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作者: 龍崎操真
残酷な描写あり R-15
第20話 “切り裂きジャック”、強襲
 夜のHunter's rustplaatsは明嗣とアルバートの二人だけで閑散としていた。本日は日曜日で明日は月曜日、学生や社会人は家に帰ってくつろいで労働や通学に備えている事が予想される。よって、店内に客が少ないのは当然の事と言えば当然の事なのだが、やはり客が少ない店というのはなんとも寂しい雰囲気が漂ってしまう。
 ちなみに、いつもならこのメンツに鈴音が加わっているはずなのだが、彼女は依頼の電話が掛かってきたので吸血鬼狩りに繰り出しているため不在である。
 今夜は外の空気も静まり返っており、客が来る気配が微塵も感じられない静かな夜と言えた。だが、カウンターで読書をしていたアルバートはその静かな夜の空気をよく思ってないようで、眉をひそめて呟いた。

「なーんか嫌な空気だな……」
「何が?」

 同じくカウンターで読書していた明嗣が、本を読むのを中断して顔を上げる。すると、アルバートは読んだページに栞を挟んで本をテーブルへ置いた。その後、窓の方へ歩いていき外の様子を伺う。

「静か過ぎるんだよ。いくら明日、仕事や学校だからって言っても、こう静まり返っているのはな……。もうちょい賑やかでも良いだろ」
「なんかおもしれぇテレビでもやってんじゃねぇの? 話題のドラマとか」
「フン! あの手のは恋愛物で埋まった時に死んだよ」
「たしかにそれもそうか」

 納得して明嗣が頷くと同時にドアベルが鳴った。客かと思って視線を向けると、そこには竹刀袋を背負った鈴音が立っている。
 
「え〜、アタシは好きだけどね。すれ違いからケンカして、仲直りからの告白シーンとか良くない?」
「ケッ。あんなの、はよくっつけで終わりだっつの」 
「おう、鈴音ちゃん。お疲れさん」

 明嗣はいつも通りの憎まれ口なので鈴音は苦笑いを浮かべて受け流す。その後、労いの言葉をくれたアルバートへ返事した。
 
「ありがと、マスター。さっそくで悪いんだけど、何か作ってくれない? アタシ、お腹空いちゃった」
「はいよ、ちょっと待ってな」

 空腹を訴える鈴音の要求に従い、アルバートは厨房へ賄い飯を作りに向かった。明嗣の隣の席へ腰を下ろした鈴音は息をついた後、読書へ勤しむ明嗣へ声をかけた。

「ねぇ、明嗣。何読んでるの?」
「レイモンド・チャンドラーの『大いなる眠り』」
「誰?」
「昔の作家」
「面白い?」
「あぁ。人生の教科書と言うべき一冊さ」
「ふーん……」

 返事をした鈴音は、スマートフォンを取り出して視線を落とした。どうやら、興味を失くしてしまったようだ。対して、明嗣も小さく息をつき、本へと視線を戻す。
 ページを捲る音と店内BGMのジャズが響く落ち着いた時間だけが流れていく。

 今夜も何もなく終わりそうだな……。

 カウンターでたむろす明嗣と鈴音、厨房で軽食を作るアルバート、Hunter's rastplaatsにいる三人全員がこのように気を緩める程に穏やかな時間だった。だが、壁に掛けた振り子時計の針が九時を指し示し、21時を知らせたその時。ドアベルの音より先にバタンと扉が勢い良く開け放たれる音が飛び込んできた。
 いったい何事か、と音がした方へ明嗣と鈴音が出入り口の方へ視線を向ける。すると、そこにはかろうじて役割を果たしていると言えるレベルにまで衣服がズタズタに切り裂かれ、破けた繊維に血をにじませる女が飛び込んできた。誰がどう見てもただ事ではない事態の最中にいる、と言いたげな見た目の女は入ってくるなり、予想通りの言葉を口にした。

