意味のあるバトン その10
曲が流れ始める。遠くからでもスムーズな滑り出しなのが分かる。久しぶりに見たのもあるが。この短期間で随分と上達したものだと思う。とは言え素人である学に詳しいことは分かりはしない。そう見えるだけだ。でもそれだけで充分だろう。
「川島くん随分と上手になりましたよね」
リンクサイドの壁に肘かけて見学していた学に近づいてきたのは上里くんだ。いつも通り彼が近づいてくるとさわやかな風が吹く。
「うだうだ言いながらも頑張ってくれたからな。本人の努力のたまものだよ。ほんと最初はどうなることかと思ったけどね」
「あー。最初は練習に出てくれなかったですね。ある日突然来るようになりましたが。それも立花さんのおかげですかね」
「琥珀ちゃん? ああ。確かふたりは同級生なんだっけか。それにしてもなんで琥珀ちゃんのおかげなんだ?」
「海藤さん。本気で言ってます? まっ。いいですけれど。川島くんのモチベーションのありどころってやつですよ」
なんとなくだけれど、バカにされた気がする。いや、上里くんに限ってそんなことないだろうけど。
「モチベーションのありどころっていや。あいつはどうしたんだよ。見当たらないじゃないか」
実はずっと気になっていたのだが聞くタイミングを逃していた。美波の姿も見当たらず、聞く相手がいなかったというのもある。美波もいるもんだと思っていたのに拍子抜けだ。最近、この練習があるから話が出来ているというのに、いないと余計と寂しく思う。
なぜこんなにも娘に対してヤキモキしているのだろうか。時折そんなことを思う。
「美波ちゃんなら帰った。望月が来てないから」
氷の中から近づいていたのはアリスちゃんだ。氷の上だと言うのになめらかに動く。いや氷の上だからか。到底、学には真似できないことだ。その向こうには優太が氷の上で遊んでいるのが見える。もう、座ってしまい、削れた氷をかき集めてたりする。アリスちゃんはおそらく優太の面倒を見ていたのだ。
「よっ、アリスちゃん。ホントかそれ」
「うん。なんかあったと思う。美波ちゃん顔色悪かった」
「なんだよそりゃ。あいつとケンカでもしたってか。そりゃいい」
あはは。と笑っているのが自分ひとりなのに気がついて、すぐに顔を整える。
「それだとここに来た理由がわからない」
アリスちゃんが冷静に答えてくれる。我ながら情けないことだ。認めたつもりでもこうやって嫉妬が見え隠れする。いつかはこんな日が来ると覚悟してきたはずなのにだ。なんのためのイメージトレーニングだったのか。
「ちょっと心配ですね」
「心配し過ぎじゃないか、きっと親の用事とか入っただけだろうさ」
「そうだといいんですけどね。でも海藤さんもそういいながらも、確認するんですね。なら安心です」
妻にメッセージを送っていた手が止まる。ちゃんと気づくんだものな。コーチとして優秀なのもうなずける。人の行動をよく見ている。そうやって生徒たちの一挙手一投足も常に観察しているのだろう。
「あー。美波は家にいるってさ」
なんかあったのかと妻も心配しているけれど、聞いたばかりで検討もつかないのだと正直に返信しておいた。既読マークがついたが、それ以上は帰ってきそうにない。美波の様子を見に行っているのだろうか。
「美波ちゃんの方はとりあえず安心ですかね。望月くんですが、これまでの様子からは勝手に休む感じではなかったのでそちらのほうが心配ですね」
上里くんからの評価が高いとは、侮っていたかもしれないな。真面目に練習していたみたいだし、聞いたところによるとすでに充分なレベルに達しているのだという。
流石に練習量の短さから見ていて安心できるところまではいかないとは聞いているものの、形にはなっているらしい。実のところその様子を見に来たのだ。しかし肝心の姿が見えないのでヤキモキしていたのだ。
「あの。海藤さん。望月くんのこと怒らないでやってくださいね」
「なんだよ急に。今日来なかったことにか?」
「そうです。彼は頑張ってましたから。今日のこともきっと理由があるはずです」
「怒るなんてしないよ」
慌ててそう返したのだけれど、文句のひとつでも言ってやるつもりだったのを上里くんにガス抜きされてしまった。
「それならいいんですけどね。これからどうします? もうすぐ練習も終わりますけど」
このまま見ていてもいいのだけれど、落ち着かない。ふたりの間になにかあったのだろうか。気になっているところで握りしめたままのスマホが震えた。
「ちょっとすまん」
上里くんに断りを取ってから手に取ったスマホに視線を落とす。
『なんか、ちょっとトラブルみたいよ。ぐずぐずしてるからよくわからないけれど』
妻の相変わらずの言いように、ちょっとキビしすぎやしないかとおもったりも知っている。しかしそれが学が美波に甘すぎるからだとも知っている。
『対抗戦がだめになっちゃうって』
続けてポップアップしたメッセージにただ事ではないと理解した。
「すまん。すぐにでも帰ったほうが良さそうだ。あとよろしくな」
