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作者: 唯響-Ion
第七七話 教育者は聖職者
 天草分校に到着した一行は、元神主の山崎校長補佐と会う。
 天草に到着した弥勒、巳代、渋川、そして五条と鷲頭の五人。一行は、天草分校がある御所浦(ごしょうら)に立ち寄った。
「私が案内役の山崎辰吉(やまさきたつよし)校長補佐です。元は惟神庁に属し、神社へ派遣される神主をしていたんだが、今はこうして惟神学園所属となり、教員をしているよ。それもこれも全て、この熊本幸三(くまもとこうぞう)校長に惹かれたからだ」
 そう語りながら、山崎校長補佐は、隣に立つ熊本校長を紹介した。山崎校長補佐は坊主に近い髪型で、雰囲気はどこか厳かな、当に神主の風格をしていた。
「私が、熊本幸三です。この分校を取り仕切っています」
 熊本校長はかなり老齢であったが、ガタイが良く、眼力(めじから)が強い人だった。
「今日は、わざわざ遠い太宰府よりありがとう。君達の様に、自然や八百万に興味を抱き、自ら訪ねてみようと動き出せる若人(わこうど)は、この惟神学園に於いても貴重な存在だ。その勉学への熱心さ、校長として感謝申し上げる」
 そういうと、熊本校長は、深々と頭を下げた。老齢の校長が自ら頭を下げるなど、恐れ多いことだった。弥勒らは揃いも揃って、慌てながら「頭を上げてください」といった。
 威厳と穏やかさを兼ね備えたこの熊本校長という人物が、深い人間なのだろうということが、弥勒達にもすぐに理解が出来た。
「今、船の準備をしているから、後は山崎君に引率して貰ってね。私が仕事があるのでここいらで失礼するよ」
 校長はハキハキと告げ、去っていった。
 山崎は「あれでも八十代だから驚きだ。白髪でさえなければ、五十代にも思える」といった。
「船が出るまで、この分校のことを少し紹介するよ」
「よろしくお願いします」
「君は皇弥勒君だったね。お父君は私にとって雲の上の存在だ。八百万を敬愛しながらも、実務能力も高く、よく惟神庁を纏めて下さっている。長官になるべくしてなったお方だと思う」
「父を慕っていただき、感謝致します。しかしそうであるなら、なぜ惟神庁で官僚になることを選ばず、学園に来たのですか?」
「私は事務員というより、神主だ。惟神に於いて、有能な実務能力を持つお父君よりも、八百万を理解し教育に精を出す熊本校長の方が、より身近で、ついて行きたいと思わせる存在だったんだよ」
 山崎はとても嬉しそうだった。尊敬する熊本校長について話すことができるからだ。
「校長について、お聞かせ下さい。魅力に触れてみたいです」
「熊本校長は、陰陽部出身で、とにかく八百万について詳しい人だ。だから、八百万が多い九州有数の地である天草に、分校を築いたんだ。ここは政治や他の宗教に荒らされていない地だから、惟神学園に相応しい土地だと考えたんだね」
「初代校長なんですね。元より八百万に畏怖の念を抱いていた方なのだとお見受けしました」
「それが意外なことに、一度は惟神を離れた人なんだ。八百万を感知できず、ただ信じるしか出来ない一般の人を助けるには、神社勤めの宗教家に留まっていてはダメなんだと、直接、裸一貫、手助けするしかないんだと、そう考えて、警察になったんだよ。柔道をしていたから、今でも体が丈夫なんだろうね。頭もボケてないどころか、誰よりも賢い。そして強い。だからこそ、非力な生徒にも、優しく慈愛に満ちているんだ」
 山崎のその言葉に弥勒は、体は心の一部だという周布の言葉を思い出した。
「ただ下っ端の警察官では、通り魔から泥棒から誰かを守れても、自信を無くした人を励ましたり、八百万を信じ清く生きれば心が救われると教えることは叶わない。自分が非力であることを悟ったんだよ。八百万を信じて初めて、堂々たる人間で居られるのだとね。だから学園に戻って、八百万について身近に感じてもらいながら、自分はそんな八百万に囲まれた特別な人間なんだと理解したもらおうとしたんだよ。つまりは、日本人の誇りを、受け継いでもらいたいと考えているんだ」
「天草分校の校訓が、やっと理解出来ました。『教育者は聖職者たれ』とは、奥深い言葉なのですね」
「そうだね。人に八百万の存在を説き、君は一人ではない、孤独ではない、そこに居るだけで特別なのだから、自信を持ってと、そう説いている尊い校訓なんだよ」
 弥勒には、山崎が敬愛して止まない熊本校長という存在が、惟神学園の宝である様な気がした。
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