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作者: わやこな
3.201号室、見合いの小旅行 3

 皓子たちを離れへ案内してくれた亀の従業員が、しずしずとアリヤの後ろについて部屋の前に来た。アリヤが部屋へ入ったあと、縁側に膝をつき丁寧に指をつけて頭を下げる。

「泉源様より、案内をいたすよう申しつけられました。水茂様、お付きの方々ともどもお越しくださいませ」

 姿勢をただした水茂がそちらを向いてうなずく。

「いま参ろうぞ」
「では」

 亀の従業員のすぐ傍。部屋を区切る障子戸がゆるやかに大きく開けられた。「こちらに」と言って後ろへ進み始めたあとについて、水茂を先頭に進む。
 どういう理屈か不明だが、いつのまにか部屋から出ると渡り廊下が出来ていた。
 つやつやとした木目板の廊下を踏んでいけば、ぐんぐんと進む。
 驚きながらついていけば、一際豪華な一室の前へと辿り着いた。
 従業員は丁寧に頭をさげて、現われたときと同じようにしずしずと去って行った。

「よし」

 水茂が気合いを入れている。
 いよいよお見合いが始まるのだ。

 部屋に入って、低い長机を前に水茂が座る。その後方で控える位置に座布団が用意されていたため、そこに皓子とアリヤが座ってしばらく。
 机を挟んで向こう。そちらから来るのだろう。閉じられていたふすまが青色へと変わった。

『水神様、大蝦蟇おおがま池ノ田衛門いけのたえもん様ァ』

 どこからともなく甲高い声が聞こえる。ついで、蛙の合唱が響いた。
 がらり。
 正面のふすまが両側へと開けば、小太りでちょび髭を生やした気のよさそうな男が入ってきて向かいに腰掛けた。
 すると、ふすまはゆっくりと閉じ、今度は橙色へと変化した。

『火神様、野干やかん穂灯ほのひ様ァ』

 細面のすらりとした男はふすまが開くなり、しゃなりしゃなりと入ってきた。顔には自信があふれているようで、こちらを見てにんまりと笑って腰掛けた。
 また、ふすまが閉じて、今度は黄緑へと変化する。

『風神様、鎌鼬かまいたち颪又三郎おろしのまたさぶろう様ァ』

 ゆっくり開くが、姿がない。
 少し間をあけて旋風が巻く。やがて一匹の大きなイタチが現われた。
 皓子の身長よりすこし低いくらいだろうか。おそらく1メートルを超えるイタチは、そのまま二足歩行でのっそりと進み最後の席に着いた。他二名は人の形をしているのに、一匹だけ獣姿なのが珍妙に映る。
 皓子が不思議に思ったように、ほかもそう感じ取っていたらしい。水茂も眉をしかめているし、二番目に来た男は水茂以上にイライラとした様子でイタチを睨んだ。

(カオスだあ……)

 見合いといったが、こんな多種多様な相手とは思っていなかった。しかもそれぞれが濃い面々である。
 水茂の様子を後ろから見るが、言葉を発することもなく、じっと座っている。相手方もそれぞれが視線を動かしてはいるが、誰も口を開く様子はない。
 やがて、全員が揃ったのを見計らったかのように、這いずる音を立てて泉源が入ってきた。
 泉源は高い位置にある三つの顔を動かして一同を見渡すと、満足そうにうなずいた。

「皆、よくぞ参った」

 おごそかな声に、水茂をはじめ相手の者たちも揃って頭を下げる。慌てて、皓子もそれに倣う。

「私の可愛い後継でもある水茂の婿を決める場である。こんにちより、それぞれ水茂と話し、選ばれた者を婿とする。よいな」
「泉源様」

 水茂が口を挟む。
 ぎろりと泉源の厳しい表情を浮かべた顔が、水茂を見下ろした。真ん中の顔が無表情に「申せ」と言えば、背筋を伸ばしてはきはきと水茂が言う。

「わしはこの付きそいで来ている友を、一等大事に思っておりまする」
「ふむ、それで」
「ゆえに、我が友とも打ち解けられぬような者、大事にせぬ者を選びたいとは思いませぬ。そこで」

 片手を広げ、皓子を手のひらで差す。

「わしがいずれかの御方と過ごす間、友とも交流をもっていただきたく」
「……ふむ。お前は情に厚いと思っていたが、これほどまでとは」

 皓子たちのほうに、優しそうな表情の面を向けて、泉源は話しかけてきた。

「そこの娘。水茂の友というのはお前か」

(名前を自分から言うのは、駄目……それなら)

