保健室が盛況だという 前編
理科室。
しとしとと降る雨を見ながら、ヤミとハナはぽつりぽつりと言葉を交わした。
「最近、表が騒がしいと思わないかい？」
「そうだな」
騒がしい、といっても何かのイベントが起きている訳ではない。
噂話がいつも以上に活発だったり、事件が起きたり。そういう何かしらの変化が起きている事を総じて「騒がしい」と住人達は言う。
そんな最近の騒がしさとは。
学校内で怪我人や病人が多い。
授業中のクラスを覗いても、部活動に混じってみても。校内を歩き回るだけでも。欠席をする人。足や腕、時には頬にまで絆創膏や包帯やガーゼを当てている人。授業が終わると部活を休んで帰る人。等々。それは目に明らかだった。
多くの人が巻き込まれる事故が起きた訳ではない。集団で怪我をした訳でもない。それぞれがそれぞれの理由で、怪我をしたり病気になったりしているから、生徒達の間でも「最近怪我とか病気が多いから気をつけよう」という認識になっている。
「最近じめじめしてるから、と言うには少々……不自然だね」
「どっからどう見ても不自然だろ」
傍目に見て分かるような怪我人の増加なんて自然な現象じゃない、とヤミは肯定する。
「うむ。ではちょっくら調べてみるかい？」
「いや……管轄外だろ」
これはまだサクラとかウツロさんの領分だ、という言葉にハナは盛大な溜息を返した。
「全くヤミちゃんは素直じゃない。学校大好きな癖にそんな事言っちゃって」
ヤミは何も言わない。
「ウツロさん達がそうなのは勿論だけど、学校の治安維持っていうのは大事だよ？ ヤミちゃんだって見回りくらいはしてるし、そもそも不自然だとは思ってるだろう？」
ボク達だって貢献しても良いじゃないか、とハナは言う。
が、ヤミは窓に視線を向けてその答えに「否」を返す。
「そりゃそうだけど。首の突っ込み過ぎは良くない。俺らには俺らの領分ってのがある」
「むむむ……ヤミちゃん強情だな。ならば、ボクにだって考えがある！」
「ほほう？」
ばん！ と机を叩いてにやりと笑うハナを、ヤミは一瞥して続きを待つ。
ハナはポケットから何かを取り出し、そんな彼の前にかざす。
それは、赤銅色の金属片――硬貨。
「これが何か分かるかい？」
「十円玉だな」
「そう！」
その十円玉をずいっと突きつけ、高らかに声を上げる。
「ボクは、今からこっくりさんをする！ それで――」
「俺は女子トイレに突撃する気はないからな？」
ヤミの冷たい言葉にハナは小さく舌打ちをした。
「残念、流れでやってくれると思ったのだが」
「残念だったな」
でも、まあ。仕方ない。とヤミは渋々立ち上がる。
「そこまで言うんなら――調べるだけだからな」
「うんうん、そう言ってくれると信じてたよ！」
「半ば脅しだって分かってるか？」
「勿論！」
堂々とした答えにヤミがため息をつく一方で、ハナは嬉しそうに立ち上がる。
「ふふ……なんだか昔を思い出すねえ」
「俺は覚えがないな」
「またまたヤミちゃんったら知らんぷりは良くないぞ？」
「はいはいウルサイ。身に覚えのない事をねつ造するのはやめろ」
そうして二人は、理科室を後にした。
□ ■ □
「最近の話……？ ああ、アレについて調べてるの？」
二人がまず話を聞きに行ったのはサクラだった。学校内の話が集まる彼なら何か聞いているのでないかと尋ねた返答がこうだった。
「そう。サクラ君は何か知ってるかい？」
ハナの問いに彼はそうだな、と考える。
「確かに、怪我したとか具合が悪いって話はよく聞くね。季節の変わり目は元々多いけど……今回は怪我もよく聞く、かな」
「やっぱり怪我が多いのか」
「そうだね。今の所病院沙汰まではないけど、保健室が盛況になるくらいには」
「原因とかは聞いたことあるか？」
サクラはうーん、と考えるように目を閉じた。
「……かぜ。いや、影かな」
「影？」
ヤミが問い返すと、サクラは頷いた。
「関連ありそうなのはその辺かな、って。人影を見たとか……小さい生き物だとか。ただ、すばしっこいらしくて、はっきり分かんないから、風とか影とか言う人が多いみたい。あとは……誰かの悪口言うと、相手が怪我したり体調崩したり、とかも聞くけど」
