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作者: 草上アケミ
残酷な描写あり R-15
魔を狩るものたち(3)
「本日お集り頂いた紳士淑女の皆々様方、今宵も闘技クラブをご存分にお楽しみください」

 どこか安っぽさを感じさせる、貴族のような格好の進行役が声を張り上げると、会場のあちらこちらから拍手の音が響いた。

 どんな町にも一つや二つはある賭博施設、此処はその中でも人同士の戦いに金を賭ける闘技場だ。元は古い劇場だったのを改装し、石造りの円形舞台を取り囲んで高い段の席が設けられていた。
 客は主に富裕層だが、安い席でせせこましく札を握りしめる貧しい格好の市民もちらほら見受けられた。

 リンは、購入した札を持って座席の最後列に座っていた。

 今日執り行われるのは、外部からの参加者も含めたトーナメント方式の闘技大会である。この大会では優勝者にも賞金がでるため、身内に金を掛けて一攫千金を狙う者が多い。

 リーフが企んだのも、まさしくそれだった。

「さて、本日の第一試合は新参者同士の決闘となります。赤の陣、亡国の騎士ガンザ!」

 右手の赤い幕が上がり、内から男が現れた。毛皮と鈍色の板金を組み合わせた、蛮族のような鎧を身につけている。北方の白兵戦用、それもモンスターと相対することを視野に入れた、機動性と防御性能を兼ね備えた鎧だ。

「対するは黒の陣、死を呼ぶ美しき剣客リーフ!」

 左手の黒い幕が上がり、リーフが前に進み出た。いつも通りの黒い外套姿で、髪は暗い色に誤摩化している。

「剣の貸与を執り行います」

 二人の前に立会人が進み出て、腰に挿していた剣を抜いて仰々しくさし出した。
 剣闘士の無闇な死傷を避けるため、予選では運営側が用意した試合用の剣を使うことになっている。刃は完全に潰してあり、裂傷や打撲を負うとしても一撃で致命傷になるような傷は極力抑えられるように考えられていた。

 二人は、事前に選んでおいた、それぞれの体格に合う剣を受け取った。

「頭、首、胸、胴――致命的な一撃を与えた側を勝者とする、よろしいですね」

 改めてルールを提示され、双方は首肯した。
 立会人が下がり、舞台には騎士ガンザとリーフが残された。

「試合、開始!」

 宣言と共に金属同士がぶつかり音を立てた。二撃、三撃と剣が交錯するも、実力ほぼ互角――否、膂力ではリーフの方が押し負けていた。
 小手調べの打ち合いから、ガンザはすぐにそのことに気付き、強く剣を打ち払ってリーフの体勢を崩しにかかった。

「――くっ」

 ガンザの目論み通り、剣を重ねるごとにリーフは押されていき、遂に身体を大きくよろめかせた。
 がら空きになった上半身にガンザが袈裟切りを叩き込む。勝負が決するかに見えたが、ガンザの剣は大きく空を切った。

 リーフは倒れるように身を沈め、自分の両足をガンザの軸足に絡めて力ずくで引き倒した。ガンザは受け身をとる暇もなく地面に叩きつけられた。
 お互いに床に倒れ臥し、しかしリーフの反撃はここで終わりではない。

 腹筋で身体を跳ね上げ、リーフはガンザの反応よりも速く剣を腹部へと突き立てる。真剣なら致命傷の位置に鈍い剣先が食い込んだ。

「勝者、黒の陣リーフ!」

 勝負はついたが、観客席の反応はまちまちだった。貴族の殆どは、魅せられるような剣戟の応酬を期待していたのだ。

 リーフの、相手の隙を誘って一撃に賭ける戦い方は、実戦に傾倒しすぎて泥臭く、受けが悪かった。

 次の戦いでは、なんと剣を放り捨てて相手が動揺している隙に組み付き、失神するまで締め上げてた。
 観客席から野次までとんだが、ルール上、武器の無使用は反則にならないので審判は渋々リーフに勝ちの判定を与えた。

 薄汚い殺し屋野郎、とまで叫ぶ輩もいたが、リーフは素知らぬ顔をしていた。

 本戦にはリーフを含めた四人が勝ち進んだ。
 本戦では持参した武器の使用が認められている。ルールも腕や足につけた布にどれだけ傷をつけられたかを競う形式に変更となった。

 リーフは迷わず魔剣を手に取った。

 魔剣を使うということは、リーフではなくギルが戦うということでもある。

 ギルの戦い方はリーフと全く異なっていた。
 一撃にかける威力は絶大、攻撃を止められたり流されたりしても滑らかに次の手に繋げ、相手の斬撃は躍るようにかわし、返し技を叩きつける。

 前半とは異なり豪快な戦いをみせつけるリーフの変わりように、観客は一瞬戸惑ったがすぐに歓声が沸き上がった。
 魔剣を用いた戦いは派手で、魅せる戦いを積み重ねた闘技場専属の戦士に勝るとも劣らない立ち回りの見応えは素晴らしいものだった。

