▼詳細検索を開く
作者: nuseat
残酷な描写あり
Bet2
情報屋千寿ミナミを交え、カフェ【ラングウッド】で組織襲撃のための打ち合わせを行った少女たち。
今度は道具を揃えるために御徒町にある尾久屋へと向かった。
 その夜。
 ミナミからビルの見取り図も受け取り、営業時間が終了した尾久屋の地下で二人は作戦を立てている。
 否、もう一人いた。体格の良い壮年の男性だ。耳のそばから下顎を覆うように蓄えた髭を撫でつけながら、二人の会話に割って入るこの男こそが、尾久屋のオーナー尾久乃原おぐのはら紅焰こうえんである。
「ミナミが見取り図を持ってきたってもよう、お前さんたちここにいたんだろ? ビルの内装や設備なんてそうそうリフォームなんてできるもんじゃなし、かつて知ったる故郷の庭ってやつなんじゃねえの?」
「オグさんの言い分は最も、と言いたいけどね。あたしらが入ったことあるフロアなんて、たかが知れてんだよね。顔割れてるからまさか正面から乗り込むわけにもいかないし」
「それに、セキュリティのキモがどこかというのも気になります。最上階にたどり着く前に捕まってしまっては意味がありません」
「あそこにいた時の記憶だと、警備は常に二人一組。定期的に巡回と連絡って感じで隙はなかった。今はどうか知らんけど」
「今も同じ。大事な部屋にはロックがかかっててIDと生体認証がないと開かない。赤外線センサーもある。まぁ施設が施設だから当然かも知れないけど。自衛隊の駐屯地でもないのに大掛かりな実弾の訓練所や武器庫が人目に触れたら都合が悪いだろうし」
「離れたビルから狙撃とかじゃあだめなのか?」
「外に面したガラスは十中八九、防弾仕様だと思うよ」
「へぇ。じゃあもう難攻不落じゃん。どうすんの?」
 言葉とは裏腹に、興味津々と言った感じで聞いてくる紅焰。
「ビルは三六階建て。下から普通に行けばリスキー。ならどうするか」
「……屋上から?」
「ピンポンピンポン、正解正解大正解、サンちゃん!」
 戯けるミワをよそに、サンはとても不愉快な顔をして問う。
「どうやって」
「サンちゃんに質問です。スカイダイビングは好きですか?」
「嫌いです」
「よし、決定。オグさん、お願いできる?」
「聞けよ人の話! 私の意見無視するならなんで質問した⁉︎」
 困ったように紅焰が意見する。
「おいおい、大丈夫かぁ? ヘリかなんか適当に手配するのはできるがよ、墜落死なんてことになったら色々と後味悪いし、後処理も大変なんだがな」
 パラシュート降下前提の格好をした人間が墜落死すれば、その時その付近を飛行していた航空機が怪しまれるのは当然である。
「それに、こんなコンクリートジャングルな東京で、ピンポイントに目標地点に着地するのはかなり難度高いと思うが」
「私もその意見に同意する。無茶だ」
「あれ、サンちゃん降下訓練してない? やらしてもらえなかった? 三下だから」
「は?」
「だったらごめんね、サンちゃんにとってはこれ無理ありすぎたね。猿にそろばん持たせるくらい無理があったね」
「バカにするなプリン頭! 降下訓練なんてちゃんとこなしたわ! むしろ成績良かったわ!」
「よし、じゃあ決まりね。あとは持っていく武器とマガジンの選定をしよう」
 煽られてついノせられたことに気づいても、もはや後の祭りだった。サンの性格からしても一度啖呵を切った手前、いまさら引っ込めることはプライドが許さない。なにより「プリン頭」という罵倒をスルーしてまで冷徹に「目的を達成」したミワの深さが腹立たしい。
「……待ってミワ、脱出ルートは?」
「外壁を懸垂下降。ロープの結び方はわかるよね?」
 納得した。確かに、ビル内を降りるより素早くかつ安全だ。
「オグさん、ボックスマガジンの散弾銃ってある?」
「短銃身のサイガなら一丁ある」
「あ、それいいね。マガジンは幾つある?」
「いくつ必要だ?」
「六つあればいいや。四つはポーチに、二つはガムテで二連にしとけばリロードも短くなるでしょ」
「映画でたまに見るやつだな。他には」
 そんな調子で用意されたのは室内戦を想定した装備たち。ピストルグリップに換装済みの前述のサイガに加え特殊部隊流れのMP7A1、フラッシュバン、サプレッサーを取り付け可能にするためバレルを交換したサンのG26およびロングマガジン。
 ミワは四五口径のUSPと予備マガジンを用意し、備える。
 試射と相談の末、ミワがサイガを、MP7はサンが持つことに。コンバットナイフは持参品だ。
 襲撃決行は明日。宵闇に紛れて降下し、押し入る。
