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作者: 鈴奈
Exspetioa2.7.10 (3)
 その後、お怪我をされた騎士の方々のもとへ、お見舞いに伺いました。皆さんはそれぞれのお部屋に運ばれていらっしゃいました。
 切り傷や打ち身で、皆さんのお体は、あちこち変色していらっしゃいました。しかし、あのお方に教えていただいたようにお祈りすると、辺り一面に白く光る花が咲き、皆さんの傷が癒えました。戦いでは力になれませんでしたが、お怪我を治すことができてよかったです。

 そうして今日。礼拝の終わりに、マザーからお話がありました。昨晩のあの化け物こそが、南と西の修道院を亡ぼした蟲であるということ。心が渇き、体に枯れを生じさせると、蟲になってしまう可能性があるということの二点でした。エスの指輪のお話はされませんでした。一層怖がらせてしまうとお思いになったのでしょう。
 礼拝の終わり、私はマザーに、残るように言われました。
 誰もいなくなった礼拝堂で、マザーは、私を抱きしめました。

「セナ……! よかった、セナに何もなくて……」

「ご心配をおかけし、申し訳ありませんでした」

「怖かった……二階から見ている間、ずっと。セナが、蟲に食べられてしまうんじゃないか、毒に侵されて、亡んでしまうんじゃないかって……」

 マザーは、泣いていらっしゃいました。ご心配をおかけして、申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。その上、傷つけ、いやな気持ちにしてしまうかもしれない……。そう思うと、胸が苦しくて、息ができなくなりそうでした。それでも、私は、あのお方を幸せにしたい。誰かを幸せにするために動く私で在りたい。その一心で、私は、唇を開きました。

「……私を助けてくださったのは、……牢にいらっしゃる、あのお方です」

 マザーが、ぴたりとかたまりました。涙も、ぴたりと止まったようでした。私は続けました。

「私に力の使い方を教えてくださったのです。そのおかげで、私は自分の傷を癒すことができました。それに、シスター・タンジーを」

「あの蟲を亡ぼしたのは、罪女ニゲラ。セナも、一緒にいたんだよね。前と同じように、一緒にとどめをさしたんだよね。種が残っていたと聞いていたし、あの壊れ方はきっとそうだよね」

 とても冷たいお声に、私の心は、凍りそうになりました。
 それでも、一歩踏み出すように、私はマザーに進言しました。

「……はい。私は、あのお方と一緒に、蟲を亡ぼしました。マザーのお言いつけを破ってしまい、申し訳ありません。私は、たしかにあのお方のことをよく知りません。ですが、一緒にいた少しの時間で、あの方のおやさしさ、温かさを、信じたくなったのです。あの方の犯した罪が、どれほど重いものか……それは、わかっています。ですが、あのお方は、私たち花の修道女を危険に晒すことはいたしません。私たちを、守ってくださいます。お願いします。どうか、あのお方の罪をお許しください。私たち花の修道女のひとりとして、再びお迎えください!」

 私は、精一杯の懇願をいたしました。たぶん、ここに書いたものより、相当言葉が滅茶苦茶だったことだと思います。

「……そんな言葉、聞きたくなかった」

 マザーの腕から力が抜けて、私から離れました。

「ニゲラに頼まれたんだね? ほら、前に私が言った通りだ……。ニゲラはセナを利用して、修道院で自由に動けるようにするつもりなんだよ。セナは、ニゲラに騙されているんだ」

「違います。あのお方は、私に何も頼んではいらっしゃいません。これは、私の一存なのです」

「そんなわけない。だって、どうしてセナがニゲラの味方をするの? ニゲラは、神を亡ぼした敵だよ。そんな奴を赦せだなんて……」

 マザーのお声が、低く、震えはじめました。ぎゅっと握りしめたこぶしも、ぶるぶると震えているのが目に映りました。震えた吐息が、ゆっくりとこぼれました。

「もしかしてセナは、神のことを愛していないの? 神を愛していたら、ニゲラの味方なんてしないよね? ニゲラに味方をすることは、神への裏切り行為。重い罪だ」

 伏されていたマザーの目が上がり、私を射抜きました。冷たく鋭い、怒りの眼光。そして、低く、悲しく、激しいお声が、私に向かって投げられました。

「セナは、神のものだ。神のみを愛し、『神の花嫁』となって、神の楽園をつくる。神の理想の美しさとなり、神のためだけに生きる。それがセナの存在している意味。セナの気持ちなんて必要ない。セナは、神のことだけを考えていればいい。神だけを愛していればいい。私に、従っていればいい!」

 マザーは、縋るように、私の両腕を掴みました。涙でいっぱいの瞳を震わせていらっしゃいました。

「セナ……セナだけなんだよ。セナしかいない……。お願い、神だけだと言って……神だけを愛すると、神だけを……今ならまだ、赦してあげるから……」

 マザーはしばらく、さめざめと涙を流していらっしゃいました。私は、どう答えたらいいかわかりませんでした。

「なんで……何も言わないんだ……」

 涙に濡れる震えたお声が聞こえた直後。私の二の腕に、マザーの指が強く食い込みました。痛みに顔をゆがめる間もなく、マザーは力いっぱい、私を突き飛ばしました。しりもちをついた私に、

「出ていけ!」

 と叫びました。
 私は急いで一礼し、礼拝堂を後にしました。扉を閉めると、中から、銀の祭器がいっぺんに薙ぎ払われ、散らばった音が聞こえてきました。
 その後の食事の時間も、午前の仕事の時間も、私は、沈んだ気持ちでいました。私自身の胸が痛いのもそうだったのですが、それ以上に、あんなにもマザーを傷つけてしまったことがつらくてたまらなかったのです……。
 午後の労働の時間、「神の学び」に伺っても、マザーはノックの音に応答してくださいませんでした。
 じんわりと滲んだ涙を拭うと、シスター・ルドベキアが心配の声を掛けてくださいました。お心遣いに、感謝。

 マザーと仲直りしたいです。できるでしょうか。もしかしたら、ずっとできないのではないかと、不安で仕方ありません。
 ですが、たとえ仲直りできたとしても、マザーとはまた衝突してしまうと思うのです。
 私は、あのお方の言葉で気付いたのです。
 この世界に存在するすべてに幸せになってほしい。
 そのために、一生懸命考えて、できる限りのことをする。それが「私」なのだと。
 たとえそれが、神様のお望みの姿でない、間違いの姿なのだとしても、私は、そう在りたいのだと。
 その姿こそ、私の好きな私なのだと……。
 その想いが、私の心の芯となって、まっすぐにそびえたっていました。きっと、私が咲いている限り、変わることはないでしょう。
 だから、どうしてもわかり合えず、ぶつかってしまうことがあるだろうと思うのです。それでも、何度でも話し合って、歩み寄っていけたらと思うのです。私はマザーが大好きで、マザーのことも、神様のことも、やっぱり幸せにしたいから……。

 明日、マザーにこのことを伝えに行こうと思います。
 そしてもう一度、あのお方を牢から出していただけるよう、お話してみたいと思います。
 明日はだめでも、明後日、来週、一月後——。
 未来は、きっと大丈夫。必ずまた、笑顔で過ごせる時が来る。そう信じます。
 あのお方のお言葉のおかげで、不安でいっぱいだった心に希望が灯りました。あのお方に感謝。

 どうか素敵な未来を迎えられるよう、お見守りください。
 そして、マザーも、あのお方も、神様も、全ての方々が幸せになれるよう、お見守りください、
 愛しています。Ex animo.
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