残酷な描写あり
穢れの雨の町ナガル 3
ナガルの町にある武具店で、アリアは防具を購入した。
金属の甲冑から、外出用の外套まで。そこでは女性用の防具も揃っていて、どれにするか悩んだが、結局は最初に着ていたものによく似た、動きやすい革鎧に落ち着いた。
試着用のカーテンの中から出てきたアリアを見て、システィナは微笑みを浮かべる。
「どう、似合ってるかな?」
「はい。とても……素敵です」
「そう?」
「はい」
システィナが迷いなく答えるので、アリアはなんだか照れてしまった。
動きやすさも重量も問題なさそうだったため、試着した防具をそのまま購入して二人は店を出た。
「装備も揃ったし、今度こそ冒険者ギルドに行こっか。システィナ」
「ええ。行きましょう、アリア――」
冒険者ギルドの建物は想像していたよりも綺麗で、それでいて廃れていた。
剣と盾とドラゴンを模した看板がかかった、ちょっとした屋敷のような外観の建物。ロビーにあたる場所には赤い絨毯が敷かれていて、飾られた装飾品もどことなく小洒落ている。
しかし、人が少ない。
アリアはなんとなく人で賑わっている市場や酒場のような場所をイメージしていたのだが、実際はがらんとした静かな場所だった。
休憩スペースのような場所に、戦士らしき格好の人物が数人。おそらく彼らが冒険者という人たちなのだろう。建物の中に入ってきたアリアとシスティナのことを、物珍しそうにジロジロと眺めている。
その視線を無視して絨毯の道を進むと受付に当たる場所があって、きっちりとした身なりをした職員らしき人物がテーブル越しに控えていた。
ギルドの職員はアリアとシスティナを見て一瞬だけ訝しげな表情をしたが、すぐに姿勢を正して丁寧にお辞儀をした。
「おはようございます。本日はどのようなご用件でいらっしゃいますか?」
「お、おはようございます。えっと……」
職員は清潔感のある見た目をした男性だった。年齢は三十代前半くらいだろう。
こういう公的な場ではどのように話していいかわからず、アリアはちらりとシスティナのほうを見た。
おそらく人見知りなシスティナも緊張している様子だったが、彼女は一つ深呼吸をすると、意を決して用件を伝える。
「冒険者として依頼を受けたいのです」
「かしこまりました。冒険者証はお持ちですか?」
システィナは羽織っていたケープの内側から、翼のような意匠の施された金属製の板を取り出した。色合いから、素材はおそらく銅だろう。
「銅級の冒険者証ですね。お連れ様のほうは?」
「彼女は……今回が初めてです」
「そうでしたか。では、最初に冒険者登録をいたしましょう」
「はい。お願いします」
受付をシスティナに任せて、アリアはただ従うことにした。
ギルド職員の男性は「書類をお持ちします」と言って、いったん受付の奥へと引っ込む。
職員が見えなくなったところで、システィナが小声でアリアに語りかけた。
「ここの冒険者ギルドの仕組みは、他の町よりもしっかりとしているようです」
「そうなの?」
「はい、私が今まで旅してきた町では、こんなふうにギルドとしての形を成していませんでした」
もともと冒険者ギルドは世界的な組織であり、王都フォンデインにある本部を総本山として各地と連携し、秩序立てた運営をしていた。
しかし、王都フォンデインが穢れに飲まれたことによって、本部の運営が機能しなくなった現在、冒険者ギルドのシステムも崩壊。
冒険者という職業そのものが曖昧なものとなっているという。
「なので……今はもう、地域ごとに仕組みや解釈も異なってしまっているのです」
「そっか……それだけ、世界が廃退しちゃってるってことだね……」
冒険者ギルドという団体が維持できないほどに荒んでしまった世界。それはやはり穢れの影響のせいであって、その穢れを祓うという使命がいかに重要なことであるか思い知らされる。
「お待たせしました」
職員が書類を持って戻ってきたとき、アリアの様子を見て何かを感じ取ったシスティナが小さな声で言う。
「アリア……」
「なに?」
「……いつだって、わたしは、あなたの味方です。……たとえ、あなたが、どれだけ大きなものを背負っていたとしても」
もし、力になれることがあったら……なんでも言ってください。
ささやくようなその言葉に、アリアは驚いた。
使命のことは、システィナにはまだ話していない。
「……うん……ありがとう、システィナ」
ギルド職員が、机の上に書類を並べる。
見たこともない文字ばかりだった。思えば、国どころか世界すら違うのに、こうして日本語が通じていることのほうが不思議なのだ。
「あの……私、こちらの文字がわからないというか……」
そこで気がついたシスティナが、職員に説明する。
「あ、彼女は読み書きができないので、代わりにわたしが……」
「かしこまりました。では、私が読み上げて記入をするので、いくつかの質問に答えていただければ大丈夫ですよ」
どうやらこの世界には、文字の読み書きができない人も多いらしい。
訝しむこともなく、職員は書類に筆を走らせていく。
