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作者: 鈴奈
Exspetioa2.12.27 (3)
 差し伸べられた指先に触れ、誓いの言葉を唱える。そうすれば、私は「神の花嫁」となります。
 神様を、幸せにしてさしあげられます。

 ですが――。

 これで、私は幸せなのでしょうか。

 神様のために、心を、在り方を決められて生きていくことが、幸せなのでしょうか……。

 ――違う。

 私の脳裏に、その言葉が、はっきりと浮かんでいました。
 違うのです。
 私の幸せは、「神の花嫁」になることではないのです。

 私は、畏れ多くて閉ざされたままだった唇を開く決断をしました。
 動かなければ、望むものは手に入りません。
 私は、私の心のままに、生きていきたいのです。
 やさしさと感謝を忘れず、私の信念を貫いて、凛と咲いていたいのです。
 私の心を大切に、私の幸せを大切に、この世界のすべての存在の幸せを祈って、咲いていきたいのです。
 私は私の美しさで在りたい。私の好きな私で在りたい。
 これが、私を幸せにする選択なのです。

 私は、神様をまっすぐに見つめました。神様が、わずかに目を見開かれました。

「――私は、誓えません。私は、『神の花嫁』には、なれません」

 神様は、差し伸べていらっしゃった右手で、強く、私の左手を掴みました。私の薬指に、マザーがつくってくださった指輪をはめようと押し付けました。

「僕は神だ。僕の言葉がすべて正しい。僕の言うことを聞け! セナの心も体も全部、僕のものだ!」

 違う。違います。
 私は、誰のものでもない。

 私は、私なのです。

 その時、私の体がパァッと白く輝きました。あまりのまぶしさに、神様は私の手を離し、ご自身の目を覆ったようでした。
 光がおさまると、私の体をまとっていた白いドレスは消え、私は、体になじんだ修道服を身にまとっていました。
 私は、立ち上がりました。
 神様の瞳には、おびえが広がっていました。

「セナも、僕を拒むのか……それなら……」

 神様はそうつぶやかれたかと思うと、指輪を投げ捨て、講壇にある何かを掴み、私に向けました。私がニゲラ様からいただいた、白い銃でした。ですがその銃は、扉から撃ち込まれた銃弾によって弾き飛ばされました。

「……ラジアータ」

 神様が憎々しげに、扉の方を睨みました。正面扉を振り向くと、蝶をまとったニゲラ様が、いえ、ニゲラ様のお姿をしたラジアータさんがいらっしゃいました。

「どうせまた思い通りにいかないから、脅して人形遊びでもしようと思ったのでしょう? イヴの時と同じように」

「お前こそ、また僕に協力するとほらを吹いて裏切ったな。まあ、お前が裏切ることなんて、百も承知だったが。ニゲラを亡ぼしてくれればそれでいい」

「私の部屋までわざわざ来て、ニゲラを亡ぼしてくれって強請(せが)んできた癖に、またお偉い言い様ね。
 裏切ったのは其方も同じ。ニゲラを亡ぼさせた後、私の居ない世界をこの子に創らせる心算つもりだったんでしょうからね。全部解っていたわ。私の方が、百枚上手よ」

 ラジアータさんが、神様に銃を向けました。そして、少しの容赦もなく、神様の体を、何発も、何発も撃ったのです。
 小さなお体が、ふらりと崩れました。私が慌てて支え起こすと、神様は、私に縋るように、私の胸もとを握りました。

「……セナ……僕を……僕を、助けて…………」

「シスター・セナ。教えて上げるわ。此奴こいつの目論見の全てを。
 貴女がニゲラを解放するよう、此奴に強請(せが)んだ時。此奴はニゲラを、貴女の心を奪う危険な存在だと考えた。そこで、追放できる理由を探しながら、亡ぼす事の出来る手段も探しはじめた。そう――この世で唯一ニゲラを亡ぼす手段を持つ、私を探し求めたの。
 此奴は私に会う為に、懺悔室の鍵を手に入れようとした。だけど、黒い手紙に入っている鍵は、使い物にならなかった。色々と嗅ぎ回っている中で、ルドベキアが特殊な鍵を持っている事を知った。それで、アザレアに批判が集中し、ルドベキアが蟲と化して、鍵を手放すように仕組んだ。そうして私に接触し、自分の命とこの世界を引き換えに、ニゲラを亡ぼすように私に懇願した。
 ルドベキアの騒動も、これまで頻繁に起こっていた蟲騒動も、全部、此奴の所為だったって訳。

 そう云う事だから、此奴が亡びるのは真っ当な流れなの。此奴を助けるようなら、貴女も撃つわ」

 ラジアータさんの銃口が、私に向きました。私は不思議と、怖くありませんでした。
 私は、指を組みました。
 神様が、怪我を治されますように。幸せになられますように……。
 私は、目を閉じて祈りました。私の足もとから頭の上に向かって、力が込み上がっていくのを感じました。瞼の中が白く光りました。
 銃声が何発か聞こえました。目を開けると、光り輝く白い花々が私たちを覆い、銃弾を弾いていたようでした。
 みるみるうちに、神様の怪我が治っていきました。神様は私の手首を強く握って、不敵に笑いました。

