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作者: 霜月かつろう
意味のあるバトン その13
「ほら。手を合わせろ」

 明かりも灯っていない商店街に辿り着いて最初に思い立ったのは社へのお参りだった。神頼みでもしなきゃやってられないと思ったのだ。

「私、ここで祈ったから海藤さんがケガしちゃって……」

 美鶴ちゃんが縁起でもないことを言い始める。その後ろで琥珀ちゃんが優太を申し訳なさそうに起こして立たせようとしている。ふらふらとしている優太が気になって仕方がない。

「そりゃ気にしすぎだろう。大体、お参りしてなかったらもっと酷いケガだったかもしれない。代わりの望月くんが見つからなかったかもしれない。お願いしとけばいいんだよ。どうせタダなんだから」
「そんなんだからケガする」

 アリスちゃんが十円玉を社の前に置いた。

「そうですよ。こういうのは小さい額でもちゃんとしなくちゃ」

 上里くんの教育のたまものだろうか。しっかりしてやがる。

「そうよ。お父さんてばそういうところいい加減なんだから」

 美波もそれに倣って百円玉を置いている。

「ほら、優太も一緒にやろ」

 琥珀ちゃんが優太と一緒に置く中、川島は後ろで小銭を取り出そうとワタワタしている。その横を通り抜けて美鶴ちゃんも皆に倣う。そこでようやっと追いついた川島が美鶴ちゃんの後に続いた。
 最後は俺か。奮発して五百円玉を置いてみたりする。ご利益があればいいのだけれど。

「さ。何をお願いするんですか?」

 琥珀ちゃんだ。

「決まってるだろ。対抗戦で勝利できますようにってな」

 みんな頷いている。先頭を切って二礼二拍手一礼をする。

「ねえ。これってあってるんですか?」

 美波が余計なことを上里くんに尋ねている。あってるに決まってるだろうが。上里くんは笑顔で頷いていた。それを見て若干不服そうにしている美波になんでだよと突っ込もうか悩んでいた時、何かに気が付いた美鶴ちゃんが声を出す。

「ねえ。なんか足音しません?」

 同時に学もそれを認識していた。目を瞑っていたからかよく聞こえたのだろう。だんだんと近づいてくるその足音は夜の商店街には不気味すぎる。
 みんなで一斉に振り向いた。

「かけるだー」

 眠気を一気に弾き飛ばしたのか優太が声を荒げる。かけるって望月くんだよな。暗がりでその顔を確認するのが遅れた。しかし、何で優太よ。お前は分かるんだ。

「す、すみませんでした!」

 優太に負けず劣らず声を張り出す望月くんに圧倒される。
「大丈夫かよ。こんなところに来て」
「大丈夫です。母は説得しましたから。今回の対抗戦期間だけって約束でスケートをやらせてもらえることになりました」

 よく見れば望月くんの顔は熱気で赤みを帯びている。走ってきたのもあるだろうが、精一杯に説得してきたのかも。少なくとも学はそう解釈することにした。

「ははは。早速一個願いが叶いましたね」

 上里くんが嬉しそうにしている。それで初めて望月くんはみんなに気が付いたらしい。

「あれ? みなさんもどうして一緒に」

 そもそもどうしてこの場所が分かったのかと思ったがきっと美波だろう。驚きもしていない。きっと隠れて連絡を取り合っていたのだ。

「みんなお前さんの事が気になって仕方ないんだとよ」
「あ、ありがとうございます!」

 夜だというのに元気いっぱいだ。まったく、そんなに嬉しそうにするなら最初から説得してくれよ。まあ、でもきっと美波の想いが届いたからだ。目の前であれだけのことを言わせておいてなにも行動しなかったら今後の付き合いも見直させるところだった。

「さ、今度こそもう一回お願いしましょ。対抗戦に勝てますようにって」

 琥珀ちゃんにそうだねとみんなが納得し、望月くんがお賽銭を置く、ちらりと何を置いたか確認してしまい。それが五百玉であることにもうちょっと見栄を張ればよかったと後悔する。仕方ない、後悔は先に立たないのだ。っていうか空気を読めよな。
 二礼二拍手一礼。何度でもいいだろう。お参りを一度しかしちゃいけないなんて聞いたことはない。

 今度は気持ちよく全員の二拍が揃った。

 まったくなんて事態だと思う。普段この社に手を合わせていたのは自分ひとりだった。でも、今はそんなことはない。同じ気持ち。いや、そこまではいかないまでも、似たような気持ちで手を合わせてくれている。

 それだけでも、前に進める。

 バトンを渡すのはもうちょっと先だろう。でも、それまでにこのバトンに意味を持たせられるのか。それはこの先ずっと考えて行こうと、名も知れぬ神様に祈る。

「ねえ。お父さん」

 いつの間に隣まで来ていたのか、美波が声を掛けてきた。他の人に聞こえないように小声なのだが、静かにしているのだからそれも効果は薄い。

「なんだ」
「私、お店継ぐから」

 突然の告白に瞑っていた目をかっぴらいて美波の方を向いた。すると美波はどうするかと思えば逃げた。それも望月くんの手を取ってだ。

 何を言われるか分からないから逃げたのだろうか。一体なにを思ってあんなことをいったのやら。一時の迷いでないのか。それを確かめたくても、もう姿は暗闇に紛れて消えてしまった。
 こんな時間にふたりでどこへ行くのか知らないが、ちゃんと帰ってくるだろう。望月くんはそんな度胸はないはずだ。

 追うのを諦めて再び社の方に向き直る。

 ありがとう。神様。バトンを渡せるかもしれない。そう再び社を向いて手を合わせ目を閉じた。

 でも、まだまだ渡してはやらないけどな。そう同時に自身に誓った。
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