放課後4並び放送 前編
呼び出し放送は、放送部員の仕事だ。
教師や生徒が放送室を訪れ、メッセージを依頼する。請け負った部員は、依頼された場所にメッセージを読み上げる。
お昼の放送だけでなく、放課後もまた同様だ。その為、部員は放送室で待機をしながらその時間を過ごすことになる。
だが。
時々妙な放送が流れると、最近生徒の間で噂だった。
放送内容が、呼び出された当人には別物に聞こえたり。
ノイズがスピーカーから響いたり。
よく分からない言葉が流れたりする。
例えば。
「お昼の放送を始めます。放送当番は三木です」
「2年4組が首端蜜蝋さん、図書室のそこでキャマリヴァレヱがあります」
「放送当番、放送当番。消えたらアルミホイルは包めなくなります」
「後ろで睨みつけてる目には、ポラカアンテナを伸ばしてください」
「がががあああああだだだだだだだららら」
「(雑音だらけで聞き取れない)」
「部屋の柱は今日もありますか。窓から電柱は見えますか。周りに音のなるものはありますか」
「後ろを見てはいけません。以上です」
聞いた、聞いてないは人によって異なるが。
そのどれもが放課後。しかも4時44分に放送されるのだという。
実に気味が悪いと、聞いた時に不安で仕方がないと。
学校中が夕方の1分間に怯えていた。
放送がそんなだから、放送室で待機する生徒達も気が気じゃない。
自分達は何もしてないのに放送があったと言われたり、自分達の放送が聞いたこともない声になっていたりする。
教師に訴えてみても、何もしてくれない。
だから、夕方の1分間。生徒達は放送室を避けるようになり。
放送室には5時からしか人が居ない、なんてよくあることになっていた。
□ ■ □
「あのー……」
放送室の入口を開けたのは、細い桜色の髪をまとめた黒ぶち眼鏡の少年。サクラだった。
彼は放送室の中に誰も居ないのを確認して、時計を見上げる。
時刻は4時40分。
生徒は誰も居ないが、鍵は開いていた。きっと教師か担当の生徒が鍵だけ開けて、あの1分間が過ぎるのを待っているのだ。
ふむ。と少し部屋を見渡して、サクラはその中へと足を踏み入れた。
ここへやってきた理由は、学校中に蔓延している噂――サクラも実際に放送を耳にしたから、噂じゃなくてもう事実なのだけれども――不可解な放課後の放送。その正体を探るため、それが自分達と同様の存在なら放送をやめさせるため。
しかし、足を運び初めて2週間ほど。未だその放送に立ち会えないでいた。
始まるかどうか分からない放送を待ちながら過ごす夕方の放送室。
窓には暗幕がかかっていて、日の光は入らず薄暗い。
ボタンと音量調節のスライダーが並ぶ調整卓。隣に置かれた簡易マイク。調整卓前の椅子に座ると、壁にあった窓から隣の防音室が見えた。マイクの置かれた長机が、調整卓と向かい合うように置いてある。窓ガラスの枠と、動くものが何もないその光景は、少し離れたら一枚の絵のようにも見えた。
サクラの視線は調整卓に戻る。ラベルは貼ってあるけれど、どれをどう触れば何が起きるのか分からないものが多い。下手に触って何か起きるのも良くないから、ただ眺めて、これを難なく使いこなせる人はすごいな、と感心する。
そんな放送室は、身動きが取れないけれども、興味深い部屋だった。
サクラはとりあえず調整卓前の椅子から部屋の様子を眺めて過ごす。
夕方の放送室は昼間に時折覗くそれと何も変わらない。ヤミも一度付いてきた時、興味深そうに見ていた。今回はサクラが適任とされたからひとりでやってきたけれど、ヤミ君も連れ来れたら良かったな、なんて思う。
しかし、彼は最近急がしそうにしていて、ぶつぶつ言いながら呼び出されては、どこか疲れた様子で帰ってきていた。
そんなヤミを思い出しながら、無造作に積まれた放送原稿や無線のマニュアルをちょっとめくったり、眺めたりしてみる。
「そっか。ここなら無線もできるんだ」
ちょっといいなあ、と思いながらサクラはそっと調整卓のヘリを撫でる。
機械は嫌いじゃないから、こういうのは見ていると楽しい。マニュアルを読むだけでもわくわくする。授業に混じって作った鉱石ラジオがなんだか懐かしくて、あれどこにしまったかな、なんて考える。
静かで、落ち着いてて。居心地も悪くないなあ、なんて思ったその時。
――じじ……ぱちっ。
スピーカーからノイズが弾けた。
サクラは時計を見上げる。
4時44分。
「――お昼の放送、始めます」
ノイズに混じって、スピーカーから音がした。
よかった。今日は当たりだ。
□ ■ □
少女は茶色の髪を肩で揺らして、パイプ椅子に腰掛けた。
アナウンス用の席。長机の上には卓上マイク。手には紙の束。
「あー。あーあー……よしよし」
声を出してのどの調子を見る。
それから満足そうに頷いて、その紙の束を両手でグッと持つ。
「それじゃー今日もやりますかー」
うきうきと彼女は口を開く。
