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作者: 鈴奈
Exspetioa2.9.26
 今日は休息の時間に、ニゲラ様と、石職人の仕事場の裏にある紅葉もみじ並木を見に行きました。鮮やかな赤や深い茶、光るような黄色まで、色とりどりに染まる紅葉がとても美しく、感動しました。緑と赤が半々になった紅葉をみつけた時は、宝物をみつけたようで嬉しかったです。
 ニゲラ様が落葉した紅葉をガサリと掬って、ふわっと空に投げると、秋の色の雨が落ちてきて、とても幸せな気持ちになりました。しばらく、二人でそうして遊びました。とても幸せでした。

 その後、マザーのもとに伺いました。
 マザーがハーブティーに煮りんごを落とした後、「そういえば皆、罪女ニゲラを受け入れたとか」とおっしゃいました。マザーのお気持ちがわからないから、私からはあまりニゲラ様のお話をしていなかったので、ここで話題が上がるのは久しぶりでした。

「はい。皆さんが受け入れてくださったこと、本当に嬉しく思います。皆さんのやさしさ、心の美しさを感じました。ただ、実はあとおひとり、シスター・アザレアだけ、お話ができていないのです。なかなかお見掛けできなくて」

「そう。でも、ほとんどの子が罪女ニゲラを受け入れたなら、セナが一緒にいる必要はもうない。約束通り、罪女ニゲラから離れて」

 私は、驚きました。てっきり、ニゲラ様が提案したお仕事が許されたから、ニゲラ様のことも赦されたのだと思っていたのですが、そうではなかったなんて……。私は、「はい」と言えなくて、うつむきました。
 マザーは、カップを持ったまま、席をお立ちになりました。そして、私の手を引き、中に戻ると、マザーの寝室である二階に上がりました。マザーのお部屋はとても広く、壁一面に大きな窓がありました。「見て」とマザーに促され、窓の外を見ると、中庭が見えました。そして、数人の花の修道女たちに囲まれお話しされる、ニゲラ様のお姿がありました。
 マザーが私に、手紙の束を差し出されました。十数通はあったように伺えました。

「これは?」

「罪女ニゲラとエスになりたいと望む子たちの手紙」

 ドキリとしました。こんなに……と思いました。

「騎士たちに、見まわりとともに、クローゼットにある手紙を回収させていたんだ。中を確認したらこの通り。この前の蟲騒動から、一気に増えたんだ」

 エスになれなかった子たちが蟲になってしまう可能性を鑑み、そういった対策をしていらっしゃったなんて、私はまったく知りませんでした。そして、ニゲラ様がこれだけ人気でいらっしゃるということも……。
 マザーは、椅子に腰掛け、紅茶を一口すすりました。

「先日蟲になったシスター・コリウスの日記にも、罪女ニゲラに想いを寄せていたことが綴られていた。同時に、セナへの嫉妬の気持ちも。最後のページには、指輪は手に入れたけれど、きっとダメだろう、セナがいるから……そう、憎しみと苦しみの気持ちが綴られていた。彼女は告白する前に、嫉妬によって心が渇いて枯れが生じ、指輪の蛇に噛まれたんだ」

 そんな……。私は、言葉が出ませんでした。私の知らないところで、シスター・コリウスを傷つけてしまっていたなんて……。

「この短期間で、罪女ニゲラは多くの花の修道女たちの心を奪った。ラジアータと手を結び、毒を使ったに違いない。このままセナが罪女ニゲラの近くにいたら、セナの身が危ない。セナが蟲に襲われてしまうかもしれない。『神の花嫁』になれるのは、セナしかいないのに。セナがいなくなったら、神はどれほどお悲しみになるか……。このまま罪女ニゲラを置いておくわけにはいかない。追放するしかない」

「それは……それだけは、どうか!」

 マザーは、ハーブティーをかき混ぜました。

「セナ。セナは神を愛し、神の楽園をつくるために存在している。だから、誰のことも、自分の気持ちも考えず、神のことだけを考えて。それが正しいセナの在り方。神のみを愛し、神のために咲いて、神の理想とする美しい花になって。私の言葉はすべて正しい。私の言葉に従って。罪女ニゲラと離れて。そうすれば、追放する必要はない。これが、最後の忠告だよ。いいね」

 頭の中がぐるぐるしたまま、私は、マザーの部屋を出ました。
 あんなにたくさん、ニゲラ様の魅力を知り、心惹かれている子がいて……。その中には、私がニゲラ様の近くにいることで、つらい気持ちになる方がいて……。
 そのせいで、シスター・コリウスは、蟲になってしまった。私のせいで……。
 胸が、痛くなりました。太い縄で締め上げられるような痛み……。シスター・ルゴサの時と、同じ痛み……。
 じわりと、涙が滲んだその時でした。ひらひらと、蝶が二羽、空から飛んできたのです。紫の蝶と、黄色い蝶。まるで私を慰めるように、美しく、私の顔の周りを漂いました。

「やさしいのですね。ありがとうございます」

 そうお伝えした時でした。私の耳に、不思議な声が聞こえたのです。

 ――懺悔なさい、貴女の罪を。救って上げる、赦して上げる。さア、さア……此方こっちへ、いらっしゃい。

 何人もの高い声が、何重にもなって聞こえました。それだけではありません。蝶の向こうの廊下の奥が、真っ暗闇に沈み、ぐにゃりとゆがんだかと思うと、赤い扉が出たかのように見えたのです。
 いけない! 私は、耳を塞いで目を閉じました。私の心が、その扉に吸い込まれてしまうような気持ちがしたのです。

 蝶たちは、ふふふ、ふふふ……と笑い声をこぼしながら、どこかに舞い去ったようでした。

 目を開けると、廊下の先は光が射し込み、いつもの通りの石畳で、赤い扉はありませんでした。
 あれは、何だったのでしょう。自分を責める気持ちが呼び起こした幻想でしょうか。
 だとしても、私は、しっかり罪と向き合わなくてはなりません。きっと明日、私はシスター・コリウスの種をお預かりするでしょう。私ができるのは、シスター・コリウスの種を、心を込めてお世話すること。
 そして、新たな犠牲をださないこと……。
 そのためには、もう、マザーのおっしゃる通り、ニゲラ様と一緒にいない方がいいのかもしれません……。

 じんわりと涙が浮かびました。一緒にいられないと思ったら、たちまち悲しくなったのです。
 沈んだ心のまま、私は、ニゲラ様のもとへ戻ろうとしました。
 しかし――。ニゲラ様の姿をお見掛けした瞬間、ドキリとして、胸が痛みました。ニゲラ様はおひとりでりんごを磨いていらっしゃったのですが、先ほど見た、他の子と一緒だったところを思い出してしまったのです。私の足は、動かなくなりました。どうしても近くに行けませんでした。
 どうしてなのでしょう……。ぐるぐる頭で考えて、ニゲラ様を慕っているあの方々を傷つけてしまうのが怖いのかもしれない、と思いました。
 ニゲラ様は、皆さんと楽しそうに過ごしていらっしゃいました。私が一緒にいなければ、もう、シスター・コリウスのような悲劇は起こりません。

 私は、皆さんに幸せになっていただきたいのです。
 だから私は、マザーのおっしゃる通りにしたいと思います。
 明日、ニゲラ様に、もう一緒にいられないとお伝えしようと思います。
 あぁ、でも、私を守ってくださるというお仕事のことは、どうしたらいいでしょう……。

 たくさん考えたら、眠たくなってしまいました。
 今日はひとまず、眠りたいと思います。

 神様。どうか明日を、美しく、幸せな気持ちで迎えさせてください。
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