Exspetioa2.7.14
今日も、ニゲラ様の美しい「おはよう」で飛び起き、一日がはじまりました。今日は私が悲鳴をあげる寸前に、シスター・ルドベキアが水場から戻っていらっしゃり、さっとニゲラ様の二の腕を掴むと、叱責しながら連れていかれました。
胸をゆっくり宥めると、四時の鐘の音が聞こえました。目をつむり、大きく息を吐き出すと、心がしんと落ち着きました。それからはいつも通りの時間を過ごすことができました。
食事の終わりに、また、余りのケーキをいただきました。「おいしい」とおっしゃっていたから、今日こそはまるまる一切れ召し上がっていただこうと思ったのです。本日は、乾燥りんごとプルーンのケーキでした。りんごもプルーンも濃厚な甘さで、噛むと口の中に果汁がじんわりと広がり、とてもおいしかったです。
そう感想をお伝えしてお渡しすると、「セナの分はないの?」とおっしゃいました。
「セナの食べてるところが見たかったのに」
また昨日のようにじっと見つめられると思うと、それだけで恥ずかしくなり、顔から火が出そうになりました。
休息の時間、ニゲラ様はケーキをぱっくりと手で割って、半分私にくださいました。おいしいから嬉しいという気持ちと、ああまた見られてしまう、恥ずかしい……という気持ちで、私の心も半分半分でした。
ドキドキしながらも、おいしく完食いたしました。ニゲラ様も、
「おいしかったわ」
と穏やかにほほ笑んでくださいました。
「よかったです。あの、今日は、質問大会をしたいのですが、いかがでしょうか」
「質問大会? ああ、セナがお友達と集まった時に時折していた、あれかしら。誰かを質問攻めにする」
「聞こえていらしたのですか?」
「ちょっとだけね。いいわ。セナの質問なら、なんでも答えるわ」
嬉しい――けれど、いつも感じる嬉しさとは違う、なんだか甘酸っぱいような、不思議で特別な嬉しさが、胸をとくとくと鳴らしました。
「では、よろしくお願いします……。えっと、質問大会~!」
シスター・アナベルを真似して言うと、シスター・ニゲラが小さく拍手をくださいました。
「では、最初に。ニゲラ様の好きな果物はなんですか?」
「そうね。まだ食べ比べていないけれど、これまでここで食べた中だと、さっき食べたプルーンが好きだと思ったわ。わずかに苦みがあって」
「そうなのですね。では、好きなお菓子はなんですか?」
「ケーキ以外に食べたことがないわ」
「そうなのですか? えっと、ニゲラ様がいらした修道院は……」
「北と南。北は、『神の花嫁』になってから。それまでは南にいたの。南は、戒律が厳しくて、常に沈黙していなければならなかったし、食事の時間以外で食べ物を口にすることはなかったわ。おそらく、ケーキ以外のものをつくっていなかったんじゃないかしら」
「そうだったのですね。北も、お菓子はなかったのですか?」
「北は、そもそも焼き菓子をつくる文化がなかったの。生の果物が出たわ。それも、全然味がしなかった。だから、食べ物っていうのは味がしないものなのだと思ってたの。でも、ここのケーキはとてもおいしいわ。きちんと味がある」
「そうだったのですね。地域によって、採れる果物やお菓子の味も違うのでしょうか。でも、ニゲラ様が東のケーキを気に入ってくださって嬉しいです。今度は違うお菓子ももらってきます」
「楽しみにしてるわ」
「はい。では、好きな色は何色ですか?」
「好きな色は、そうね。青かしら。澄んだ青じゃなくって、こういう、黒みがかった青」
ニゲラ様はご自分の手の甲の花を見つめておっしゃいました。
「私も、好きです。やわらかくて、深みがあって……とても、美しいと思います」
ニゲラ様はしばらく目をまるくして、私を見つめていらっしゃいました。しばらくすると、悲しそうな、でも、とても幸せそうな表情になって、
「嬉しいわ」
とおっしゃいました。
少ししてから、私ははっとしました。体に咲く花は、その方そのもの。私ときたら、まるでニゲラ様への気持ちを伝えてしまったかのよう! いえ、それは何も悪いことではないのですが……どうしてでしょう。とても、とても恥ずかしい気持ちになったのです。
