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ナルは豊穣の兄妹、軍神にフェンリルと手紙を任せ、頬を膨らませながら足早にとある部屋の前へと辿り着く。そして、「兄さん!」と、その扉を勢いよく開け放つ。その部屋にいたのは、部屋の主であるホズとその兄、バルドル。ナリの相棒である風の精霊エアリエル。そして、身体に包帯を巻いているナリの姿があった。皆ナルの登場に驚きで目を丸くさせ、ナリは冷や汗をだらだらと流している。
「兄さん、聞いたよ! 怪我したんだって!」
「あ、うん、その……フレイの技まともにくらって……吹き飛ばされて……壁に、叩きつけられて……」
部屋の主であるホズは「また始まったなぁ」と言った顔を見せ、バルドルも「あはは、私は逃げておこうかな」とナルと入れ違いで部屋を後にしようとする。
「あ、ホズさん、バルドルさんおはようございます! 手紙、テュールさんに渡してます!」
「うん、怒っててもそこはしっかりするんだね。ありがとう」
ナルがバルドルとそう話し終えると、少し笑みを見せていた顔は再び怒りを露わにさせる。ナリはソファの上で正座をして妹からの怒りの鉄槌を待っていた。
「兄さん! 私言ったよね! 鍛錬は! ほどほどにって!」
「いやぁ、新技閃いちゃって」
正座をしてはいるものの、「あはは……!」と軽く笑う姿を見るに、どうやらあまり反省していないようだ。そんな彼にナルは大きく溜息を吐く。
「もう。私が治癒出来るからって甘えねいでよね! このぐらいならまだ出来るけど、これ以上大きい怪我されても治せないんだから!」
「それに関してはいつもお世話になってます」
「思ってるなら怪我をしない!」
「それは無理な相談だな!」
「兄さんっ!」
全く反省する素振りを見せない兄にナルは再び怒声で叫んだ。
「ナル様。どうかお怒りを抑えてくださいませ」
そんなナルに、傍で見守っていたエアリエルが仲裁に入る。
「エアリエルさん、貴女も兄さんを思うなら無茶させないようにしてくださいよ」
「それは分かっているのですが……つい頑張っているナリ様を見ていたらあたたかい目で見守っていたいという気持ちが止められなくて」
頬を赤く染めながら言うエアリエルだが、ナルからの痛い視線に気付くと「ではなくてっ!」と慌てて否定する。
「ナル様も、ナリ様が毎日ここまでする理由をご存知でしょう?」
「それは、そうですけど……」
ナルは兄と同じ目線となり、その手を握って小さく『イサ』と呟けば、たちまちナリの身体の傷が青白く光りながら治っていく。
「傷のせいで試合出来ません〜なんて、嫌でしょ? というか、もうお父さんには笑われた?」
「予想出来たから会ってないし、帰ってねぇ」
「はぁ……じゃあ、もうこの残り二日間は無理しないでね」
「……おう」
ナルの悲しげな瞳に見つめられて、ナリは眉を下げ彼女の頭を雑に撫でる。
「ありがとうな」
ニカッと笑いそう答えた。頭を撫でられる事は嬉しいものの、それでも不安が拭えないナルの表情はほんの少しだけ暗いままだ。そんな妹の顔を見て、ナリは「うりうり〜!」と容赦なく彼女の頭を撫で回しまくる。突然の彼の行動にナルは「きゃあああ! 兄さん、ちょっと〜!」と兄の手を頭から離そうとするも、彼女の顔はいつもの可愛らしい笑顔であった。
いつも通りの賑やかな二人を、いつものようにあたたかな笑みを浮かべながらホズは見守っていた
「で、ナリ君。ロキとの試合も明後日になったわけだけど、調子はどう?」
ホズからの問いかけに、ナリは唸りながら答える。
「わっかんねー。俺にとっちゃ、今がベストなんだけどよ。父さんと戦うってなったら、まだまだ足りねぇなって」
「ナリ君らしくないね。兄様から一本取れたんだから、それだけでも馬鹿みたいに喜んでもいいのに」
「馬鹿みたいにとはなんだよホズさん!」
ホズの言葉にナリは怒りが前のめりになる。
