祭りの裏の騒乱 1
文化祭は十月最後の金曜から日曜までの三日間で行われる。
「さて。この騒乱に乗じてこちらも存分に騒ぐとしよう」
話の場所を理科室に移し。
ハナの言葉に頷いたのは五つの影。
「あまり羽目を外しすぎるんじゃないぞ」
「無茶も禁物だからね」
それから、彼らを見守る二つの影。
ハナはにんまりと笑って答える。
「もちろんだとも。盛大かつ慎重に。大暴れしてすっきり解決してみせよう!」
サクラは隣に立っているサカキを見下ろし、そっと問いかけた。
「サカキくん。……本当に、いいの?」
「はい。もちろんです」
サカキの告白からしばらく経ってもサクラは心配そうな顔をしていたが。彼女は嬉しそうに頷くから、それ以上何も言わなかった。
□ ■ □
文化祭の準備が進むのと比例するように、計画は驚くほど早く組み立てられていった。
ざっくり言うと。
一日目は準備。
二日目が決戦。
三日目は文化祭とハロウィンの残りを楽しもう。
「うまい具合に文化祭の期間中にハロウィンがある。これを利用すれば良いと思うんだ」
話し合いの場で、ハナは嬉しそうにそう提案してきた。
「と、いうと?」
ヤミがその意図を汲みかねて首を傾げる。
「ボク達も仮装をして、服装を分からなくするのさ」
「なるほど。サカキの服装か」
「うむ。そういう利点もある」
サカキが女子であることに気付いた人が少なかったように、ドッペルゲンガーも気付いていない可能性がある。
それに、サカキ自身が今まで隠し通してきたことだ。彼女にだって周囲に知らせる勇気は必要ろうし、仮装なら多少はハードルが下がるのではないか、とハナは言った。
「いや、初っ端が女装でって言うのはハードル高くないか? ……いや、サカキは女子だから女装、じゃないのか……」
「まあ、どんな格好でもさっちゃんなら似合うだろう? 問題ないさ」
ヤミの疑問には、ハナのからっとした声が返ってきた。
「というか、お前ら何人かは毎年やってるだろ。仮装」
「いやいや」
ハナがちっちっち、と人差し指を振る。
「今年の仮装は、ヤミちゃんも対象だ」
「なんで」
「君だけじゃないさ。サクラ君も。ハナブサさんにウツロさんも。ここに居る人はもれなく全員だ」
「マジか」
ヤミがげんなりと声をあげると、ハナはさも当然のように「マジだとも」と返してきた。
「衣装はどうするの?」
サクラの質問にハナは「そこも抜かりはないよ」と頷く。
「先程リラ君に話をつけてきた。喜んで引き受けてくれたよ。――もし、衣装の希望があるのなら」
ぴらっとハナが一枚の紙を取り出す。
「これに書いておいてくれとのことだ」
リラは被服室に居る少年だ。
手先が器用で裁縫が好きで。普段は家庭科部の部員に紛れて活動をしている。誰かのボタンが取れそうだったりほつれたり、破れたりすると直してくれる。新しい服が必要ならば仕立ててくれる。
今は、文化祭展示用の刺繍も完成し、退屈していたところだったらしい。
既に話が付いているというハナの言葉に、サクラとヤミが顔を見合わせる。
サクラは苦笑いで頷き。
ヤミは心底めんどくさそうな顔で溜息をついた。
「……今年だけだからな」
「これでクセになっても知らないぞ?」
「今年だけ、な」
ヤミの力強い言葉に、ハナは「全く強情さんめ」と肩をすくめた。
「よし。まずは準備。それぞれ仮装の用意をしよう。それから――」
「「うん」」
ハナの視線に、カガミはこくりと頷く。
「カガミはあの場所、もうちょっと見てみる」
「うん。少しでも良い。何か分かったら教えておくれ」
「わかったー」
「りょうかいー」
それからの数日は騒がしかった。
表――生徒達は文化祭の仕上げに。
裏――ハナ達はハロウィンの決戦という名の作戦に向けて。
慌ただしい準備が続く。
□ ■ □
そうして迎えた文化祭一日目。
「おお。みんな衣装出来たみたいだね!」
文化祭を見に行く人。遠巻きに眺める人。表の行事に興味は無いといつも通りに過ごす人。
