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作者: 樹齢二千年
残酷な描写あり R-15
40話『魔剣解放』
「────なっ……」

 ラザロは困惑していた。
 今の一撃の魔力の出力も規模も、手負いの少女一人を灰にするには十分過ぎる程だった。
 まさに必殺。
 本来であえば、既に少女の姿は無く。魔力の砲弾によって抉れた地面と瓦礫だけが残っている筈だった。
 しかし、眼前には少女が──カレンが、五体満足で立っている。
 
 彼の魔力砲は、彼女の魔剣によって見事に叩き切られていたのだ。

「魔剣ダインスレイヴ……神期の聖遺物の一つか……!」

「ご名答。つっても、元々はアンタの同胞が持ってた物なんだけどね」

「成る程……数年前に魔剣使いの団員が消息を絶ったのは聞いてたが、テメェだったのか」

「ええ。……生憎、前の持ち主はコレを持つ資格が無かったみたいで、ソイツを倒した私が引き継ぐ事になったって訳」

 ダインスレイヴの切っ先をラザロに向ける。
 不気味に光る、血狂いの魔剣。
 名を解放したからか、カレンの右目の下には赤い痣のような物が浮かび上がり、脈動している。
 彼女はそのまま、 

「こっからが本番よ──全力で、アンタを潰す」

 そう言い放ち、勢いよく地を蹴った。
 ラザロはすかさず指を鳴らし、先程と同じように幻術で剣を複製し、射出する。
 
(バカが。真っすぐ突っ込んで来るだけなら、死にに来るようなモンだろ)

 彼女のギリギリに迫った所で、刀身を具現化させる。
 前よりも多く剣を作り出し、前方、側方から彼女を狙う。通常であればまず避ける事の出来ない一撃。
 心臓、肩、首。致命傷になりうる箇所を徹底して狙い、その息の根を止めにかかる。
 だが──、

「二度も同じ手が通用する、なんて思わないで欲しいわね」

 彼女の目の前で、刀身が姿を現す。
 確実に相手の懐に一撃を入れる事が出来る。それがラザロの幻術の持ち味だった。しかし──今の彼女はその先を行く。
 目先の剣を、魔剣で弾き返す。
 幻術による剣はそのまま壁に突き刺さる訳ではなく、形を歪ませて消失した。
 
 少しの間を置き、その現象の正体に気付いたのか。
 ラザロは表情を険しくして、

「幻術を、食ったのか────!」

「……ダインスレイヴの異能はシンプルで、魔力を食らう。ある程度の魔術──アンタの幻術みたいに少ない魔力で生成した物なら、魔術ごと食らう事ぐらい訳ないわ」

「チっ……穢れた異神の産物が……ッ!!」

「アンタ、私が「詰んでる」って言ってたけど。それはどっちの事かしら?」

 挑発するように言うと、彼女はゆったりと前傾姿勢になった後、再びラザロに接近する。
 「強化」の魔術で身体能力が向上している上、携えるのは魔力食いの異能を持つ魔剣。
 手数と物量で押し切るラザロとは根本的に相性が最悪だった。

 彼は次々と剣を複製して射出するも、悉くが掻き消えていく。
 カレンの目元の痣は赤く光り、夜闇に潜む獣──人間の血肉を求める鬼神を思わせた。
 
 ラザロに出来るのはせいぜい足止めだけ。無駄に幻術を行使しても、魔力を消費する一方だ。
 
(だったら……ッ!!)

 カレンから距離を取りながら、幻術で自分の姿を周囲の光景と同化させる。
 暗い夜道という事もあり、自分から魔術を解除しなければ見つけるのは至難の業だ。
 ラザロは更に、

(俺は幻術で作ったものにある程度の指向性を与えられる。……幻術で俺を形作ってあのガキに殺させ、油断した所を狙えば……っ!)

 追尾する剣のように、自分ソックリな幻を作り出した。
 その幻影は本人と同じように数多の剣を顕現させ、カレンに向けて射出する。
 彼女ですら人間と見紛う程の幻覚であれば、時間を稼ぐ事も可能だと。ラザロはそう思っていた。

「……!」

 再び姿を現したラザロ──その幻影に、彼女は意識を向けた。
 その光景を見た彼はニヤリと口角を上げ、 

(引っかかったな……)

 即座に、暗闇に潜みながら彼女に接近していく。
 彼女との距離が縮んでいくにつれ、ラザロの中は勝利を確信していた。
 その手に鉄製の槍を幻術で生成し、カレンの横からその穂先を突きつけようとする。

 だが。

「がはッ……!?」

 突如として、ラザロの身体に異変が起きる。
 己の腹部から全身を激しい痛みが駆け巡り、口から血の塊を吐き出したのだ。
 何が起きたか理解できず、気付けば彼の身体に掛けられた幻術は解けてしまっていた。

 どうにか視線を上げ、屋根の上に複製した己の幻影に目を向けると──その腹部に、彼女の魔剣が突き刺さっていた。
 その場所は、ラザロが最初に痛みを感じたのと同じ箇所だった。