 皓子はできるだけ丁寧に礼をしてから答えた。

「はい。水茂とは仲良くさせていただいています」
「雑面をつけているということは、楽も得意か?」
「笛を少々。手慰みにですが」

 嘘は言っていない。
 皓子は、吉祥の手ほどきで横笛を吹くくらいはできる。
 吉祥が若かりしとき、有名な推理映画で悪魔が笛を吹くという場面がいたくお気に召したそうで、皓子に「悪魔なら芸事の一つや二つはこなさなきゃね」というノリで教えられたのだ。とはいえ、プロのように自由自在に吹くことは難しいが、人並みの力量はあるつもりだ。
 皓子の言葉に、泉源はよろしいとばかりに微笑んだ。

「めでたき席に楽は彩りとなろう。よい、よい。お前、名前は?」

(来た!)

 紙の面でこちらの顔は見えないが、努めて声が震えないようにゆっくりと皓子は言った。

「この場の主役は水茂ですので。お好きにお呼びください」
「……まあ、そうであるな。では、その隣の、お前は?」

 泉源がアリヤの方へと体を向けた。
 大丈夫だろうかと皓子がアリヤをちらりと伺うが、堂々としたたたずまいでアリヤは頭を下げた。穏やかでゆっくりとした柔らかい声で話し出す。

「お初にお目にかかります。この度、このようにめでたい席へと彼女が呼ばれたので、心配で付いてきたのです。愚かで狭量な男だとお思いでしょうか」

 彼女、のところであからさまに皓子の方を見てまた前を向く。経緯はその通りだが、言葉選びが誤解を招く。
 だが、泉源は口角を上げてにこやかに微笑んだ。

「おお、そうかそうか。若き者の道行きを見るのは、悪くはない。さて、お前の名前は?」
「お耳にいれるほどではありません。お好きに」
「では……娘、お前は淡い紅の着物であるから『淡紅あわべに』と。男、お前は『松葉まつば』と呼ぼう。良いな?」

 上機嫌そうだ。皓子は胸を撫でおろして、軽く頭を下げて了承をした。

「うむ。ならば、水茂と田衛門より始めよう。後の者はここで待て。淡紅、楽を奏でていてもよいぞ。松葉も喜ぼう」

 泉源のなかでどんな関係図が浮かんだのだろう。慈しむ眼差しを皓子たちのほうへと向けてから、ふすまを開けてゆったりと床を這って出て行った。
 一番始めにやってきた男、大蝦蟇と言われていた池ノ田衛門が立ち上がる。
 一昔前の、侍のような格好をした男は背が低くがっしりとした体つきをしている。
 蝦蟇ということは蛙なのだろう。
 顔もなんとはなしに、蛙と似た平べったい顔つきだ。黒々とした顎のちょび髭を手で直して、胸を張って泉源の後をのっしのっしと付いて行く。
 水茂も静かに立ち上がった。皓子を見て声に出さず「こっこ、頼むぞ」と口を動かした。
 向こうには見えないように、そっと親指を立ててサインをすれば、にこりと微笑んで水茂は歩いて出て行った。

 二人が出て言った後、沈黙がおりる。
 最初に口を開いたのは、細面の男、穂灯だった。

「淡紅殿は水茂様とご友人でいらっしゃると」

 声は高めで、いかにもプライドが高そうに感じる。にんまりとした笑みを浮かべた顔で見られると、なんだか背筋がぞわぞわとした。

「はい」

 肯定すれば、矢継ぎ早に話を振られた。
 やれ水茂の好きなものは、どう過ごしているか、どのような力を持つか。皓子のご機嫌を取るように笑みを浮かべたまま探りを入れてくる。
 それだけ一生懸命なのだろう。顔は見えぬが美しいお嬢さん、だとか、お優しいお嬢さん、だとか美辞麗句で褒めそやすのはむずむずとした。
 話してばかりの穂灯とは反対に、イタチ姿の又三郎は机に用意されていた湯飲みを取ってマイペースにお茶を飲んでいる。ずいぶんとのんびり屋のようだ。
 穂灯はひととおり皓子の答えを聞いたあとで、ふん、と高飛車に又三郎を見た。