「助けて! 通り魔から逃げてきたの!」
「通り魔?」

 確認するように明嗣が繰り返すと女は扉が閉まっているのにも関わらず、背後を警戒しながら頷いた。

「そう! ナイフを持った男の人がこの辺りにうろついていて……」
「ナイフ? それって……」

 鈴音がもしかして、と言いたげな視線を明嗣へ向けた。おそらく、巷を騒がす“切り裂きジャック”かも、と思ったのだろう。対して、明嗣は厨房から顔を覗かせて様子を伺うアルバートへ呼びかけた。

「マスター」
「ああ。レジの裏に隠してあるから持ってけ。お前を外に出すのはちょっと不安だがな」

 皆まで言わずとも言いたい事を理解しているアルバートは呼びかけに応えて、応急処置のための救急箱を取りに店の奥の生活スペースへ引っ込んでいった。
 アルバートに言うとおりにレジスターが乗っている台の裏を探った明嗣は、ガムテープで貼り付けれられたL字のシルエットを見つけた。ガムテープで隠されていた物の正体は、アメリカのスプリングフィールド社が作った銃、スプリングフィールドXDMだった。弾倉に詰めているのはもちろん対吸血鬼用純銀製弾頭の9mm弾である。
 強く握り込んでいる間だけ安全装置が外れて射撃可能、という明嗣から言わせればクセが強い特徴を持つ自動拳銃と隠して持ち運ぶためのロングコートを手に、明嗣は通り魔撃退へ繰り出した。
 普通の暴漢なら拳で黙らせて警察に突き出せばそれで良し。もし、巷を騒がす切り裂きジャックと呼ばれる吸血鬼ならば、装弾数16発のこの銃を使えばいい。

「んじゃ、ちょっと外見てくるわ」
「おう。気ぃつけろよ」
「じゃあ、アタシも……」

 自分も手伝う、と鈴音が席を立つ。すると、明嗣は飛び込んできた女を指さした。

「鈴音はマスターと一緒に手当てだな」
「え? アタシは留守番?」
「まぁ、男に襲われたばっかでと二人きりにしとくのはな……」
「そういう事だ。って事で、外はに任せて、鈴音ちゃんは俺と留守番してくれよ」
「えぇ……差別……」
「苦情はそういう風に人間を作ったやつに言ってくれ」

 納得はしたが不満げな鈴音に、明嗣はヒラヒラと手を振って店を出た。扉が閉まると店内に残る事になった鈴音は、仕方ないので未だに震えている女へ声を掛けた。

「通り魔って災難だったね。大丈夫?」
「ね、ねぇ……あの男の子はどこに行ったの……?」
「あぁ、アイツ? ちょっと外の様子見に行っただけだから心配しなくて大丈夫だよ。それに、もし通り魔に出会っちゃったとしてもケンカ強いしね」
「だめ……!! あれはケンカが強いとかそういうのでなんとかならない……!!」

 襲われた時の事を思い出したのか、女は思い出したくない物を抑え込むかのように頭を抱えてさらに強く震えた。尋常ではない怖がり方を疑問に持った鈴音は、女の隣に腰を下ろして話を聞く事にした。

「ねぇ、ここに来る前に何があったの? ちょっと普通じゃないよ?」
「わ、私……外でご飯を食べた後で帰る途中だったの……。そしたら、汚い上着でフードを被った外国の男の人が声を掛けてきて……」
「うん、それでどうしたの?」
「そのフードの下から見えた赤い目を見た途端、体が全然動かなくなっちゃって……」
「え、それ本当なの? 押さえつけられたんじゃなくて?」
「本当なの! 信じてよ!」
「う、うん……信じる……」

 この時点でだいたいは察しているが、鈴音は半信半疑な反応をしてから、信じるポーズを取ってもっと話を引き出そうと試みた。すると、鈴音の思惑通りに女は続きを語り始めた。

