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作者: タカば
昨日の私、何やった?
「ええと……ジオ、だっけ? ごめんなさい、顔を上げてもらえる?」

 私はベッドに座ったまま、床に跪くジオに声をかけた。態度がデカいとよく言われる私だけど、さすがに人を見下ろしたまま会話できるほど、肝は太くない。
 言われてジオはぱっと顔をあげた。左右色違いの瞳が私を見る。
 うん、やっぱりこの金の瞳は綺麗だ。
 思わず見とれていると、ジオはかあっと顔を真っ赤に染め上げた。
 青と金の瞳は私の顔よりやや下の部分に釘付けになっている。

「あ」

 いつのまに脱いだのか、私はキャミソールと下着しか身に着けてなかった。床に膝をついているせいで視線の低いジオの眼前には、白く深い谷間がさらされている。
 私が見られていることに気づいたことに気づいたジオは、ばっ、と慌てて視線を外した。

「も、申し訳ありませんっ!」
「ごめんっ! こんなの見せられても困るわよね! すぐに服を着るから!」
「いいいいいえっ……ま、魔女様は綺麗です!」

 私は慌てて周囲を見回すと、床に放り出された魔法使いのローブを拾って身に着けた。それ以外の衣類も部屋のあちこちに転がっている。
 ねえ、本当に昨日何をやったの、自分。

「服を着たから、大丈夫よ。こっちを向いてくれる?」

 跪くどころか、正座で待機していたジオにもう一度声をかける。半裸の美青年は、おそるおそるこちらを見て、私がローブを着込んでいることを確認してから息を吐いた。

「申し訳……ありません」
「いやそれはいいから。下着姿だった私も悪いし」
「……ですが」
「きりがないから、この話はここで終わり! 立って、ベッドの横に座るかそっちの椅子に座るかしてちょうだい。床にいられたら話しづらいわ」

 ジオはこくりと頷くと、ベッドサイドに置かれた粗末な椅子に座った。

「えーと、それで……これってどういう状況?」
「どういう、とは?」
「あなたと私のことよ。情けないことに昨日居酒屋で飲んでたあたりから記憶がないの」

 宿屋の一室で朝を迎えた半裸の男女。
 酒の勢いでアレコレしてしまった大人の朝そのものではないか。

「もしかして私、酒の勢いであなたを……!」

 どうしよう。
 彼はどう見ても年下だ。下手したらまだ十代かもしれない。
 勇者パーティー追放と魔術協会追放に加え、淫行罪まで犯してしまったなんて、立ち直れない。

「そんなことはされてません! あなたは清らかな方です!!」

 ジオは顔を真っ赤にして否定する。
 だったらどうして私たちは半裸だったんだ。説明を求む。

「昨日のあなたは、かなりお酒を過ごされていましたからね……」

 ジオはへにょ、と眉を下げた。なるほど、素が出るとかわいくなるタイプか。

「俺の主観になりますが、昨日の出来事をご説明しても?」
「お願い」

 この状況、理由を知らなければ死んでも死にきれない。
 ジオは低く静かな声で話し始めた。

「昨夜、魔女様は下の酒場で食事されていました」
「ストレートにヤケ酒煽ってたって言っていいわよ」
「……っ、それで、その……護衛が雇えない、とこぼしていたそうで」
「あーそれね」

 私は頷いた。
 魔術協会を辞めて、まず最初に直面したのが身元保障の問題だった。
 商隊の護衛などを請け負う傭兵ギルドは、人材と信用が財産だ。下手な相手に貴重な人材を貸し出すわけにはいかない。力ある者を求めるなら、依頼人もそれ相応の身元を証明する必要がある。
 私も以前は、傭兵を雇う時に魔術協会研究員の身分を利用していた。勇者パーティーを抜けて、魔術協会に戻る時だってそのおかげで安全に移動することができた。
 しかし、現在の私はただの無職。
 わけあって勘当されているから、実家の名前を使うこともできない。
 そんな人間が契約できる傭兵など、最底辺のゴロツキレベルの輩しかいないのだ。
 魔法使いの一人旅は危険だ。高度な技術を持っている割に、大した武力を持たない者がほとんどだからだ。裏路地で攫われて売られるのがオチである。
 組織から追放された上に護衛も雇えず、街から出られない。苛立ちまぎれに酒を飲んでしまっても仕方のない事態と言えるだろう。

