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作者: 霜月かつろう
意味のあるバトン その12
「フィギュアスケーターなんてろくでもない人たちですから。そこに足を踏み入れてほしくないだけです」

 通されたリビングで座るように促されたイスが四脚あることに疑問を覚えつつ座った。美波が右側におり、望月くんがその真正面。その隣に望月さん。その真正面に学だ。

 座りなり早速、理由を問いかけたら望月さんが少し考えた末に吐き出した言葉がそれだ。あまりにも偏見だ。でもそう言うからなら身近に誰かフィギュアスケーターがいたのだろうか。

「父がフィギュアスケーターなんです」

 望月くんがこちらの疑問を読んだかのように口を開いた。
「えっ。初耳だよ」

 真っ先に反応したのは美波だ。一緒になって驚きたかったがそれでは話が進まない。

「どういうことですか? 話が見えないのですが」

 ここまで来てしまったのだから仕方ないと思っているのだろう。しぶしぶ望月さんは口を開く。

「あの人はプロスケーターで、今も世界を飛び回っています。それこそ今もどこにいるか検討も付きません。帰ってくるのも数年に一回。もう顔を忘れてしまいそうです」

 ため息のよう空白に思わず口はさみそうになる。こらえたのだがとなりにいる美波は無理だったらしい。

「だったらどうして、翔くんはスケートをしてこなかったんですか」

 美波の疑問も当然だ。身近に上手に滑れる人がいるのであれば自然と滑ることになりそうなものだ。

「翔は安定した職に着いて落ちつていた生活をするんです。世界なんて飛び回らなくていい。この家から通い、毎日ここで食卓を囲み、土日はどこかへおでかけ。そんな生活をするんです」
「それとスケートをやっちゃいいけないことには繋がりませんよね」

 思わず口を挟んでしまった。望月くんがスケートを始めたからと言って父親と同じようになるとは限らないはずだ。

「繋がりますよ。その子には才能がある。スケートを始めたらそれに気づいてしまう。一度だけ氷の上に立たせたことがあります。おそらく、本人も覚えていないでしょう。それでもその氷への執着はすごかった。その時、思ったんです。ああ。きっとこの子は父親みたいになるって」

 とてもじゃないが信じがたい話だ。いくら父親の血を受け継いでいるとは言え、そんな都合よくいくわけもない。傲慢な妄想でしかないように思う。一方でその気持ちは分からなくもない。親として子どもに期待したくはなる。父親が長期に渡って不在なのも合わさって歪んでいってしまったのだろう。

 分からなくもないが身勝手な話だとそう思ってしまう。

「それって翔くんにとっては関係ない話ですよね」

 美波は鼻をふくらませていて熱くなっているのが見て取れる。この子は学の気持ちも代弁してくれている。

「関係なくはないでしょう。翔本人の話です」
「でもそこに翔くんの気持ちは入っていないです。あなたが勝手に言ってるだけじゃないですか。大体、翔くんとそのことについて話をしたこともないんですよね。それってあまりに勝手すぎやしませんか。翔くんはずっとスケートやりたいって思ってて。それでもさせてもらえなくて。ようやっと滑ることができたって言うのに。言うのにですよ」

 荒い息を吐き出すように腹から一気に空気をしぼりだしたかのような美波はそこで言葉が詰まった。

「そう。あなたが翔をそそのかしたのね。いつかくることだとは思っていましたし。それが今になっただけです。そこを咎めることはしません。ですが私としては理由を話したので。あとは納得していだけるかどうかだけです」

 家の中に通してくれたものの歓迎はされていないし、話し合いをするつもりというわけではないみたいだ。無理もない、急に押しかけてきたのはこちらだ。あんまり無理も言えない。