 観衆が唯一残念がったことと言えば、魔剣の打ち合いの強度に耐えきれず、相手の武器が駄目になってしまうせいで試合が長く続かないことのみだった。

 大会は、リーフの文句無しの完全勝利で幕を閉じた。

 決勝戦の相手は闘技場の花形闘技士だったが、壮絶な剣戟の応酬の果てに剣は折れ、ポイントも上限近くまで奪取され、相手は降参を余儀なくされた。

「結構楽しかったなあ! そこらのクソ弱ぇ盗賊よりかは練習相手になった。結構馴染んできたぜ、この身体」

 控え室でリーフギルは濡れた布で顔を拭い、上機嫌そうに喉を鳴らした。

「そういうのやめてよ」

 リンが顔を顰めた。本来なら入れない場所だが、しれっと関係者面で裏に潜り込んでいた。

「そういうのって、何だよ」
「あんたがやってること全部。下品ったらありゃしない。リーフの格が下がって見えちゃうじゃない」

「別にいいだろ、リーフこいつだって気にしてねぇし」
「え、リーフ意識あるの!?」

 リンは反射的に口を両手で覆った。

「時々な。今は完全に引っ込んでるけど、ひょっこり覗いてたりするぜ。それもこれも相性がいいおかげだな」

 そもそも、憑依霊デモニアに積極的に身体を貸す契約者自体がまれなことなのだが、ギルはさらりと流した。

「つまり、今はリーフは聞いてないのね……じゃあはっきり言うけど、リーフが甘いからっていい気にならないでよね」

 リンは人差し指をリーフギルに突きつけた。

 リーフギルはきょとんとした。

「は?」
「あんたに好き勝手やらせているのは、リーフが戦力が必要だからっていうだけで、別に特別でも何でもないし、目的を果たしたらきっとすぐに捨てられちゃうわよ」

「え?」
「勘違いしないでよ」

 リンが威勢よく啖呵を切ったが、向けられたリーフギルは戸惑っていた。

「いや、その前に、テメェやっぱり……あ」

 急に呆けた顔になり、リーフギルは膝から床に崩れ落ちかけた。

 なんとか踏み留まって顔を上げたときには、雰囲気がすっかり変わっていた。舞台の幕が開いたように、先程までどこか緩んでいた顔が引き締まり、目に鋭利な光が灯った。
 リーフが表に出てきた。様子からすると、ギルを無理やり押しのけたようだ。

「びっくりしたー。もう、替わるんなら言ってくれないと、こっちの心臓に悪いってば」

 リンは、反射的にリーフの身体を支えようと出した手を引っ込めた。

「今のは交替が少し上手くいかなかっただけで、いつもならもっと自然に出来る。慣れればそんなことも無くなるだろうし、別に君に断りをいれる必要性を感じないのだけれど」

 他人事じゃないか、と言わんばかりのそっけなさでリーフは言い切った。

「あー、そうなんだ……ちなみに、今どうして急に出てきたの?」

 リーフの周囲に対するそっけない態度にはもう慣れっこだったので、リンは特に腹を立てなかった。

「そろそろ此処から出ないとまずい。徐々にこちらへの敵意が高まっている」
「此処で敵? 何で?」
「ボクのせいで大損した連中や面目を潰された花形闘技士、いくらでも考えられることさ。それにしては随分とじっとりとした敵意だけれど」

 抽象的な説明だったが、リンは特に疑義を唱えなかった。リーフと共に行動しているとそういう主張はよくあることで、おおむねリーフの言った通りの場合が多かった。

 リーフには特殊な感覚があった。周囲から向けられる敵意や殺意を明確なものとして受け取る能力であり、本人は〈害覚〉と呼んでいた。
 自分に向けられるもの限定という狭い範囲でしか感知はできないが、それでも索敵と危険予知の分野においてリーフの才は絶大だった。

「なら、注意して抜け出さないとね」

 リンは腰のホルスターから拳銃を抜いて確認した。五連装式の小口径銃は全弾装填済みで、弾倉の動きも滑らかだった。

「金は?」
「勿論、ちゃんと受け取ってるわよ」

 リンは腰のポーチを軽く叩いた。

「よし」

 部屋から出ようと準備をする二人の後ろで、扉を叩く音がした。

 リンは拳銃に手を伸ばしたが、抜く前にリーフが押しとどめた。相手が明確な敵意を放っている様子はなかったからだ。

「どなたでしょうか」

 リーフが静かな声で問いかけた。

「運営のものです。少しお話がありまして」

 扉の板は薄く、向こう側の声もくぐもらずに聞こえた。

 リンが親指と人差し指を立てて扉を指した。強行突破の提案である。
 リーフは左右に視線を巡らせ、小さく首を横に振った。

 リンは渋々ホルスターの上に置いた手を下ろした。
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