「その話を聞いた、酒場の他の客が俺を連れてきたんです。『あんたには、この最低ランクの傭兵がお似合いだろう』って言って」
「ジオが最低ランク? 嘘でしょ!?」

 彼の言葉が信じられず、私は思わず声をあげてしまった。
 ジオは着ているものこそ粗末だけど、その肉体は一級品だ。全身が鍛え上げられ、どの筋肉もしなやかで無駄がない。
 一朝一夕では身につかない、本物の戦士の体だ。
 彼なら白金プラチナランク、いや勇者ヴィクトルと同レベルの宝石ジュエルランクとして評価されていてもおかしくない。

「確かに……俺は半年前まで、白金プラチナ級の傭兵として登録されていました」
「だよね?」
「しかし、ある方に呪いをかけられてしまって、弱体化の上言葉を発することもできなくなっていたんです」
「なにそれ」

 この美術品みたいな青年に呪いをかけるとか、どこのバカだ。

「呪いのせいで誰かに助けを求めることもできなくて、酒場の裏でただうずくまることしかできなくなった俺は、最低ランクに降格されてしまいました」
「ひどい話ね……」
「俺を紹介した者は、呪いでボロボロの男を押し付けられたあなたが、悲鳴を上げることを期待していたんでしょう。しかし、魔女様はにっこりと笑ったんです」
「え」
「この程度の呪いなら、解いてしまえばいいって」

 ジオは柔らかに微笑む。
 きらきらとした天使の笑顔だった。

「魔女様は、俺をこの部屋に連れてきました。そして、ベッドに寝かせると、持っていた魔力と薬の全てを使って呪いを解いてくださったんです」

 なるほど~~~~~!!
 だから魔法薬が使われてたんだね!
 魔力がすっからかんになってた理由もわかるよ! こんなに強い戦士を、助けを求められないほど弱体化するなんて、相当に強い呪いだもん。解呪には膨大な魔力が必要になるね。
 だが、もっとやりようはなかったのか。
 酒の勢いとノリ怖い。

「俺を癒す魔女様は女神のように美しかった……」

 治療される間、何を見たのか。ジオはうっとりとした顔になる。

「魔女様、あなたは俺の命の恩人です。本当にありがとうございました」
「……ああはいそうね」

 とはいえ、この青年が元気になったのなら、まあいいか。
 魔力も薬も取り戻せるものだし。

「この恩は返そうにも返しきれません。あなたに生涯かけてお仕えさせてください!」

 重い重い重い!
 感謝が重い!

「いや、そんなことさせるために助けたわけじゃないから!」
「しかし!」

 ジオはまた床に跪く。

「俺が今生きているのはあなたの慈悲のおかげです。何も返さないなんて、そんなことできません!」
「って言われてもねえ……」

 彼を救ったのは酒の勢いだ。
 そんな雑な行動に人生をかけられても困る。
 お互いに沈黙していると、ジオは立ち上がった。かがんで、目線を私と同じ高さにあわせる。

「ではせめて、傭兵として雇ってはいただけませんか?」
「え」
「そもそも、魔女様はこの街を出るために護衛を探していたんでしょう? 一度は白金級の評価を受けた身です。並の傭兵よりはお役に立てると思います」
「でも、今の私は魔力も何もないし、報酬が払えないわよ」
「魔女様の魔力全部と、治療に使った魔法薬の費用。それらを俺の報酬と考えてはいかがでしょうか」

 私はジオの提案を頭の中で検討する。

「確かに、ジオのためにかかったお金だから経費……前金と思えば」

 現実問題として、今からギルドに行ったところでジオ以上の傭兵を雇うのは不可能だ。私を裏切らない、強い戦士が同行してくれるのはありがたい。

「では契約成立ですね」
「ジオ・アークフィールド、あなたを傭兵として雇います。期間は……」
「一生!」
「私が目的を達成するまで!」

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