「それで……ゆっくり近づいてきたその男の人は、ナイフを取り出した後、刃で私のほっぺたを撫でたんだけど……。おかしいよね……。私、その時…………!!」
「え?」

 話の雲行きが少し怪しくなってきた事に鈴音は眉を潜めた。当初、鈴音の見立てでは、目を見た瞬間動かなくなったと話した時点で吸血鬼の切り裂きジャックに会ったのだと考えていた。吸血鬼の吸血行為には性的な快楽が伴う。なので、赤い目でこれから快楽を与えてやると動物的本能に訴え、「この人が欲しい」と、自分から求めるように仕向けるのだ。そうして獲物の首に牙を突き立て、吸血鬼は血をすするのだ。だが、目の前にいる名前も分からないこの女は、今なんと口にした? ? 耳を疑う鈴音をよそに、さらに震えを強めた女はついに声まで震わせて続きを口にした。

「それで……刃が肌を裂いた時ね、痛いって思わなかった……! むしろ、すっごく気持ちよくて興奮したの……!!」

 女の顔が恐怖の表情いろに染まった。

「何回も切りつけられる度にもっと気持ちよくしてって思った……!! 逃げようだなんて一ミリも思わなかったの! それでね、服がこんな風になった時、アイツは耳元でなんて言ったと思う?」

 検討もつかない鈴音は首を横に振り、続きを待った。すると、自分を嫌悪するような嗚咽を漏らしながら、女はこの世の終わりだと言いたげな絶望を舌とで喉で奏でた。

「『これから首に噛み付いてイカせてあげる』って!! たまたま通りがかって助けようとしてくれた男の人をバラバラにしちゃうまで、私はそれをドキドキしながら待ってたの!! しかもあの変態、手を使わずに人を切り刻める化け物だった!!」

 おそらく、そこで正気に戻り、死物狂いで逃げて来たのだろう。目の前で起きた惨劇を口にしたきり、女は口を利かなくなり、震えているだけの置物となってしまった。
 鈴音はどういう事かと経験が長いアルバートの方へ視線を投げる。一方、救急箱を手に黙って話を聞いていたアルバートは何か心当たりがあるのか、人がいるのにも関わらず、地下への扉を開いて中に入っていってしまった。そして、戻ってきた時には上着を羽織り、「鈴音ちゃん、手当て頼むわ」と言い残して急ぎ足で店を出た。

「え〜!? マスターまで!?」

 誰も応えてくれることない鈴音の叫びが、店内に虚しく響く。
 外には“CLOSED準備中”の立て札が出ているだろうから来店する客はいないと思われる。それでも気まずい留守番を任された鈴音としては、この空気をどうしたものか、と頭を悩ませる事には変わりなく、なんの慰めにもならなかった。



 外へ様子を伺いに出た明嗣は、地面に視線を落として歩いていた。普通の人間なら灯りがなければ見えない物でも、半吸血鬼ダンピールで夜でも視界が利く明嗣ならば、見つける事ができるのだ。落とした視線の先にはアスファルトに染みた赤黒い点が歪んだ列となって並んでいる。おそらく店に飛び込んできた女が逃げる際に落とした血のしずくによる物だろう。線で繋げたら歪んだ形になるように点が並んでいる事から、それだけ全力疾走だった事が伺える。
 注意深く血の跡を辿っていく。やがて、明嗣はある地点で足を止めた。そこはなんて事はない平穏に人が暮らす住宅街の一角。だが、そんな場所には似合わない血の香りが鼻についた。血の香りがする方へ視線を向けると明嗣は即座に意識を警戒モードへと切り替えた。おびただしい数の血痕と切り分けられた人体の部品が並んでいたからだ。

 すげぇな……。ここまでスッパリ行ってるのは見たことねぇぞ……。

 人が死んでる場所に慣れているとはいえ、生理的嫌悪よりも感心が前に出てくるほどに美しいと感じる切り口だった。おそらく、よっぽど鋭利な刃物を用いて切り刻んだのだろう。そして地面に落ちた血に指で触れ、指先をすり合わせた感触から、この惨状を作り出した犯人はまだ近くにいる。
 自然と、明嗣は忍ばせていたスプリングフィールドXDMを手にした。しっかりと両手で包み込むように銃把グリップを握り込み、まだ姿を見せない敵を探す。小さく呼吸する音だけが辺りの静寂を際立たせた。
 夜風が肌を撫でる。瞬間、明嗣は背筋に寒気を感じ、本能的に横へ転がった。すると、目の前に転がる胴体だと思われる肉塊は真っ二つに両断され、先程まで明嗣の立っていた地点から背後の方へ一直線に目測で10mほどの直線が現れた。アスファルトの地面に入ったそれは、豆腐に包丁を入れた時を彷彿とさせるような物だった。