まだ曖昧な話だよ、と言葉が付け足される。
「へえ……」
「俺も今情報収集の途中なんだ。怪我の状況とかならヤツヅリくんに聞いてみるといいかもしれない」
ヤツヅリ。それは保健室に縁のある少年の名前だ。
怪我ならば確かに詳しい話を聞けるかもしれない。
「なるほど保健室か」
「そうだな。行ってみるとしよう。ありがとうサクラ君」
「うん。いってらっしゃい」
□ ■ □
そしてやってきた保健室は無人だった。
「こんにちはー……っと。おや。ヤツヅリくんは不在か」
ハナがベッドのカーテンを捲りながら首を傾げる。
「表か……それとも庭か……探すの面倒だな」
ヤミは溜息をつく。
ヤツヅリは裏表に関わらず、保健室によくいる少年だ。表では病弱な生徒として、裏では怪我や体調を崩した人達の介抱役として。保健室という場所に深く関わる者だ。
同時に彼は薬草にも詳しい。学校内のあちこちでこっそり薬草を育てては収穫し、お茶や薬を作ったりもする。
そんな彼が不在の場合、考えられる理由は主に二つ。
表の保健室で寝ているか。
どこかで薬草の世話をしているか。
ヤミは机の上を見て舌打ちをする。そこにあるのはカルテ。ボールペン。薬草図鑑。それから携帯電話。
「ヤツヅリの奴……携帯は持ち歩くから携帯だって言うのに」
「ヤミちゃんだって電話出ないしメールの返事もしないから、人の事言えないんじゃないのかい？」
「俺はマナーモードか電源切ってるだけだ」
「携帯電話って、持ち歩くから携帯なんだぞ？」
ヤミの言葉をそっくり返したハナに、「知ってる」とため息をつく。
「電源入れてるとお前他数名からのメール爆撃すごいんだよ」
「それはごもっともだね！」
「否定無しかよ。そもそも持ってなくてもお前ら直々に呼びにくるだろうが……」
がっくりとヤミは肩を落とす。
「……まあいい。次、行くか」
「うむ。そうしよう」
□ ■ □
「そうそう、最近気になってたの」
「うんうん、最近心配だったの」
次に見つけたのはカガミ。二人とも状況はそれなりに把握していたらしい。
「で、学校内を走り回ってるお前らは何か気になることとかないか？」
「それがねー。最近見るの」
「あれだねー。なんか変な影」
「変な影？ ほうほう詳しく聞かせてもらおう」
ハナが身を乗り出し……といってもカガミの二人は窓ガラスの中。ハナは窓にぺたりとくっつく形になる。
「あのねー。光る刀みたいな」
「えっとね。小さい狐みたいな」
「刀と狐……？」
じ、っと三人の視線がヤミに集まる。
ヤミはそれを察して、小さく首を横に振った。
「お前らの考えてる事は分かる。俺も同感だが、否定させてもらおう」
「黙秘ってやつかい？」
「違え」
ヤミが心底呆れた声で否定する。
「そもそも俺が持ってるのは刀じゃなくて鎌だし」
「刃物には変わりないんじゃない？」
「まあな。ただお前達はひとつ忘れている」
「？」
全員が首を傾げる。
「俺は基本的にこっくりさんで呼び出されるか、ウツロさんやハナブサさんからの指示がない限り、自分から動かないからな？」
「！？」
「……いや、そんな驚くなよ」
こっちが反応に困る、とヤミは溜息をついた。
「たとえそうだったとしてもだ。無差別に生徒を怪我させる、なんて曖昧な頼み事却下だ却下。即いいえ送りにしてやる」
□ ■ □
「――で。結局よく分からないままだねえ」
今一番の犯人候補はヤミちゃんだし、とハナは呑気に言う。
「学校の騒動調査がいつの間にか身の潔白を証明しなきゃいけなくなったのが納得いかない」
サクラに任せておくべきだったんだ、と、ヤミは不機嫌極まりない顔で呟く。
「まあ、数少ないとはいえ共通点だからね」
嫌ならば――と、ハナは軽くステップを踏むように一歩前に出て振り返る。ずい、と人差し指をヤミの鼻先に向けて、にやりと笑う。
「白状するか、犯人を捕まえるか、だ」
「……はあ。仕方な」
