残酷な描写あり
第一幕 2 『ブレゼンタムの街』
この世界には魔法が存在する。
もちろん、ゲームでも魔法は使えたが、理論などの細い設定などは特になかった。
現実のこの世界においては古来より魔法に関する学術的な研究が行われており、ある程度理論的に発動過程が説明されている。
この世界の魔法とは、簡単に言えば空気中にある【魔素】を体内に取り入れ制御する事で様々な事象を引き起こすこと……らしい。
体内に取り込まれた魔素の事を【魔力】と呼ぶ。
そして、魔法は【原初魔法】と【音声魔法】に大別される。
前者は文字通り、遥か昔より存在する魔法であり発動手順や効果が定まっておらず、術者の感覚によって行使される。
魔物が使うのはこちらであり、一部の先天的に優れた魔法の素養を持つ人間にも扱う者がいる。
【音声魔法】は原初魔法の研究の結果生み出された魔法で、こちらも文字通り言葉を発することによって魔法の発動を行う。
人間の【魔核】は脳内の発声・言語を司る部位の近傍に存在する事が影響し、魔力の操作とともにある特定の音声を発することで、一定の魔法的効果として制御できる事が長年の研究の末に発見された。
この音声に紐付く魔法的効果から単語として意味を持たせ、これらを体系的にまとめて言語化したものが魔法語であり、これを用いて魔法を発動する。
魔法語は発動起点、範囲、規模、効果などの様々な要素を示す単語を組み合わせることで目的の事象を引き起こすが、適切な組み合わせでなければ発動に失敗する。
このため、一般的には既に効果が分かっている定形文を覚えることで使うことが多い。
詠唱魔法を極めてくると、魔核の制御の感覚を覚えることで音声を発しなくても発動ができるようになる人もいる。
これは特別に【無音声魔法】とか【無詠唱魔法】と呼ばれている。
このように、長い歴史の中で研究が重ねられ体系化された事で魔法を扱える者は格段に増えたが、未だ使えない者も少なくないし、使える者であっても特定の魔法語に得手不得手があったりして、生まれ持った資質が大きく関わっている点は昔から変わっていない。
……以上が、【私】の記憶から得られた魔法に関する知識だ。
ちなみに、魔法については一座の中でも特に魔法に詳しいメンバーに師事したらしい。
と言う事で、実際に使ってみよう。
簡単なものなら【私】も無音声で使えるが、今回はきちんと手順を踏んでやってみる。
使うのは初歩的な火の魔法[灯火]。
文字通り継続的に小規模な火を発生させて灯りにする魔法だ。
着火用の種火としてはこれで十分だろう。
『此処に火精は集いて、小さき火を灯せ[灯火]』
短い詠唱が終わると、立てた人差し指の少し先に、ぽっ、と握りこぶしよりも少し小さいくらいの火の玉が現れる。
なお、最後の[灯火]は最終的に魔法を発動するためのトリガとして発声しているが、実は言葉自体は何でも良かったりする。
撃つと言う意志が重要であって、なんなら魔法語じゃなくても良い。
攻撃魔法などの場合は何の魔法を使うのかをなるべく相手に悟られないようにアレンジする人もいるが、大抵の場合、威力や精度が良くなると言われてるので今みたいに魔法名を発することが多い。
予め集めておいた枯れ葉や枯れ枝で覆ったグレートハウンドの死体に火をつける。
後は炎が燃え尽きるまで暫し休憩だ。
そして数十分後……
あらかた火は消えて、後には灰と煤けた骨が残るのみとなった。
「よし、もういいかな。魔核は……と。あった!」
灰を木の枝で除けながら探すと、親指と人差し指で作る輪っかくらいの大きさの丸い石が見つかった。
グレートハウンドの魔核は黒く艷やかな光沢を放ち、宝石のように綺麗なものだ。
実際、より貴重でより美しい魔核であればそれこそ宝石と同等以上の価値がある。
まあ、今回のものは特に珍しい物ではなく、討伐証明に用いる以外の価値はそれほど無いが。
「さて、そろそろ行きますか」
多少足止めはされたが、特に大きな問題ではない。
【俺】としては実戦経験が得られた上に魔法の検証もできたので、むしろちょうど良かった。
あともう少しで街道に出て、その後は西に向って道なりに一時間ほどで街に帰れる。
しばらく街道を歩いていると、辺りは徐々に農村のような雰囲気となって来た。
このあたりは起伏の少ない地形で、かなりの規模の穀倉地帯となっており街道沿いには農家の集落が点在している。
