残酷な描写あり
第四幕 19 『王家の血』
「さて、あとは…カティアさんの事ですかね」
…ですよね。
この場にいるメンバーは私がリル姉さんの印を受け継いでいることは知っている。
…そして、もう一つの印を発動したことも。
なお、ミーティアが印を発動した事を知ってるのは私、カイト、お嬢様だけなので一先ずは秘密にしている。
お嬢様…侯爵様経由で国王陛下には報告を上げると思うけど。
リュシアン様にも話しても良いと思うが、それもお嬢様の判断にお任せだ。
彼女が『神の依代』である事は既に伝わってるはず。
とにかく、今は私の事だ。
印を二つも持ってるなんて…
一体私は何なのだろう?
これまであまり考えてなかったが、流石に出自が気になってるのも確かだ。
「ルシェーラ、私は遠目に見ただけなんだけど、カティアさんがディザール様の印を発動したのは間違いないのだよね?」
そう問われたお嬢様は、チラッと私の方を横目で見てから答える。
「ええ…確かにディザール様のものだったと思いますわ。剣と盾を象ったような印…イスパル王家の紋章によく似ておりました」
「やはり…間違いなくカティアさんはイスパル王家の血を引き継ぐということになりますね」
まあ、普通に考えればそうなるね。
亡くなった私の母がそうだった…ということになるのだろう。
「そうすると、カティアを俺に託した…おそらく母親であろう人物が王家の人間だった、という事か…?」
「そうなりますね。ダードレイさん、その母親とはどこで?」
「アダレットだ。当時はグラナの侵攻で大陸南部は混乱を極めていてな。そんな中でもアダレットは対グラナの戦線からは遠く離れていたんで比較的落ち着いていたはずだったんだが…」
そう、母のお墓はアダレットにある。
そう頻繁にお参りはできないけど、何回かは連れて行ってもらった記憶がある。
『ここに、お前の母さんが眠ってるんだぞ』って…
「…確か、グラナの離間工作でクーデターが起きて、突如として我が国に宣戦布告してきたのでしたね」
「そうだ。イスパル王国は対グラナ戦線に主戦力を注ぎ込んでいたからな。危機的状況だった訳だ」
「そこで、お父様、お母様やおじさま達がアダレット方面からの侵攻を防いだのですよね」
「まあな。最終的にはアダレットの王家が復権して終結したわけだが」
そのあたりの話は私も知っている。
と言うか、歴史の教科書に載るレベルの出来事だし、知らない人のほうが少ないだろう。
その戦いの功績で閣下は昇爵されている。
アダレットは印を受け継ぐ国…『盟約の十二王家』の一つだ。
この十二の国々は、神々から直々に人類の行く末を託された…いわば兄弟のようなもので、神代から現代に至るまで良好な関係を保っていた。
なので、まさかそんなところから侵攻を受けるなどとは夢にも思っておらず、完全に不意を突かれた格好だったという。
しかし、グラナ戦線からは遠く離れていた当時のブレーゼン伯爵領を中心に戦力を集め、何とか食い止めることができたのだ。
「…これは公にはあまり知られていない事ですが、陛下は今の王妃様とご結婚される前に現王妃様の姉君と婚約されていたと聞いております。その方はご懐妊されていて、戦火を避けるために疎開されたのですが…その地で行方不明となったのです。それが確かアダレットだったはず」
「…合致はするな」
「ええ…そのカティアさんの母親らしき人物は、何か身の証になるような物は持ってませんでしたか?」
「……カティア」
リュシアン様の質問を受けて、父さんが目配せして来る。
それを受けて、私は今も身に着けている母の形見であるペンダントを取り出し、リュシアン様に渡す。
非常に精緻な細工が施された銀色に輝く台座に、美しい青い宝石がはめ込まれたそれは、これまでの話を聞くと見るからに由緒正しいものに感じる。
渡されたそれを仔細に確認して、リュシアン様は確信に至ったらしく私達に説明してくれる。