「なんだよ……これ……!?」

 思わず漏らした心の声。バラエティー番組でたまに見る本身の刀を扱う剣士でさえ、固まったアスファルトの地面にここまではできないだろう。明らかに人間業ではない現象に背中に冷や汗が滲む。本気で警戒する明嗣の前に、鼻歌まじりで歩く一人の青年が現れた。青年の服装はひと目見た時、誰もが貧しい家なのだろうか、思わせるような物だった。最初に目についたのは黒いオーバーコートだった。縫い目がほつれて裾はボロボロ、真っ昼間に目にしたのなら、目深に被ったフードも相まって誰もが不審者と見間違う事が予想される。さらにフードの下から覗く獰猛な朱の瞳は、飢えた狼のようにギラギラと輝いていた。そして、極めつけは半吸血鬼ダンピールである明嗣だからこそ見る事ができる身体中の血管をなぞるように張り巡らされた“黒い線”。
 目の前の相手が吸血鬼である事は明白だった。

「残念……すんでの所で避けられたか……」
「不意打ちとはいい趣味してんな。何者だ、お前」

 突如現れた敵へ明嗣は銃口を向けて睨みつける。すると、相手は今夜の夕食の献立でも考えるかのように悩み始めた。

「ボク? 名前は……なんだったかなぁ……。長らく呼ばれる事がなかったから忘れたんだよねぇ……」

 その後、ブツブツとああでもないこうでもない独語めいた呟きを交えて思案した結果、青年は英国の紳士が帽子を軽く上げて挨拶するかのような調子で自己紹介をした。

「ここの新聞だと“切り裂きジャック”って呼ばれてるかな。故郷の方じゃ、Jack The Ripperと呼ばれていたよ」

 故郷での呼び名を口にする時の流暢な発音から、コイツは本物だ、と明嗣の直感が告げた。まさか、英国の連続殺人鬼が本当に目の前に現れるとは。
 夢でも見ているのでは、と思える展開に、明嗣は思わず乾いた笑いを漏らした。

「そうかい……。そんじゃあ、切り裂きジャック。もし会えたら、いくつか聞こうと思ってた事があったんだ。聞いてもいいか?」
「答えられる範囲なら」
「じゃあ、1つ目だ。お前、いったい今何歳いくつだよ?」
「えっと、生まれた時には遠くへ行く時、金持ちの貴族たちは列車に乗ってたかなぁ……。いつの間にか変な箱がゴムの車輪四つの上に乗って走っているんだからびっくりだよねぇ……。で、道端に捨てられてる新聞の日付を見たら2022年だって! 笑っちゃうよ。ボク、100歳超えのお爺さんになってた」
「なっ……」

 めまいを起こしそうだった。どうやら、19世紀末の、おそらく世界で一番有名な殺人鬼が本当に現代へタイムスリップしてきたのだ。いったい何の冗談だろうか。みすぼらしい印象を与える見た目だが、目の前にいるのは、どこからどう見ても100歳を超えた老いぼれではなく、若々しい青年だ。