「はは……! やっぱり……やっぱりセナは祈ってくれた! 僕の幸せを! ラジアータ! お前の負けだ‼ 僕の幸せは、お前のような脅威のない世界! お前は消える! そして、セナ! これで君は僕のものだ‼ 僕の理想に、イヴのように、イヴ以上に、僕を、永遠に愛する存在となれ‼」

 ラジアータさんは、冷たい目で眺めていらっしゃいました。
 私は、首を振りました。

「なん、で……どう、して……」

「私にも、この力のことはわかりません。ですが、私の心は、私のものです。神様であっても、どんな力であっても、私が変わることを選ばない限り、私の心を変えることはできません」

 神様は、愕然としていらっしゃいました。私は、続けました。

「私は、神様を愛しています。神様が、この世界を創ってくださったこと、私たちに生をくださったことに、感謝しています。神様がいらっしゃらなかったら、私たちはこんな風に幸せを感じることはありませんでした。ですが、私の神様への愛は、感謝でできているのです。神様が私に求めてくださる愛の形を、私は、神様にはもつことができません。私は、『神の花嫁』になって、神様の楽園をつくっていくことはできません。

 それでも、私は、私たち花の修道女は、皆、神様を愛しております。これからも、ずっと。『神の花嫁』にならなくても、私は、神様の幸せを、心から願っています」

 神様は、色のないお顔で、しばらく、沈黙していらっしゃいました。そして、私の手を静かに離すと、力なく、天を仰ぎました。

「ああ、セナでもなかった……やっぱり、僕は、僕の幸せは……イヴ…………君と過ごしたあの日々…………あの日々が、僕の幸せ、僕の、楽園だったんだ…………」

 神様が、「イヴ……」と呼んで、空に手を伸ばされました。私は、目をつむって、強く祈りました。
 神様が、幸せになりますように……。
 ばたり、と倒れる音がしました。目を開けると、光を失った床に、神様が、倒れていらっしゃいました。神様は、穏やかに眠っていらっしゃいました。

「イヴ」とお過ごしになった日々を、夢に見て生きる道を選ばれたのだと――神様の楽園に行かれたのだと、私は確信しました。
 私は、神様の指から、私がお渡しした指輪を抜き取りました。どうか、ずっとお幸せに……。

「どうなったの?」

 ラジアータさんがおっしゃいました。

「神様は、イヴさんとお過ごしの日々に……楽園に、行かれました」

「そう」

 容赦なく、引き金に触れる指が動きました。鋭い銃声と同時に、私の足に、貫かれるような痛みが走りました。私は、痛みでいっぱいになる頭で、一生懸命に、怪我が治るよう祈りました。周囲に白い花が咲き、痛みは、ゆっくりと癒えていきました。
 しかし、ラジアータさんの銃口は、私の頭に向いていました。

「折角神を亡ぼす為にニゲラの体を手に入れたのに、台無しじゃない。だけどまァ、貴女を楽に亡ぼせるから、死んだら許して上げようかしら」

「私を……どうして……」

「邪魔だからよ。神を亡ぼし、神の創った花の修道女たちを亡ぼして、この世界の全てをイヴにあげる。その為に、『楽園の外』で待って貰っているのだもの。この世界は、私が貰う。

 私が、イヴの楽園を創る!」

 引き金に触れる見慣れた指が、動きました。
 私は、助けて、と祈りました。

 助けて、助けて、ニゲラ様――。

 いつの間にか、ニゲラ様のお名前を心の中で叫んでいました。

 銃声が鳴り響きました。
 残響の中目を開くと、白く輝く花が、礼拝堂に咲き誇っていました。
 銃弾は、私から大きくそれ、十字架に埋まっていました。
 私は、気配のようなものを感じ、目の前のお姿を見つめました。
 ニゲラ様にまとっていた蝶が、一斉に散りました。
 私は、はっきりと確信しました。
 ニゲラ様が、戻っていらっしゃった――。

「大丈夫? セナ」

 いつもの、おやさしいほほ笑み。私の目から、勝手に、涙が流れ出しました。

「はい、はい……ありがとうございます……よかった、ニゲラ様……」

「セナが祈ってくれたのね。よかった。最後にセナを、助けることができる」

 ニゲラ様は、私からそらしてくださっていた銃口を、ご自身のこめかみにあてがいました。
 涙が、止まりました。

「ニゲラ、様……?」

「せっかく祈ってくれたけど、私の中にラジアータがいる状況は変わらないみたい。まったく、こんなこともできるなんて、してやられたわ……」

 ニゲラ様は、ふっとほほ笑まれました。

「セナ。私に、もう一度かたちを得るチャンスをくれたのはあなた。あなたが私の幸せを願ってくれたから、私は、私の『もう一度かたちを得たい』という願いを叶えることができたの。
 あなたのくれた『私』で、私は、私の楽園をつくる。あなたが笑顔で、幸せに過ごせる世界を。そして、私が私のままで在れる世界を。あなたは、あなたの楽園をつくって。

 ――愛してるわ、セナ」

 私が、いやだと、やめてと、手を伸ばそうとするより早く、ニゲラ様は、引き金を引かれました。
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