残酷な描写あり
第五幕 3 『出会い』
名残惜しくもフィラーレ温泉を出発した私達は再び街道を進んでいく。
もちろん出発前、早朝にはバッチリ朝風呂も堪能しましたとも。
いや~、一泊だけなのが惜しいよ。
またいつか来たいね。
今度はカイトと二人で来れたらいいな…
温泉街を出ておよそ一時間ほど歩くと、黄金街道の最高地点、フィラーレ峠に到達した。
「ん~、やっぱりいい眺めだねぇ。ほら、遠くにイスパルナの街が見えるよ!」
ケイトリンさんがそう言って指差す方向には、確かに大きな街が遠目に確認できる。
あれが古都イスパルナ。
300年前までのこの国の王都であり、今も現王都アクサレナに次ぐ人口およそ10万人の大都市である。
現在のイスパルナは、かつて王家から分家した血筋であるモーリス公爵家が治めるモーリス領の領都となっている。
今日はあそこまで行く予定だ。
道は緩やかな下り坂だが、カーブが多いので見た目の距離より時間はかかるだろう。
だけど、皆温泉をゆっくり堪能できたみたいで足取りは軽い。
「日が落ちる前までには辿り着けそうですかね」
「ええ、問題ないと思います」
暫し絶景を堪能してから、峠を下っていくのだった。
峠を下り、曲がりくねった道を進むこと数時間。
やがて道は平坦になり、平野部にやってきたようだ。
峠から確認できた街影は見えなくなったが、着実に近付いている筈だ。
やがて周囲は平原から一面の畑に、そして段々と民家が多くなっていき、イスパルナ近隣の町村を通過していく。
「ここもブレゼンタムに負けないくらいの農業地域ですね」
「流石にブレーゼン領ほど大規模ではありませんが、イスパルナを支える必要がありますからね」
10万人が暮らす大都市だものね。
穀物などの保存が効くもの以外は地産地消だろうし、大都市を支えるには大規模な耕作地が必要という事だ。
「ここ数年は豊作続きで備蓄も余裕がありますが、ひとたび天候不順ともなれば飢饉にもなりかねません。備蓄の状況や農作物の育成状況、天候、その他不作の兆候など、普段から気にかけておく必要があります」
「そうですね。あとは…備えとして一定数は天候不順に強い作物を育てておいたり、品種改良なんかも考えられますね」
「品種改良?」
「ええ。そうですね…簡単に言うと、ある顕著な特徴を持ったもの同士を掛け合わせることでその特徴が次代以降も引き継がれていくようにするってことです」
「…レティシアもそのようなことを言っていました。それがきっかけでブレーゼン領と共同で研究が始まったりしています」
ふ~ん…
私が言ったようなことは前世では結構昔からやられていた事なんだけど…
やはり魔法の影響なのか、文明の発達度合いがまちまちなんだよね。
でも、やっぱりレティシアさんは転生者っぽい。
品種改良の話は経験則で理解してそうな人もいると思うけど、他にも色々やってるみたいだし。
「…やはり、カティアさんは『学園』に入学されたほうが良い気がしますね」
「あはは…まあ、考えておきます」
西に日が傾き赤く染まり始めた頃、私達はイスパルナの街、外壁の門をくぐった。
「さて…ようやくイスパルナに到着しましたね。本当は一座の皆さんをご招待したいところですが…公爵邸と言えど流石に全員をお招きするほどの部屋は用意できませんからね」
「ああ、別に気にしないでくれ。気持ちだけ有り難く受け取っておくさ。それに、うちの連中がそんなとこに泊まったら一体何をしでかすか…」
ヒャッハーしてたからねぇ…
「ふふ…ですが、せめて良い宿は紹介させていただきますよ。それに、全員は無理ですけど、カティアさん、ダードレイさんたちは是非ご招待させてください。もちろん、ルシェーラも」
「まあ、あんたとしちゃあカティアを招待しない訳にはいかねえか。だが、俺もか…」
「いいじゃない、父さん。せっかくお招き頂いたんだから、お言葉に甘えさせてもらいましょうよ」
「…そうだな。多少行儀がなってねえのは目を瞑ってくれよ」
「「「多少…?」」」
父さんの言い草に総ツッコミが入る。
「何だよ、多少だろうが」
「ま、まあ、いいや…では、有り難くお招きにあずかりますね」
「リュシアン様、私は~?」
とケイトリンさんが言うが。
「…あなたは普通に宿に泊まりなさい」
「ちぇー、ケチっ!」
「…勤務態度に難あり。査定を…」
「はっ!すぐに本日の宿を確保するであります!」
ぴゅ~っと走り去っていった。
…待ち合わせとか決めなくて大丈夫なのかなぁ?
