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作者: 樹齢二千年
残酷な描写あり R-15
39話『魔術師同士の殺し合い』
 夜の街を駆ける、魔術師の少女。
 迫り来るのはホーミングする無数の剣だけではない。壁から唐突に姿を現す魔獣や、教団の信徒だ。
 それらに全て反応し、持ち前の反射神経と膂力を以て切り伏せていく。

「おいおい!! あんだけ大口叩いといて逃げてるだけかァ!?」

 楽し気に声を荒げながら、駆けるカレンを追うラザロ。
 二人はシオンの東側──彼女がアウラと共に宿泊していた宿の近くにまで移動していた。この近辺には住宅はあまり多くはなく、比較的人口が少ない区画である。
 民間人は殆ど避難を済ませ、ほぼ無人状態と化している。戦う事に専念できる為、彼女は攻撃をいなしながら場所を変えたのだ。

(バチカル派の幹部である司教が自らの代役として指名する司教代理……魔術をほぼ詠唱無しで成立させるのも納得ね)

 次々と飛んでくる攻撃を剣で弾きながら、冷静に分析する。
 魔術行使に必要不可欠な「詠唱」。しかしそれは意味を与えると同時に、術式の成立の補助に過ぎない。
 魔術師の技量が優れているのであれば、無詠唱で魔術を行使する事も可能なのだ。
 
(一度に幻術であれだけの種類の幻覚を具現化させるのは、並大抵の魔術師じゃあ魔力切れを起こしかねない。それに幻術とはいえ、人間を殺傷するには十分な再現度ね)

 心の中で、素直にその練度の高さを認める。
 高位の魔術師である彼女にそう思わせる程、ラザロの魔術は洗練されていたのだ。
 続けざまに、彼は巨大な蜘蛛のような魔獣を幻覚で作り出し、彼女に向かって放つ。
 魔獣は跳ねるようにしてカレンに突進していくが、彼女は軽々と躱し、建物の壁を蹴って真上を取り、腹部目掛けて剣を突き立てる。

「……ッ!」

 蜘蛛が塵になった直後、カレンの足元の地面に魔法陣が浮かび上がる。それは僅か数秒で赤い色を帯びていき──爆発を引き起こした。
 
「……あっぶな……ギリギリセーフね」

 爆発で吹き飛ばされながらも、地面に剣を突き立てて体勢を立て直す。
 直撃はしておらず、魔法陣が完全に起動するよりも一瞬早く回避行動を取っていたのだ。

「幻術だけで戦う訳ねぇだろ。────ッ!」

 直後、ラザロの姿が空間に溶け込むようにして消える。
 街の中へと喪失した彼の身体は──カレンの背後で再び現実に戻って来た。

「……ッ!」

「遅ぇよ、ガキが」

 カレンが反応するよりも早く、ラザロの蹴りが彼女に直撃する。
 身体能力も常人より上回っているのか、「強化」を行使した状態の彼女を蹴り飛ばす程の膂力を誇っていた。
 しかし彼女は当たる瞬間に身体を捻り、ダメージは最小限に抑えていた。

「っ……コソコソ接近して戦うなんて、随分とチャチな戦法なのね」

「殺す為の手段なんてのは何だって良いだろ。俺達は一人でも多くの異教徒を殺し、太古の悪魔の復活の為に捧げる事だけだ」

「悪魔ねぇ……アンタら、そんな戯言を本気で信じているの? だとしたらお笑い草ね」

「本気さ。我らバチカル派の教主様は、実際に神期の悪魔と接触したんだからな」

「バチカル派の教主……名前は?」

「簡単に教えるとでも?」

「上等よ──なら、力づくで聞き出してやるわ」

 向ける敵意はそのままに、彼女はラザロを殺すのではなく、再起不能の状態に追い込む事に決めた。有益な情報を手に入れる為には、直接敵側から聞くのが最も手っ取り早い手段でもある。
 一息を置いて、カレンは地面が凹む程の力を込めて地を蹴り、ラザロに接近する。
 
