Exspetioa2.7.15 (2)
追いつくと、ニゲラ様は唇に笑みを浮かべて、
「少し疲れちゃったわ。休憩しない?」
とおっしゃいました。
ちょうど、農園の入り口にいくつか長椅子があって、私たちはそこに腰掛けました。振り向くと、りんごづくり、ブドウづくり、オレンジづくり、ベリーづくり、プルーンづくり、ハーブづくりなど、たくさんの方々が一生懸命に働いていらっしゃるのが遠くに見えました。
ニゲラ様は、ふう、とため息をついて、靴を脱ぎ、足首を回されました。ニゲラ様の靴はかかとがとても高いのです。ずっと背伸びをして歩いているようなものです。私は、かかとを上げてみました。じっとしているだけでも、足の裏とふくらはぎがとても痛くなりました。
「申し訳ありません、気が付かなくて。大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。セナと歩くの、楽しかったわ」
私の胸が、きゅっとなりました。直後にまた恥ずかしくなって、何もお応えできなくなりました。
ニゲラ様は足を組み、足首をくるくるまわしながら、
「広い農園ね」
とおっしゃいました。
「そうですね。どのくらい時間が残っているのでしょう。すべて、まわりきれるでしょうか」
「ここから見ているだけでいいわ。あの子たちも、怖がらせたら可哀そうだし」
やっぱり、伝わってしまっていたのだと、私は落ち込みました。ずっと、気付かれないといいな、と思っていたのですが……思えば、気付かないわけがなかったのです。入った瞬間の、目を合わせないようにするような、恐ろしいものにかかわらないようにするような、皆さんの雰囲気に……。
「申し訳ありません。ずっと、ニゲラ様をいやな気持ちにさせてしまっていて……」
「気にしていないわ。私は、誰にどう思われたって構わない。
楽しかったわ、本当に。セナが楽しそうだったのだもの。私は、セナが幸せでいることと、それを見ていることが、一番の幸せなの。だから、誰かを幸せにしたいと思った時、どうしたらいいかわからなくなったら、あなたが幸せになれる道を選んでほしい。あなたが幸せなら、あなたの大切な人は、それで幸せになるのだから」
不思議でした。どんよりした気持ちが嘘のように晴れ、きらきらした温かい気持ちでいっぱいになったのです。
そしてやっぱり、ニゲラ様は素敵なお方だと思いました。誰がなんと思おうと、このお方をひとりにはしたくない。私が、幸せにしてさしあげたいと思いました。
幸せは、ぐるぐるまわっているのですね。
午前の労働の終わりを告げ、沈黙の祈りを告げる鐘が鳴りました。私は、目をつむって祈りました。ニゲラ様が、「デート、楽しかったわ」とささやくのが聞こえました。少し耳がくすぐったくて、思わず少し、笑ってしまいました。
ニゲラ様と一緒にいると、恥ずかしくて困るのに、とても嬉しくなって、すべてが「よかった」と思えます。今まで感じたことのない、幸せな気持ちになるのです。どうしてなのでしょう。
そういえば、「デート」ってなんでしょう。後で字引を引いてみたいと思います。
休息の時間に入り、中庭へ戻ろうとした時、シスター・ルドベキアとシスター・サンビタリアにお会いしました。騎士の方々は今日、お菓子づくりの仕事場の裏にある広場で久しぶりに訓練をしていたとのことでした。
「みつかったか? シスター・ニゲラの仕事」
「あ。どうですか?」
「もう決まっているわ」
「そうだったのですね! よかったです」
「ああ。マザーのあの言い分だと、罪女ニゲラの仕事が決まらなければ、ここにいられなくするような雰囲気だったから。ただ、花の修道女たちのあの様子だと、罪女ニゲラがここと決めても、受け入れようとしない可能性が高い。しっかり交渉するように」
シスター・ルドベキアは、「応援してる」と私の肩を叩き、去っていかれました。シスター・サンビタリアは、私をちらと冷たいまなざしで見ると、シスター・ルドベキアの後ろをついていかれました。
お二人が去って、私は、「そうだったんだ……」と思いました。マザーの礼拝堂でのお言葉の意味がやっとわかったのです。私はまた、どうしよう、と思いました。見学さえ断られてしまったところがほとんどだったので、もしかすると、ニゲラ様が選んだところに断られてしまうかもしれません。そうしてもし受け入れてくださるところがなかったら、ニゲラ様は、ここにいられなくなってしまいます……。
私は、そのことをとてもつらく思いました。胸が苦しくなりました。それだけはいや、と思いました。
中庭に戻りながら、とぼとぼ考えました。どうしたらいいのでしょう。