思わず肩をすくめ、縮こまった私に、ニゲラ様はクスッと笑い、「次は?」と催促されました。
「ええと……では……好きな聖歌は……」
「あまり歌うのは好きじゃなかったけれど、曲調は、『冬季・讃歌』が好きだったわ」
「初めて聞く題名です」
「聖歌も、それぞれの地域で違うのよ。南の修道院は、季節のはじまりにそれぞれの季節の讃歌をうたったの。私が好きだったのは、冬の讃歌」
「そうなのですね。いつかお聴きしてみたいです」
「強く祈れば、いつか叶うかもね」
「はい、たくさんお願いします。では、好きな季節も冬ですか?」
「いいえ。春だわ」
「私も好きです。久しぶりの暖かさに嬉しくなります。一緒で嬉しいです。あとは……そう。好きな時間はいつですか?」
「いつ? 休息の時間とか、祈りの時間ってことかしら」
「はい。それでもいいですし、日記を書いている時とか、ご友人とお話をしている時とかでも」
「ああ、それなら」
ニゲラ様は私の言葉を割って、おっしゃいました。どことなく妖しいほほ笑みで、ちら、と私を瞳に映して――そして。
「セナを見ている時」
息が止まりました。ゆっくりと、震える息を吐き出すと、じわじわと顔が熱くなっていくのを感じました。ニゲラ様はクスクスと笑って、また、「次は?」とおっしゃいました。
目をつむって、ドキドキする胸の動きを整えて――ふと、そういえばニゲラ様は、あの牢で何をして過ごしていらっしゃったのだろう、と思いました。気付いたら私を見つめてくださっていましたが、その他の時間は? 訊いてみようかな、と思った矢先、いけない! と自分自身を制しました。もしその時のことが、とてもつらい出来事だったら……。思い出させてしまうことで、傷つけてしまうかもしれません。気になるけれど、訊かない方がいいかもしれません。
色々と悩んでいたのが、顔に出ていたのでしょうか。ニゲラ様が、やさしくささやいてくださいました。
「なんでも訊いていいのよ。過去のことだって、なんだって。所詮、過去のことだもの。今の私は、幸せだから大丈夫。ほら、どうぞ。時間がなくなっちゃうわよ」
ニゲラ様が私をやさしく急かしました。私は少しためらいましたが、お言葉に甘え、お話を伺うことにしました。ニゲラ様のお言葉と笑顔に、どことなく嬉しいような、安心するような、きらきらした気持ちになっていたのです。
「あの牢で、何をして過ごしていらっしゃったのですか?」
「セナを見てた」
「あ、ありがとうございます。それ以外で……」
「それしかしてないわ。本当に」
「え……。あ……あの……」
どうして、と訊こうとして、やっぱりやめました。恥ずかしくなったのです。きっと答えを聞いたらまた恥ずかしくなって、今度こそ体から火が出てしまうかもしれないと思ったのです。
私は、ブンブンと首を振って、次の質問を投げかけました。
「では、ここでしたいことはありますか……!」
「セナといられれば、他に何も望まないわ」
何を訊いても、ドキドキするお応えを返されてしまう……。私は、おさまらない胸の高鳴りに耐えながら、真っ赤になった顔を覆いました。
「それだけ? 他にないの? 過去のこととか」
「え? えーっと……過去のこと……うーん……」
熱い頬を両手で挟んだままじっと考えていると、ニゲラ様が、クス、と笑いをこぼされました。
「本当に、純粋なのね、セナ。今の私を見てくれて、嬉しいわ」
ニゲラ様のお言葉の後、すぐに鐘が鳴ってしまい、質問大会はそれまでとなりました。
ニゲラ様のことをたくさん知れて、とても嬉しくなりました。ですが、もっともっとたくさん知りたいです。
次もたくさん質問をおもちしよう。また明日も、楽しい時間を過ごせますように……。
その時の私は、そう思っていました。
その後、マザーと「神の学び」をいたしました。マザーは、お茶を一口すすってカップを置くと、とても静かな声でおっしゃいました。
「ニゲラを解放すると許可した日、私が言ったことを繰り返してみて」
私は、おっしゃる通りにしました。必ず、マザーのお言葉に従うことと、神様を永遠に愛し、「神の花嫁」になることを誓うこと……。
マザーは首を振りました。
「それだけじゃないよね」