「それぐらいがナリ君にはちょうどいいってことだよ。まぁ、今のままじゃ無理だろうね。彼の戦闘に関しては印象的だって兄様言っていたし」
「それって……お父さんの、炎の魔法のことですよね」
「そう。巨人族は力技しか術を持っていない。でも、ロキは炎の魔法を使う。そう、まるで炎の巨人族のように」
霜の巨人族は魔法を使えぬ種族。そして炎属性の魔法の類は炎の巨人族しか扱えぬため、ロキの炎の力は珍しがられているのだ。――炎の巨人族。オーディンさえも入ることが出来ぬ、炎に包まれた炎の国に住む者達のこと。オーディンによれば、その国と国を治める王であるスルトは、この世界が出来た時から存在していたかもしれないという考えを、彼の研究書にて記されている。
「一度。お父さん自身の力について聞いたことがあります。確か……にごすように話されましたけど、貰ったものだって」
ナルの最後の言葉にホズは首をかしげる。
「貰ったものねぇ。魔法を他者に渡すことなんて不可能だって聞いたことあるけど」
「うーん、謎だ! 父さんの昔の事、全然教えてくんねーしな」
「うん。お母さんもこの治癒の力のこと教えてくれた時とかも、あんまり自分の話をしないし……」
そう。昔から彼等はロキの巨人族であった時のことや家族の事を聞いても、「いつか、な」とはぐらかされてしまっていたのだ。シギュンも家族のことについて聞かれると、外を眺めながら、寂しげに微笑むだけであったのだ。
そんな彼等に、「それなら」とホズは何らかの振動でガタガタと音を出している窓を指す。
「今来てる彼に聞いたら?」
彼が指した窓に映るのは、赤き翼を持つファフニールの姿であった。
「彼は幼い頃からロキの知り合いだって話じゃなかったっけ?」
「「聞いてくる!」」
兄妹とエアリエルは駆け足でファフニールが降り立つであろう草原へと向かっていった。ホズは彼等が出ていくのを聞き終えて、「忙しないんだから」と微笑みながら、机に置いていた読みかけの本へと手を伸ばす。
「……ん? これは?」
本を開け、いつものように文字を指でなぞって読んでいくと――ホズの指に異物が当たる感触を得る。その異物は、栞のような薄い紙に何かが書かれているものだった。
「兄さん、聞いたよ! 怪我したんだって!」
「あ、うん、その……フレイの技まともにくらって……吹き飛ばされて……壁に、叩きつけられて……」
部屋の主であるホズは「また始まったなぁ」と言った顔を見せ、バルドルも「あはは、私は逃げておこうかな」とナルと入れ違いで部屋を後にしようとする。
「あ、ホズさん、バルドルさんおはようございます! 手紙、テュールさんに渡してます!」
「うん、怒っててもそこはしっかりするんだね。ありがとう」
ナルがバルドルとそう話し終えると、少し笑みを見せていた顔は再び怒りを露わにさせる。ナリはソファの上で正座をして妹からの怒りの鉄槌を待っていた。
「兄さん! 私言ったよね! 鍛錬は! ほどほどにって!」
「いやぁ、新技閃いちゃって」
正座をしてはいるものの、「あはは……!」と軽く笑う姿を見るに、どうやらあまり反省していないようだ。そんな彼にナルは大きく溜息を吐く。
「もう。私が治癒出来るからって甘えねいでよね! このぐらいならまだ出来るけど、これ以上大きい怪我されても治せないんだから!」
「それに関してはいつもお世話になってます」
「思ってるなら怪我をしない!」
「それは無理な相談だな!」
「兄さんっ!」
全く反省する素振りを見せない兄にナルは再び怒声で叫んだ。
「ナル様。どうかお怒りを抑えてくださいませ」
そんなナルに、傍で見守っていたエアリエルが仲裁に入る。
「エアリエルさん、貴女も兄さんを思うなら無茶させないようにしてくださいよ」
「それは分かっているのですが……つい頑張っているナリ様を見ていたらあたたかい目で見守っていたいという気持ちが止められなくて」
