▼詳細検索を開く
作者: Siranui
残酷な描写あり
第八話「禁忌解放(下)」
 緊急任務:依頼者マリエルの救出、『海の魔女』の正体の捜索、及び討伐
 遂行者:八岐大蛇、アレス、カルマ、エイジ
 犠牲者:0名
 

 瞬間、全ての空間が止まった。何も動けない。トリトン王も、カルマも、アレスも。

 だが時間は流れ続ける。一秒、また一秒と俺に襲いかかっているはずの雷が徐々に消えていく。同時にダンス会場も塵のように崩れていく。

「時間だけが動く世界で何も出来ない気分はどうだ、海王トリトン」
『……』
「少し強引だが、正気になってもらうぞ」

 刹那、黒い視界からトリトン王の幼少期の記憶が映画のスクリーンのように流れ始めた。産まれた時の記憶、幼い頃に何者かに虐待を受けてる記憶、愛する妻を槍で突き刺した記憶……

『がああっ!! き、記憶が……流れて、頭が痛い……っ!!』
「そうだろうな。これほど辛く、恨みたくなるような運命がとうに過ぎた事実という事を今だ受け入れられないのだからな」

 事実だなんて知ったつもりで言っているが、もちろん俺はトリトン王の幼少期や虐待された事などは全く知らない。
 だがこの『黒光無象ブラックバリスタ』は、記憶操作による精神破壊攻撃なので、どうしても赤の他人の過去の記憶を見る事になる。
 
(何が事実だ! 記憶を操作する魔法なぞ世の中には存在しない!! これは貴様が創った偽の記憶だ!)

「生憎俺は嘘が嫌いだ。残念だがこれは全てお前の脳に残る事実……」
(人間如きが……、調子に乗るなああ!!)

 トリトン王は領域内にも関わらず海穿槍リヴァイアサンを真上に掲げ始めた。

「なっ――!?」

 何故動けないはずのトリトン王が動けるのだ。もしや、トリトン王はこの禁忌魔法を破るための技を隠していたというのか……!?


「とくと見やがれ、人間……神器解放エレクトォォ!!」

 その言葉を聞いた途端、俺は確信した。俺の禁忌魔法がトリトン王の神器に負けた。これはつまり俺の魔力そのものがトリトン王より劣っているのだ。

 トリトン王は唱えた瞬間、リヴァイアサンの槍の三叉部分が三匹の竜に変化した。

「うぉぉおお!!!」

 刹那、三匹の竜が俺の全身を締め付けては首に噛みつく。

「っ――!」

 牙が首に刺さり、激痛が走る。更に骨が折れるのではないかと思うほど強く締め付けてきて全身も痛い。

「死ね、愚かな人間よ。貴様の運命はここで終わる……」

「お前っ――」

 竜は俺の身体をより強く締め付け、言い切る前に潰れた。大量の血とバラバラの身体が海中に浮く。

 ――おい、いくらなんでも死ぬの早すぎだろ。あれだけ覚悟を固めてここに生まれ変わったと言うのに、こんな死に方で呆気なく終わるのかよ。

 あの巫女の人に合わせる顔がないな。でも、これで大人しく地獄に……

『こんな終わり方で納得していいの? 少なくとも、私は嫌だな……』

 ――! この声は……お前はまだ受け入れられないのか。まだ暗黒神のあの字も出てきてないのにこんな風に身体をバラバラにされて死んだんだぞ。諦めがついてもそろそろ良いんじゃないか……?

『君だってまだ諦めきれないでしょ? 私には分かるよ。だって貴方はこんな所で簡単に諦めるような人じゃないもん』

 ……いや、俺は弱い人間だ。こんな所で簡単に諦めて、逃げて、弱音も吐けずに死んでしまう脆い心を持った人間だ。
 そんな俺に最後のチャンスをくれたのに、こんな終わり方にしてしまった。もう、俺には何も変えられない……

『そんな言葉、私は信じないよ! 貴方のやるべき事を果たせるまで、私はずっと応援するって言ったでしょ!? 貴方だから、貴方にしか出来ないから、私は応援するんだよ……! だから諦めないで。貴方の運命はまだ始まったばかりだよ!!』

 ……走馬灯とはいえ、思わず心を打たれる。身体が言っている気がした。『ここで死ぬのはまだ早い』と。
 その思い通りに、バラバラの身体が一つになっていく。足や腕、内蔵や骨が再び出来上がる。さっきまで浮いていた血も俺の身体の中へと入っていく。そして少しずつ元の俺に戻っていく。
 
「う……」

『……そう、それでこそ貴方だよ。身体もまだ死にたくないって、貴方に死んでほしくないって言ってるんだよ』
 
 そうか。口では死を受け入れてたつもりだったけど、やっぱりまだ死にたくなかったのか、俺は。何か呆気なく死のうとしてた自分が馬鹿馬鹿しくなってきた。こうなったら目的を果たすまでひたすら足掻いてやる。