 この日、二人は尾久屋ビルの最上階にあるペントハウスを一晩だけ借り、泊まることになった。

 夜の東京は明るい。眼下には首都高速を流れる光の川と消えることのない街の灯火。視線を変えてみれば、押上に高く聳えるスカイツリーもよく見える。
 サンの実家は麻布にある一戸建てで、マンションの高層階に住んだこともなかったし足を踏み入れたこともなかったから、この景色は新鮮で刺激的だった。機関に拾われてからはあのビルで過ごしたが、殺しの訓練は当然ながら外からは見えないところで行われる。そもそも夜景を楽しむような自由時間もなかった。
 振り返るほどに、自分は大切なものを奪われた後、さらに大切な何かを自ら売り払ってしまったのではないかという疑念がよぎる。
 ――自分の選択を疑ったら負けだ。私は宮野を殺し、阿良川ミワも殺して町谷三夏から三河三夏に戻るんだ。
 そう言い聞かせる。でなければ、虐待に等しい訓練の日々が報われない。サンはそれだけを目標に、耐えて耐えて耐えぬいてきたのだ。
 しかし同時に、昼間喫茶店で言われたことも思い起こされる。
『お前、これからやることやった後のこと考えてる? そこでゲームクリア、終了〜ならいいけどさ、人生そうじゃないじゃん? その先もまだ生きてく気があるならさ、この世界の常識を身につけないとだめだぞ』
 あんなクズみたいな野良犬がもっともらしいことを言う。しかし、サンにも明確にそれを突っぱねるよりどころがないのも事実で。
 端的に言えば、先のことなど何も考えていなかった。
 もしを考える。
 もし両親が殺されていなければ、自分はあの頃と同じように何不自由なく、何も疑問を感じることもなく生きていられたかも知れない。
 もしミワをあの時に殺せていたとして、自分は普通の生活に戻れるのだろうか。無理だ。ミワの例がある。殺しを辞め、平穏に暮らしていたミワをその生活から引き摺り下ろしたのは他ではない、自分自身だった。
 そしてサンも同じように、機関から抜けようとすれば殺し屋を差し向けられるのだろう。
 なら奴らの手先になって、幼い頃のミワのように「政府の政治家にとって」の悪党を殺して回る人生を過ごす? それは身震いしそうなほどおぞましい人生だ。
 で、これから先の「もし」だ。
 ミワと一緒に機関を潰して、ミワも殺して、自分の使命を成し遂げたその先は? 普通の学生に戻れるのか?
 銃で人を撃ち殺したことのある高校生なんてほぼいないだろう。両手が血で汚れているのを隠して、何も知らない学友たちとカラオケに行ったりハンバーガー食べたり、恋バナしたり……できるのだろうか。
 サンは首を振る。とても想像がつかない。あの頃と同じような、純真無垢な自分を想像することができない。
 表面的にはそれを装ったとしても、もしかしたら見えている景色が変わってしまっているかも知れない。目に見えないガラスの壁に隔てられている。眼下の夜景と自分を隔てるこのガラスのように。
「おい、風呂上がったぞ」
 振り向くと、バスタオルとショーツ姿のミワが立っている。こいつの顔は見るたびに腹が立つ。結局、いまサンが十六歳として抱える必要なんてなかったはずの悩みを抱えることになった一端は、紛れもなくミワなのだ。
 そんなやつの毛量の多い髪は、本人の性格と似ているのかあっちこっちに跳ねていてだらしがない。それに。
「貧相な体」
 数発の弾痕の残る体の持ち主に、放り投げるように吐き捨ててやる。
「お前! 人の外見のことをとやかく言うんじゃねえっての! いい加減にしないとマジで怒るよ⁉︎」
「だったら私も名前もちゃんと呼んでよ!」
 それほど刺々しく言ったつもりはなかったのだが思っていたよりもミワを刺激したらしく、より痛烈に返された。売り言葉に買い言葉で不満をぶつける。
「お前は自分の行動の未熟さの結果つけられたあだ名だろうが。生まれ持った変えられない要素じゃねえだろ。一緒にすんなバカ!」
「バカって言うなチビ」
「たかが一〇センチ差を偉そうに……」
「たかが一歳年上なだけで先輩面されるのも気に入らない」
 言い終わるより早く。ミワの蹴り出したローテーブルがサンの脛に直撃し悶絶した。
「お前は、社会を、もっと勉強しろ!」
 吐き捨てるようにベッドルームへと去っていくミワ。その背中を痛みが落ち着くまで睨み続けるサンだった。
 ヒートアップした原因が自分なのは分かってはいた。しかし何よりも二人がここにいる原因はミワなのだ。本来自分は被害者で、こんな扱いを受ける謂れなんてない、はずだった。
 ――ムカつく……。
 言葉にすれば溢れてしまいそうだったので、少女は声を噛み殺した。
Twitter