「――こら！ お前か！」
仕方ないな、という言葉は、突然響いた声に中断された。
ハナとヤミはぴたりと動きを止め、それから顔を見合わせる。
「今のは？」
「ヤツヅリだな」
うん、と頷き合って声の出所をきょろきょろと探す。
「ヤミちゃん。あっちだ」
ハナが指差した先にあったのはガラス戸。その先には中庭がある。
しとしとと濡れる飼育小屋と花壇、それから百葉箱。その奥に白い背中が見えた。
ガラス戸を開けて覗き込むと、黒髪に白い服を羽織った背中が何かバタバタと暴れる物を押さえていた。
「やあ。ヤツヅリくん」
「食虫植物でも育てて失敗したか」
「ああ。ハナくんにヤミくん。違うよ、最近オレの畑荒らされてるから様子見てて――痛っ！」
土で汚れたヤツヅリの白衣がばさりと舞い上がり、黒い影がヤミとハナめがけて飛び出してきた。
ヤミの目に映ったのは――光を弾く刃。
「――ちっ！」
ヤミが舌打ちと共に両手を差し出す。
――きぃんっ！
大きく澄んだ音と、火花が散る。
ヤミの手にはいつの間にか黒い大鎌が握られていて。飛びかかってきた何者かの手にある大きな刀を受け止めていた。
「おお。ヤミちゃんお見事」
「うるさい。気が散る。黙ってろ」
やんやと手を叩くハナに言い放って、刀を押し返すように刃を滑らせる。しゃんっ、と小さな火花を散らしたその刃をくるりと回転させ、石突きで影の腹部を力一杯突く。黒い何かは、その動衝撃を殺そうとしたらしいがついていけず、そのまま姿勢を崩してぽーんと飛んでいった。
ヤミは地面を蹴り、数歩で中庭を突っ切る。
濡れた草の雫に裾を濡らしながら、軽くジャンプ。窓枠、雨どい。壁の隙間。つま先を引っ掛け、足場にして先回りする。
「――ここか」
ちら、と後ろを振り返り、目標が飛んでくる地点を予想して。
とん。
軽い音と共に、壁を蹴った。
ヤミの右手が帽子を押さえ、左手に鎌を携えて。そのまま影を——蹴り落とした。
「ぎゃっ」
ヤミの一撃に耐えきれなかった黒い何かは刀を手放し、中庭へ真っ逆さまに落ちていった。
しとしとと降る雨を見ながら、ヤミとハナはぽつりぽつりと言葉を交わした。
「最近、表が騒がしいと思わないかい？」
「そうだな」
騒がしい、といっても何かのイベントが起きている訳ではない。
噂話がいつも以上に活発だったり、事件が起きたり。そういう何かしらの変化が起きている事を総じて「騒がしい」と住人達は言う。
そんな最近の騒がしさとは。
学校内で怪我人や病人が多い。
授業中のクラスを覗いても、部活動に混じってみても。校内を歩き回るだけでも。欠席をする人。足や腕、時には頬にまで絆創膏や包帯やガーゼを当てている人。授業が終わると部活を休んで帰る人。等々。それは目に明らかだった。
多くの人が巻き込まれる事故が起きた訳ではない。集団で怪我をした訳でもない。それぞれがそれぞれの理由で、怪我をしたり病気になったりしているから、生徒達の間でも「最近怪我とか病気が多いから気をつけよう」という認識になっている。
「最近じめじめしてるから、と言うには少々……不自然だね」
「どっからどう見ても不自然だろ」
傍目に見て分かるような怪我人の増加なんて自然な現象じゃない、とヤミは肯定する。
「うむ。ではちょっくら調べてみるかい？」
「いや……管轄外だろ」
これはまだサクラとかウツロさんの領分だ、という言葉にハナは盛大な溜息を返した。
「全くヤミちゃんは素直じゃない。学校大好きな癖にそんな事言っちゃって」
ヤミは何も言わない。
「ウツロさん達がそうなのは勿論だけど、学校の治安維持っていうのは大事だよ？ ヤミちゃんだって見回りくらいはしてるし、そもそも不自然だとは思ってるだろう？」
ボク達だって貢献しても良いじゃないか、とハナは言う。
が、ヤミは窓に視線を向けてその答えに「否」を返す。
「そりゃそうだけど。首の突っ込み過ぎは良くない。俺らには俺らの領分ってのがある」
「むむむ……ヤミちゃん強情だな。ならば、ボクにだって考えがある！」
「ほほう？」
