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作者: 鈴奈
Exspetioa2.9.28
 今日は、礼拝が終わってすぐに、マザーを追いかけ、お部屋にお伺いしました。
 そして、昨日無断で「神の学び」を休ませていただいたことの謝罪をしました。行けなかった理由をお話ししようとすると、マザーは、ヴェールで顔を隠したまま、「知ってるよ」と静かにおっしゃいました。
 私は、少し恥ずかしくなりました。ですが、恥ずかしがっている場合ではありません。意を決して、マザーにお願いをしました。

「私は、ニゲラ様と一緒にいたいのです。どうか、お赦しいただけませんでしょうか」

 マザーは私のロザリオをぐっと握り、思い切り、私の体を引っ張りました。あまりの強い力で、思わず膝をついてしまうと、マザーは、ロザリオをぐっと引き上げました。私の顔が上がりました。

「ニゲラを解放する時、約束したよね。私の言葉に従うって。だからニゲラを解放したのに。あれからセナは、私の言葉に何ひとつ従っていない。セナは、神のものなのに!」

 マザーが、握っていたロザリオを、私に叩きつけました。鉄製の十字架が当たった頬の痛みより、マザーの怒りに満ちたご様子が恐ろしく、私は目を伏せたまま凍りついていました。
 マザーが、私の前にしゃがみました。そして、十字架が当たった左頬をそっと撫でました。

「全部、ニゲラのせいだ。ニゲラがいるから、セナの心がこんなに離れて……」

 低く、ゆらめくようなお声でした。
 マザーは再び立ち上がると、どこか遠くを見つめられました。

「セナの心を、正さないとね……」

 そのまま、「休息の時間に来るように」と小さくつぶやかれたので、私はおとなしくお部屋を後にしました。
 食事中も、午前の労働も、凍った胸が、ドキドキと鳴り続いていました。


 休息の時間、マザーのお部屋に伺うと、私が入った少し後に、均一なノックの音がしました。マザーが「入りなさい」とおっしゃると、シスター・アザレアが扉を開け、美しく凛とした一礼をなさいました。

「罪女ニゲラの解放が決まった後から、あなたと罪女ニゲラの動向をシスター・アザレアに監視させ、一日にあったことを報告させていたのです。一昨日の話も、一連をすべてシスター・アザレアから聞きました。『神の花嫁』であるあなたにそのようなことをする罪女ニゲラは、やはり危険です。あなたの心を奪い、神の楽園を再び崩壊させる魂胆かもしれません」

 私は、恥ずかしくなりました。一昨日のあのキスのことを、ここでお二人で話していらっしゃったなんて……。私は顔が赤くなっている感覚に耐えながらうつむき、「そのようなことは……」とぽそりとつぶやきました。

「いいえ、あるのです。今日以後、罪女ニゲラと距離を取ってもらいます。そうでなければ、罪女ニゲラは追放します」

 私は、どきんとしました。胸をぎゅっと握りました。私は、いやだと思ったのです。
 しかし私がはっきりそう言う前に、マザーは淡々と私に告げられました。

「決して言葉を交わさないように。そして、明日から、休息の時間はシスター・アザレアと過ごしなさい。それからもうひとつ。シスター・アザレア。あなたがかねてより気にかけていた花の修道女たちの風紀の乱れを正す方法を、シスター・セナとともに考えなさい」

 シスター・アザレアは、

「承知いたしました」

 とおっしゃり、また美しく一礼されました。

「シスター・セナ。いい機会です。シスター・アザレアと風紀や規律の乱れを見直し、神を愛する姿勢について考え、心を正しなさい。シスター・アザレア、シスター・セナを任せます。『神の花嫁』としてふさわしい、神のみを愛する心に正しなさい。それが何よりの優先事項です」

 シスター・アザレアは、

「承知いたしました。すべてはマザーのお言葉のままに」

 と美しく一礼されました。

 そのまま「神の学び」に入ることになり、シスター・アザレアは美しい礼をして、退出しました。
 マザーが私の手をぎゅっと握って、にっこりとほほ笑みました。
 庭園に移動しながら、マザーはおっしゃいました。

「色々考えたんだけど、セナが私の言葉に従わなくなってしまったのは、やっぱり罪女ニゲラのせいだと思うんだ。罪女ニゲラと一緒にいるあまり、そちらに気を取られ、神から心が離れてしまっている。だから、考えたんだ。アザレアのもとで心を正すこと。それと……」

 マザーに導かれ、いつものように白い椅子に腰掛けると、後ろから、マザーが私を抱きしめました。

「エスごっこしよう。私と」

 エスごっこ……。なんだか少し、かわいらしい響きです。
 でも、どうしてでしょう。
 きょとんとする私に、マザーはほほ笑まれました。

「エスも、神と『神の花嫁』の関係も、特別なことを求める関係。どちらもとても似ているもの。だから、私を神だと思いながら、私とエスごっこをして。そうしたら、セナの神への愛は、もっと深いものになる」

 マザーは私を抱きしめる腕にぎゅっと力を込め、ささやきました。

「セナは、『神の花嫁』になる存在。神のみを愛し、神のために咲く。それがセナが存在する意味。私の言葉に素直に従い、神の望む美しい子になれるよう、心を戻してあげる」

 その後、エスごっこでどんなことをするか、お話をしました。私は、以前、シスター・ロベリアたちにお伺いした、エスの皆さんの過ごし方をお伝えしました。おそろいのものを持ったり、愛をささやきあったり、シスターをつけずに呼び合ったり、手をつないで歩いたり、手紙を交換したり……。
 手紙はすでに送り合っているので、その他にしたいことを考えていこうとお話ししました。
 明日またご相談をする予定です。どんなことをしていくのか、少し楽しみになりました。
  
 ですが、中庭に向かって歩いているうちに、ニゲラ様に近づかないように言われてしまったこと、それをお断りできなかったことに、悲しくなっていきました……。
 今日はニゲラ様にしっかりとお話する時間がなかったので、明日、お話ししたいと思います。
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