「…間違いありませんね。その青い宝玉…中に紋章のようなものが見えるでしょう?これは、王家の方が生まれたときに贈られる守護石で、秘された特別な製法をもって作られるものです。紋章は個人ごとに異なるので、陛下や王妃様に確認すれば素性がはっきりするでしょう」
そっか、ここで繋がるのかぁ…
以前に半ば冗談で、『王家の証だったりして…』なんて思ったりしたのだが、それは当たりだったらしい。
アルマ王家のものではなくて、イスパル王家のものだったと言う点が異なるが。
それに…ゲームでNPCとして登場したカティアは確かにイスパル王国の王女だった。
リル姉さんの印を持ってることから、その可能性を無意識に排除していたのだろう。
「とにかく、この事は早急に陛下にお知らせせねば」
「…国王陛下が私の実の父親、という事なのでしょうか…?」
「これだけの証拠があるのです。そういうことなのでしょう。もちろん、陛下に確認が必要ではありますので、私が断定するわけにはいきませんが」
「父さん…」
「ああ、そんな顔すんな。別にお前がこの国のお姫様だったからと言って、俺がお前の父親である事には変わりはねぇぞ。前にも言っただろ?」
「…うん、ありがとう」
ほんと、父さんは私の気持ちをちゃんと分かってくれている。
それがとても嬉しい。
「それに…実の両親の事が分かるかもしれねぇんだ。それは喜ばしい事じゃねぇか」
「うん、そうだね」
それもそうだ。
私の育ての親は父さん。
ティダ兄や姉さん、一座の皆は親戚みたいなもの。
そして、血の繋がった父親もいるらしい。
何と幸せなことじゃないか。
「しかし、エメリール様の印も受け継いでるってなあ、どういう事だ?二つの印を持つヤツなんて聞いたことないが…」
「…そうですね。私も聞いたことはありません。長い歴史の中で12王家同士の婚姻が行われることも当然ありましたが、常に受け継がれるのはそれぞれの王家が引き継いできたものだけ…のはずでした」
そのへんの遺伝の仕組みもよく分からないよなぁ…
市井の人間に現れないと言うのも謎だ。
私が二つ発動できたのは…もしかして二人分の魂が合わさったから?
これまでの違いといえばそれくらいしか思いつかない。
「かつて、アルマの血筋がイスパル王家に入り何らかの要因で隔世遺伝で受け継がれた…ということなのかもしれません」
「…300年前のテオフィール王子とリディア王女とか?二人は恋人同士だったらしいし、もしかして彼らに子供がいたのかもしれないのでは?」
「う~ん…その二人の間に子供がいたという話は聞いたことがないですね。ただ、当時の貞操観念は今よりも厳しいですし、醜聞とも取られかねない話ですから秘された可能性はあります。想像の域を出ませんけどね」
確かに、はっきりとしたことは分からないだろう。
王家に何らかの記録や伝承はあるかもしれないけど、ここで確認できるものでもない。
ただ…
夢でその二人のことを見たのが気になる。
あれはただの夢では無く実際の出来事のように思えたし、それを私が夢に見るという事は何らかの関わりがあるようにも思える。
まあ、何れにせよここで考えても結論が出るわけじゃない。
だけど、これだけは言っておかないと。
「リュシアン様…事実がどうあれ、私はダードレイ一座の歌姫です。これまでも…そして、これからも」
「…分かりました。これ以上は私がどうこう言うのは差し出がましいですね。ですが、王都に到着したら陛下にはお会いして頂きたいとは思います」
「はい。もし本当に陛下が私の父なのであれば、私もお会いしたいと思います。まだ、そうと決まった訳ではありませんけど」
と言っても、話を聞く限りは限りなくそうであろうとは思ってるけど。
とにかく、この話はここで一旦終了。
この場にいる人達には、口外しないようにとお願いすることに。
申し訳ないと思うけど、あまり大っぴらに話して良い事でもないからね…