「へぇ、そうかい。そんじゃ、次だ。たしか、お前は五人の娼婦を殺して姿を消したよな? その理由を教えてくれよ」
「ああ、その事かい? それがね、五人目を殺した時にヘマしちゃってね。警察の糞どもに蜂の巣にされて死にかけたんだ」
「アンチエジングの秘訣もそこにありそうだな?」
「正解。蜂の巣にされてコマーシャル・ストリートを這いずり回っていた時にね、妙な奴がボクの前に現れたんだ。男とも女とも見分けがつかない、妙に身なりが良いやつだった。血が出すぎて目がかすむボクにそいつはこう言った。『君は面白い。いったい、何が君を駆り立てるんだ?』とね。そして、こうも言ったよ。『ここで死なせるには惜しい……。だからこれを飲むと良い。少し眠る事になるが、君はまだ生きていられる』って赤い液体を差し出しながらね。言うとおりに飲んでから眠って、目が覚めたら世界はこんな風に変わっててびっくりさ。で、腹が減ったから本能の赴くままに血をすすってたら、この通りって訳」
「へぇ……勉強になったよ……。そんじゃあ、最後の質問だ」

 引きつった笑みを浮かべ、明嗣はこれが一番重要だとばかりに間を置く。そして、意を決してその質問を口にした。

「今の時代、よその国へ渡るにはパスポートってのが必要なんだがお前、どうやって日本ここに入った? まさか素通りしてきたって訳でもねぇだろ?」
「ああ、その事かい? それはね……」

 当然の疑問だとばかりに謎に包まれた不法入国者は頷いてみせる。そして、とびっきりのジョークを披露するような、自慢げな表情で切り裂きジャックは密入国の種明かしをした。

「今の時代って凄いねぇ……。外国への荷物を空飛ぶ飛行機に載せて運ぶ空輸ってのがあるんだから。ボクはその荷物に隠れてやって来たんだ。びっくりしただろ」

 今度こそ、明嗣は本当にめまいを覚えた。まさか、自分を荷物として運搬させるとは。
 しかも貨物船ではなく、太陽が近いのにも関わらず、文字通り極寒の空をく飛行機の貨物室と来たか。いくら品質管理のために温度調整がされるとはいえ、それでも冬空の下にいるくらいの寒さだったはずだ。

「い、イカれてる……」

 これが心の底から出た明嗣の感想だった。思いついてもまず実行しない事を目の前のコイツは平然とやってのけたのだ。無理もない。

「ところでさぁ……そろそろ良いかなぁ?」

 もう待ちきれないといった表情で切り裂きジャックは驚愕の表情で言葉を失っていた明嗣へ呼びかける。対して、先程聞かされたエピソードから、軽口を叩く余裕も無くすほどに意識を張り詰めさせていた明嗣はその呼びかけの意図を尋ねた。

「な、何がだよ……」
「いやね、さっき女の人に声をかけたんだけど途中まで血を飲む事はできたんだけど逃げられちゃってさ。お腹が空っぽなんだよね……。だからさぁ――」

 この時、既に明嗣は引き金に指をかけていた。スプリングフィールドXDMの銃把を強く握り、安全装置を外しつつ、人差し指に力を込める。
 そのまま、切り裂きジャックの声を遮るようにパンパン、と頭と心臓へ向けて一発ずつ発砲。業界用語で言う所のダブルタップだ。本来なら、隠し弾ブラインドも含めて計4発お見舞いしている所だ。だが、明嗣には現在、銀の銃弾が弾倉マガジン一本分の16発しかない。必要最低限の発砲で済ませたかった。
 だが、明嗣の望みは叶わない。目標へ着弾する前に銀の弾頭は真っ二つに切り裂かれてしまったのだ。
 同時に明嗣の頬が切れて、切れた箇所から血が流れ出す。

「言い忘れてたけど、目覚めた時にちょっとした手品も使えるようになっててね。こんなふうに風を操って物を切り刻めるようになったんだ」

 おいおい……!? そんな吸血鬼、今まで聞いた事もねぇぞ……!!

 いつ間にか握っていたナイフを弄びながら、サプライズ成功と笑う切り裂きジャックを前に、明嗣は思わず後ずさりをした。
 風を操れるという事はたった今やって見せたように、常に防壁を築き上げながら攻撃する事ができるという事であり、今までの魔眼で標的を服従させて血をすすっている奴らとは訳が違う未知の脅威。
 そして、明嗣は手元にある残り14発の銀弾で、この攻防一体の防壁を従える人型鎌鼬かまいたちを相手に即興でなんとかする手立てを考えなければならないのだ。
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