「うおおおおおお!!」

 禍々しい魔力を海底に解き放ちながら吠える。その衝撃でダンス会場が呆気なく吹き飛ばされる。

「何っ――!?」

 トリトン王や会場にいる全員がバラバラの状態から元に戻った俺を見て息を詰まらせた。

「よぉ、トリトン王。まだお前の暴走は止まらないようだな」

「ば……バラバラにされたのに何故生きている!?」
「何、理由は単純シンプルだ。『死にたくないから』だ」

 俺は右手を正面に翳しながらそう言う。直後、同じ禁忌魔法が会場を染める……と思いきや黒い波動はトリトン王を包み込んだ。

「なっ……何だこれは!?」
「お前に効くか分からんが試してやる。『禁忌天変リバースタブー』」

 黒い波動がトリトン王を飲み込んでいく。そして左胸からゆっくりと赤黒い塊のようなものと共にトリトン王の身体から抜ける。

「がっ……、あぁっ……」

 黒い波動が全て抜けた途端、トリトン王は脱力感によって槍を自然と滑らせて落とす。

「こ、これは一体どういう事だ? 私は一体何を……」

「お父様!!」

 余程心配したのか、人魚四姉妹がトリトン王に向かって泣きながら抱きついた。

「っ――」

「大蛇君っ!」

 自然と倒れそうになったところをマリエルに支えられる。

「大蛇! 無事か!」

 アレスを筆頭にカルマと完治したエイジも俺の周りに集まる。

「……くそ、まだ完全に使いこなせてないというのか」

 禁忌魔法自体は前と変わらないが、この身体にある魔力が少なすぎるが故に完全な禁忌魔法を放つ事が出来なかった。やはり魔法というだけあって、精度や魔力がしっかりしなければ完全に使いこなす事は出来ない。
 
 未熟を実感した俺と、いきなり倒れた俺を心配するマリエル達の前に、突然何者かの声が聞こえてきた。

「ふふふっ……、私が取り憑いたトリトンを元に戻すなんてね。中々やるじゃないか!」

「――!!」

 取り憑いた? つまり、トリトン王は最初からこの声の奴に取り憑かれてておかしかったのか……!

 じゃあ、さっきの赤黒い塊は……

「おい、大蛇、ステージだ! ステージにマリエルが……!!」

 エイジが慌てながら俺に呼びかける。ふとステージを見るとマリエルがアースラのタコ足に全身を締め付けられているのが見えた。

「マリエル!」
「……貴様、私を弄んで更にマリエルを使って脅すなどとは断じて許さんぞ!!『海の魔女』よ!」

「そうよね。トリトンは私の事を知ってるわよねぇ……、でもそこの小猫ちゃん達は知らないようだから教えてあげる。私はアースラ。君達が言う『海の魔女』こそこの私なのよ!」

「アースラ……」

 名前は聞いたことがあるが、まさか『海の魔女』がここまで悪魔のような姿だったなんて……

「じゃあ、私はこれから予定が入ってるから、皆ごきげんよう。この子はもらっていくからね!! あっははは!!!」

「おい、待て!!」

 カルマが言うもアースラはマリエルと共にステージから姿を消した。

「くそ、あの野郎!!」

「大蛇、マリエルを探すぞ……?」

 アレスに呼ばれる前に俺はトリトン王のところにいた。先程の無礼を謝罪するつもりか。だが結局トリトンはどこかのタイミングで『海の魔女』に取り憑かれていたので、この状況がよく分かっていないのかもしれない。

「トリトン王。暴走を止めるためとはいい、かなり強引な手を使ってしまった。本当に申し訳ない」

「ん? 何を言うのだ。マリエルを思っての行動であろう。私の娘を守ってくれて、ありがとう。君」

「へ……?」

 黒神大蛇くろがみおろち? 誰だそいつは……って、もしかしてそれって――

「俺の……名前??」
「お前、自分の名前も忘れたのか。ってまぁ確かにお前には八岐大蛇っていう過去の名があったからな。仕方ない……といえばそうかもしれん。まだ博士がつけたばかりの名前だしな。
 あと一応言っておくが、俺は白神亜玲澄しらかみあれすだからな! 忘れるなよ」

「えっ……」

 それはつまり、さっきのマヤネーン博士が俺に……正確には俺の魂が宿るこの身体に『黒神大蛇』という名前をつけたのか。
 まぁそっちの方が断然しっくりくる名前だから良しとして、まさかアレスにも名前をつけているとは思わなかった。

 ……にしても、白神亜玲澄しらかみあれすっていう名前なのか。覚えておこう。

「それよりも、俺達はこれからマリエルを奪還しようと思っている。トリトン王、協力してくれませんか」
「もちろんだ。全身全霊で協力しよう。私はアースラがまたここに来たときのために海の警備を強化する。大蛇君、マリエルを頼んだぞ」

「もちろんです、トリトン王。この海は任せましたよ」

 許しを請うどころか意気投合し、俺は亜玲澄達の元へ戻った。

「よし、行くぞ」
「一体何の経緯であそこまで仲良くなったんだ……」
 
 掛け声と共に俺達は陸へと、トリトン王は姉妹達や魚達にそれぞれの陣地へ警備を強化するように命じた。

 マリエル奪還の任務はまだ始まったばかりだ――
Twitter