「あの……申し訳ありません……このお言葉の他に、ありましたでしょうか……」
「ニゲラと、一緒にいないようにと言ったんだ」
私は、はっとしました。そういえば、「私の言葉に従うこと」とおっしゃった少し後に、「罪女ニゲラと一緒にいないこと」と言われていたのでした。私は反省しました。あの時、喜びのあまり、しっかりお言葉を聞いていなかったのです。私は心から謝罪しました。マザーはため息をつきました。
「ニゲラの解放を赦したのは、セナがそれで一層、『神の花嫁』になれるよう励んでくれると思ったから。ニゲラが危険な存在だということは変わりない。今日からでいい。ニゲラと離れて」
はい、とお応えしようとして、胸がちくりと痛みました。ニゲラ様と離れてしまう……そうしたら、ニゲラ様は、おひとりになってしまわれます。
「せめて、ニゲラ様がどなたかと一緒にいられるようになってからではだめでしょうか。おひとりではきっとおさみしいと思います」
「セナ。セナは、『神の花嫁』。神以外の子のことなんて考えなくていいって、何度も言っているよね。こんなことなら、ニゲラを牢に戻そうか」
「それだけはどうか……」
マザーは首を垂れる私をしばらくじっと見つめていましたが、静かに、
「とりあえず、ニゲラの働き先を決めさせて」
とおっしゃいました。
「明日、ニゲラとすべての仕事場を見学してまわって、仕事を決めさせて。そして明後日からは、二度と近づかないこと」
マザーの部屋から出て、ふう、と安堵の息をつきました。少なくとも、ニゲラ様が牢に戻ることはなくなりました。よかったです。
ですが、いずれにせよ、ニゲラ様とは一緒にいられなくなってしまいます……。
そう思うと胸が痛くなり、心が沈んでしまいそうになりました。
いけない、それでは心が渇いてしまいます。私は、前向きになれることを探しました。
すぐに、楽しみなことがみつかりました。
ニゲラ様にこの修道院を案内すること、そして、私自身もあまり見たことのない皆さんのお仕事を拝見できること……。胸の中がきらめきました。
明日に備えて、今夜はしっかり眠りたいと思います。
明日がまた素敵な一日となるよう、お見守りください。Ex animo.
胸をゆっくり宥めると、四時の鐘の音が聞こえました。目をつむり、大きく息を吐き出すと、心がしんと落ち着きました。それからはいつも通りの時間を過ごすことができました。
食事の終わりに、また、余りのケーキをいただきました。「おいしい」とおっしゃっていたから、今日こそはまるまる一切れ召し上がっていただこうと思ったのです。本日は、乾燥りんごとプルーンのケーキでした。りんごもプルーンも濃厚な甘さで、噛むと口の中に果汁がじんわりと広がり、とてもおいしかったです。
そう感想をお伝えしてお渡しすると、「セナの分はないの?」とおっしゃいました。
「セナの食べてるところが見たかったのに」
また昨日のようにじっと見つめられると思うと、それだけで恥ずかしくなり、顔から火が出そうになりました。
休息の時間、ニゲラ様はケーキをぱっくりと手で割って、半分私にくださいました。おいしいから嬉しいという気持ちと、ああまた見られてしまう、恥ずかしい……という気持ちで、私の心も半分半分でした。
ドキドキしながらも、おいしく完食いたしました。ニゲラ様も、
「おいしかったわ」
と穏やかにほほ笑んでくださいました。
「よかったです。あの、今日は、質問大会をしたいのですが、いかがでしょうか」
「質問大会? ああ、セナがお友達と集まった時に時折していた、あれかしら。誰かを質問攻めにする」
「聞こえていらしたのですか?」
「ちょっとだけね。いいわ。セナの質問なら、なんでも答えるわ」
嬉しい――けれど、いつも感じる嬉しさとは違う、なんだか甘酸っぱいような、不思議で特別な嬉しさが、胸をとくとくと鳴らしました。
「では、よろしくお願いします……。えっと、質問大会~!」
シスター・アナベルを真似して言うと、シスター・ニゲラが小さく拍手をくださいました。
「では、最初に。ニゲラ様の好きな果物はなんですか?」
