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作者: タカば
方針決め
「これからのことについて、話し合いたいと思います!」

 酒場で朝食のテーブルについた私は、作戦会議を宣言した。
 二階が宿屋になってる関係で、宿泊者向けに朝食も出してくれるんだよね。寝起きに暖かいスープとパンが出てくる宿屋、ありがたい。

「全て、魔女様のお心のままに」

 私の真正面に座ったジオが、左右で色の違う瞳を細めてにっこりと笑った。
 ちなみに、彼が現在着ているのは宿屋の主人から借りた古着だ。着ていた服は汚れてボロボロで、とてもじゃないけど着直せなかったのだ。借り物の服だから、多少サイズがあわないのは覚悟してたけど……上着の袖からはジオの長い腕が完全にはみだしていた。足りてないのはズボンも同じで、よれよれの裾からやっぱり長い足がのぞいている。
 食事をしたら、装備も調達しないとダメだな、これは。
 私はスープをこくりと飲み込むと、口を開く。

「私に従ってくれるのは嬉しいけど、思考停止はやめて。私がほしいのは、奴隷じゃなくて仲間よ」

 ぴしゃりと宣言する。
 ちょっと言い方がきつかったかなーと思うけど、立ち位置は大事な問題だ。

「……失礼しました、魔女様」

 ジオは素直に頭を下げる。
 命の恩人って慕ってくれるのは嬉しいんだけどね。行き過ぎは困る。

「その魔女様もやめて。私の名前はエリスよ」
「しかし、俺にとって魔女様は魔女様で……」
「エリス」
「……エリス様」
「エリスで」
「……エリス、さん」
「エリスって呼ばないと今すぐクビにするわよ」
「……えり、す」

 美青年はこの世の終わりのような絶望顔で私の名前を呼んだ。
 何故私がいじめっこの気分にさせられるのか。

「できれば敬語もやめてほしいんだけど」
「それだけはご容赦ください……」

 ジオは消え入りそうなうめき声を絞り出す。

「まあ、これくらいはいいか」

 雇用関係と思えば敬語は普通だし。

「じゃあ、改めてこれからの目的を話すわよ」
「はい」

 ジオはぴしっと居住まいを正した。

「達成したい大目標と、当面片付けなくちゃいけない小目標、どっちから聞きたい?」
「大目標でお願いします。最終的なゴールがわかっていたほうが、小目標についても理解がしやすいので」
「最高!」
「え、エリス……?」
「ごめん、こっちの話。あー順序だてて話を聞いてくれる仲間っていいわねえ」

 セクハラ勇者ヴィクトルじゃこうはいかない。
 大目標から話し始めたら、回りくどいといって文句を言うし。かといって小目標だけ説明したらなんでそうなるんだって文句を言うし。結局、敵に突っ込んでいって大暴れする以外の提案を認めないんだよね。
 トラップだらけの階層で、あいつに罠を避けさせるのにどれだけ苦労したことか。

「話を進めるわね。最終目標は、『この大陸を救う事』よ」
「世界の救済ですか」

 ふむふむ、とジオは大真面目に頷いた。荒唐無稽だと呆れられることを覚悟していたんだけど。
 命の恩人バイアスのおかげでも、否定されないのは正直助かる。

「このフローディア王国の南にある、大規模ダンジョン『コキュートス』は知ってる?」
「世界最大深度のダンジョンですよね。何度か探索に降りたことがあります」
「あら、探索許可をもらってたのね。本当に優秀だったんだ」

 この世界には『ダンジョン』と呼ばれる生きた迷宮が存在する。神の悪戯か悪魔の罠か。ダンジョンはその怪しい回廊の中でマナを循環させ、様々な悪意ある異形を生み出す。ただ迷宮の奥に怪しげな生き物がいるだけならいい。だけど、ダンジョンが無尽蔵に生み出し続ける異形は入り口からあふれ出し、近隣の生態系を破壊してまわる。その生態系の中にはもちろん人間も含まれていた。
 古来より、ダンジョンは人類が最も注意すべき、外敵の巣窟なのである。
『コキュートス』はその中でも、最も深く最も危険度の高いダンジョンだ。出現は二十年前と他のダンジョンに比べて若いが、成長速度が異常に早い。出現から十年目にはもう第十階層が発見され、どんどんと階層が増えていった。現在はどれくらいの深度になっているのか、誰にもわからなくなっている。