「見合いの席にただの獣が来ようとは。泉源様にどう言い寄ったのやら」

 意地悪な物言いをする。紙の面があってよかった。つい、嫌な顔をしてしまったからだ。
 しかし、ここは、水茂に頼まれた場である。
 きっと、そう言われたのは理由がある。皓子の力を当てにされたのだ。相手の性根や本心、隠し事を暴くには最適である。

(水茂の将来に関わることだから、私も手伝えることはしなきゃ)

 息を整えてから穂灯に皓子は声をかけた。

「穂灯さまは、どうしてこの場に?」

 皓子にたずねられた穂灯は、又三郎をねめつけていた顔をまたにんまりとした笑みに戻した。

「無論、水茂様の婿に立候補するためですとも」
「それは、何故? その、穂灯様は立派な火の神様……なのですよね?」

 立派、の部分で穂灯が誇らしそうにする。もちろんです、とでも言いたげだ。

「水神でいらっしゃる水茂様と、火は相性がよくないことをご心配なのですな? 確かに、確かに。ですが、常とは異なる道を探るというのも今の時勢では必要なことかと思いまして」
「異なる道、ですか」

 皓子が相槌をうつように言葉を重ねていけば、穂灯は機嫌良くするすると話し出す。

「ええ、そうですとも。水源を水神が管理するのはふつうのこと。ですが、他の神が管理しても悪くはないはずです。力ある者が場を支配し、縛るというのは世の常ですからな。ああ、失敬。淡紅殿は聞き上手でいらっしゃる。つい、話しすぎてしまいますなあ」
「いえいえ。穂灯様がお話上手だからだと思います」
「ほっほっほ」

 高笑いをした穂灯が笑うと、ふすまの向こうから「次、穂灯」と泉源の声がした。

「おお、もう時間ですか。いやはや、淡紅殿との話も名残惜しいものですな。我らは相性がなかなかによろしいようで。わたくしと水茂様ともきっと良きご縁がありましょうなあ」

 もうすでに勝ったつもりでいるのか、すっくと立ち上がり暢気にお茶を飲んだままのイタチを見下ろしてから、するりと抜けるようにふすまから出て行った。
 また、しん、と部屋が静かになる。


「お嬢さん、あんたぁ中々に便利な力を持ってらっしゃる」

 べらんめえ口調がした。
 アリヤを見たが首を振られた。ついで、長い指先が又三郎を差した。

「わたしゃ、かれこれ四百年ほどあちらこちらで使いっぱしりの仕事をしてますから、間違いねぇ。そりゃ、異国由来の力だ。あんたの後ろにこわーい異国の大妖怪が見えらぁ」

 見た目にそぐわぬ慧眼だと皓子は感心した。
 正確には、異国というより別世界の元悪魔で、現役ではないのだが。吉祥を大妖怪と表すのは言い得て妙だと思えた。
 吉祥は今でこそ人間ではあるが、やろうと思えば前世の悪魔姿を呼び戻すことだってできるという。
 又三郎は湯飲みを置いて、次にアリヤを前足で指す。

「こちらの兄さんは、やたらキラキラしい残り香がするじゃないかい。こいつもアレだろい。異国のやつらじゃないのかい。まったく、あの地位にしか目がない若造にゃ分からなかったのかねぇ。ガマの旦那のほうがよほどマシってもんだ」

 穂灯もよく話すが、又三郎もまたよく話す。だが聞いていて楽しい語り口調で、するりと耳へと入ってくる。

「あの、又三郎様は」
「様なんていらねえよ。もっと気軽に呼んでくんな。あんたらは付き添い人でもあるが、泉源様に気に入られたなら客人も同然だ」
「じゃあ、その、又三郎さん」
「おう、なんだい」
「又三郎さんはどうして見合いをしようと思ったんですか」

 口ぶりや入ってきてからの様子から、水茂に興味津々であるようには見えない。
 穂灯のように、皓子へとおべっかを使ってくるわけでもない。
 又三郎は可愛らしいイタチの顔を皓子に向けて、ゆらりとふさふさの短い尻尾を揺らした。

「泉源様に「お前、ちょうどいいな」と引っ張られてきちまったってわけでい。風にまつわる化生が足りんかったらしい。そしたら、こーんな奇妙な見合いに巻き込まれたってワケよ」
「つまり、数合わせ?」