「──似た物同士は互いに影響し合う、古典的な呪術の理論よ。だから幻影に与えたダメージは、そのまま本体であるアンタに転嫁する」

 カレンは冷静に、苦しみ悶えるラザロに視線を移す。
 槍を持つ事すらままならず、複製した槍は地面に転がり、ただの魔力に戻って霧散していく。 

「どうしても自分の手で私を殺す……その事に拘り過ぎて、詰めが甘くなったのがアンタの敗因よ」

「っはぁっ……小娘が、戯言を……ッ!」

 苦しみながら声を絞り出すラザロ。
 しかし、彼がそれ以上言葉を発する事はない。──気が付いた時には既に、目の前に彼女の姿があった。
 魔剣は屋根の上、ラザロの幻影があった場所に転がっている。
 徒手空拳の状態で、彼に迫っていたのだ。

「アグラ────」

 彼女が呟いたのは「強化」の文言。握った拳に魔力を集中させ、限定的に強化を施す。
 その状態であれば、岩をも容易く砕いてみせるだろう。
 自らの敗北という認め難い事実を前に、ラザロは表情を歪めていた。


「さっき、アンタは私をクズと言った。……なら、クズの私に負けるアンタは何?」


 ただ一言。そう吐き捨ててから、彼女はラザロの顔面に拳を叩き込む。
 何も守る物の無い状態で間合いに入られた時点で、彼の敗北は決定的だった。
 そのまま地面に叩き付け、軽くクレーターが作られる程の衝撃と共に、異端の信徒の意識は飛ばされた。
 鉄拳制裁。と言わんばかりの一撃。
 
 街を襲った一団を率いる一角は、羅刹の少女に完封された。




※※※※



「はぁ……っあ……────ッ!!」

 己の周囲を横一閃し、襲い来る「影」を切り伏せる。
 全てを飲み込むように深い、深い黒。底の無い深淵の如き影は、常人では反応する事すら不可能な程の速度で、アウラを襲う。
 シオンの南東区画。カレンと別れて掃討にあたっていたアウラは────肩で息をしながら、一人の信徒と交戦していた。

(コイツ、他の信徒とは間違いなく別格……なんなんだよこの男は……!)

 残る魔力をフル稼働で回し、全身を強化した状態でヴァジュラを振るう。
 眼前の敵。アウラがエンカウントした相手は、光の無い金色の瞳に黒髪を携えていた。
 見た所、武器などは何一つとして持ち合わせてはいない。ただ──彼の背後から、幾つもの影が不気味に蠢いている。

(魔術なんて言って良い代物じゃない。もっと別の……アイツ独自の異能だ)

 呼吸を整え、相手の一挙手一投足に意識を向ける。
 一瞬たりとも気を抜けば、あの影による攻撃を食らう。地面や壁には何かで切り付けられたような跡があり、その周囲は朽ちている。

「……お前のその武器。やはり人による者では無いな」

「……だったら?」

「決まっているだろう──ここで、愚かな神の系譜を断ち切るだけだ」

「──ッ!!」

 ゆらりと動いた影が伸び、アウラの真上から迫っていく。それは通りを覆う程に広がり、一瞬の間に形を変えていく。
 先端が刀身のように変形し、罪人を処刑する断頭台の如く、ソレは地上に降り注いだ。

 アウラは脚部を強化して大きく飛び退き、その一撃をやり過ごすが────、

「なっ────!?」

 瞬き一つの間に、男の双眸が目と鼻の先まで来ていた。
 人間的ではない。人を殺す事に対して、何の躊躇いも持ち合わせていない目だった。
 魔術とは違う、変幻自在の影を手繰るだけではない。接近戦における実力も、その男はアウラを数段上回っている。

 男は一瞬で間合いを詰め、アウラの鳩尾に蹴りを叩き込む。
 ギリギリの所で腕を挟む事で直撃さえ避けたが、彼は大きく吹き飛ばされた。

「──うがっ!!」

 背中を地面に強く打ち、肺の中の空気が全て外に吐き出される。
 しかし空中で身体を回転させて体勢を立て直し、地に足を付けた。
 体勢を立て直すが、男の蹴りは確実にアウラにダメージを与えていた。
 
「っはぁ……。おかしな影にこれだけのスピード……」

 顎に伝った汗を拭いながら、心からの感想を吐露する。
 これだけの実力を、一介の信徒が持ち合わせている訳がない。
 持ち合わせている者とすれば、答えは一つしかない。

「──アンタまさか、あの信徒達を率いた司教か……!」

 確信に満ちた声で、アウラが言った。
 魔術というよりも、男個人に備わった「異能」の領域。直撃を食らおう物なら致命傷はまず免れない。
 対する男は一瞬眉をひそめてから、

「……ヴォグ・アラストル」

 一言、そう告げる。
 そして、続けるように。

「────魔神の力を以て、全ての偽神を殺す者だ」

 背後の影を左右三対の翼のように展開しながら、殺意を込めた声で言い放った。
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