街に近づくにつれて行き交う人も増えてきた。
時間的にはそろそろ帰路につく頃合いだろう。
やがて、街道沿いの民家も増えてきて遠目に市街を囲む壁が見えてくる。
あれが現在一座が滞在している街、イスパル王国ブレーゼン領の領都ブレゼンタムだ。
市街を囲む防壁は一辺およそ2キロメートルほどの正方形で四つの角の部分には物見の塔が建てられている。
各辺の中央付近にそれぞれ門が設けられており、平時は自由に出入りができる。
防壁の外側周辺にも民家が立ち並び、壁の内外合わせておよそ3万人以上の人が暮らす。
これは市民登録のある定住人口なので、うちの一座のような一時滞在者を含めればもっと多いだろう。
この世界の基準ではなかなかの大都市といえる。
日が傾き空が茜色に染まる頃に、私は東門を潜って市街に入った。
【俺】の感覚で言えば古いヨーロッパの街並みといった感じだ。
行ったことないので、あくまでもイメージだが。
これから帰宅するであろう人や、夜の街に繰り出そうとしている人などで通りは昼間とは違った賑わいを見せている。
……さて。
一先ずは依頼と魔物討伐の報告のためギルドに向かおうか。
ギルドの正式名称は【請負人相互扶助組合】だが、誰も(職員ですら)その名称は使っていない。
かつての戦乱の時代に、難民や戦災孤児、職を失った者たちなどの受け皿として、また戦災からの復興のための人材不足を解消する目的としてギルドは創設された。
平穏な今の時代にあっても、重要な経済活動の一つとして既にこの世界に無くてはならないものとなっている。
ギルドは依頼を通じてギルド員に仕事を斡旋することが主な役割だが、その他にも各都市の定住者以外の一時滞在者の管理、及び徴税を行うという重要な役割も持っている。
ギルドが扱う依頼には、街の雑用から素材採取、魔物の討伐まで様々なものがある。
それこそ所属するギルド員で対処可能と判断されれば何でも請負う。
もちろん、法に触れず倫理的に問題ない限り……という前提だが。
そして、ギルド員の中でも街の外で採取や討伐を中心とした活動を行う者は特に【冒険者】と呼ばれている。
この街のギルドは市街の中心、中央広場に面した3階建ての建物で、大都市のギルドというだけあって、かなりの大きさだ。
大きな扉は営業時間内は開け放たれており、中の喧騒が通りまで漏れ聞こえてくる。
中に入ると、今日の仕事を終えて報告のために訪れたギルド員で賑わっており、併設された酒場につながる扉からは、一足先に報告を終えて食事や酒を愉しむ陽気な声が聞こえてくる。
大量の報告を捌くため、この時間帯は職員総出で窓口対応にあたっているようだ。
おかげで回転は良く、それ程待たずに順番が来るだろう。
順番待ちの列に向うと、【私】のことを知っているらしき何人かの話し声が聞こえてきた。
(……おい、カティアちゃんだぞ。今日もかわいいなぁ……)
(……はあ、今度のチケット、取れなかったんだよな~、見に行きたかったのに……)
(……なあ、お前パーティーに勧誘して来いよ)
(無茶言うな、あの怖え親父に殺されるわ!大体あの子、ああ見えて確かBランクだったよな?戦闘技量上級も持ってたはずだぞ。俺らじゃ釣り合わねえよ)
……あんたら、噂話のつもりならもっと声を抑えなさいな。
彼らの会話にあった通り、私の冒険者としてのランクはBだ。
ギルドのランクは上からA~Hまでの8段階があり、【私】は上から二番目と言うことになる。
Sランクなんてものもあるが、これは実質名誉称号のようなものらしい。
ランクアップは依頼の達成数、率が規定に達し試験に合格することで上がり、飛び級などの特例は無い。
ランクはあくまでもそれまでの実績、貢献度、信頼度を示すもので、地道な積み重ねの結果だが、高ランクほど高い実力を持つのは間違いない。
それとは別に、技量認定制度と言うものがある。
これは専門分野ごとにその技量の練度を試験で測り、初級・中級・上級・特級の4段階によってギルドがお墨付きを与えるものだ。
登録したてで低ランクであっても前職の経験がある場合など、有能な人材を無駄にしないための制度であり、遂行能力があると見なされればランクに関わらず依頼を受けられる場合がある。
【私】は戦闘分野で上級、こちらも上から二番目という事になる。