「そうね。まだ食べ比べていないけれど、これまでここで食べた中だと、さっき食べたプルーンが好きだと思ったわ。わずかに苦みがあって」
「そうなのですね。では、好きなお菓子はなんですか?」
「ケーキ以外に食べたことがないわ」
「そうなのですか? えっと、ニゲラ様がいらした修道院は……」
「北と南。北は、『神の花嫁』になってから。それまでは南にいたの。南は、戒律が厳しくて、常に沈黙していなければならなかったし、食事の時間以外で食べ物を口にすることはなかったわ。おそらく、ケーキ以外のものをつくっていなかったんじゃないかしら」
「そうだったのですね。北も、お菓子はなかったのですか?」
「北は、そもそも焼き菓子をつくる文化がなかったの。生の果物が出たわ。それも、全然味がしなかった。だから、食べ物っていうのは味がしないものなのだと思ってたの。でも、ここのケーキはとてもおいしいわ。きちんと味がある」
「そうだったのですね。地域によって、採れる果物やお菓子の味も違うのでしょうか。でも、ニゲラ様が東のケーキを気に入ってくださって嬉しいです。今度は違うお菓子ももらってきます」
「楽しみにしてるわ」
「はい。では、好きな色は何色ですか?」
「好きな色は、そうね。青かしら。澄んだ青じゃなくって、こういう、黒みがかった青」
ニゲラ様はご自分の手の甲の花を見つめておっしゃいました。
「私も、好きです。やわらかくて、深みがあって……とても、美しいと思います」
ニゲラ様はしばらく目をまるくして、私を見つめていらっしゃいました。しばらくすると、悲しそうな、でも、とても幸せそうな表情になって、
「嬉しいわ」
とおっしゃいました。
少ししてから、私ははっとしました。体に咲く花は、その方そのもの。私ときたら、まるでニゲラ様への気持ちを伝えてしまったかのよう! いえ、それは何も悪いことではないのですが……どうしてでしょう。とても、とても恥ずかしい気持ちになったのです。
思わず肩をすくめ、縮こまった私に、ニゲラ様はクスッと笑い、「次は?」と催促されました。
「ええと……では……好きな聖歌は……」
「あまり歌うのは好きじゃなかったけれど、曲調は、『冬季・讃歌』が好きだったわ」
「初めて聞く題名です」
「聖歌も、それぞれの地域で違うのよ。南の修道院は、季節のはじまりにそれぞれの季節の讃歌をうたったの。私が好きだったのは、冬の讃歌」
「そうなのですね。いつかお聴きしてみたいです」
「強く祈れば、いつか叶うかもね」
「はい、たくさんお願いします。では、好きな季節も冬ですか?」
「いいえ。春だわ」
「私も好きです。久しぶりの暖かさに嬉しくなります。一緒で嬉しいです。あとは……そう。好きな時間はいつですか?」
「いつ? 休息の時間とか、祈りの時間ってことかしら」
「はい。それでもいいですし、日記を書いている時とか、ご友人とお話をしている時とかでも」
「ああ、それなら」
ニゲラ様は私の言葉を割って、おっしゃいました。どことなく妖しいほほ笑みで、ちら、と私を瞳に映して――そして。
「セナを見ている時」
息が止まりました。ゆっくりと、震える息を吐き出すと、じわじわと顔が熱くなっていくのを感じました。ニゲラ様はクスクスと笑って、また、「次は?」とおっしゃいました。
目をつむって、ドキドキする胸の動きを整えて――ふと、そういえばニゲラ様は、あの牢で何をして過ごしていらっしゃったのだろう、と思いました。気付いたら私を見つめてくださっていましたが、その他の時間は? 訊いてみようかな、と思った矢先、いけない! と自分自身を制しました。もしその時のことが、とてもつらい出来事だったら……。思い出させてしまうことで、傷つけてしまうかもしれません。気になるけれど、訊かない方がいいかもしれません。
色々と悩んでいたのが、顔に出ていたのでしょうか。ニゲラ様が、やさしくささやいてくださいました。
「なんでも訊いていいのよ。過去のことだって、なんだって。所詮、過去のことだもの。今の私は、幸せだから大丈夫。ほら、どうぞ。時間がなくなっちゃうわよ」
ニゲラ様が私をやさしく急かしました。私は少しためらいましたが、お言葉に甘え、お話を伺うことにしました。ニゲラ様のお言葉と笑顔に、どことなく嬉しいような、安心するような、きらきらした気持ちになっていたのです。
