もできる、って信じられた。
彼女がトップに立てば、窮屈な魔術協会の空気が変わると思ったから踏みとどまれた。
でも、エリス先輩はもういない。
理不尽にはじき出されてしまった。
「……そんな」
体に力が入らない。
手の間から木箱が滑り落ちた。床に投げ出されたフラスコが粉々に割れる。派手な音がしたはずなのに、どこか遠くの出来事のように感じた。
「魔女ども、うるさいぞ!」
音を聞きつけて、また男性魔法使いがやってきた。でも私は振り返ることができない。
「おい……このフラスコ、ひとついくらすると思ってるんだ! さっさと掃除して精製水を作れ!」
「……無理」
ぽろりと言葉がこぼれた。
「は?」
「もう無理、できない」
私はそれっきり、立ち尽くした。