すう、と息を吸うと、触れてもないのにマイクのスイッチが入る音がした。
同時にスピーカーからノイズが弾ける。
「お昼の放送、始めます――」
そう言った瞬間。
彼女は窓越しにこっちをじっと見ている眼鏡の少年に気が付いた。
スピーカーからの声が途切れた。
窓越しに、茶色い髪を肩で揃えた少女がサクラをじっと見ていた。
「え。あの」
スピーカーから声がする。
「放送中ですが何か用です? 桜は今日も散ってませんか?」
こてんと首を傾げた少女の言葉に、サクラは思わず声を詰まらせそうになった。
今日も散る桜。それはサクラの骨が眠る木の事だろうか。
でも、彼女とは初対面だし、そのことを知るはずもないと思うのだけれど。
なんか自分を言い当てられたようで、背筋がそわっとした。
「ええと。あのね――」
と、サクラは言いかけて気付く。
二人を隔てるのは防音壁だ。
窓から姿を見る事はできても、ここからは声が届かない。同様に、向こうの声も届かない。彼女の声が聞こえたのは、単にスピーカーを通したからだ。
サクラはちょっと待って、と手で彼女を制して椅子から立ち上がった。
□ ■ □
「あの、とりあえずマイク切ってもらって良いかな」
ドアを開けたその人は、困ったような笑顔でそう言った。
「分かりました、――終わります」
彼は一体何の用があるんだろう? 生徒の呼び出しか、連絡事項か。
でも、とりあえずマイクを切れとのこと。こくりと頷くとマイクのボタンがオフになり、スピーカーからもぶつん、と音がした。
時計の針は45分にさしかかろうとしている。
今日の放送はもうおしまいだ。
「ところでなんの御用でしょう? 放送依頼ならそこの棚に入ってませんか?」
率直に質問を投げると、彼は困ったように「そうだな」と呟いた。
「放送依頼じゃなくてね。君に話があるんだ」
「私にですか」
どういうことだろう。
「まず、質問がいくつかあるんだけど」
いいかな、と彼は言う。
怖くはない。優しそうだ。春の夜の夢のようだ。
「はい」
頷くと「ありがとう」となぜか礼を言われた。
「ええと……4時44分に放送をしてるのは君で間違いない?」
「そうですね。私がやってます」
「原稿内容は依頼されてるの?」
「そうだったりそうじゃなかったりですね。266P の可能性もありますが」
「26……?」
「何か受信しましたか?」
訊ねると彼は「いや……何も」と少し困った顔で首を横に振った。
「あと。君はさ」
「はい」
「自分が何か、分かってる?」
教師や生徒が放送室を訪れ、メッセージを依頼する。請け負った部員は、依頼された場所にメッセージを読み上げる。
お昼の放送だけでなく、放課後もまた同様だ。その為、部員は放送室で待機をしながらその時間を過ごすことになる。
だが。
時々妙な放送が流れると、最近生徒の間で噂だった。
放送内容が、呼び出された当人には別物に聞こえたり。
ノイズがスピーカーから響いたり。
よく分からない言葉が流れたりする。
例えば。
「お昼の放送を始めます。放送当番は三木です」
「2年4組が首端蜜蝋さん、図書室のそこでキャマリヴァレヱがあります」
「放送当番、放送当番。消えたらアルミホイルは包めなくなります」
「後ろで睨みつけてる目には、ポラカアンテナを伸ばしてください」
「がががあああああだだだだだだだららら」
「(雑音だらけで聞き取れない)」
「部屋の柱は今日もありますか。窓から電柱は見えますか。周りに音のなるものはありますか」
「後ろを見てはいけません。以上です」
聞いた、聞いてないは人によって異なるが。
そのどれもが放課後。しかも4時44分に放送されるのだという。
実に気味が悪いと、聞いた時に不安で仕方がないと。
学校中が夕方の1分間に怯えていた。
放送がそんなだから、放送室で待機する生徒達も気が気じゃない。
自分達は何もしてないのに放送があったと言われたり、自分達の放送が聞いたこともない声になっていたりする。
教師に訴えてみても、何もしてくれない。
だから、夕方の1分間。生徒達は放送室を避けるようになり。
放送室には5時からしか人が居ない、なんてよくあることになっていた。
□ ■ □
「あのー……」
放送室の入口を開けたのは、細い桜色の髪をまとめた黒ぶち眼鏡の少年。サクラだった。
彼は放送室の中に誰も居ないのを確認して、時計を見上げる。
時刻は4時40分。
生徒は誰も居ないが、鍵は開いていた。きっと教師か担当の生徒が鍵だけ開けて、あの1分間が過ぎるのを待っているのだ。
ふむ。と少し部屋を見渡して、サクラはその中へと足を踏み入れた。
ここへやってきた理由は、学校中に蔓延している噂――サクラも実際に放送を耳にしたから、噂じゃなくてもう事実なのだけれども――不可解な放課後の放送。その正体を探るため、それが自分達と同様の存在なら放送をやめさせるため。
しかし、足を運び初めて2週間ほど。未だその放送に立ち会えないでいた。