 たったの一歩で、彼女は相手との間合いを詰めた。
 低姿勢のまま、斜めに薙ぎ払うように剣を振るう。

「ガキが、図に乗るな……!!」

 後方に飛び退きながら、背後に数本の剣を顕現させて射出する。
 ラザロは直撃こそ逃れたものの、具現化させた剣は全て彼女の一振りで虚空へと掻き消える。
 
 再び距離を取らされたが、カレンは再び獲物を見据える。
 即座に次の攻撃に映ろうとするが、ラザロが指を鳴らした瞬間、彼女の衣服が破れ左肩から出血する。

「く────ッ!?」

 後ろを振り向くと、壁には刀身が突き刺さり、灰へと変じていく。
 カレンに裂傷を与えたのは、ラザロの幻術によって作り出された剣だった。

「ギリギリまで現出させなかったのね……」
 
「幻術ってのは応用が利く魔術でなァ、こういう事も出来るんだぜ?」

(来る────!)

 指を鳴らすラザロを見て即座に大きく距離を取り、不可視の刃に備える。
 並大抵の術師では対応出来ずに死に至る魔術。理解する暇すら与えられずに全身を貫かれるという恐怖が襲う。
 それに反応する手段、それは至極単純な物だった。
 彼女は居合のような姿勢になり、

(致命傷になる物だけ感じ取れば……!!)

 そう意気込む。
 全神経を迎撃に向け、襲い来る魔力の塊を感じ取る。

「──ッ!!」

 カレンは前方を薙ぎ払い、無形の剣を打ち払う。そして振り向き、気配を頼りに己の後方に迫る剣を叩き落とす。
 僅かな空間の淀み。溶け込んだ異物の感覚を掴み取ろうとするが、
 
「いっ……!」

 カレンの上半身が、がくりと下がる。
 彼女の脇腹の部分の生地が破れ、出血していたのだ。
 少し苦悶を顕わにするも、すぐにバランスを持ち直す。 

「これはもう時間の問題かもな? 手数も魔力量も俺の方が圧倒的に多い。詰んでんだよ、お前は」

 言いながら、ラザロは掌を彼女へと向ける。
 すると、彼の背後──空中に、二つ程の魔法陣が展開される。幾つもの幾何学模様が重なったようなソレは、時間と共に回転を始め、中央部分に黒色の魔力が収束していく。
 純粋な魔力砲。
 手負いとなった彼女を殺すのは、もっともシンプルかつ強力な手段だ。

「……いや、まだよ」

「ほざけ。……最低限のダメージに抑えりゃ良いとか思ってたんなら、そりゃ間違いだ。幻術で作り出したとはいえ、並みの代物より切れ味は上。一発でも当たった時点でテメェの負けだ」

「何もう勝った気になってんのよ。私が剣振り回す事しか出来ないとでも?」

「そうじゃねぇか」

「別に、何の策が無い訳無いでしょ。アンタ一人潰すのに、それが一番手っ取り早いってだけよ」

 この期に及んでも、彼女は調子を崩す事はない。
 負傷している状態のカレンに対し、相手は無傷。このまま戦いが続けば、先に彼女が限界を迎える可能性すらある。
 痛みに耐えながらもそう述べるカレンを見て、ラザロは

「じゃあ見せてくれよ、その策ってヤツをよォ!!」

 そう叫び、魔力砲を射出する。
 シンプルなエネルギーの塊。歯向かう者を真っ向から捻じ伏せるだけの火力。
 彼女はラザロから大きく飛び退きながら、冷静に、こう呟いた。


「────我が手に在るは戦乱の剣」


 距離を取るも、ラザロの魔力砲は迫り来る。
 しかし彼女は全く動じる事なく、寧ろ集中力を高めていく事に意識を向けている。
 眼を閉じ、何処までも落ち着いた声色で、彼女は続ける。

「其はダインの遺産。血を求め、生を求め、死を求める一刀なり」

 再び前傾姿勢を取り、真横に薙ぐように剣を構える。
 紡がれる詠唱と共に、彼女の剣は赤黒い光を帯びる。その声に呼応するように、魔力が刀身に満ちていく。
 最後に、彼女は口にする。

 己が持つ剣。その真の名を、

「我が身喰らいて咆哮せよ──ダインスレイヴ」

 目を見開き、眼前に迫る魔力砲を剣一本で迎え撃つ。

 彼女の剣の名は──ダインスレイヴ。
 一度鞘から抜けば、人の血を浴びるまで収まらない。正真正銘の魔剣であった。
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