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作者: 唯響-Ion
第二七話 棒術の心得
 突如として脳裏に浮かんだ、怪異らとの凄惨な殺し合いをする未来。それが未来予知である可能性を鑑み、弥勒は棒術を学ぼうと稲葉の許を訪れる。
 あれが、ただの勘であることを願う。緒方のその言葉を聞いた弥勒は、不安に苛まれた。確かに、殺し合いが起こる様な気がしたのだ。普段ならばそんな悪趣味な想像はしない。そんなことを想像したのは、これが初めてであった。
 どうにか、身を守る術を学ばなくてはならないと、本能的に思った。次の瞬間、頭に浮かんだのは、稲葉の姿であった。その道の泰斗である稲葉から、武具の扱いを学びたいと思った弥勒は、巳代を連れて棒術部が活動する体育館へと向かった。

 棒術部の部室を訪れると、そこには、相も変わらず上裸で棒を振り回す稲葉の姿がいた。なん度見ても、デカイと感じるその姿で、拳も交えた体術を繰り出し、男達をマットの上に叩きつけていた。
「巳代、君本当に凄いよね。あんな巨漢に一度は勝ってるんだから」
「震えてんぞ。やるんだろ? シャキッとしろい」
 巳代は稲葉を呼び止め、事情を話した。稲葉は、惟神の陵王と闘えることを喜んだ。しかし、別府で見た弥勒の舞を見て、彼は少し恐れを抱いていた。
「陵王は、あれだけの重い衣装を身に纏いながら、俊敏かつ繊細の動きを堂々とやってのけた。それはつまり、体力や運動能力は優秀そのものであり、俺の動きにもついて来られる……ということだろう?」
「なんだ稲葉、ビビってるのか。棒術部主将の名折れだな」
「やかましい。陵王……いざ手合わせ願う」
 マットの上、二人が並んで向かい合う。弥勒は前回と同様の条件を提示され、リーチが長い槍を手に取った。稲葉は太刀を手に取っていた。
 弥勒は瞬き一つせず、稲葉を凝視した。稲葉もまた同様であった。初動を見せては対策され、一撃を食らってしまうという、互いの共通認識がその沈黙の時間を生み出していた。
 体育館は暑かった。遮光カーテンが風に吹かれ、翻っていた。
 先に動いたのは弥勒であった。
 稲葉の汗が瞼を伝って眼球に入りそうになり、瞬きを始めたその瞬間のことであった。
 弥勒は太刀の刃の直線上から外れる様に体を翻えらせながら、槍を稲葉へ向けて突き出した。
 弥勒は、突き刺さすことが出来ると思った。しかし次の瞬間、稲葉は跳躍し、空中で一回転をした。
 弥勒はバランスを崩しそうになるあまり、空中からの一撃を交わせず、斬られることを覚悟した。しかし弥勒の脳裏に突如として舞いの振り付けが過(よ)ぎった。これはなんだと疑問に思うまでもなく、弥勒の体は不安定なバランスのまま伏せた。片足で全体重を支えながら、絶妙な体勢で踏ん張り、稲葉が着地するよりも前に体勢を立て直した。
 巳代はその動きを見て、勝負が決まったと睨んだ。
「空中に飛ぶ利点は相手より高所を取れること。しかし弱点は……次の一手を自由なタイミングで打てなくなることだ。少なくともいまこの瞬間、次の一手を先に打てるのは稲葉ではなく、弥勒だ!」
「どりゃあああああ!」
 弥勒は渾身の一突きを稲葉へお見舞いしようとした。弥勒はこの時、稲葉の中から発せられる、焦りの波長を感じ取っていた。しかし稲葉の顔が見えた時、絶句した。
 稲葉潤は、不敵な笑みを浮かべていた。
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