「そういうことですので。今日のところはお引取りいただけますか」

 望月くんもうなだれたままだし、話をする雰囲気ではなくなってしまった。それだけ望月さんの意志が強固なものであるのだろう。 

「美波。帰るぞ」
「いやっ」

 むこうも頑なならばこちらも負けてはいない。どちらも言い分も理解出来るし、今決めることでもない。そう思ってしまうのだけれど、違うのだろうか。

「あんまりわがまま言うもんじゃない。望月さんが困っているだろう」

 美波をなだめるつもりだったのだけれど。それが娘にとってはキッカケになった。

「困ればいいのよ。だって翔くんも、私も、お父さんだって今困ってるんだから!」
「お引取りください」

 望月さんは怒っているのだろうか。少しうつむいたその表情から感情をうまく読み取ることが出来ない。大体からして学はそういうところは苦手だ。

「ほら行くぞ」

 これ以上はお互い譲らないまま話は決着しないと判断して南の腕を引っ張って無理やり立たせる。

 無言のまま立ち上がるがその顔には怒りが残っている。対面の望月くんは対照的に暗い顔だ。この事態を招いてしまったことを後悔しているのか。

「おい。翔くんよ。いくら悩んでも後悔は先には立たないだ。今は行動した結果をどうすればいいかを考えるときなんじゃないのかね」

 捨て台詞みたいになってしまった。あまりにかっこ悪い。それに対して反応もしない望月くんにイラ立ちもするが、責めたりはしない。きっと彼は彼で悩んでいる。それを否定することはできやしない。

「では。夜分に失礼しました。今度、ゆっくり話ができる時間帯にお邪魔させてもらうかもしれませんがよろしくお願いします」

 こちらもここまで来たら譲れない。ここで望月くんにリタイヤされたら対抗戦のために準備してきたことがおじゃんだ。頑張っているほかのメンバーのためにもそんな結果にしたくはない。だから諦めたわけでないことを告げると、美波の離さないままに玄関へと向かう。

 どちらか追いかけてきてくれるかとも期待したがそんなことはなくて、暗い道を美波と歩く。そこに言葉はない。気まずいままの時間が流れるのを耐えるだけ。

「ね。手、放してよ」

 掴みっぱなしだったことにその時やっと気が付いて慌てて手放す。

「す、すまん」
「別にいい」

 短い単語が飛び交っただけ。何を話していいのかも分からない。こんな時、ちゃんと娘と向き合っていたなのなら話せることもあったのだろうか。

「ありがとね」
「あ、ああ」

 何に対してだか分からないままに合間にな返事をしていまう。

「ね。あれって?」

 なんのことだか悩んでいたのだけれど、美波が何かを見つけたみたいで目の前を指さしている。そう指さす先を見て思わず足が止まる。

「なにしてんだ。こんな夜更けに、こんなところで。それじゃあ、不審者だぞお前ら」

 上里くんを始め、対抗戦のメンバーが揃っていた。談笑なんてしながら何やら楽しそうだ。

「あっ。海藤さん、美波ちゃん。翔くんはどうだでした?」

 すでに眠ってしまっている優太を抱きかかえながら聞いてきたのは琥珀ちゃんだ。こんな時間まで優太を連れまわすんじゃないと思うけれど放っておくこともできなかったのだろう。

「ああ。頑固でな。とりあえず進展なしだ」

 そんなに気にすることじゃない。そう意味を込めて肩をすくめて見せる。君らが心配することじゃない。

「な、なら。私が説得してきます」

 一層熱くなってしまっているのは美鶴ちゃんだ。そもそもの原因を作ってしまったことを今も気にしているのだろうか。

「あー。大丈夫だ。そういうのはもう一通り美波がぶつけてきた。美鶴ちゃんは気にしなくていい」
「でも……」
「気が済まないのもわかる。俺もそうだ。でもな、今はこれ以上騒いでも逆効果なんだ」

 全員が静まり返る。住宅街のこんな時間に井戸端会議をしていると迷惑にもなる。

「ほら。みんな商店街に帰るぞ」

 みんな家はばらばらの方向だけれど、それがいい気がした。みんなで落ち着く時間が必要だ。

「俺、情けないです。こんな状況になってるなんて気が付けもしないで。翔と一番仲良くしてたのに」

 川島が急に思いのたけを語り出したのに思わず笑ってしまう。気持ちは分かるが今じゃないだろ。タイミングが悪すぎる。

「わかった。わかった。全部聞くから。ほら行くぞ」

 ぞろぞろと集団をまとめて移動しているのはまるで先生にでもなったみたいな感覚だった。
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