そんな中、衣装合わせと称して集まった八人。
髪を二つに束ねて大きなネジを頭につけたハナが、楽しそうに口火を切った。
「ボクはフランケンシュタインにしてみたよ!」
当日は顔にちゃんとメイクもする予定さ、とご機嫌な彼女は、サイズの合わない紺のジャケットにカーキのズボン。適度によれたシャツを着込んでいた。
「その服どっかで見たような」
ヤミが首を傾げると、彼女は「ああ。そうだろうとも」と頷いた。
「ウツロさんに上着を借りたのさ」
「あー。なるほど」
言われてみれば冬にウツロが着ているのを見たことがあるような気がした。
「ヤミさんは猫、ですか?」
「らしい」
そう答えるヤミの声はマスクでくぐもっている。
帽子を被っても跳ねているヤミの髪は、帽子がないと一層大きく跳ね、獣の耳のように見える。普段はそれを気にして帽子を被っているのだが。見事ハナに取り上げられてしまっていた。
着ているのはいつもの制服だが、羽織っているのは黒のケープだった。後ろに垂れ下がる同色の尻尾。それから三日月のように笑う口が描かれた大きなマスクをしている。
「思い浮かばないからハナに相談したらこれだ」
「ヤミちゃんは動きやすい方が良いだろう。少し身軽な物にしてもらったのさ」
「と。まあ。ハナにしてみれば珍しい気遣いだ」
目を逸らして呆れた声に、サカキは「そうですね」とくすくすと笑った。
「で。サカキくんはシスターか。うんうん。よく似合ってる」
それは、シンプルで飾りの少ないシスター服だった。首元や手首など、普段隠しているところはしっかり隠してあり、露出は少ない。頭巾は髪型と顔を覆い隠し、俯いてしまえば一見すると見知った人でもサカキだと気付けないだろう。
ハナの褒め言葉に、サカキは恥ずかしげに俯きながら、そわそわと袖から覗く手を胸元で結ぶ。
「はい。あんまり包帯とかが見えなくて、あと……女の子、みたいな服を……とお願いしたら。これで」
そう言って首元にそっと指を伸ばし――マフラーがないことを思いだして手を下ろす。指先がスカートを撫でた。どうやら女性用の服が落ち着かないらしい。
「そうだね。そこはとても大事な所だ。リラ君にはとても良い仕事をしてくれてありがとうと言っておかねばならないな。で。サクラ君は吸血鬼。と」
「うん」
頷くサクラもまた、落ち着かない様子で襟元を直していた。シャツにタイ、ベストにマントと言った、至ってフォーマルな吸血鬼スタイルだ。
「俺も浮かばなくて……。ベタかなとも思ったんだけど、みんなと被らなくて良かったかな」
「サクラさん、お似合いですよ」
ありがとう、とサクラが笑うと八重歯がちらりと見えた。それもまた、彼に吸血鬼らしさをプラスしてみせる。
「「カガミは包帯カボチャー!」」
両手を挙げて主張する二人は、カボチャを象った揃いの帽子と、黒とカボチャ色をしたズボンやワンピースを着ていた。袖に包帯を飾った、ポップなハロウィンスタイルになっている。
「うむうむ。これでみんな当日は動けるかな」
ハナが全員を見回して頷く。
「それで――ハナブサさん。ボクの考えた作戦の確認をしたいんだが」
「うん」
頷くハナブサもまた、装いがいつもと違う。布ではなく仮面で顔を覆い、フォーマルな場に出ても違和感がないほど整った衣装だった。
「まずはサカキがひとりでお菓子を配って回るんだね」
ハナブサの声に、サカキが「はい」と頷く。
「俺とサクラは少し離れた所からついていく」
ヤミが言葉を繋ぐ。
「もし、さっちゃんが誰かと接触したら、ギリギリまで引きつけて」
「そこで御用!」
「一網打尽!」
「あとは詳しい話を聞いて、どうするか考える――と、こんな流れを想定しているのだが」
どうだろう? とハナは軽く首を傾げて問う。
不備はないだろうか。これで大丈夫だろうか。
そもそも、これでドッペルゲンガーは現れるのだろうか。
心配は尽きない。
本当にこれで終わらせることが出来るのか。
いや、終わらせなくてはならない。
