▼詳細検索を開く
作者: 鈴奈
Exspetioa2.12.27 (1)
 すべて、余すところなく、私の言葉で書き記します。

 十二月二十五日、大礼拝の日の、朝が来る前のことでした。
 大きな破壊音、そして、いくつもの悲痛な悲鳴が聞こえ、私は飛び起きました。
 もしかして、蟲? そう思い窓を見ようとすると、ベッドの周りに、床を埋め尽くすほどの無数の蛇がうごめいていたのです。私の動きに反応したのでしょう、蛇たちの眼光が、一斉に私に向きました。私は、言葉を失いました。
 噛まれてしまう――!
 その時です。間髪入れずに銃が連射され、爆発音にも似た激しい音と火花が散りました。一瞬のうちに、大量にいた蛇たちは撃ち抜かれ、動かなくなりました。
 入口に、銃口が十数個もある、大きな筒型の銃を構えたニゲラ様がいらっしゃいました。

「ありがとうございます……! この事態……いつもの蟲騒動とは違うように思えます。まさか」

「ええ。ラジアータよ」

 ニゲラ様は動かない蛇たちを蹴散らして、私がベッドから降りられるよう、足場をつくってくださいました。そうして容赦なく細いかかとで蛇たちの亡骸を踏み、クローゼットを開きました。

「しっかり支度をして、セナ」

 ニゲラ様が投げてくださった服を急いで被り、私はニゲラ様について、部屋の外に出ました。
 いざ走り出そうとした時、十数もの部屋から、小さな部屋の入口を破り、巨大な蟲たちが現れたのです。私の心は、ひびが入ったかのようになり、動けなくなってしまいました。しかし、ニゲラ様が、

「セナ!」

 と私を呼んでくださり、はっとしました。まだ悲鳴が聞こえます。ここで立ち止まってはいけません。皆さんを助けなくては……!
 私はニゲラ様の腕の中に入り、ニゲラ様が肩に担ぐ大きな銃の引き金に指を添えました。そして、祈りました。蟲になってしまわれた方々が、次の生で、どうか幸せになりますように。

 一体目の蟲が種となりました。銃声に気付いた蟲たちが、散り散りに動きました。私たちに向かってくるもの、部屋に戻るもの、どこかへ去るもの。

 私たちはひとまず、向かってきた三体の蟲を種に戻しました。
 そして、悲鳴が上がる方々の部屋へ行き、ニゲラ様の銃で床にはびこる蛇たちを倒しました。机やベッドの隅につま先立ちをしたり、壁によじ登ったりして一生懸命に逃げていた皆さんがほっと安心したお顔になりました。シスター・ロベリアも、シスター・アナベルも、シスター・プリムラも、シスター・パンジーも、シスター・マネチアも、シスター・トレニアも、そしてシスター・フリージアも、皆さんご無事でした。ですが、部屋に残っていらした花の修道女は、前日までにいた数の、半分もいらっしゃいませんでした。

 ニゲラ様は、お力の制限時間を節約するためでしょうか。蛇を撃つ間、イクス・モルフォの力を消したままでいらっしゃいました。イクス・モルフォの力は武器を出すだけではなく、体の機能を高めます。それがないまま走り続けていらっしゃったニゲラ様は、息を切らせて、額の汗を拭っていらっしゃいました。

「大丈夫ですか……?」

「ちょっときついかも。でも、やるわ」

 まずは、残った花の修道女の皆さんを、森の方へお連れしようという事になりました。この暗闇です。万一蟲が追ってきても、身をひそめることができます。
 避難経路がかたまって、私は一番気にかかっていたことを、ご相談しました。

「ニゲラ様、ひとつお願いがあるのです。ここにいる皆さんの無事は確認できたのですが、マザーは別棟にいらっしゃいます。マザーも森へ避難させてさしあげたいのですが、どうしたらいいのでしょう」

「今はまず、この子たちを逃がす。それを優先した方がいいわ」

 出発になった時、後ろを見ると、最後尾の方のお姿がよく見えないことが気がかりになりました。私はニゲラ様にお願いして、私を最後尾に置いていただくよう、お願いしました。ニゲラ様は、

「危ないわ。私から離れない方がいい」

 と反対されました。そして、一瞬だけ青い光を輝かせ、私に、小さな白い銃をお渡しくださいました。

「こまめに後ろを見て、私が間に合わないことがあったら、これで撃って」

 ひとりで撃ったことがなく不安だったのですが、そんなことを言っている場合ではありません。
 私は、「はい」とうなずきました。
 私たちは走り出しました。森へ行くには、正面玄関を出なければなりません。そちらの方がどうなっているかはわかりませんでしたが、それ以前に、正面玄関を向かうためには、すでに蟲が一体いる中庭の脇を通らなければなりません。全員で一斉に、全力で走ること。そう打ち合わせていたのですが……。
 階段を降り、中庭を見た私たちは、愕然としました。蟲が、十体以上、はびこっていたのです。
 そのうちの一体、赤い花を頭に咲かせる蟲から、聞き覚えのある声が聞こえてきました。

「お姉さま、どうして、どうしてリコを……ああ、違うわ。リコならここを壊してくれると信じてくれるのね。お姉さま、リコはお姉さまの期待に沿うわ。お姉さまのために、ここを、めちゃくちゃにするわ‼」

 そうおっしゃっているように聞こえました。私は、シスター・リコだ、と気付きました。
 赤い花の蟲は、甲高く笑いながら、体にはびこる蛇たちを鋭く伸ばしました。無数の蛇たちが石造りの建物に突き刺さり、天井から、ぴしりとひび割れた音がしました。

「いけない! 走って!」

 ニゲラ様はそうおっしゃると、花の修道女たちを走らせました。そして、体を光らせ、中庭に走りました。私は、ニゲラ様についていきました。体を青く輝かせたニゲラ様が、周囲に数十ものの鉄甲冑さんをつくりだしました。鉄甲冑さんたちは、斧を振りながら蟲たちに向かって走っていきました。
 ニゲラ様がシスター・リコだった蟲に向かって、銃を構えました。蟲の頭部に咲く赤い花の奥から、強烈な憎しみの眼光が、私に向けられたのを感じました。

「シスター・セナ……あなたに目をつけてから、お姉さまはあなたの話ばかり……あなたを希望だとおっしゃって……憎らしい! お姉さまに気に入られるなんて! お姉さまの一番のお気に入りは私! 一番にお役に立つのは、この私よ‼」

 蛇たちが一斉に、私に向かって伸びてきました!

「下がって、セナ!」

 ニゲラ様が、巨大な銃を捨て、長い剣を手に宿されました。そして、私の前に盾となるよう立たれると、迫ってきた蛇たちを薙ぎ払いました。間髪入れずに地を蹴って、蟲本体に向かって走り出しました。迫りくる蛇たちを斬りながら走り、蟲の足もとにたどり着いた時、ニゲラ様は高く、頭部の赤い花と同じくらいに高く、飛び上がりました。細い剣先が、蟲の体を斜めにすっぱりと斬ったのが見えました。斬られた蛇の残骸が無残に地面の上に散らばり、シスター・リコの悲痛な悲鳴が響き渡りました。ニゲラ様は容赦なく、新たに手にした巨大な筒を蟲の体に向けました。
 その時です。

「――セナ」

 後ろから声が聞こえました。振り向いた瞬間、私の手に噛まれたような痛みが走り、私の目の前は、真っ暗になりました。
Twitter