中庭に着き、美しく咲き誇る花たちを見た時。私は、あ、と気付きました。
私にも、仕事があるのです。皆さんと違い、神様から直接お申し付けいただいたものではないけれど、シスター・フリージアが私に託してくださった、大切な、尊いお仕事が。
「……ニゲラ様。もしおいやじゃなかったら。もし、ニゲラ様の選んだお仕事をすることが難しかったら……。私と一緒に、庭師をいたしませんか? そうしたら、ずっとここにいていただけます」
ニゲラ様は少しの間、目を大きくしていらっしゃいました。ですが、目を細めてクスッとほほ笑まれると、
「私と、一緒にいたいの?」
とおっしゃいました。私はまた、頭のてっぺんまで真っ赤になりました。
ニゲラ様は指の背で、私の熱い頬に触れました。私は思わず、体をかたくし、唇を閉じ込めました。
「私も、セナと一緒にいたいわ。でも、庭師はできない。これは、あなたにしかできないことだから」
「でも……」
「言ったでしょう。私はもう、決めてるの。私が決めた仕事は――あなたを守ること」
「私を……」
「私は初めから、そのためにここにいるのだもの」
ニゲラ様の指が顎の下に滑り、離れました。
「この後、マザーに伝えてちょうだい。もし承諾を得られないようなら、直接交渉に行くと」
ニゲラ様は、そうきっぱりとおっしゃいました。
そのことをマザーに伝えると、マザーはしばらく苦々しい顔でお考えになっていらっしゃいましたが、「……仕方ない」と低い声でつぶやかれました。
戻ってニゲラ様にお伝えすると、
「これで、ずっと一緒にいられるわね」
とほほ笑まれました。
私を守ってくださるということは、いつも一緒にいられるということ。マザーがそれを許してくださったということは、マザーがおっしゃった、「離れるように」というご命令もなしになったということです。
私は、心の底から安心して、とても嬉しくなりました。
今日も、素敵な一日となりました。ニゲラ様のこともそうですが、皆さんの働く姿を拝見し、私の日々は皆さんにつくっていただいていることを感じ、ますますここにいる皆さんに幸せになっていただきたいと思った日にもなりました。
その一方で、たくさんの方を傷つけてしまい、申し訳なく、どうしようとたくさん悩んだ一日でもありました。
ニゲラ様も、皆さんも、神様も――すべての方が幸せに過ごすことができるよう、私のできることを、これからもたくさん考えていきたいと思います。
「少し疲れちゃったわ。休憩しない?」
とおっしゃいました。
ちょうど、農園の入り口にいくつか長椅子があって、私たちはそこに腰掛けました。振り向くと、りんごづくり、ブドウづくり、オレンジづくり、ベリーづくり、プルーンづくり、ハーブづくりなど、たくさんの方々が一生懸命に働いていらっしゃるのが遠くに見えました。
ニゲラ様は、ふう、とため息をついて、靴を脱ぎ、足首を回されました。ニゲラ様の靴はかかとがとても高いのです。ずっと背伸びをして歩いているようなものです。私は、かかとを上げてみました。じっとしているだけでも、足の裏とふくらはぎがとても痛くなりました。
「申し訳ありません、気が付かなくて。大丈夫ですか?」
「大丈夫よ。セナと歩くの、楽しかったわ」
私の胸が、きゅっとなりました。直後にまた恥ずかしくなって、何もお応えできなくなりました。
ニゲラ様は足を組み、足首をくるくるまわしながら、
「広い農園ね」
とおっしゃいました。
「そうですね。どのくらい時間が残っているのでしょう。すべて、まわりきれるでしょうか」
「ここから見ているだけでいいわ。あの子たちも、怖がらせたら可哀そうだし」
やっぱり、伝わってしまっていたのだと、私は落ち込みました。ずっと、気付かれないといいな、と思っていたのですが……思えば、気付かないわけがなかったのです。入った瞬間の、目を合わせないようにするような、恐ろしいものにかかわらないようにするような、皆さんの雰囲気に……。
「申し訳ありません。ずっと、ニゲラ様をいやな気持ちにさせてしまっていて……」
「気にしていないわ。私は、誰にどう思われたって構わない。
楽しかったわ、本当に。セナが楽しそうだったのだもの。私は、セナが幸せでいることと、それを見ていることが、一番の幸せなの。だから、誰かを幸せにしたいと思った時、どうしたらいいかわからなくなったら、あなたが幸せになれる道を選んでほしい。あなたが幸せなら、あなたの大切な人は、それで幸せになるのだから」
不思議でした。どんよりした気持ちが嘘のように晴れ、きらきらした温かい気持ちでいっぱいになったのです。