受動的に敵を迎え撃つ事への不安を感じながら、ハナは計画を反芻する。
そんな彼女の不安をハナブサは穏やかにほぐす。
「うん。良いんじゃないかな。ウツロは何かある?」
「いや、十分だ。この位ざっくりしてる方が逆に動きやすい」
ひとつ言うなら。とウツロは付け加える。
「詳しい話を聞くだけの猶予があるかどうか、だな」
「ふむ」
「そいつが過去の残滓ならば処分対象だ。そうでなくても、これだけの事を起こしてる。俺としちゃあ、即刻処分でも良いと思うがね」
「そうだね。そこはウツロとヤミ。二人に判断を任せるよ」
「ん」
「分かった」
「――あ。あとね」
カガミの声のトーンがひとつ下がった。
全員の視線がそちらを向く。
「あそこを覗いてみたの」
「うん。見てみたの」
「おお、どうだった?」
ハナの問いに二人はうーんと、と天井を見上げつつ答える。
「小さな入り口がいくつかあったみたい」
「多分、学校にあるような大きな鏡じゃなくて。もっと小さいの」
「あんまり動かないけど、なにかあるみたい」
「少しだけ、開けてみたの」
「ちょっとだけ手を入れてみたの」
「ドロドロした中にあたたかいのがあった」
「とくとく、とくとく、動いてた」
それからちょっとだけ顔を見合わせ、頷く。
「「やっぱりドッペルさんはカガミに関係があるかもしれない」」
「ごめんね。これくらいしか分からなかったけど」
「カガミ、できることはできるだけ頑張るよ」
「うん。十分だ。ありがとう」
ハナは帽子の上からぽふぽふと二人を撫でる。
「それが居ない人達である事を祈ろう。きっと身動きすらとれないんだ」
うん、と何人かが頷いたのをハナはくるりと見回し――サカキに視線を止めた。
「よし、全ては明日だ。さっちゃん。おいしいクッキー期待しているよ」
親指をぐっと立てたハナに、サカキも緊張がほぐれたのか、「はい。わかりました」と笑って頷いた。
「きっと明日の今頃には全てが片付いているはずさ。あとはいつも通りに過ごそう。では解散!」
「さて。この騒乱に乗じてこちらも存分に騒ぐとしよう」
話の場所を理科室に移し。
ハナの言葉に頷いたのは五つの影。
「あまり羽目を外しすぎるんじゃないぞ」
「無茶も禁物だからね」
それから、彼らを見守る二つの影。
ハナはにんまりと笑って答える。
「もちろんだとも。盛大かつ慎重に。大暴れしてすっきり解決してみせよう!」
サクラは隣に立っているサカキを見下ろし、そっと問いかけた。
「サカキくん。……本当に、いいの?」
「はい。もちろんです」
サカキの告白からしばらく経ってもサクラは心配そうな顔をしていたが。彼女は嬉しそうに頷くから、それ以上何も言わなかった。
□ ■ □
文化祭の準備が進むのと比例するように、計画は驚くほど早く組み立てられていった。
ざっくり言うと。
一日目は準備。
二日目が決戦。
三日目は文化祭とハロウィンの残りを楽しもう。
「うまい具合に文化祭の期間中にハロウィンがある。これを利用すれば良いと思うんだ」
話し合いの場で、ハナは嬉しそうにそう提案してきた。
「と、いうと?」
ヤミがその意図を汲みかねて首を傾げる。
「ボク達も仮装をして、服装を分からなくするのさ」
「なるほど。サカキの服装か」
「うむ。そういう利点もある」
サカキが女子であることに気付いた人が少なかったように、ドッペルゲンガーも気付いていない可能性がある。
それに、サカキ自身が今まで隠し通してきたことだ。彼女にだって周囲に知らせる勇気は必要ろうし、仮装なら多少はハードルが下がるのではないか、とハナは言った。
「いや、初っ端が女装でって言うのはハードル高くないか? ……いや、サカキは女子だから女装、じゃないのか……」
「まあ、どんな格好でもさっちゃんなら似合うだろう? 問題ないさ」
ヤミの疑問には、ハナのからっとした声が返ってきた。
「というか、お前ら何人かは毎年やってるだろ。仮装」
「いやいや」
