残酷な描写あり
第四幕 12 『探索』
「ま、実際、オッサンの相手することさえ我慢すれば、生活は悪くないさ。皆そうだろうけど、アタイの家はそれ程裕福じゃ無いからね。ここでは働かなくてもいいし、食事も美味しいし。邸の外に出られないのは退屈だけどね」
アイラさんはあっけらかんと言い放つが、若干皮肉っぽくも聞こえるし、本心で言ってる訳ではないのだろう。
「その…私達はまだ領主様や領主代行様にお会いしていないのですが、どんな方なんです?」
「領主様にはお目にかかった事は無いわ。まだ幼いということで政務には関わってらっしゃらないみたいなんだけど…お身体が丈夫ではなく病気がちってことで部屋に籠もりっきりらしいわ。先代様もご病気で臥せっておいでで、同じ部屋で過ごされてるとか」
ふむ。
これも予想通りだけど、監禁場所が同じ部屋というのは救出する側からすると助かるね。
で、肝心なのはその部屋の場所がどこかということだが…
「ご病気で…どちらにいらっしゃるんです?」
「確認した訳じゃないけど、多分本邸の三階奥の部屋だと思うわ。代行様に呼び出されたときに見たのだけど、その部屋だけ見張り番がついていたし」
チラッ、とケイトリンさんを伺うと、軽く頷く。
どうやら[探知]の結果とも一致するみたいだ。
これで先代様たちの場所は特定できたのかな?
「代行様…確か、マクガレン様でしたっけ。その方はどうなんです?」
とルシェーラ様が聞くと、何故か彼女たちは顔を見合わせる。
そして、躊躇いがちにリタさんが答えてくれるが…
「それが…よく分からないの」
「よく分からない…?」
「ええ…何というか、部屋に呼び出されたり、その…いかがわしい事をされた、と言うことは何となくは覚えているのだけど。…どんな人だったかとか、具体的にどんな事をされたのかとかは、はっきりと思い出すことができないの」
「アタイも同じだね。逆に記憶が曖昧だから耐えられてるってのもあるかもしれないけど」
「その…私も同じです」
三人ともか…
これは、何か特殊な力…異能を持っていると考えた方が良さそうだ。
「何だか怖いわ…その、呼び出された以外でお会いすることは無いのですか?」
「普段の生活の中でお会いする…と言うか、日中にお見かけする事すら無かったわ。噂では日の光を避けるために地下に籠もっているって…だから私達の間では、もしかしてヴァンパイアなんじゃないか、って言う娘もいるくらいよ」
確かに、『異界の魂』が取り憑いたモノはアンデッドに近い性質を持つみたいだから陽光が苦手なのかもしれない。
しかし、伯爵(代理)でヴァンパイアって…狙ってるのか?
因みにこの世界でヴァンパイアは実在する。
ゲームでも登場して、かなり上位のアンデッドであり、現実のこの世界でもそれは変わらない。
ヴァンパイア・ロードともなればSランク相当だ。
魔物には違いないのだが、他の魔物とは異なり必ずしも人間と敵対しているわけではない。
ゲームではNPCとしてプレイヤーの味方として登場した事もあった。
それはともかく…
ケイトリンさんに目配せすると、僅かに首を横に振っている。
ああ、やっぱり…[探知]って地下施設は探りにくいんだよね。
これは直接探りを入れるしかないかな?
「…呼び出される、と言うのはどうやって?」
この質問に対して、またもや彼女たちは顔を見合わせてから答える。
「それもよく分からないの。夜部屋で寝ていると呼ばれたような気がして…気が付くと代行様の部屋の前にいるのよ。先代様達がいると思われる部屋の更に奥の部屋ね。そこから先の記憶も曖昧で…次に気がついたときにはもう朝で、いつの間にか部屋で寝ているの」
…何それコワイ。
ホラーじゃないか。
と言うか、精神干渉系の能力なのかな?