それにしても……この街でも結構有名になったものだ。
彼らの他にもこちらに注目する視線を感じる。
まあ、これ程の容姿と冒険者としての実力、更には一座で歌姫として目立っているし、有名にならない方がおかしいか……
などと考えてるうちに、順番が回ってきた。
「お疲れ様です、カティアさん。依頼の報告ですか?」
受付の職員は、これまで何度かお世話になって顔見知りになっている女性だ。
おそらく20歳くらいで黒髪黒目の落ち着いた感じの美人で、名前はスーリャさん。
「はい、採取依頼の納品と、あと依頼外の魔物討伐の報告です」
「かしこまりました、ではギルド証をお預かりします……はい、ありがとうございます。では、少々お待ち下さい」
そう言って彼女は、受け取ったギルド証を、前世のタブレットのようなものにかざす。
ちなみにギルド証は前世の免許証くらいの大きさの金属プレートでDランクまでは鉄、Cは銅、Bは銀、Aは金となる。
「確認できました。透魔草ですね。では納品お願いします」
「はい、こちらです」
鞄から採取したものを取り出し、カウンターに置く。
「では、鑑定が終わりましたらこちらの番号札の番号でお呼びしますので、支払いカウンターにお越しください。それと……依頼外の魔物討伐、でしたか?」
「あ、はい。東の街道を一時間ほど進んで、少し街道から外れたところにある森でグレートハウンドに襲撃され、これを討伐しました。群れではなく単体。これが討伐証明の魔核です。たしか、この辺りの魔物分布図には載って無かったかと思い、念のため報告したほうが良いと思いまして……」
「なるほど……まだ表沙汰にはなっていないのですが、実は最近同様の報告が何件かされていまして……あ、魔核の方も鑑定に回しておきますね」
納品の品と魔核を別の職員に渡してから、彼女はカウンターの中から領内の魔物分布図を取り出した。
「東の街道から一時間……この辺ですかね?」
「もう少し北側……この辺りだと思います」
地図上の一点を指差す。
「グレートハウンドの生息域でここから一番近いのは……ここ。十数kmは離れてますね」
「他の似たような報告と言うのは?」
「この赤い丸印のところです」
そう言って指差した場所には赤い丸印と魔物の種類が書き込まれている。
同じような記載がおよそ十数カ所ほど。
魔物の種類は様々だが、これは……
「これって……重なってますよね」
「分かりますか?そうです、これら赤丸のところで確認された魔物の殆どについて、本来の生息域は先ほどのグレートハウンドと同じくここ、スオージの大森林になります。恐らくこの森で何らかの異変が生じているとギルドでも判断しており、現在調査隊を派遣しているところです。しかし、今回のケースのような街道近くとなると、情報開示と注意喚起をしないとまずいですね……」
あぁ、流石にこれだけ情報が揃っていればもうギルドは動いてるか。
「異変……と言うと、やはり上位個体の出現とかでしょうか?」
「その可能性は高いと思います。もしそうであった場合、脅威度にもよりますが恐らくC以上の高ランク冒険者の方には招集がかかるかもしれません。一座の方にも予めお伝え頂けると助かります」
「あ、分かりました伝えておきます」
うち一座の主だったメンバーはBランク以上、あるいは戦闘技量上級以上なので、招集対象になる。
養父に至ってはAランク、戦闘技量特級だ。
それにしても、異変……か。
【私】の身に起こったことも異変だ。
倒れていた場所もスオージの森からそこまで離れていない。
もしかしたら、何か関係があるのかもしれない。
「……あの、前から気になってたんですが、旅芸人一座のメンバーが揃いも揃って高位冒険者というのが、ちょっと意味不明なんですけど……」
少しためらいがちにスーリャさんが聞いてきた。
「あぁ……なんか元々は腕利きの傭兵団だったらしくて、先の大戦終結で引退したメンバーが集まって結成したとかなんとか。私が生まれる前の話なんで詳しい経緯とか知りませんけど」
「そうなんですか。そう言えばダードレイ一座の劇は殺陣が実戦さながらで迫力があるってすごく評判ですけど、道理ですね」
「実戦さながらと言うか…あれは実戦なんですよ。なんせうちの連中が冒険者なんてやってるの『腕が鈍ると舞台で死んでしまう!』って理由らしいですし……」