「わかりました。こちらは大丈夫ですのでお気になさらず」
急ぎたいのに、足が思うように動かないことが歯がゆくて仕方がなかった。
「川島くん随分と上手になりましたよね」
リンクサイドの壁に肘かけて見学していた学に近づいてきたのは上里くんだ。いつも通り彼が近づいてくるとさわやかな風が吹く。
「うだうだ言いながらも頑張ってくれたからな。本人の努力のたまものだよ。ほんと最初はどうなることかと思ったけどね」
「あー。最初は練習に出てくれなかったですね。ある日突然来るようになりましたが。それも立花さんのおかげですかね」
「琥珀ちゃん? ああ。確かふたりは同級生なんだっけか。それにしてもなんで琥珀ちゃんのおかげなんだ?」
「海藤さん。本気で言ってます? まっ。いいですけれど。川島くんのモチベーションのありどころってやつですよ」
なんとなくだけれど、バカにされた気がする。いや、上里くんに限ってそんなことないだろうけど。
「モチベーションのありどころっていや。あいつはどうしたんだよ。見当たらないじゃないか」
実はずっと気になっていたのだが聞くタイミングを逃していた。美波の姿も見当たらず、聞く相手がいなかったというのもある。美波もいるもんだと思っていたのに拍子抜けだ。最近、この練習があるから話が出来ているというのに、いないと余計と寂しく思う。
なぜこんなにも娘に対してヤキモキしているのだろうか。時折そんなことを思う。
「美波ちゃんなら帰った。望月が来てないから」
氷の中から近づいていたのはアリスちゃんだ。氷の上だと言うのになめらかに動く。いや氷の上だからか。到底、学には真似できないことだ。その向こうには優太が氷の上で遊んでいるのが見える。もう、座ってしまい、削れた氷をかき集めてたりする。アリスちゃんはおそらく優太の面倒を見ていたのだ。
「よっ、アリスちゃん。ホントかそれ」
「うん。なんかあったと思う。美波ちゃん顔色悪かった」
「なんだよそりゃ。あいつとケンカでもしたってか。そりゃいい」
あはは。と笑っているのが自分ひとりなのに気がついて、すぐに顔を整える。
「それだとここに来た理由がわからない」
アリスちゃんが冷静に答えてくれる。我ながら情けないことだ。認めたつもりでもこうやって嫉妬が見え隠れする。いつかはこんな日が来ると覚悟してきたはずなのにだ。なんのためのイメージトレーニングだったのか。
「ちょっと心配ですね」
「心配し過ぎじゃないか、きっと親の用事とか入っただけだろうさ」
「そうだといいんですけどね。でも海藤さんもそういいながらも、確認するんですね。なら安心です」
妻にメッセージを送っていた手が止まる。ちゃんと気づくんだものな。コーチとして優秀なのもうなずける。人の行動をよく見ている。そうやって生徒たちの一挙手一投足も常に観察しているのだろう。
「あー。美波は家にいるってさ」
なんかあったのかと妻も心配しているけれど、聞いたばかりで検討もつかないのだと正直に返信しておいた。既読マークがついたが、それ以上は帰ってきそうにない。美波の様子を見に行っているのだろうか。
「美波ちゃんの方はとりあえず安心ですかね。望月くんですが、これまでの様子からは勝手に休む感じではなかったのでそちらのほうが心配ですね」
上里くんからの評価が高いとは、侮っていたかもしれないな。真面目に練習していたみたいだし、聞いたところによるとすでに充分なレベルに達しているのだという。
流石に練習量の短さから見ていて安心できるところまではいかないとは聞いているものの、形にはなっているらしい。実のところその様子を見に来たのだ。しかし肝心の姿が見えないのでヤキモキしていたのだ。
「あの。海藤さん。望月くんのこと怒らないでやってくださいね」
「なんだよ急に。今日来なかったことにか?」
「そうです。彼は頑張ってましたから。今日のこともきっと理由があるはずです」
「怒るなんてしないよ」
慌ててそう返したのだけれど、文句のひとつでも言ってやるつもりだったのを上里くんにガス抜きされてしまった。
「それならいいんですけどね。これからどうします? もうすぐ練習も終わりますけど」
このまま見ていてもいいのだけれど、落ち着かない。ふたりの間になにかあったのだろうか。気になっているところで握りしめたままのスマホが震えた。
「ちょっとすまん」
上里くんに断りを取ってから手に取ったスマホに視線を落とす。
『なんか、ちょっとトラブルみたいよ。ぐずぐずしてるからよくわからないけれど』
妻の相変わらずの言いように、ちょっとキビしすぎやしないかとおもったりも知っている。しかしそれが学が美波に甘すぎるからだとも知っている。
『対抗戦がだめになっちゃうって』
続けてポップアップしたメッセージにただ事ではないと理解した。
「すまん。すぐにでも帰ったほうが良さそうだ。あとよろしくな」
「わかりました。こちらは大丈夫ですのでお気になさらず」
急ぎたいのに、足が思うように動かないことが歯がゆくて仕方がなかった。