 アリヤが言えば、器用に人差し指を立てて「ちっちっ」と又三郎が返す。見た目はイタチなのに驚くほどに人臭い仕草をする。

「消去法で水茂様が決めるなら、わたしじゃないですかね。だってなあ」
「池ノ田衛門は、たくさんの子がいるとか?」
「お、坊ちゃんよく知ってるね。その通りだ」
「たまたま、木の櫛頭のお姉さんが教えてくれたよ」

 いったいいつの間に。
 驚いて見れば、「散歩に行ったとき、たまたま話し相手になっただけ」と言う。
 たまたまでもらえる情報なのかと思ったが、運が良いらしいアリヤならばあり得るかとも納得できた。それに、人間でなくともアリヤの女性人気は変わらないようだった。

「ああ、屋敷の女連中が言っていた高貴な若君が遊びに来てってえのは、あんたのことかい。なるほどねえ」

 又三郎の言葉も確信の後押しをしてくれた。紙の面の下にあるアリヤの表情はわからないが、あんまり嬉しそうではないなと感じてしまった。
 確かに、異形の頭だったり動物の頭だったりして素直に嬉しいと喜べるかと言われれば難しいだろう。好意はありがたくても、戸惑いが勝るに違いない。

「ええと、それで、お子さんがいるから田衛門様は駄目ってこと?」
「俺が聞いたのは、後妻を前から探していたって噂かな」
「おやあ、女たちの口の軽いこって。坊ちゃん気に入られちまったねえ……ま、水茂様のご友人を助けるためと思ってやってやらあな」

 言いながら、又三郎の右前足が研ぎ澄まされた鎌に変化した。アリヤの方に向けて軽く切るように動かすと、どこからともなく、ぷち、ぷち、と音がする。
 すると、溜息のような短い吐息がどこからともなく聞こえて霧散した。
 何かついていたのか、皓子には見えなかった。アリヤもだろう。不思議そうに首元や頭のあたりを触れている。

「さて、さて、お嬢ちゃんにはこれだ」

 又三郎が片手首を捻って回すと、どこからともなく細長い葉が一枚出てきた。笹か竹か、そんな形の緑のつやつやとした葉だ。
 それを皓子のほうへと投げると、あっという間に立派な横笛になった。

「お近づきの印ってな。なに、そう変なものは入っちゃいねえ。お守りがわりに持っとくといい」
「ありがとうございます」

 薄緑の竹の筒をそのまま笛にしたような。皓子が吉祥に教えられた篠笛とよく似ている。これなら吹けそうだ。
 両手で受け取って膝上に置いてから礼を言う。

「礼はいらねえと言ってやりたいが、ちっくとお嬢ちゃん、あんたのお姿を拝借しようかね」
「えっ」
「なぁに、そっくりそのままってわけじゃあない。水茂様の好みがあんたなんだなってのが、なんとなくわかっちまったもんだから、雰囲気を真似させてもらうだけのことよ」

 ぽん、と又三郎が両手を合わせる。
 途端、皓子たちよりも少し低いくらいの年に見える少年が現われた。
 アリヤの服装と似たものを着て、短く切りそろえた髪が跳ねている。毛皮の色と髪が同じだ。イタチの面影が残ったような愛らしい顔で、にこにことしている。

(雰囲気……似てるかな?)

 目の前の少年へと化けた又三郎は愛嬌たっぷりに笑う。世にも稀な美少年ではないが、親しみやすさを覚える。年回りも水茂と並べば、お似合いに見える。

「どうでい」

 口調はそのままだが、不思議と違和感はない。活発そうな様子がかえって似合っていると思わせた。

「ずばり、水茂様の好みってやつは、あんたのようにちょっと抜けてて可愛らしい感じだ。あと邪気がなさそうな暢気に見える姿かね」
「なるほど」

 アリヤがうなずいている。同意できる要素があると思えないのだが。
 どういうことだと聞くより先に、「次、又三郎」と泉源の声がした。
 又三郎は跳ねるように立つと、ひらりと服をひるがえして向かうところで一度立ち止まった。

「ああ、そうそう。一つだけ」
「なんでしょう」

 アリヤと見合わせてから、代表して皓子が聞いてみる。

「これからガマの旦那が戻ってくる。楽を奏でてもいいが、気をつけな。旦那は女好きだ。そんじゃあな!」

 来たときと同じように風を巻いて又三郎は出て行った。
 そして、入れ違いに田衛門が胸を張って戻ってきた。

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