「……」
うん。やっぱり意味分かんないよね。
もちろん、ゲームでも魔法は使えたが、理論などの細い設定などは特になかった。
現実のこの世界においては古来より魔法に関する学術的な研究が行われており、ある程度理論的に発動過程が説明されている。
この世界の魔法とは、簡単に言えば空気中にある【魔素】を体内に取り入れ制御する事で様々な事象を引き起こすこと……らしい。
体内に取り込まれた魔素の事を【魔力】と呼ぶ。
そして、魔法は【原初魔法】と【音声魔法】に大別される。
前者は文字通り、遥か昔より存在する魔法であり発動手順や効果が定まっておらず、術者の感覚によって行使される。
魔物が使うのはこちらであり、一部の先天的に優れた魔法の素養を持つ人間にも扱う者がいる。
【音声魔法】は原初魔法の研究の結果生み出された魔法で、こちらも文字通り言葉を発することによって魔法の発動を行う。
人間の【魔核】は脳内の発声・言語を司る部位の近傍に存在する事が影響し、魔力の操作とともにある特定の音声を発することで、一定の魔法的効果として制御できる事が長年の研究の末に発見された。
この音声に紐付く魔法的効果から単語として意味を持たせ、これらを体系的にまとめて言語化したものが魔法語であり、これを用いて魔法を発動する。
魔法語は発動起点、範囲、規模、効果などの様々な要素を示す単語を組み合わせることで目的の事象を引き起こすが、適切な組み合わせでなければ発動に失敗する。
このため、一般的には既に効果が分かっている定形文を覚えることで使うことが多い。
詠唱魔法を極めてくると、魔核の制御の感覚を覚えることで音声を発しなくても発動ができるようになる人もいる。
これは特別に【無音声魔法】とか【無詠唱魔法】と呼ばれている。
このように、長い歴史の中で研究が重ねられ体系化された事で魔法を扱える者は格段に増えたが、未だ使えない者も少なくないし、使える者であっても特定の魔法語に得手不得手があったりして、生まれ持った資質が大きく関わっている点は昔から変わっていない。
……以上が、【私】の記憶から得られた魔法に関する知識だ。
ちなみに、魔法については一座の中でも特に魔法に詳しいメンバーに師事したらしい。
と言う事で、実際に使ってみよう。
簡単なものなら【私】も無音声で使えるが、今回はきちんと手順を踏んでやってみる。
使うのは初歩的な火の魔法[灯火]。
文字通り継続的に小規模な火を発生させて灯りにする魔法だ。
着火用の種火としてはこれで十分だろう。
『此処に火精は集いて、小さき火を灯せ[灯火]』
短い詠唱が終わると、立てた人差し指の少し先に、ぽっ、と握りこぶしよりも少し小さいくらいの火の玉が現れる。
なお、最後の[灯火]は最終的に魔法を発動するためのトリガとして発声しているが、実は言葉自体は何でも良かったりする。
撃つと言う意志が重要であって、なんなら魔法語じゃなくても良い。
攻撃魔法などの場合は何の魔法を使うのかをなるべく相手に悟られないようにアレンジする人もいるが、大抵の場合、威力や精度が良くなると言われてるので今みたいに魔法名を発することが多い。
予め集めておいた枯れ葉や枯れ枝で覆ったグレートハウンドの死体に火をつける。
後は炎が燃え尽きるまで暫し休憩だ。
そして数十分後……
あらかた火は消えて、後には灰と煤けた骨が残るのみとなった。
「よし、もういいかな。魔核は……と。あった!」
灰を木の枝で除けながら探すと、親指と人差し指で作る輪っかくらいの大きさの丸い石が見つかった。
グレートハウンドの魔核は黒く艷やかな光沢を放ち、宝石のように綺麗なものだ。
実際、より貴重でより美しい魔核であればそれこそ宝石と同等以上の価値がある。
まあ、今回のものは特に珍しい物ではなく、討伐証明に用いる以外の価値はそれほど無いが。
「さて、そろそろ行きますか」
多少足止めはされたが、特に大きな問題ではない。
【俺】としては実戦経験が得られた上に魔法の検証もできたので、むしろちょうど良かった。
あともう少しで街道に出て、その後は西に向って道なりに一時間ほどで街に帰れる。
しばらく街道を歩いていると、辺りは徐々に農村のような雰囲気となって来た。
このあたりは起伏の少ない地形で、かなりの規模の穀倉地帯となっており街道沿いには農家の集落が点在している。
