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作者: Siranui
残酷な描写あり
第十話「誓った約束(上)」
 緊急任務:さらわれたマリエルの捜索及び救出、『海の魔女』アースラの討伐

 遂行者:黒神大蛇、白神亜玲澄、カルマ、エイジ、トリトン、人魚4姉妹

 犠牲者:0名

 マリエルが魂を奪われるまであと3日――

 ただひたすら、人間と化した人魚は慣れない脚で森の中を走り回る。何度も転んでは立ち上がり、そして脚をくじいては転ぶを繰り返す。

「いった……!」

 どうしよう……! 声も出せずにどうやってコミュニケーションをとればいいの!?


 ジェスチャーでもとってみようかしら。でも初対面の人間にいきなりそんな事は出来ないわ。
 カルマ達を探そうかな……でも、この『悪魔の森』の中からどうやって見つけるのだろう?

――あぁ、やっぱり私って馬鹿なのね。アースラが初めからそんな都合のいい事をするはずが無かったわ。

 心の中で深い溜め息を吐いた時、何処どこからか声が聞こえた。

「うぉぉおお!!」

 グサッ、ザシュッ……と命が消える音がする。兵士達が痛みに苦しみながら倒れる。それは不協和音のように鳴り響く。聞いてるだけで嫌になる。曲調を無視した鎮魂曲レクイエムのようだ。

「ぐぁああ!!」
「皆の者、続けぇぇっ!!」


 た、戦いっ!? 何で……!?

 森の中で起きている光景にマリエルは驚いた。
 まさか自分が憧れていた人間の世界でこんな争い事が起こっていたことが信じられなかった。

「おらおらぁぁっ! どけどけぇ!! 滅多斬りだぁぁ!!!」

「わっ――!?」

 ちょっ……、危ないでしょっ!!

 マリエルはギリギリで刀を振り回している人を避けた。

 誰なの、あの赤髪の人……。それに、手に持ってるのは何だろう? 初めて見た!

 前に人間から貰ったスプーンのような銀色に輝いて、グラデーションのように刃先に行く度に色が薄くなっている。包丁みたいなものかしら……。

 刀に見惚れていたマリエルの背後から赤髪の青年は同じような刀を目で追えない速さで引き抜いた。


冥土めいどの土産に持っていけ!『三剴抜刀さんがいばっとう傍若無人ぼうじゃくぶじん』!!」

「……!!」

 刹那、一刀両断。彼の前にあった森は一瞬で斬り落とされ、海が見えるようになった。

 この人、強い……! 見つかったらすぐに殺される!!

 咄嗟とっさにそう思い、マリエルはすぐに赤髪の青年から離れようとしたが、右足を挫いて再び転倒した。その音に気付き、一人の兵士がマリエルを捕らえる。

「おい、何者だ!」

 しまった、捕まっちゃった……!!

「正義様! この女、どうしましょう!」
「おい、その前に俺のことは『様』じゃなくて『殿』って言えって何回言ったら分かるんだ! これでもう75回目だぞ!!」

「す、すみませんでした……正義殿!」

「うむ、よろしい!! それで、この女をどうしろと、ねぇ。……よし、決めた! まずはその首ぶった斬ってやるぜぇ!! オラァ!!!」

 正義は右手に持つ刀を大上段に振りかぶる。

 ――まずいっ! このままじゃ本当に元も子も……!

 マリエルは目を瞑り、死を覚悟した。でも、遅かれ早かれ殺されるのには変わりは無い。アースラに殺されるくらいなら早くこの人に首を斬られる方が良いわ。

 人間になりたいだなんて、こんな馬鹿な事を言った私にも……それでお父様を傷つけた私にも……死に方くらい選んでもバチは当たらないでしょ?
 身体に力が入らない。さっきまで震えていたのに。脚や腕の感覚も無い。あれほどこの森を走ったのに。

 これで終わるならそれでも構わない。残す事はもう無い。むしろ爽快感すら感じてしまう。
 でも、一つだけ。最後くらいお父様に……
 、姉様達に……『家族』に謝りたかったな。




「――迷子になったまま勝手に死ぬな」

 刹那、ヒュッと刀が空気を斬る音と共にピシッと刀を抑える音が聞こえた。



「なっ!? 俺の一振りを掴んだだと……!」

「……!!」

 な、何があったの……?