そしてやっぱり、ニゲラ様は素敵なお方だと思いました。誰がなんと思おうと、このお方をひとりにはしたくない。私が、幸せにしてさしあげたいと思いました。
幸せは、ぐるぐるまわっているのですね。
午前の労働の終わりを告げ、沈黙の祈りを告げる鐘が鳴りました。私は、目をつむって祈りました。ニゲラ様が、「デート、楽しかったわ」とささやくのが聞こえました。少し耳がくすぐったくて、思わず少し、笑ってしまいました。
ニゲラ様と一緒にいると、恥ずかしくて困るのに、とても嬉しくなって、すべてが「よかった」と思えます。今まで感じたことのない、幸せな気持ちになるのです。どうしてなのでしょう。
そういえば、「デート」ってなんでしょう。後で字引を引いてみたいと思います。
休息の時間に入り、中庭へ戻ろうとした時、シスター・ルドベキアとシスター・サンビタリアにお会いしました。騎士の方々は今日、お菓子づくりの仕事場の裏にある広場で久しぶりに訓練をしていたとのことでした。
「みつかったか? シスター・ニゲラの仕事」
「あ。どうですか?」
「もう決まっているわ」
「そうだったのですね! よかったです」
「ああ。マザーのあの言い分だと、罪女ニゲラの仕事が決まらなければ、ここにいられなくするような雰囲気だったから。ただ、花の修道女たちのあの様子だと、罪女ニゲラがここと決めても、受け入れようとしない可能性が高い。しっかり交渉するように」
シスター・ルドベキアは、「応援してる」と私の肩を叩き、去っていかれました。シスター・サンビタリアは、私をちらと冷たいまなざしで見ると、シスター・ルドベキアの後ろをついていかれました。
お二人が去って、私は、「そうだったんだ……」と思いました。マザーの礼拝堂でのお言葉の意味がやっとわかったのです。私はまた、どうしよう、と思いました。見学さえ断られてしまったところがほとんどだったので、もしかすると、ニゲラ様が選んだところに断られてしまうかもしれません。そうしてもし受け入れてくださるところがなかったら、ニゲラ様は、ここにいられなくなってしまいます……。
私は、そのことをとてもつらく思いました。胸が苦しくなりました。それだけはいや、と思いました。
中庭に戻りながら、とぼとぼ考えました。どうしたらいいのでしょう。
中庭に着き、美しく咲き誇る花たちを見た時。私は、あ、と気付きました。
私にも、仕事があるのです。皆さんと違い、神様から直接お申し付けいただいたものではないけれど、シスター・フリージアが私に託してくださった、大切な、尊いお仕事が。
「……ニゲラ様。もしおいやじゃなかったら。もし、ニゲラ様の選んだお仕事をすることが難しかったら……。私と一緒に、庭師をいたしませんか? そうしたら、ずっとここにいていただけます」
ニゲラ様は少しの間、目を大きくしていらっしゃいました。ですが、目を細めてクスッとほほ笑まれると、
「私と、一緒にいたいの?」
とおっしゃいました。私はまた、頭のてっぺんまで真っ赤になりました。
ニゲラ様は指の背で、私の熱い頬に触れました。私は思わず、体をかたくし、唇を閉じ込めました。
「私も、セナと一緒にいたいわ。でも、庭師はできない。これは、あなたにしかできないことだから」
「でも……」
「言ったでしょう。私はもう、決めてるの。私が決めた仕事は――あなたを守ること」
「私を……」
「私は初めから、そのためにここにいるのだもの」
ニゲラ様の指が顎の下に滑り、離れました。
「この後、マザーに伝えてちょうだい。もし承諾を得られないようなら、直接交渉に行くと」
ニゲラ様は、そうきっぱりとおっしゃいました。
そのことをマザーに伝えると、マザーはしばらく苦々しい顔でお考えになっていらっしゃいましたが、「……仕方ない」と低い声でつぶやかれました。
戻ってニゲラ様にお伝えすると、
「これで、ずっと一緒にいられるわね」
とほほ笑まれました。
私を守ってくださるということは、いつも一緒にいられるということ。マザーがそれを許してくださったということは、マザーがおっしゃった、「離れるように」というご命令もなしになったということです。
私は、心の底から安心して、とても嬉しくなりました。
今日も、素敵な一日となりました。ニゲラ様のこともそうですが、皆さんの働く姿を拝見し、私の日々は皆さんにつくっていただいていることを感じ、ますますここにいる皆さんに幸せになっていただきたいと思った日にもなりました。
その一方で、たくさんの方を傷つけてしまい、申し訳なく、どうしようとたくさん悩んだ一日でもありました。
ニゲラ様も、皆さんも、神様も――すべての方が幸せに過ごすことができるよう、私のできることを、これからもたくさん考えていきたいと思います。