ばん！ と机を叩いてにやりと笑うハナを、ヤミは一瞥して続きを待つ。
ハナはポケットから何かを取り出し、そんな彼の前にかざす。
それは、赤銅色の金属片――硬貨。
「これが何か分かるかい？」
「十円玉だな」
「そう！」
その十円玉をずいっと突きつけ、高らかに声を上げる。
「ボクは、今からこっくりさんをする！ それで――」
「俺は女子トイレに突撃する気はないからな？」
ヤミの冷たい言葉にハナは小さく舌打ちをした。
「残念、流れでやってくれると思ったのだが」
「残念だったな」
でも、まあ。仕方ない。とヤミは渋々立ち上がる。
「そこまで言うんなら――調べるだけだからな」
「うんうん、そう言ってくれると信じてたよ！」
「半ば脅しだって分かってるか？」
「勿論！」
堂々とした答えにヤミがため息をつく一方で、ハナは嬉しそうに立ち上がる。
「ふふ……なんだか昔を思い出すねえ」
「俺は覚えがないな」
「またまたヤミちゃんったら知らんぷりは良くないぞ？」
「はいはいウルサイ。身に覚えのない事をねつ造するのはやめろ」
そうして二人は、理科室を後にした。
□ ■ □
「最近の話……？ ああ、アレについて調べてるの？」
二人がまず話を聞きに行ったのはサクラだった。学校内の話が集まる彼なら何か聞いているのでないかと尋ねた返答がこうだった。
「そう。サクラ君は何か知ってるかい？」
ハナの問いに彼はそうだな、と考える。
「確かに、怪我したとか具合が悪いって話はよく聞くね。季節の変わり目は元々多いけど……今回は怪我もよく聞く、かな」
「やっぱり怪我が多いのか」
「そうだね。今の所病院沙汰まではないけど、保健室が盛況になるくらいには」
「原因とかは聞いたことあるか？」
サクラはうーん、と考えるように目を閉じた。
「……かぜ。いや、影かな」
「影？」
ヤミが問い返すと、サクラは頷いた。
「関連ありそうなのはその辺かな、って。人影を見たとか……小さい生き物だとか。ただ、すばしっこいらしくて、はっきり分かんないから、風とか影とか言う人が多いみたい。あとは……誰かの悪口言うと、相手が怪我したり体調崩したり、とかも聞くけど」
まだ曖昧な話だよ、と言葉が付け足される。
「へえ……」
「俺も今情報収集の途中なんだ。怪我の状況とかならヤツヅリくんに聞いてみるといいかもしれない」
ヤツヅリ。それは保健室に縁のある少年の名前だ。
怪我ならば確かに詳しい話を聞けるかもしれない。
「なるほど保健室か」
「そうだな。行ってみるとしよう。ありがとうサクラ君」
「うん。いってらっしゃい」
□ ■ □
そしてやってきた保健室は無人だった。
「こんにちはー……っと。おや。ヤツヅリくんは不在か」
ハナがベッドのカーテンを捲りながら首を傾げる。
「表か……それとも庭か……探すの面倒だな」
ヤミは溜息をつく。
ヤツヅリは裏表に関わらず、保健室によくいる少年だ。表では病弱な生徒として、裏では怪我や体調を崩した人達の介抱役として。保健室という場所に深く関わる者だ。
同時に彼は薬草にも詳しい。学校内のあちこちでこっそり薬草を育てては収穫し、お茶や薬を作ったりもする。
そんな彼が不在の場合、考えられる理由は主に二つ。
表の保健室で寝ているか。
どこかで薬草の世話をしているか。
ヤミは机の上を見て舌打ちをする。そこにあるのはカルテ。ボールペン。薬草図鑑。それから携帯電話。
「ヤツヅリの奴……携帯は持ち歩くから携帯だって言うのに」
「ヤミちゃんだって電話出ないしメールの返事もしないから、人の事言えないんじゃないのかい？」
「俺はマナーモードか電源切ってるだけだ」
「携帯電話って、持ち歩くから携帯なんだぞ？」
ヤミの言葉をそっくり返したハナに、「知ってる」とため息をつく。
「電源入れてるとお前他数名からのメール爆撃すごいんだよ」
「それはごもっともだね！」
「否定無しかよ。そもそも持ってなくてもお前ら直々に呼びにくるだろうが……」
がっくりとヤミは肩を落とす。
「……まあいい。次、行くか」
「うむ。そうしよう」
□ ■ □