魔力量が大きいとその手の能力も効きにくいはずなんだけど、相手が相手だからねぇ…何とも言えないな。
厄介だなぁ…
「その…あなた達も、気を確かにね。生きてさえいれば何とかなるかもしれないわ」
「そうそう、辛いことがあったらアタイ達が話を聞くから」
「…私も。大して役には立たないと思いますが…」
リタさん達がそう励ましてくれる。
自分も辛いだろうに…私達を気遣ってくれる。
とても強くて優しい人達なんだな、って思った。
さて、ある程度の情報は得られたと思う。
後はマクガレンの居場所や、先代様達の監禁場所と思しき部屋も見ておきたい。
しばらく他愛もない話をしてから彼女達と分かれて、何気なく邸を散策する風を装いながらあちこち探りを入れることにした。
単独行動よりは一緒に連れて来られた者同士が一緒の方が怪しまれないだろうという事で、纏まって行動している。
先ずは本邸からだが…
何人かの使用人らしき人達とすれ違うが、特に訝られることもなく堂々と見て回っている。
…と言うか、私達が通ると端に避けて畏まるんだよね。
う~ん…私達って彼らからするとどう言う位置付けなんだろ?
完全に客人に対する態度だよねぇ…
「何だか変な感じですわね…」
「本当に。まるで客人か…それこそ領主一族に対する態度に見えるよ」
「…まあ、こうやって彷徨いていても見咎められないから良しとしましょう。気にはなりますけど」
そうだね、気にはなるけど自由に動けるなら今のうちに隅々まで見せてもらいましょう。
という事で本邸三階までやって来ました。
一、二階よりは広くはないので、目的の場所にはすぐに辿り着く。
さっき聞いた通り、扉の前に見張りがついている部屋がある。
どうしたものかと思っていたら、私達に気が付いて声をかけてきた。
「どうされましたか、奥様方?」
…ん?
何だか変な言葉が聞こえたような?
「あ、すみません、私達今日ここに来たばかりで……あの、『奥様』と言うのは?」
「ああ、それでは戸惑われるかもしれませんね。…この邸にお連れした女性は皆マクガレン様の奥方様である、と…そのように邸の者は承知しております」
…私は承知しておりません。
無理やり連れてきて奥さんとか。
ちょっと意味がわからないですね~。
でも、そうか…
マクガレンは奥さんを亡くして酷く嘆いていたという。
それがきっと彼の妄執なんだろう。
でも、それに付き合ってやる訳にはいかない。
ある意味では彼も被害者と言うことなんだろうけど、もはや取り返しはつかないのだ。
私達に出来る事は、ただ引導を渡してやることのみ。
「私達はまだ、マクガレン様にお会いしたことすら無いのですが…」
「多分、今夜にでもお会いできますよ。初めて来られた方は初日に呼ばれるはずです。ただ…日中はどこに居られるのか、誰も知らないのです」
「領政はどうされてるのですか?」
「私はただの使用人なので、詳しくは分かりませんけど…夜のうちに執務室に指示書が置かれていると聞いたことがあります」
一方的に指示するだけか。
逆らうと…きっとろくな事にはなってないのだろうね。
「こちらの部屋は…?」
「先代様と現領主様が療養されております。ですから、この近辺ではお静かに願います。…一つ忠告を。この邸でご無事に過ごされたいのであれば、あまり色々なことに深入りしないことです」
「…ご忠告痛みいります。では、あまり深入りしないよう、失礼させていただきますね」
「ええ、どうか健やかにお過ごしを…」
そう言って私達はその場を立ち去った。
「さて、先代様たちの居場所は確定ですわね。あとは肝心のマクガレンの居場所ですけど…」
「日中は誰も居場所を知らない。地下に籠もっているという噂。…地下牢獄に行ってみます?」
「そうだね。私の[探知]じゃ地下まで探れないし…直接確認しないと分からないよ」
「仮にそこにマクガレンが居たら?」
「私達だけで事を構えるのは得策ではありません。迷ったとでも誤魔化して一時撤退ですわ」
そうして、私達は地下牢獄に向かった。