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作者: 鈴奈
Exspetioa2.9.7
 今日は休息の時間に、もう一度、服飾の仕事場へお伺いしました。
 昨日一昨日とシスター・トレニアに門前払いされていたのですが、今日も引き続き、シスター・トレニアが扉の前に立ちはだかりました。手の甲の花が、ピンと張り詰めていらっしゃいました。

「いい加減しつこいよ! 私たちは、他の子たちみたいに、罪女ニゲラを受け入れるつもりはない!」

 今日も、シスター・マネチア、シスター・ロベリア、シスター・アナベル、シスター・プリムラ、シスター・パンジーがついてきてくださいました。それに今日は、シスター・フリージアまで一緒に来てくださいました。

「シスター・トレニア。罪女ニゲラを受け入れないとしているのは、もうあなたたち服飾だけだわ」

 シスター・フリージアが諭すようにおっしゃいました。続けて、シスター・マネチアもおっしゃいました。

「たしかに、私たちの服は大切だよ。神の象徴色である白の反対色、黒をまとい、神を崇め奉る意を全員揃って示す意味があるし」

「そう。でも、それだけじゃない。全員の個性を隠し、穏やかな心を保つ。私たちのつくるこの服は、私たちの命を守るもの。それなのに……!」

 ニゲラ様が私に、

「セナ。もういいって皆に言ってくれた?」

 とささやきました。

「お伝えしたのですが、花の修道女皆で心を揃えたいとおっしゃって」

 と私はささやき返しました。
 はりきってくださっている皆さんには申し訳ないのですが、シスター・トレニアたち服飾の皆さんが貫かれていらっしゃる信念とニゲラ様のお気持ち――これはどうしても相容れないものです。どちらの気持ちも譲れないならば、どちらも貫いていくしかないと思うのです。どちらかが折れ妥協することは、どちらかの不幸になります。どちらの幸せも守っていくには、それもひとつの道なのではないかと私は思います。だから、服飾の皆さんへの説得はもう……。
 と思っているのですが、皆さんの説得は熱を帯びていきました。周りに続々と花の修道女たちが集まってきました。
 シスター・ロベリアとシスター・アナベルが一歩前に出ておっしゃいました。

「シスター・トレニア! 前も言ったけど、罪女ニゲラは修道女じゃないんだよ?」

「そうよ。だったらどんな格好をしていたって、自由じゃない?」

「そういうところからほころびが出るのよ! 私たちは個性を出さず、周りと合わせて咲かなければならない。それなのにほころびが出たら……」

 大きなため息が響きました。ニゲラ様の吐息でした。場が、静まり返りました。皆、ニゲラ様に注目しました。

「悪かったわ。大切な修道服を乱してしまって。でも、私もできれば着たくないの。だって私、神のために咲いてなんてないもの」

 ニゲラ様は話しながら、修道服の前釦を外し、かつかつと音を鳴らし、シスター・トレニアの前に迫っていきました。そして――シスター・トレニアの目の前で、ばさりと修道服を脱いだのです。あたりはざわつきました。私は、声が出ませんでした。ニゲラ様は、私と同じくぽかんとするシスター・トレニアに修道服を突き出し、おっしゃいました。

「これは返すわ。その代わり、私の服をつくってくれない? 修道服じゃない、私の服を」

 ニゲラ様は、堂々とほほ笑まれて、こうおっしゃいました。

「私は、私の好きな私でいたいの」

 私は、ドキリとしました。周りの方々のお心が――シスター・トレニアのお心も、そのお言葉にぐっと惹かれたことを感じました。ですが、シスター・トレニアは、抗うように、ぎゅっと胸を握られました。

「……は……? できるわけ……。わ、私たちは、修道服をつくるために神に選ばれて……!」

「いいじゃない。シスター・トレニア」

 扉から出てきたのは、服飾長シスター・アイでした。お帽子からのぞく、襟足までの短いおぐしが、今日もお洒落でいらっしゃいました。

「シスター・アイ……どうして……」

「ニゲラの斬新な服を見てから、ずっと考えていたのよ。個性を隠す必要なんて、あるのかしらって」

 シスター・アイは、シスター・トレニアの前に立ちました。それはつまり、ここにいる全員の前ということでした。シスター・トレニアは、シスター・アイの大きなお体にすっぽりと隠れてしまいました。

「私たちは美しい花で在ればいい。服に縛られなくていい。たとえ服が少しばかり違ったって、比べ、疎む心をもちさえしなければ、それでいいの。もっと自由でいいのよ。自由であること、自分らしくあることだって、美しさだわ」

「私たち、気が合うわね」

 ニゲラ様が手を差し出すと、シスター・アイがためらうことなく握りました。

「私、服飾長シスター・アイは、ニゲラの考えに賛同します。これからは、私たちが私たちらしくいられる服をつくっていくわ」

 シスター・アイが高らかに宣言すると、わあ、と歓喜の声と拍手が湧き起こりました。
 シスター・アイはさっそくといった様子で、ニゲラ様を仕事場に案内しました。ぱたん、と扉が閉まった瞬間――扉の前に立ち尽くしていたシスター・トレニアが、わっと泣き崩れました。

「シスター・トレニア……」

「こんな……こんなのってないわ。自由でいいなら……私…………シスター・セナの修道服、もっとかわいくしたかった!」

 私たちは、きょとんとして、顔を見合わせました。ですがすぐに、笑い合いました。
 シスター・トレニアは、私の水差しをつくる時、シスター・マネチアの図面に、デザインを描き加えてくださったそうです。シスター・トレニアは、本当はデザインするのが大好きで、本当はもっと、自由にデザインをしたかったのだと思います。それでもできないつらさを、意固地になって堪えていらっしゃったのだと思います。
  
 そこにいるすべての花の修道女に幸せな笑いが――やさしさと愛が、広がっていきました。

 私は、楽園を見ているような気持ちになりました。私は、驚きました。神様の楽園とも、シスター・ルドベキアの楽園とも違う、私にとっての楽園が、私の心にもあったなんて……。

 ですが、私の想いは確かでした。すべての方々が幸せになり、手を取り合う。ニゲラ様も、たくさんの方々に囲まれ、笑顔を交わす――。これこそ、私の楽園なのです。

 楽園は、その人にとって、幸せであれる世界のことなのだと思います。
 もしかすると、全ての方の心に、理想の楽園の姿があるのかもしれません。
 ニゲラ様にとっての楽園はどのような世界なのでしょう。今度、訊いてみたいと思います。

 遠くから、シスター・ルドベキアが私を見つめてくださっているのが見えました。目を合わせると、穏やかにほほ笑んでくださいました。
 シスター・ルドベキアにも、この光景を、楽園だと思っていただけていたら嬉しいです。
 全ての方々の楽園が叶いますように。
 この世界に存在するすべてが、幸せになりますように。

 神様。私は、神様の復活を心から待ちわびています。
 今日も、素晴らしい一日をありがとうございました。
 神に感謝。神に愛を。
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