 マリエルはそっと目を開ける。そこには刀を左手の三本の指で抑えている俺――大蛇の姿があった。

「……この迷子の人を引き取りに来た」

 
 お、大蛇君っ!? 何でっ……まさか助けに来たと言うの? この森の中から私を。




 今から約3時間前――
 
 俺は亜玲澄、エイジ、カルマと陸に向かうため泳ぎ、無事たどり着いた。その先には大きな森が見えている。 
 
 恐らくここにマリエルとアースラがいるはずだ。

「よし、着いたな。ここで二手に別れよう。俺と大蛇でこの森に向かうから、カルマ達は遠回りして城に行ってくれ」
「それはいいとしてよ……。お前ら、地図ないだろ」

「心配無用だ。海に入る前に大蛇に地図を渡している」

 咄嗟とっさに俺は右ポケットからびしょびしょに濡れている地図を慎重に取り出し、カルマに見せた。

「そうか、ならいいんだが……。というか使えるのか?」
「この程度ならどうということはない」
「よし、急ごう」

 俺と亜玲澄は森の中に入りマリエルの行方を、カルマとエイジは森を大きく回って城へと向かった。


 あれから約30分歩くと、そこでも分かれ道があり、亜玲澄とまた二手に別れることになった。

「……俺は右に行く」
「なら俺は左だな」

 それからまたしばらく進んでいる最中に何かしらの魔力を感じた。

「っ……! マリエルの魔力なのか!?」

 俺はその魔力の発生源がマリエルだと信じてその魔力の方へと走った、その途中だった。

 突然周りの木々が一瞬で斬り落とされた。


「危ねぇなっ! くそっ、一隊誰が仕掛けたんだ。一瞬にしてこれほどとは中々の腕の持ち主だな……」

 驚いていると、更にマリエルの姿が偶然見え、驚きを隠せなかった。

 なっ……! マリエルが人間に!? どうなってるんだ。それに、兵士に捕まっているときた。何とかしなければ……

 俺は殺される前に全力でマリエルの元へと走っていった。

 そして、今に至るのである。



 何が何だか分からず、マリエルはじっと俺の方を見て黙る事しか出来なかった。


「てめぇ……、何者だ」
「お前に名乗る名は無い」

 俺は正義に素っ気なく言い捨てる。罪も無い者を無差別に殺す者に己の名を名乗る資格はない。

「てめぇ……ムカつくぜ。この女より先にその首ぶった斬るあぁぁぁ!!」

 正義の刀に力が加わり、抑えている俺の指に圧が伝わる。

「無駄だ」

 だが俺は三本の指に力を入れ、パキンッと正義の刀を真っ二つに折った。

「何っ……!? なんちゅう握力してんだ!!」
「簡単な事だ。お前の刀がなまくらなだけだ」
「んだと……! てめぇには一発本気出さねぇと分かんねぇようだなぁ!!」

 さっき折った刀の刃先がすぐに再成され、元に戻る。

「……ほう」

 この刀は『神器』か。となると、この男もかなりの腕と見ていいな。

 ――久しぶりに本気で遊べそうだ。

「行くぜっ……『神器解放エレクト』ォォ!!」
「ちっ……ここで使うかよ!」

 やはりかと思ったが、まさかここで使うとは思わなかった。そう考えている内に正義の折れた刀が生成され、周囲に新たな刀が生成される。

「こいつが俺様の神器『幻霊刀げんれいとう鬼丸おにまる』だ!!
 おい、黒坊! 武器を出しやがれ!! 俺と勝負だああ!!!」

 「今はお前と遊んでる暇はないのだがな……。来い、『反命剣リベリオン』」


 大蛇は右手から青白い光の結晶体を生成し、掴む。その瞬間結晶体は次第に剣へと形を変え、実体化する。

「おっと、まだ名乗ってなかったなぁ! 俺様は『第二次新選組』総長 武刀正義むとうせいぎ!」


 さっきは名乗る名は無いと言ってしまったが、流れ的に言うべきか……仕方無く俺は自分の名を名乗る。本名では無く、博士から貰った名前で。

「俺は黒神大蛇……マリエルを返して貰おう」
「黒神、か……。んじゃ、いざ尋常に勝負だ黒坊ぉぉ!!」
「来るがいい、武藤正義」

 純粋な人間と竜の血を引いた人間。二人の剣士が歌姫の生死を懸けて一騎打ちを始める合図として、互いの剣を交わらせた――
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