ヤケ酒の朝
……頭が痛い。
胃がむかむかして、気持ち悪い。窓から差し込む朝の光が、いつも以上に眩しく感じる。
これは典型的な二日酔いの症状だ。
「えー……っと、何がどうしたんだっけ」
私はゆっくり体を起こした。ぐらぐらする頭で記憶をたどる。
勇者パーティーを追い出されるわ、魔術協会から冷遇されるわ、それなのに仕返しすることもできないのが悔しくて、怒りに任せてなじみの居酒屋でヤケ酒を煽ったんだっけ。
見回した部屋の内装には見覚えがある。居酒屋の二階にある宿スペースだ。
店主が見かねて泊めてくれたんだろう。
身支度を整えたら謝りにいかなくちゃ。
段取りを考えながら髪をかき上げようとした私は、その途中でぎくりと手を止めた。
「え……? 髪が……黒い?」
つい昨日まで、水底のような深い青だった私の髪が真っ黒になっていた。
魔術師の髪が青とか紫とか、カラフルな色をしているのはただのおしゃれではない。日々体内で生産される魔力を髪に保持しているからだ。たっぷりと魔力を蓄えた魔術師ほど自然界にはない鮮やかな色彩を纏っている。
髪が産まれついた時の色、つまり黒になっているということは、私の貯蓄魔力がすっからかんになっていることを示している。
「え、え、え。ちょっと待って、ちょっと待って」
私は慌てて自分の鞄を探した。
あの中には、万一のための魔力回復薬がある。あれを飲めば多少は魔力が戻るはずだ。
魔力なしの魔術師なんて、装備も武器も持ってない戦士と一緒だ。何の後ろ盾もない今、丸腰なのはまずい。
「え……」
しかし、鞄の中に魔力回復薬はなかった。
落としたとか、盗まれたとかではない。鞄の中には空になった魔法薬の瓶がいくつも入っていた。ついでに、貴重な薬の材料までもが封を切られて使われている。
二日酔いの回らない頭で、必死に昨日の記憶を手繰り寄せる。
なんとなくだけど、自分でこの瓶を開けたような気がする。
でもなんで?
こんなに魔力を使って、薬も大量に使って私は何をしていたんだろう。
何かを……やっていたような記憶だけは微妙に残ってるんだけど。
「ん~~~……」
考え込んでいると、不意に洗面所に続くドアが開いた。今まで体を洗っていたらしい、半裸の青年が入ってくる。
粗末なズボンだけを身に着けた半裸の青年、という異常事態にも関わらず私は思わず彼に見入ってしまった。だって、今までに見たこともないほど美しい男だったから。
職業はおそらく騎士か傭兵。戦うための筋肉だけで形作られた、無駄のない彫刻のような体だ。洗ったばかりで濡れた髪色は黒。まだ少年の若々しさを残した顔立ちは美しく整っている。
そして何より目を引くのは、左右で全く色の違う瞳だった。右は深い青、左は輝くような金。しかも、金の瞳の瞳孔は細く縦長で、まるでドラゴンの瞳のようだ。
「魔女様、目が覚めたのですね」
声もいい。
低い声音は落ち着いていて、聞き心地がよかった。
ぼんやりと声に聞き惚れていたら、青年は私の前まで歩いてきて……なぜか跪いた。
え? 何事?
「俺の名前は、ジオ・アークフィールド。過大な慈悲を与え、命を救ってくださった魔女様に生涯の忠誠を誓います」
「ええええええええ」
ちょっと待て。昨日の私何やった?
胃がむかむかして、気持ち悪い。窓から差し込む朝の光が、いつも以上に眩しく感じる。
これは典型的な二日酔いの症状だ。
「えー……っと、何がどうしたんだっけ」
私はゆっくり体を起こした。ぐらぐらする頭で記憶をたどる。
勇者パーティーを追い出されるわ、魔術協会から冷遇されるわ、それなのに仕返しすることもできないのが悔しくて、怒りに任せてなじみの居酒屋でヤケ酒を煽ったんだっけ。
見回した部屋の内装には見覚えがある。居酒屋の二階にある宿スペースだ。
店主が見かねて泊めてくれたんだろう。
身支度を整えたら謝りにいかなくちゃ。
段取りを考えながら髪をかき上げようとした私は、その途中でぎくりと手を止めた。
「え……? 髪が……黒い?」
つい昨日まで、水底のような深い青だった私の髪が真っ黒になっていた。
魔術師の髪が青とか紫とか、カラフルな色をしているのはただのおしゃれではない。日々体内で生産される魔力を髪に保持しているからだ。たっぷりと魔力を蓄えた魔術師ほど自然界にはない鮮やかな色彩を纏っている。
髪が産まれついた時の色、つまり黒になっているということは、私の貯蓄魔力がすっからかんになっていることを示している。
「え、え、え。ちょっと待って、ちょっと待って」
私は慌てて自分の鞄を探した。
あの中には、万一のための魔力回復薬がある。あれを飲めば多少は魔力が戻るはずだ。
魔力なしの魔術師なんて、装備も武器も持ってない戦士と一緒だ。何の後ろ盾もない今、丸腰なのはまずい。
「え……」
しかし、鞄の中に魔力回復薬はなかった。
落としたとか、盗まれたとかではない。鞄の中には空になった魔法薬の瓶がいくつも入っていた。ついでに、貴重な薬の材料までもが封を切られて使われている。
二日酔いの回らない頭で、必死に昨日の記憶を手繰り寄せる。
なんとなくだけど、自分でこの瓶を開けたような気がする。
でもなんで?
こんなに魔力を使って、薬も大量に使って私は何をしていたんだろう。
何かを……やっていたような記憶だけは微妙に残ってるんだけど。
「ん~~~……」
考え込んでいると、不意に洗面所に続くドアが開いた。今まで体を洗っていたらしい、半裸の青年が入ってくる。
粗末なズボンだけを身に着けた半裸の青年、という異常事態にも関わらず私は思わず彼に見入ってしまった。だって、今までに見たこともないほど美しい男だったから。
職業はおそらく騎士か傭兵。戦うための筋肉だけで形作られた、無駄のない彫刻のような体だ。洗ったばかりで濡れた髪色は黒。まだ少年の若々しさを残した顔立ちは美しく整っている。
そして何より目を引くのは、左右で全く色の違う瞳だった。右は深い青、左は輝くような金。しかも、金の瞳の瞳孔は細く縦長で、まるでドラゴンの瞳のようだ。
「魔女様、目が覚めたのですね」
声もいい。
低い声音は落ち着いていて、聞き心地がよかった。
ぼんやりと声に聞き惚れていたら、青年は私の前まで歩いてきて……なぜか跪いた。
え? 何事?
「俺の名前は、ジオ・アークフィールド。過大な慈悲を与え、命を救ってくださった魔女様に生涯の忠誠を誓います」
「ええええええええ」
ちょっと待て。昨日の私何やった?