ハナがちっちっち、と人差し指を振る。
「今年の仮装は、ヤミちゃんも対象だ」
「なんで」
「君だけじゃないさ。サクラ君も。ハナブサさんにウツロさんも。ここに居る人はもれなく全員だ」
「マジか」
ヤミがげんなりと声をあげると、ハナはさも当然のように「マジだとも」と返してきた。
「衣装はどうするの?」
サクラの質問にハナは「そこも抜かりはないよ」と頷く。
「先程リラ君に話をつけてきた。喜んで引き受けてくれたよ。――もし、衣装の希望があるのなら」
ぴらっとハナが一枚の紙を取り出す。
「これに書いておいてくれとのことだ」
リラは被服室に居る少年だ。
手先が器用で裁縫が好きで。普段は家庭科部の部員に紛れて活動をしている。誰かのボタンが取れそうだったりほつれたり、破れたりすると直してくれる。新しい服が必要ならば仕立ててくれる。
今は、文化祭展示用の刺繍も完成し、退屈していたところだったらしい。
既に話が付いているというハナの言葉に、サクラとヤミが顔を見合わせる。
サクラは苦笑いで頷き。
ヤミは心底めんどくさそうな顔で溜息をついた。
「……今年だけだからな」
「これでクセになっても知らないぞ?」
「今年だけ、な」
ヤミの力強い言葉に、ハナは「全く強情さんめ」と肩をすくめた。
「よし。まずは準備。それぞれ仮装の用意をしよう。それから――」
「「うん」」
ハナの視線に、カガミはこくりと頷く。
「カガミはあの場所、もうちょっと見てみる」
「うん。少しでも良い。何か分かったら教えておくれ」
「わかったー」
「りょうかいー」
それからの数日は騒がしかった。
表――生徒達は文化祭の仕上げに。
裏――ハナ達はハロウィンの決戦という名の作戦に向けて。
慌ただしい準備が続く。
□ ■ □
そうして迎えた文化祭一日目。
「おお。みんな衣装出来たみたいだね!」
文化祭を見に行く人。遠巻きに眺める人。表の行事に興味は無いといつも通りに過ごす人。
そんな中、衣装合わせと称して集まった八人。
髪を二つに束ねて大きなネジを頭につけたハナが、楽しそうに口火を切った。
「ボクはフランケンシュタインにしてみたよ!」
当日は顔にちゃんとメイクもする予定さ、とご機嫌な彼女は、サイズの合わない紺のジャケットにカーキのズボン。適度によれたシャツを着込んでいた。
「その服どっかで見たような」
ヤミが首を傾げると、彼女は「ああ。そうだろうとも」と頷いた。
「ウツロさんに上着を借りたのさ」
「あー。なるほど」
言われてみれば冬にウツロが着ているのを見たことがあるような気がした。
「ヤミさんは猫、ですか?」
「らしい」
そう答えるヤミの声はマスクでくぐもっている。
帽子を被っても跳ねているヤミの髪は、帽子がないと一層大きく跳ね、獣の耳のように見える。普段はそれを気にして帽子を被っているのだが。見事ハナに取り上げられてしまっていた。
着ているのはいつもの制服だが、羽織っているのは黒のケープだった。後ろに垂れ下がる同色の尻尾。それから三日月のように笑う口が描かれた大きなマスクをしている。
「思い浮かばないからハナに相談したらこれだ」
「ヤミちゃんは動きやすい方が良いだろう。少し身軽な物にしてもらったのさ」
「と。まあ。ハナにしてみれば珍しい気遣いだ」
目を逸らして呆れた声に、サカキは「そうですね」とくすくすと笑った。
「で。サカキくんはシスターか。うんうん。よく似合ってる」
それは、シンプルで飾りの少ないシスター服だった。首元や手首など、普段隠しているところはしっかり隠してあり、露出は少ない。頭巾は髪型と顔を覆い隠し、俯いてしまえば一見すると見知った人でもサカキだと気付けないだろう。
ハナの褒め言葉に、サカキは恥ずかしげに俯きながら、そわそわと袖から覗く手を胸元で結ぶ。
「はい。あんまり包帯とかが見えなくて、あと……女の子、みたいな服を……とお願いしたら。これで」
