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作者: 唯響-Ion
第二九話 弓の道
 棒術に次いで、弓術に触れるべく、弥勒は流鏑馬部の伊東を訪ねる。
 弥勒は後日、弓道部を訪ねた。稲葉の勧めで、飛び道具にも触れてみたいと思ったのだ。加えて別府ではあまり話すことがなかった、伊東祐介との親睦を深めたい。そういう思いもあった。
「おお弥勒君! 待っていたよ!」
 伊東は屈託のない笑顔で手を振り、弥勒を部室に迎え入れてくれた。細い目を更に細くした伊東は、心優しい青年といった雰囲気で、とてもあの稲葉と並ぶ武の道の泰斗には見えなかった。
「伊東さんは僕を陵王とは呼ばないよね」
「あんな脳筋とは一緒にしないでくれ給えよ。彼は拘りが強い芸術家気質だけど、僕はただ、弓矢を射る事に長けただけの、普通の青年だからね」
「早速、拝見させて頂けますか。あの稲葉さんが恐れる、伊東さんの弓術を」
「もちろんだよ。でも、そんなに真剣にいわれたら照れるなぁ〜」
 どこかおちゃらけている様に見えるのは、強者の余裕なのだろうかと、弥勒は思った。いや、これが素である様な、そんな気もする。だがだとすれば、これだけ茶目っ気が強い人が、本当に弓術の達人なのだろうか。弥勒は、疑問の坩堝(るつぼ)にハマった。
 だがその疑問は、たった一本の矢で打ち消された。
 伊東は、百メートル先の的の中心を見事に射抜いたのである。しかもそれは彼が弓を構えてから、僅か六秒後の出来事であった。
「あと2ミリメートル左だったかな。まぁいっか」
 そういって彼は再び、はち切れんばかりの笑顔を見せて、弥勒の方を向いた。
「弓ってもっと構えている印象があったけど、一瞬の事の様に感じられたよ……」
「まぁ構えようとなかろうと、第八感を使って認識できているからね。後は呼吸を整えるだけさ。それにね、長く構えてイメージを固めても、流鏑馬(やぶさめ)だったらイメージ通りにいかないから、意味がないんだ」
「確かに、流鏑馬って走る馬の上から弓を射るから、難しいよね」
「僕が苦手な犬追物の様な、自分だけじゃなく的さえも動くとなると、いかに一瞬のコンディションを活かせるかという領域になる。あれは、並の集中力じゃこなせない」
 そういうと伊東は、手に持っていた弓を置き、大きな弓を手に持った。
「この弓は和弓と呼ばれるもので、世界で最も飛距離が出る弓だ。つまり、もっとも実戦向きのものだ。君には、是非ともこれを使いこなしてもらいたい」
「どうして?」
「飛距離が出るということは、それだけ固く、弦(つる)を引く力が必要ということになる。逆にいえば、これを使いこなせることが出来れば、他の弓はこれよりも扱いやすいということだ。君がなぜ弓を使いたくなったのかは分からないけど、今から弓術を極めたいという訳ではないだろうと思う。だったらせめて、短時間でより成長できる様に、和弓を使ってもらいたいんだ」
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