始まるかどうか分からない放送を待ちながら過ごす夕方の放送室。
窓には暗幕がかかっていて、日の光は入らず薄暗い。
ボタンと音量調節のスライダーが並ぶ調整卓。隣に置かれた簡易マイク。調整卓前の椅子に座ると、壁にあった窓から隣の防音室が見えた。マイクの置かれた長机が、調整卓と向かい合うように置いてある。窓ガラスの枠と、動くものが何もないその光景は、少し離れたら一枚の絵のようにも見えた。
サクラの視線は調整卓に戻る。ラベルは貼ってあるけれど、どれをどう触れば何が起きるのか分からないものが多い。下手に触って何か起きるのも良くないから、ただ眺めて、これを難なく使いこなせる人はすごいな、と感心する。
そんな放送室は、身動きが取れないけれども、興味深い部屋だった。
サクラはとりあえず調整卓前の椅子から部屋の様子を眺めて過ごす。
夕方の放送室は昼間に時折覗くそれと何も変わらない。ヤミも一度付いてきた時、興味深そうに見ていた。今回はサクラが適任とされたからひとりでやってきたけれど、ヤミ君も連れ来れたら良かったな、なんて思う。
しかし、彼は最近急がしそうにしていて、ぶつぶつ言いながら呼び出されては、どこか疲れた様子で帰ってきていた。
そんなヤミを思い出しながら、無造作に積まれた放送原稿や無線のマニュアルをちょっとめくったり、眺めたりしてみる。
「そっか。ここなら無線もできるんだ」
ちょっといいなあ、と思いながらサクラはそっと調整卓のヘリを撫でる。
機械は嫌いじゃないから、こういうのは見ていると楽しい。マニュアルを読むだけでもわくわくする。授業に混じって作った鉱石ラジオがなんだか懐かしくて、あれどこにしまったかな、なんて考える。
静かで、落ち着いてて。居心地も悪くないなあ、なんて思ったその時。
――じじ……ぱちっ。
スピーカーからノイズが弾けた。
サクラは時計を見上げる。
4時44分。
「――お昼の放送、始めます」
ノイズに混じって、スピーカーから音がした。
よかった。今日は当たりだ。
□ ■ □
少女は茶色の髪を肩で揺らして、パイプ椅子に腰掛けた。
アナウンス用の席。長机の上には卓上マイク。手には紙の束。
「あー。あーあー……よしよし」
声を出してのどの調子を見る。
それから満足そうに頷いて、その紙の束を両手でグッと持つ。
「それじゃー今日もやりますかー」
うきうきと彼女は口を開く。
すう、と息を吸うと、触れてもないのにマイクのスイッチが入る音がした。
同時にスピーカーからノイズが弾ける。
「お昼の放送、始めます――」
そう言った瞬間。
彼女は窓越しにこっちをじっと見ている眼鏡の少年に気が付いた。
スピーカーからの声が途切れた。
窓越しに、茶色い髪を肩で揃えた少女がサクラをじっと見ていた。
「え。あの」
スピーカーから声がする。
「放送中ですが何か用です? 桜は今日も散ってませんか?」
こてんと首を傾げた少女の言葉に、サクラは思わず声を詰まらせそうになった。
今日も散る桜。それはサクラの骨が眠る木の事だろうか。
でも、彼女とは初対面だし、そのことを知るはずもないと思うのだけれど。
なんか自分を言い当てられたようで、背筋がそわっとした。
「ええと。あのね――」
と、サクラは言いかけて気付く。
二人を隔てるのは防音壁だ。
窓から姿を見る事はできても、ここからは声が届かない。同様に、向こうの声も届かない。彼女の声が聞こえたのは、単にスピーカーを通したからだ。
サクラはちょっと待って、と手で彼女を制して椅子から立ち上がった。
□ ■ □
「あの、とりあえずマイク切ってもらって良いかな」
ドアを開けたその人は、困ったような笑顔でそう言った。
「分かりました、――終わります」
彼は一体何の用があるんだろう? 生徒の呼び出しか、連絡事項か。
でも、とりあえずマイクを切れとのこと。こくりと頷くとマイクのボタンがオフになり、スピーカーからもぶつん、と音がした。
時計の針は45分にさしかかろうとしている。
今日の放送はもうおしまいだ。
「ところでなんの御用でしょう? 放送依頼ならそこの棚に入ってませんか?」
率直に質問を投げると、彼は困ったように「そうだな」と呟いた。
「放送依頼じゃなくてね。君に話があるんだ」
「私にですか」
どういうことだろう。
「まず、質問がいくつかあるんだけど」
いいかな、と彼は言う。
怖くはない。優しそうだ。春の夜の夢のようだ。
「はい」
頷くと「ありがとう」となぜか礼を言われた。
「ええと……4時44分に放送をしてるのは君で間違いない?」
「そうですね。私がやってます」
「原稿内容は依頼されてるの?」
「そうだったりそうじゃなかったりですね。266P の可能性もありますが」
「26……?」
「何か受信しましたか?」
訊ねると彼は「いや……何も」と少し困った顔で首を横に振った。
「あと。君はさ」
「はい」
「自分が何か、分かってる?」