街に近づくにつれて行き交う人も増えてきた。
時間的にはそろそろ帰路につく頃合いだろう。
やがて、街道沿いの民家も増えてきて遠目に市街を囲む壁が見えてくる。
あれが現在一座が滞在している街、イスパル王国ブレーゼン領の領都ブレゼンタムだ。
市街を囲む防壁は一辺およそ2キロメートルほどの正方形で四つの角の部分には物見の塔が建てられている。
各辺の中央付近にそれぞれ門が設けられており、平時は自由に出入りができる。
防壁の外側周辺にも民家が立ち並び、壁の内外合わせておよそ3万人以上の人が暮らす。
これは市民登録のある定住人口なので、うちの一座のような一時滞在者を含めればもっと多いだろう。
この世界の基準ではなかなかの大都市といえる。
日が傾き空が茜色に染まる頃に、私は東門を潜って市街に入った。
【俺】の感覚で言えば古いヨーロッパの街並みといった感じだ。
行ったことないので、あくまでもイメージだが。
これから帰宅するであろう人や、夜の街に繰り出そうとしている人などで通りは昼間とは違った賑わいを見せている。
……さて。
一先ずは依頼と魔物討伐の報告のためギルドに向かおうか。
ギルドの正式名称は【請負人相互扶助組合】だが、誰も(職員ですら)その名称は使っていない。
かつての戦乱の時代に、難民や戦災孤児、職を失った者たちなどの受け皿として、また戦災からの復興のための人材不足を解消する目的としてギルドは創設された。
平穏な今の時代にあっても、重要な経済活動の一つとして既にこの世界に無くてはならないものとなっている。
ギルドは依頼を通じてギルド員に仕事を斡旋することが主な役割だが、その他にも各都市の定住者以外の一時滞在者の管理、及び徴税を行うという重要な役割も持っている。
ギルドが扱う依頼には、街の雑用から素材採取、魔物の討伐まで様々なものがある。
それこそ所属するギルド員で対処可能と判断されれば何でも請負う。
もちろん、法に触れず倫理的に問題ない限り……という前提だが。
そして、ギルド員の中でも街の外で採取や討伐を中心とした活動を行う者は特に【冒険者】と呼ばれている。
この街のギルドは市街の中心、中央広場に面した3階建ての建物で、大都市のギルドというだけあって、かなりの大きさだ。
大きな扉は営業時間内は開け放たれており、中の喧騒が通りまで漏れ聞こえてくる。
中に入ると、今日の仕事を終えて報告のために訪れたギルド員で賑わっており、併設された酒場につながる扉からは、一足先に報告を終えて食事や酒を愉しむ陽気な声が聞こえてくる。
大量の報告を捌くため、この時間帯は職員総出で窓口対応にあたっているようだ。
おかげで回転は良く、それ程待たずに順番が来るだろう。
順番待ちの列に向うと、【私】のことを知っているらしき何人かの話し声が聞こえてきた。
(……おい、カティアちゃんだぞ。今日もかわいいなぁ……)
(……はあ、今度のチケット、取れなかったんだよな~、見に行きたかったのに……)
(……なあ、お前パーティーに勧誘して来いよ)
(無茶言うな、あの怖え親父に殺されるわ!大体あの子、ああ見えて確かBランクだったよな?戦闘技量上級も持ってたはずだぞ。俺らじゃ釣り合わねえよ)
……あんたら、噂話のつもりならもっと声を抑えなさいな。
彼らの会話にあった通り、私の冒険者としてのランクはBだ。
ギルドのランクは上からA~Hまでの8段階があり、【私】は上から二番目と言うことになる。
Sランクなんてものもあるが、これは実質名誉称号のようなものらしい。
ランクアップは依頼の達成数、率が規定に達し試験に合格することで上がり、飛び級などの特例は無い。
ランクはあくまでもそれまでの実績、貢献度、信頼度を示すもので、地道な積み重ねの結果だが、高ランクほど高い実力を持つのは間違いない。
それとは別に、技量認定制度と言うものがある。
これは専門分野ごとにその技量の練度を試験で測り、初級・中級・上級・特級の4段階によってギルドがお墨付きを与えるものだ。
登録したてで低ランクであっても前職の経験がある場合など、有能な人材を無駄にしないための制度であり、遂行能力があると見なされればランクに関わらず依頼を受けられる場合がある。
【私】は戦闘分野で上級、こちらも上から二番目という事になる。
それにしても……この街でも結構有名になったものだ。
