意味のあるバトン その9
「あしー」
スナイパー優太が足元によってきている。昼過ぎの海藤靴店。辺りを見渡すがお客も琥珀ちゃんも見当たらない。だったらどうして優太だけがいるんだ。
「おい優太よ。お前さんひとりなのか」
問いかけたところで優太は不思議そうに見上げてくるだけだ。
「ごめんなさい海藤さん。優太ってば勝手に先に行っちゃって」
両手に荷物を吊り下げた琥珀ちゃんが店に入ってくる。商店街を歩いているだけでいろんな物を押し付けられたんだろう。相変わらずの人気っぷりだ。手伝いをさせてやってくれとあちこちにお願いしたけれど、こうもみんなに好かれるとは思っても見なかった。優太の影響も大きいが、琥珀ちゃんもずいぶんと笑うようになった。本来の姿というわけではないのだろうが、精一杯に生きようとしている。学の目からはそう見えた。
「お疲れ様。琥珀ちゃん。お茶でも飲むか?」
ようやく暑さも収まりつつ合ったが例年に比べて秋が来るのは遅い。このままだと秋を通り越して冬になってしまいそうだ。
「あっ。いえ大丈夫です。実はもうお茶を頂いてきたばかりでして」
すでにどこかで小休憩を取ってきたらしい。それもいつものことだ。
「荷物置いてくるんでちょっとだけ優太見ておいてくれませんか?」
快く了承すると琥珀ちゃんは頭を下げてドタバタと住んでいる二階へと上がっていった。それを気にする様子もなく優太は笑ってこちらを見上げている。
「もしかしてだっこか?」
優太は首を横にふる。珍しい、いつもなら持ち上げてくれと何度もおねだりしてくるのに。
「ありがとうございました! 優太。ちゃんと海藤さんの邪魔をしなかったでしょうね」
うん。と頷く優太を見て納得する。おそらく琥珀ちゃんに釘を差されていたのだ。それで甘えてこなかったんだな。ちゃんと成長している優太になんだか嬉しくなる。
「そういえばあいつの様子はどうだ?」
琥珀ちゃんは何かを考えるように少しの間黙って上の方を向く。
「もしかして望月くんですか? でしたら練習熱心だし、どんどん上手くなってますよ。もう振り付けを教えるみたいなことを上里コーチも言ってましたから」
最初は生まれたての子鹿みたいに氷の上でプルプルしていたのにもうそんなところまで進んでいるのか。もとから知識は詰め込んだので。そう得意げにしている顔が浮かび上がったので風船みたいに割ってやった。そんなことを言うやつなのかは知らない初対面の時からなんとなくスケートリンクに行くのを避けていた。
ただ漫画やアニメで知識を得ていたと言うのは本当らしい。よく知っていると上里くんも笑っていた。
「毎日のように放課後のスケートリンクに行っているっていうんだから若さには敵わないよ。まったく。歳はとりなくないねぇ」
歳のせいにしてしまえば楽になることのほうが多い。そんなふうに考えだしたのはいつからだろう。
「そんなことないですよ。海藤さんみたいな歳の重ね方は憧れます。ちゃんとおとなしてるなって感じで。周りもそれについていってますし、美波ちゃんだって立派に育って。理想のお父さんって感じです」
「はは。そんなに褒めたってなにも出てきやしないぞ」
「ホントですって。私。ここにこれてよかったなって最近良く思いますもん。拾っていただいてありがとうございます」
冗談めかして頭を下げる琥珀ちゃんに、お礼を言いたいのはこちらの方だと思いはすれど口にはしない。素直に感謝を受け取っておくことも大人の特権だ。その分、手を差し伸べ続けたいと思う。
「そう言えばですけど、海藤さんて望月くんのお父さんを知ってたりしますか?」
どうしたんだろうか、珍しい質問だ。母親の話はしたけれど、父親の話は聞いてはいない。そんなに突っ込んで聞こうともしなかった。
「いや、聞いていないな。なにか気になるのか?」
「ちょっと。望月って言う名前と彼の雰囲気に覚えがあって。わりと有名なフィギュアスケート選手なんです」
学は名前を言われてもピンと来なかった。テレビとかに頻繁に出る人ではなかったらしい。界隈では有名だったというくらいみたいだった。
「へー。じゃあ、望月くんはその息子ってこと?」
「でも話を聞いてると他人かもしれないですね。本人もスケートやったことなかったって言ってましたし」
親がそれだけ有名だったら小さい頃にでも滑ったことはあるだろう。優太なんかもそうだ。なんどか子ども用の二枚刃の靴で滑っていたりもする。単に氷と戯れているだけのようにも見えたが。
「うん。きっと気のせいです。海藤さんも忘れてくださいね。今日は貸切練習なんで準備してそろそろ出かけます」
「おう。俺も店閉めたら行くから、気をつけて行っておいで」
たまには顔を出す必要もある。自分に言い聞かせるように琥珀ちゃんに伝える。
「はい。まってますね。ほら。優太行くよ。海藤さんにバイバイして」
「うん。バイバイー」
琥珀ちゃんに連れられて行く優太に手を振り返す。それにしても気になることを言っていた。わざわざ言ってくるくらいだから琥珀ちゃんとしてもなにか引っかかることがあるのだろう。