頬を赤く染めながら言うエアリエルだが、ナルからの痛い視線に気付くと「ではなくてっ!」と慌てて否定する。
「ナル様も、ナリ様が毎日ここまでする理由をご存知でしょう?」
「それは、そうですけど……」
ナルは兄と同じ目線となり、その手を握って小さく『イサ』と呟けば、たちまちナリの身体の傷が青白く光りながら治っていく。
「傷のせいで試合出来ません〜なんて、嫌でしょ? というか、もうお父さんには笑われた?」
「予想出来たから会ってないし、帰ってねぇ」
「はぁ……じゃあ、もうこの残り二日間は無理しないでね」
「……おう」
ナルの悲しげな瞳に見つめられて、ナリは眉を下げ彼女の頭を雑に撫でる。
「ありがとうな」
ニカッと笑いそう答えた。頭を撫でられる事は嬉しいものの、それでも不安が拭えないナルの表情はほんの少しだけ暗いままだ。そんな妹の顔を見て、ナリは「うりうり〜!」と容赦なく彼女の頭を撫で回しまくる。突然の彼の行動にナルは「きゃあああ! 兄さん、ちょっと〜!」と兄の手を頭から離そうとするも、彼女の顔はいつもの可愛らしい笑顔であった。
いつも通りの賑やかな二人を、いつものようにあたたかな笑みを浮かべながらホズは見守っていた
「で、ナリ君。ロキとの試合も明後日になったわけだけど、調子はどう?」
ホズからの問いかけに、ナリは唸りながら答える。
「わっかんねー。俺にとっちゃ、今がベストなんだけどよ。父さんと戦うってなったら、まだまだ足りねぇなって」
「ナリ君らしくないね。兄様から一本取れたんだから、それだけでも馬鹿みたいに喜んでもいいのに」
「馬鹿みたいにとはなんだよホズさん!」
ホズの言葉にナリは怒りが前のめりになる。
「それぐらいがナリ君にはちょうどいいってことだよ。まぁ、今のままじゃ無理だろうね。彼の戦闘に関しては印象的だって兄様言っていたし」
「それって……お父さんの、炎の魔法のことですよね」
「そう。巨人族は力技しか術を持っていない。でも、ロキは炎の魔法を使う。そう、まるで炎の巨人族のように」
霜の巨人族は魔法を使えぬ種族。そして炎属性の魔法の類は炎の巨人族しか扱えぬため、ロキの炎の力は珍しがられているのだ。――炎の巨人族。オーディンさえも入ることが出来ぬ、炎に包まれた炎の国に住む者達のこと。オーディンによれば、その国と国を治める王であるスルトは、この世界が出来た時から存在していたかもしれないという考えを、彼の研究書にて記されている。
「一度。お父さん自身の力について聞いたことがあります。確か……にごすように話されましたけど、貰ったものだって」
ナルの最後の言葉にホズは首をかしげる。
「貰ったものねぇ。魔法を他者に渡すことなんて不可能だって聞いたことあるけど」
「うーん、謎だ! 父さんの昔の事、全然教えてくんねーしな」
「うん。お母さんもこの治癒の力のこと教えてくれた時とかも、あんまり自分の話をしないし……」
そう。昔から彼等はロキの巨人族であった時のことや家族の事を聞いても、「いつか、な」とはぐらかされてしまっていたのだ。シギュンも家族のことについて聞かれると、外を眺めながら、寂しげに微笑むだけであったのだ。
そんな彼等に、「それなら」とホズは何らかの振動でガタガタと音を出している窓を指す。
「今来てる彼に聞いたら?」
彼が指した窓に映るのは、赤き翼を持つファフニールの姿であった。
「彼は幼い頃からロキの知り合いだって話じゃなかったっけ?」
「「聞いてくる!」」
兄妹とエアリエルは駆け足でファフニールが降り立つであろう草原へと向かっていった。ホズは彼等が出ていくのを聞き終えて、「忙しないんだから」と微笑みながら、机に置いていた読みかけの本へと手を伸ばす。
「……ん? これは?」
本を開け、いつものように文字を指でなぞって読んでいくと――ホズの指に異物が当たる感触を得る。その異物は、栞のような薄い紙に何かが書かれているものだった。