「あの牢で、何をして過ごしていらっしゃったのですか?」
「セナを見てた」
「あ、ありがとうございます。それ以外で……」
「それしかしてないわ。本当に」
「え……。あ……あの……」
どうして、と訊こうとして、やっぱりやめました。恥ずかしくなったのです。きっと答えを聞いたらまた恥ずかしくなって、今度こそ体から火が出てしまうかもしれないと思ったのです。
私は、ブンブンと首を振って、次の質問を投げかけました。
「では、ここでしたいことはありますか……!」
「セナといられれば、他に何も望まないわ」
何を訊いても、ドキドキするお応えを返されてしまう……。私は、おさまらない胸の高鳴りに耐えながら、真っ赤になった顔を覆いました。
「それだけ? 他にないの? 過去のこととか」
「え? えーっと……過去のこと……うーん……」
熱い頬を両手で挟んだままじっと考えていると、ニゲラ様が、クス、と笑いをこぼされました。
「本当に、純粋なのね、セナ。今の私を見てくれて、嬉しいわ」
ニゲラ様のお言葉の後、すぐに鐘が鳴ってしまい、質問大会はそれまでとなりました。
ニゲラ様のことをたくさん知れて、とても嬉しくなりました。ですが、もっともっとたくさん知りたいです。
次もたくさん質問をおもちしよう。また明日も、楽しい時間を過ごせますように……。
その時の私は、そう思っていました。
その後、マザーと「神の学び」をいたしました。マザーは、お茶を一口すすってカップを置くと、とても静かな声でおっしゃいました。
「ニゲラを解放すると許可した日、私が言ったことを繰り返してみて」
私は、おっしゃる通りにしました。必ず、マザーのお言葉に従うことと、神様を永遠に愛し、「神の花嫁」になることを誓うこと……。
マザーは首を振りました。
「それだけじゃないよね」
「あの……申し訳ありません……このお言葉の他に、ありましたでしょうか……」
「ニゲラと、一緒にいないようにと言ったんだ」
私は、はっとしました。そういえば、「私の言葉に従うこと」とおっしゃった少し後に、「罪女ニゲラと一緒にいないこと」と言われていたのでした。私は反省しました。あの時、喜びのあまり、しっかりお言葉を聞いていなかったのです。私は心から謝罪しました。マザーはため息をつきました。
「ニゲラの解放を赦したのは、セナがそれで一層、『神の花嫁』になれるよう励んでくれると思ったから。ニゲラが危険な存在だということは変わりない。今日からでいい。ニゲラと離れて」
はい、とお応えしようとして、胸がちくりと痛みました。ニゲラ様と離れてしまう……そうしたら、ニゲラ様は、おひとりになってしまわれます。
「せめて、ニゲラ様がどなたかと一緒にいられるようになってからではだめでしょうか。おひとりではきっとおさみしいと思います」
「セナ。セナは、『神の花嫁』。神以外の子のことなんて考えなくていいって、何度も言っているよね。こんなことなら、ニゲラを牢に戻そうか」
「それだけはどうか……」
マザーは首を垂れる私をしばらくじっと見つめていましたが、静かに、
「とりあえず、ニゲラの働き先を決めさせて」
とおっしゃいました。
「明日、ニゲラとすべての仕事場を見学してまわって、仕事を決めさせて。そして明後日からは、二度と近づかないこと」
マザーの部屋から出て、ふう、と安堵の息をつきました。少なくとも、ニゲラ様が牢に戻ることはなくなりました。よかったです。
ですが、いずれにせよ、ニゲラ様とは一緒にいられなくなってしまいます……。
そう思うと胸が痛くなり、心が沈んでしまいそうになりました。
いけない、それでは心が渇いてしまいます。私は、前向きになれることを探しました。
すぐに、楽しみなことがみつかりました。
ニゲラ様にこの修道院を案内すること、そして、私自身もあまり見たことのない皆さんのお仕事を拝見できること……。胸の中がきらめきました。
明日に備えて、今夜はしっかり眠りたいと思います。
明日がまた素敵な一日となるよう、お見守りください。Ex animo.