ちょっとだけ気にしてみることにした。
スナイパー優太が足元によってきている。昼過ぎの海藤靴店。辺りを見渡すがお客も琥珀ちゃんも見当たらない。だったらどうして優太だけがいるんだ。
「おい優太よ。お前さんひとりなのか」
問いかけたところで優太は不思議そうに見上げてくるだけだ。
「ごめんなさい海藤さん。優太ってば勝手に先に行っちゃって」
両手に荷物を吊り下げた琥珀ちゃんが店に入ってくる。商店街を歩いているだけでいろんな物を押し付けられたんだろう。相変わらずの人気っぷりだ。手伝いをさせてやってくれとあちこちにお願いしたけれど、こうもみんなに好かれるとは思っても見なかった。優太の影響も大きいが、琥珀ちゃんもずいぶんと笑うようになった。本来の姿というわけではないのだろうが、精一杯に生きようとしている。学の目からはそう見えた。
「お疲れ様。琥珀ちゃん。お茶でも飲むか?」
ようやく暑さも収まりつつ合ったが例年に比べて秋が来るのは遅い。このままだと秋を通り越して冬になってしまいそうだ。
「あっ。いえ大丈夫です。実はもうお茶を頂いてきたばかりでして」
すでにどこかで小休憩を取ってきたらしい。それもいつものことだ。
「荷物置いてくるんでちょっとだけ優太見ておいてくれませんか?」
快く了承すると琥珀ちゃんは頭を下げてドタバタと住んでいる二階へと上がっていった。それを気にする様子もなく優太は笑ってこちらを見上げている。
「もしかしてだっこか?」
優太は首を横にふる。珍しい、いつもなら持ち上げてくれと何度もおねだりしてくるのに。
「ありがとうございました! 優太。ちゃんと海藤さんの邪魔をしなかったでしょうね」
うん。と頷く優太を見て納得する。おそらく琥珀ちゃんに釘を差されていたのだ。それで甘えてこなかったんだな。ちゃんと成長している優太になんだか嬉しくなる。
「そういえばあいつの様子はどうだ?」
琥珀ちゃんは何かを考えるように少しの間黙って上の方を向く。
「もしかして望月くんですか? でしたら練習熱心だし、どんどん上手くなってますよ。もう振り付けを教えるみたいなことを上里コーチも言ってましたから」
最初は生まれたての子鹿みたいに氷の上でプルプルしていたのにもうそんなところまで進んでいるのか。もとから知識は詰め込んだので。そう得意げにしている顔が浮かび上がったので風船みたいに割ってやった。そんなことを言うやつなのかは知らない初対面の時からなんとなくスケートリンクに行くのを避けていた。
ただ漫画やアニメで知識を得ていたと言うのは本当らしい。よく知っていると上里くんも笑っていた。
「毎日のように放課後のスケートリンクに行っているっていうんだから若さには敵わないよ。まったく。歳はとりなくないねぇ」
歳のせいにしてしまえば楽になることのほうが多い。そんなふうに考えだしたのはいつからだろう。
「そんなことないですよ。海藤さんみたいな歳の重ね方は憧れます。ちゃんとおとなしてるなって感じで。周りもそれについていってますし、美波ちゃんだって立派に育って。理想のお父さんって感じです」
「はは。そんなに褒めたってなにも出てきやしないぞ」
「ホントですって。私。ここにこれてよかったなって最近良く思いますもん。拾っていただいてありがとうございます」
冗談めかして頭を下げる琥珀ちゃんに、お礼を言いたいのはこちらの方だと思いはすれど口にはしない。素直に感謝を受け取っておくことも大人の特権だ。その分、手を差し伸べ続けたいと思う。
「そう言えばですけど、海藤さんて望月くんのお父さんを知ってたりしますか?」
どうしたんだろうか、珍しい質問だ。母親の話はしたけれど、父親の話は聞いてはいない。そんなに突っ込んで聞こうともしなかった。
「いや、聞いていないな。なにか気になるのか?」
「ちょっと。望月って言う名前と彼の雰囲気に覚えがあって。わりと有名なフィギュアスケート選手なんです」
学は名前を言われてもピンと来なかった。テレビとかに頻繁に出る人ではなかったらしい。界隈では有名だったというくらいみたいだった。
「へー。じゃあ、望月くんはその息子ってこと?」
「でも話を聞いてると他人かもしれないですね。本人もスケートやったことなかったって言ってましたし」
親がそれだけ有名だったら小さい頃にでも滑ったことはあるだろう。優太なんかもそうだ。なんどか子ども用の二枚刃の靴で滑っていたりもする。単に氷と戯れているだけのようにも見えたが。
「うん。きっと気のせいです。海藤さんも忘れてくださいね。今日は貸切練習なんで準備してそろそろ出かけます」
「おう。俺も店閉めたら行くから、気をつけて行っておいで」
たまには顔を出す必要もある。自分に言い聞かせるように琥珀ちゃんに伝える。
「はい。まってますね。ほら。優太行くよ。海藤さんにバイバイして」
「うん。バイバイー」
琥珀ちゃんに連れられて行く優太に手を振り返す。それにしても気になることを言っていた。わざわざ言ってくるくらいだから琥珀ちゃんとしてもなにか引っかかることがあるのだろう。
ちょっとだけ気にしてみることにした。