「あそこ、出てくる魔物が強すぎるから国の認定を受けた傭兵パーティーしか入れないのよね」

 探索資格を得て迷宮入りし、五体満足で戻った彼は、それだけ実力があったということだろう。

「エリスも中に入ったことが?」
「ええ。ついこの間まで『勇者ヴィクトル』のパーティーメンバーだったの」
「フローディア最強のパーティーじゃないですか……! ダンジョン踏破にもっとも近いグループだと、噂を聞いたことがあります」
「……まあ、そうだったかもね」
「小目標は、もしかして勇者への協力ですか?」

 私は首を振った。

「違うわ。私はあのパーティーをクビになってるもの」
「え……?」

 ジオの大きな瞳が、更に見開かれた。
 マヌケ顔になっても整っているとか、イケメンはずるいな。
 茫然としているジオに、パーティーをクビになった経緯を説明する。それを聞いているうちに、ジオの目が今度はどんどん吊り上がっていく。

「そんな理由であなたをクビに……しかも魔術協会まで……?」
「世の中って理不尽よね」
「理不尽どころじゃありません。今からでも抗議をして!」
「無駄よ。理由はどうあれ、彼らは正式な手続きを経て私を排除した。この決定は覆せないわ」
「そうかもしれませんが……」
「それに、私たちはこんなことを気にしている暇なんてないの」
「どういう、ことですか?」

 ジオの金の瞳がきらりと光った。

「さっきも言ったでしょ。この大陸の滅亡よ。『コキュートス』を放置したら、この大陸中のマナを消費し尽くして、土地全体が砂漠化するわ」
「ダンジョンがマナを消費……そんなこと、あるんですか?」

 マナ、とはこの世界の全てに宿るエネルギーだ。私たち魔法使いは世界に宿るマナに自分の魔力を乗せて様々な現象を起こす。動植物全ての生命活動を支えるエネルギーが枯渇したら、当然そこに新たな命は産まれない。

「まだ、仮説段階だけどね。ダンジョン内を探索しながらマナの流れを調査して、そう結論づけたんだけど……誰も検証してくれなくて」

 魔術協会と王国騎士団、双方にダンジョンの危険性を訴える報告書を出したけど、返事が来ることはなかった。代わりにやってくるのは、『早くダンジョンの底に到達しろ』『有用性の高いレアアイテムを発見しろ』という指示だけ。
 あいつら、絶対私の報告書を読んでなかっただろ。
 大陸そのものが死の大地になったら、レアアイテムも何もないっていうのに。

「ヴィクトルを支援して、ダンジョンコアにたどりついたら解決するかもって思ったけど、クビになった今はもうアテにできない。私は私で、独自に動くわ」
「……いいんですか?」

 ジオは眉を下げる。彼はこの目標が不満なようだ。

「あなたをクビにした、ということは勇者も協会も……国もあなたを否定したわけでしょう? 目的を達成しても、誰も評価しません。わざわざ彼らの代わりにダンジョン攻略しなくてもいいじゃないですか」
「別にあいつらのためじゃないわ」

 私はきっぱりと言い切った。
 それは本心だ。

「大陸が死の大地になったら、ここに住む人全員が困るでしょ。別のところに引っ越してはい終わりって言えるほど、薄情になれないもの」
「……魔女様は」
「エリス!」
「エリス、あなたはやはりお優しい」

 にこりとジオが微笑んだ。
 不意打ちやめて。
 サイズの合わないよれよれの古着を着てるのに、なんでこんなにかっこいいの。

「では、大陸救済のために、何から手をつけましょうか」

 大目標を理解したら、次は小目標。
 理解の早い仲間は大歓迎だよ!
 ジオの問いに私もにっこり笑う。

「まずは資金調達よ!」


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