「はぁ…まったく、困ったものです」
やれやれ、と言った様子だけど、本気で嫌がってるわけではなく苦笑いしてる。
「ふふ…でも、私は面白くて好きですよ」
「そう言って頂けると。まあ、あれで結構優秀ですしね」
可愛い部下には違いないみたいだ。
…あ、またルシェーラが、ぷく~ってしてる。
つんつん。
そうしてやって来た公爵邸。
かつての王族の離宮だったとの事で、その絢爛さはこれまで見てきた貴族の邸の中でも群を抜いている。
因みに、かつての王城は政庁舎として使われている他、一部は観光用に開放されているらしい。
この街は古都というだけあって、そのような歴史的建造物が多く、重要な観光資源になっているとの事。
公爵邸は、広さで言えばリッフェル伯爵邸と大きな違いは無いみたいだ。
「リュシアン様、お帰りなさいませ。そして、カティア様、ルシェーラ様、お連れの皆様方もようこそお越しくださいました」
リュシアンさんの帰還を確認した衛兵の人が門を開けると、邸の使用人らしき初老の男性が私達を迎える。
どうやら私たちの事は事前に連絡が行っていたらしい。
そして、その挨拶から察するに、ある程度は私の事も報せているのだろう。
「出迎えご苦労さまです。父上と母上、レティは邸にいますか?」
「はい、公爵閣下と奥方様は本邸でお待ちです。レティシア様は…」
「兄さん!お帰りなさい!」
使用人のオジサマが言いかけたところで、それを遮るように女の子の声がかかる。
声の方を振り向くと…
思わず息を呑む。
煌めく黄金の豊かに波打つ美しい髪が、まず目に入った。
そして、蒼穹を写し取ったかのような透き通った蒼い瞳。
まさに天使と形容すべき可憐な少女がそこにいた。
…なぜか作業着のようなものを着て。
こうして、私は生涯の親友となるレティシアとの出会いを果たしたのだが…
それは、何だか少し残念な感じだった。
もちろん出発前、早朝にはバッチリ朝風呂も堪能しましたとも。
いや~、一泊だけなのが惜しいよ。
またいつか来たいね。
今度はカイトと二人で来れたらいいな…
温泉街を出ておよそ一時間ほど歩くと、黄金街道の最高地点、フィラーレ峠に到達した。
「ん~、やっぱりいい眺めだねぇ。ほら、遠くにイスパルナの街が見えるよ!」
ケイトリンさんがそう言って指差す方向には、確かに大きな街が遠目に確認できる。
あれが古都イスパルナ。
300年前までのこの国の王都であり、今も現王都アクサレナに次ぐ人口およそ10万人の大都市である。
現在のイスパルナは、かつて王家から分家した血筋であるモーリス公爵家が治めるモーリス領の領都となっている。
今日はあそこまで行く予定だ。
道は緩やかな下り坂だが、カーブが多いので見た目の距離より時間はかかるだろう。
だけど、皆温泉をゆっくり堪能できたみたいで足取りは軽い。
「日が落ちる前までには辿り着けそうですかね」
「ええ、問題ないと思います」
暫し絶景を堪能してから、峠を下っていくのだった。
峠を下り、曲がりくねった道を進むこと数時間。
やがて道は平坦になり、平野部にやってきたようだ。
峠から確認できた街影は見えなくなったが、着実に近付いている筈だ。
やがて周囲は平原から一面の畑に、そして段々と民家が多くなっていき、イスパルナ近隣の町村を通過していく。
「ここもブレゼンタムに負けないくらいの農業地域ですね」
「流石にブレーゼン領ほど大規模ではありませんが、イスパルナを支える必要がありますからね」
10万人が暮らす大都市だものね。
穀物などの保存が効くもの以外は地産地消だろうし、大都市を支えるには大規模な耕作地が必要という事だ。
「ここ数年は豊作続きで備蓄も余裕がありますが、ひとたび天候不順ともなれば飢饉にもなりかねません。備蓄の状況や農作物の育成状況、天候、その他不作の兆候など、普段から気にかけておく必要があります」
「そうですね。あとは…備えとして一定数は天候不順に強い作物を育てておいたり、品種改良なんかも考えられますね」
「品種改良?」