「そうそう、最近気になってたの」
「うんうん、最近心配だったの」
次に見つけたのはカガミ。二人とも状況はそれなりに把握していたらしい。
「で、学校内を走り回ってるお前らは何か気になることとかないか？」
「それがねー。最近見るの」
「あれだねー。なんか変な影」
「変な影？ ほうほう詳しく聞かせてもらおう」
ハナが身を乗り出し……といってもカガミの二人は窓ガラスの中。ハナは窓にぺたりとくっつく形になる。
「あのねー。光る刀みたいな」
「えっとね。小さい狐みたいな」
「刀と狐……？」
じ、っと三人の視線がヤミに集まる。
ヤミはそれを察して、小さく首を横に振った。
「お前らの考えてる事は分かる。俺も同感だが、否定させてもらおう」
「黙秘ってやつかい？」
「違え」
ヤミが心底呆れた声で否定する。
「そもそも俺が持ってるのは刀じゃなくて鎌だし」
「刃物には変わりないんじゃない？」
「まあな。ただお前達はひとつ忘れている」
「？」
全員が首を傾げる。
「俺は基本的にこっくりさんで呼び出されるか、ウツロさんやハナブサさんからの指示がない限り、自分から動かないからな？」
「！？」
「……いや、そんな驚くなよ」
こっちが反応に困る、とヤミは溜息をついた。
「たとえそうだったとしてもだ。無差別に生徒を怪我させる、なんて曖昧な頼み事却下だ却下。即いいえ送りにしてやる」
□ ■ □
「――で。結局よく分からないままだねえ」
今一番の犯人候補はヤミちゃんだし、とハナは呑気に言う。
「学校の騒動調査がいつの間にか身の潔白を証明しなきゃいけなくなったのが納得いかない」
サクラに任せておくべきだったんだ、と、ヤミは不機嫌極まりない顔で呟く。
「まあ、数少ないとはいえ共通点だからね」
嫌ならば――と、ハナは軽くステップを踏むように一歩前に出て振り返る。ずい、と人差し指をヤミの鼻先に向けて、にやりと笑う。
「白状するか、犯人を捕まえるか、だ」
「……はあ。仕方な」
「――こら！ お前か！」
仕方ないな、という言葉は、突然響いた声に中断された。
ハナとヤミはぴたりと動きを止め、それから顔を見合わせる。
「今のは？」
「ヤツヅリだな」
うん、と頷き合って声の出所をきょろきょろと探す。
「ヤミちゃん。あっちだ」
ハナが指差した先にあったのはガラス戸。その先には中庭がある。
しとしとと濡れる飼育小屋と花壇、それから百葉箱。その奥に白い背中が見えた。
ガラス戸を開けて覗き込むと、黒髪に白い服を羽織った背中が何かバタバタと暴れる物を押さえていた。
「やあ。ヤツヅリくん」
「食虫植物でも育てて失敗したか」
「ああ。ハナくんにヤミくん。違うよ、最近オレの畑荒らされてるから様子見てて――痛っ！」
土で汚れたヤツヅリの白衣がばさりと舞い上がり、黒い影がヤミとハナめがけて飛び出してきた。
ヤミの目に映ったのは――光を弾く刃。
「――ちっ！」
ヤミが舌打ちと共に両手を差し出す。
――きぃんっ！
大きく澄んだ音と、火花が散る。
ヤミの手にはいつの間にか黒い大鎌が握られていて。飛びかかってきた何者かの手にある大きな刀を受け止めていた。
「おお。ヤミちゃんお見事」
「うるさい。気が散る。黙ってろ」
やんやと手を叩くハナに言い放って、刀を押し返すように刃を滑らせる。しゃんっ、と小さな火花を散らしたその刃をくるりと回転させ、石突きで影の腹部を力一杯突く。黒い何かは、その動衝撃を殺そうとしたらしいがついていけず、そのまま姿勢を崩してぽーんと飛んでいった。
ヤミは地面を蹴り、数歩で中庭を突っ切る。
濡れた草の雫に裾を濡らしながら、軽くジャンプ。窓枠、雨どい。壁の隙間。つま先を引っ掛け、足場にして先回りする。
「――ここか」
ちら、と後ろを振り返り、目標が飛んでくる地点を予想して。
とん。
軽い音と共に、壁を蹴った。
ヤミの右手が帽子を押さえ、左手に鎌を携えて。そのまま影を——蹴り落とした。
「ぎゃっ」
ヤミの一撃に耐えきれなかった黒い何かは刀を手放し、中庭へ真っ逆さまに落ちていった。