彼らの他にもこちらに注目する視線を感じる。
まあ、これ程の容姿と冒険者としての実力、更には一座で歌姫として目立っているし、有名にならない方がおかしいか……
などと考えてるうちに、順番が回ってきた。
「お疲れ様です、カティアさん。依頼の報告ですか?」
受付の職員は、これまで何度かお世話になって顔見知りになっている女性だ。
おそらく20歳くらいで黒髪黒目の落ち着いた感じの美人で、名前はスーリャさん。
「はい、採取依頼の納品と、あと依頼外の魔物討伐の報告です」
「かしこまりました、ではギルド証をお預かりします……はい、ありがとうございます。では、少々お待ち下さい」
そう言って彼女は、受け取ったギルド証を、前世のタブレットのようなものにかざす。
ちなみにギルド証は前世の免許証くらいの大きさの金属プレートでDランクまでは鉄、Cは銅、Bは銀、Aは金となる。
「確認できました。透魔草ですね。では納品お願いします」
「はい、こちらです」
鞄から採取したものを取り出し、カウンターに置く。
「では、鑑定が終わりましたらこちらの番号札の番号でお呼びしますので、支払いカウンターにお越しください。それと……依頼外の魔物討伐、でしたか?」
「あ、はい。東の街道を一時間ほど進んで、少し街道から外れたところにある森でグレートハウンドに襲撃され、これを討伐しました。群れではなく単体。これが討伐証明の魔核です。たしか、この辺りの魔物分布図には載って無かったかと思い、念のため報告したほうが良いと思いまして……」
「なるほど……まだ表沙汰にはなっていないのですが、実は最近同様の報告が何件かされていまして……あ、魔核の方も鑑定に回しておきますね」
納品の品と魔核を別の職員に渡してから、彼女はカウンターの中から領内の魔物分布図を取り出した。
「東の街道から一時間……この辺ですかね?」
「もう少し北側……この辺りだと思います」
地図上の一点を指差す。
「グレートハウンドの生息域でここから一番近いのは……ここ。十数kmは離れてますね」
「他の似たような報告と言うのは?」
「この赤い丸印のところです」
そう言って指差した場所には赤い丸印と魔物の種類が書き込まれている。
同じような記載がおよそ十数カ所ほど。
魔物の種類は様々だが、これは……
「これって……重なってますよね」
「分かりますか?そうです、これら赤丸のところで確認された魔物の殆どについて、本来の生息域は先ほどのグレートハウンドと同じくここ、スオージの大森林になります。恐らくこの森で何らかの異変が生じているとギルドでも判断しており、現在調査隊を派遣しているところです。しかし、今回のケースのような街道近くとなると、情報開示と注意喚起をしないとまずいですね……」
あぁ、流石にこれだけ情報が揃っていればもうギルドは動いてるか。
「異変……と言うと、やはり上位個体の出現とかでしょうか?」
「その可能性は高いと思います。もしそうであった場合、脅威度にもよりますが恐らくC以上の高ランク冒険者の方には招集がかかるかもしれません。一座の方にも予めお伝え頂けると助かります」
「あ、分かりました伝えておきます」
うち一座の主だったメンバーはBランク以上、あるいは戦闘技量上級以上なので、招集対象になる。
養父に至ってはAランク、戦闘技量特級だ。
それにしても、異変……か。
【私】の身に起こったことも異変だ。
倒れていた場所もスオージの森からそこまで離れていない。
もしかしたら、何か関係があるのかもしれない。
「……あの、前から気になってたんですが、旅芸人一座のメンバーが揃いも揃って高位冒険者というのが、ちょっと意味不明なんですけど……」
少しためらいがちにスーリャさんが聞いてきた。
「あぁ……なんか元々は腕利きの傭兵団だったらしくて、先の大戦終結で引退したメンバーが集まって結成したとかなんとか。私が生まれる前の話なんで詳しい経緯とか知りませんけど」
「そうなんですか。そう言えばダードレイ一座の劇は殺陣が実戦さながらで迫力があるってすごく評判ですけど、道理ですね」
「実戦さながらと言うか…あれは実戦なんですよ。なんせうちの連中が冒険者なんてやってるの『腕が鈍ると舞台で死んでしまう!』って理由らしいですし……」
「……」
うん。やっぱり意味分かんないよね。