そう言って首元にそっと指を伸ばし――マフラーがないことを思いだして手を下ろす。指先がスカートを撫でた。どうやら女性用の服が落ち着かないらしい。
「そうだね。そこはとても大事な所だ。リラ君にはとても良い仕事をしてくれてありがとうと言っておかねばならないな。で。サクラ君は吸血鬼。と」
「うん」
頷くサクラもまた、落ち着かない様子で襟元を直していた。シャツにタイ、ベストにマントと言った、至ってフォーマルな吸血鬼スタイルだ。
「俺も浮かばなくて……。ベタかなとも思ったんだけど、みんなと被らなくて良かったかな」
「サクラさん、お似合いですよ」
ありがとう、とサクラが笑うと八重歯がちらりと見えた。それもまた、彼に吸血鬼らしさをプラスしてみせる。
「「カガミは包帯カボチャー!」」
両手を挙げて主張する二人は、カボチャを象った揃いの帽子と、黒とカボチャ色をしたズボンやワンピースを着ていた。袖に包帯を飾った、ポップなハロウィンスタイルになっている。
「うむうむ。これでみんな当日は動けるかな」
ハナが全員を見回して頷く。
「それで――ハナブサさん。ボクの考えた作戦の確認をしたいんだが」
「うん」
頷くハナブサもまた、装いがいつもと違う。布ではなく仮面で顔を覆い、フォーマルな場に出ても違和感がないほど整った衣装だった。
「まずはサカキがひとりでお菓子を配って回るんだね」
ハナブサの声に、サカキが「はい」と頷く。
「俺とサクラは少し離れた所からついていく」
ヤミが言葉を繋ぐ。
「もし、さっちゃんが誰かと接触したら、ギリギリまで引きつけて」
「そこで御用!」
「一網打尽!」
「あとは詳しい話を聞いて、どうするか考える――と、こんな流れを想定しているのだが」
どうだろう? とハナは軽く首を傾げて問う。
不備はないだろうか。これで大丈夫だろうか。
そもそも、これでドッペルゲンガーは現れるのだろうか。
心配は尽きない。
本当にこれで終わらせることが出来るのか。
いや、終わらせなくてはならない。
受動的に敵を迎え撃つ事への不安を感じながら、ハナは計画を反芻する。
そんな彼女の不安をハナブサは穏やかにほぐす。
「うん。良いんじゃないかな。ウツロは何かある?」
「いや、十分だ。この位ざっくりしてる方が逆に動きやすい」
ひとつ言うなら。とウツロは付け加える。
「詳しい話を聞くだけの猶予があるかどうか、だな」
「ふむ」
「そいつが過去の残滓ならば処分対象だ。そうでなくても、これだけの事を起こしてる。俺としちゃあ、即刻処分でも良いと思うがね」
「そうだね。そこはウツロとヤミ。二人に判断を任せるよ」
「ん」
「分かった」
「――あ。あとね」
カガミの声のトーンがひとつ下がった。
全員の視線がそちらを向く。
「あそこを覗いてみたの」
「うん。見てみたの」
「おお、どうだった?」
ハナの問いに二人はうーんと、と天井を見上げつつ答える。
「小さな入り口がいくつかあったみたい」
「多分、学校にあるような大きな鏡じゃなくて。もっと小さいの」
「あんまり動かないけど、なにかあるみたい」
「少しだけ、開けてみたの」
「ちょっとだけ手を入れてみたの」
「ドロドロした中にあたたかいのがあった」
「とくとく、とくとく、動いてた」
それからちょっとだけ顔を見合わせ、頷く。
「「やっぱりドッペルさんはカガミに関係があるかもしれない」」
「ごめんね。これくらいしか分からなかったけど」
「カガミ、できることはできるだけ頑張るよ」
「うん。十分だ。ありがとう」
ハナは帽子の上からぽふぽふと二人を撫でる。
「それが居ない人達である事を祈ろう。きっと身動きすらとれないんだ」
うん、と何人かが頷いたのをハナはくるりと見回し――サカキに視線を止めた。
「よし、全ては明日だ。さっちゃん。おいしいクッキー期待しているよ」
親指をぐっと立てたハナに、サカキも緊張がほぐれたのか、「はい。わかりました」と笑って頷いた。
「きっと明日の今頃には全てが片付いているはずさ。あとはいつも通りに過ごそう。では解散!」