「ええ。そうですね…簡単に言うと、ある顕著な特徴を持ったもの同士を掛け合わせることでその特徴が次代以降も引き継がれていくようにするってことです」
「…レティシアもそのようなことを言っていました。それがきっかけでブレーゼン領と共同で研究が始まったりしています」
ふ~ん…
私が言ったようなことは前世では結構昔からやられていた事なんだけど…
やはり魔法の影響なのか、文明の発達度合いがまちまちなんだよね。
でも、やっぱりレティシアさんは転生者っぽい。
品種改良の話は経験則で理解してそうな人もいると思うけど、他にも色々やってるみたいだし。
「…やはり、カティアさんは『学園』に入学されたほうが良い気がしますね」
「あはは…まあ、考えておきます」
西に日が傾き赤く染まり始めた頃、私達はイスパルナの街、外壁の門をくぐった。
「さて…ようやくイスパルナに到着しましたね。本当は一座の皆さんをご招待したいところですが…公爵邸と言えど流石に全員をお招きするほどの部屋は用意できませんからね」
「ああ、別に気にしないでくれ。気持ちだけ有り難く受け取っておくさ。それに、うちの連中がそんなとこに泊まったら一体何をしでかすか…」
ヒャッハーしてたからねぇ…
「ふふ…ですが、せめて良い宿は紹介させていただきますよ。それに、全員は無理ですけど、カティアさん、ダードレイさんたちは是非ご招待させてください。もちろん、ルシェーラも」
「まあ、あんたとしちゃあカティアを招待しない訳にはいかねえか。だが、俺もか…」
「いいじゃない、父さん。せっかくお招き頂いたんだから、お言葉に甘えさせてもらいましょうよ」
「…そうだな。多少行儀がなってねえのは目を瞑ってくれよ」
「「「多少…?」」」
父さんの言い草に総ツッコミが入る。
「何だよ、多少だろうが」
「ま、まあ、いいや…では、有り難くお招きにあずかりますね」
「リュシアン様、私は~?」
とケイトリンさんが言うが。
「…あなたは普通に宿に泊まりなさい」
「ちぇー、ケチっ!」
「…勤務態度に難あり。査定を…」
「はっ!すぐに本日の宿を確保するであります!」
ぴゅ~っと走り去っていった。
…待ち合わせとか決めなくて大丈夫なのかなぁ?
「はぁ…まったく、困ったものです」
やれやれ、と言った様子だけど、本気で嫌がってるわけではなく苦笑いしてる。
「ふふ…でも、私は面白くて好きですよ」
「そう言って頂けると。まあ、あれで結構優秀ですしね」
可愛い部下には違いないみたいだ。
…あ、またルシェーラが、ぷく~ってしてる。
つんつん。
そうしてやって来た公爵邸。
かつての王族の離宮だったとの事で、その絢爛さはこれまで見てきた貴族の邸の中でも群を抜いている。
因みに、かつての王城は政庁舎として使われている他、一部は観光用に開放されているらしい。
この街は古都というだけあって、そのような歴史的建造物が多く、重要な観光資源になっているとの事。
公爵邸は、広さで言えばリッフェル伯爵邸と大きな違いは無いみたいだ。
「リュシアン様、お帰りなさいませ。そして、カティア様、ルシェーラ様、お連れの皆様方もようこそお越しくださいました」
リュシアンさんの帰還を確認した衛兵の人が門を開けると、邸の使用人らしき初老の男性が私達を迎える。
どうやら私たちの事は事前に連絡が行っていたらしい。
そして、その挨拶から察するに、ある程度は私の事も報せているのだろう。
「出迎えご苦労さまです。父上と母上、レティは邸にいますか?」
「はい、公爵閣下と奥方様は本邸でお待ちです。レティシア様は…」
「兄さん!お帰りなさい!」
使用人のオジサマが言いかけたところで、それを遮るように女の子の声がかかる。
声の方を振り向くと…
思わず息を呑む。
煌めく黄金の豊かに波打つ美しい髪が、まず目に入った。
そして、蒼穹を写し取ったかのような透き通った蒼い瞳。
まさに天使と形容すべき可憐な少女がそこにいた。
…なぜか作業着のようなものを着て。
こうして、私は生涯の親友となるレティシアとの出会いを果たしたのだが…
それは、何だか少し残念な感じだった。