ギルド職員の男性は書類を読み上げながら、アリアが答えた内容を書類に記していった。
冒険者ギルドの仕組みの説明から、冒険者となる上で守ってもらうべき規約、また規約違反の罰則などが主な内容。
これから生きていく上で重要になる話ばかりだったので、アリアは真剣に職員の話を聞いた。
「冒険者には等級があり、それによって受けられる依頼が変わってきます」
冒険者の等級は、駆け出しの鉄級から始まり、銅級、銀級、金級と、実績によって上がっていく。
「最上位の金級になれる冒険者は少なく、とても大きな栄誉となります」
「そうなんですね。……システィナはどのランクなの?」
システィナが、先ほどの銅でできた冒険者証をアリアに見せる。
「わたしは銅級の冒険者です」
それを聞いて、ギルド職員が微笑む。
「なので、システィナさんはしっかりと実績を積んできた冒険者ということですね」
「えっと……わたしの場合は、登録した町のギルドの仕組みが少し大雑把だったもので……」
続いてギルド職員は、アリアに書類の一部と一緒に小さな金属製の板を手渡した。材質は鉄。翼のような意匠が施されている。
「こちらがオースアリアさんの冒険者証です。まずは鉄級からスタートしてもらいますが、システィナさんと一緒なら、一部の銅級向けの依頼も受けることができます」
「ありがとうございます……!」
アリアは冒険者証を受け取ると、なんだかほっとすると同時に、嬉しくなった。
ようやくこの異世界ファウンテールで、自分の立場を証明するものが得られた気がするからだ。
地に足がついたような気がする。
「手続きはこれで終了です。頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございました!」
アリアがふたたびお礼を言いながら頭を下げると、ギルド職員は微笑みを浮かべた。
もらった鉄のプレートをかざして眺めるアリアに、システィナが声をかける。
「では、さっそく掲示板を見て手頃な依頼がないか探してみましょう」
「うん!」
冒険者ギルドの掲示板には、依頼が書かれた紙がいくつか貼られていた。
内容は、植物の採取やボディガードなどから、近隣にいる魔物の討伐依頼、さらには魔物の体の一部を調達してくるものまであった。
魔物と戦う必要のある依頼に比べれば、植物の採取などは安全かとアリアは思ったが、システィナの話を聞くと、どうやらそうでもないらしい。
冒険者に採取依頼を出すということは、相応に危険な地域に生息する植物であることがほとんどだ。現地に行って帰ってくるだけで命懸けであることも多い。
魔物の討伐依頼は、腕に覚えがあれば手早く済ませることができて報酬も高いため、人気がある。
その反対に、意外ではあるが護衛の依頼は時間が掛かる代わりに安全で、初心者向けらしい。
「とは言っても……今のご時世では、冒険者に安全な仕事なんてないのですが」
とシスティナ。穢れの影響で世界中に魔物や魔族が増えていて、生態系も変化している現代では、たとえ街道を歩くだけでも危険なこともあるらしい。信用が何よりも大事な仕事である以上、依頼主を死なせて自分だけ生き延びることなど許されない。
そういった理由で、一時期は供給過多になり依頼の取り合いとなっていた冒険者という仕事は、今ではやろうとする人も少なくなったのだという。
もちろん供給が減って需要が増えているので、得られる報酬は大きくなっている。なので、たとえそれが命懸けであっても、冒険者になろうとする者もまたいる。
「それでも、他の仕事で生計を立てられるなら、そっちのほうがよさそうだね」
アリアが言うと、システィナが申し訳なさそうにうつむく。
「そうですね……。すみません。こんな仕事しか紹介できなくて……」
「き、気にしないで。仕事があるだけでありがたいから」
それに、この冒険者という仕事にはアリアにとってメリットもある。お金を稼ぎながら、魔物と戦う訓練もできるからだ。
フローリアから与えられた使命を果たす上で、強敵との戦いは避けられないだろう。これまでの道のりですら、すでに戦いの連続だった。さらに今後は、弟の晴人を守るために穢れの怪異と戦わなくてはならず、またアウラの花弁を探す過程でも、多くの障害があるだろう。
この世界にまずは慣れろ、とフローリアは言っていたが、その過程で戦いに備えておくに越したことはないだろう。
もっとも――死んでしまっては元も子もないのだが。
「システィナ、とりあえず……この植物を採取してくる依頼を受けてみたいな。護衛は時間がかかりそうだし、これなら鉄級の私でも受けられるよね」
「はい。いいと思います」
システィナが掲示板に張り出されていた依頼用紙を剥がして手に取り、二人でまた受付の職員のところへと向かう。
「システィナと二人で受ける、初めての仕事だね」
「そうですね。……もし、何か危険なことがあっても……アリアのことは必ず、わたしが守りますから……」
「ありがとう。頼もしいよ」
冒険者としてだけでなく、この世界で生きていく上で、先輩であるシスティナの言葉は素直に聞こうとアリアは思っている。
逆にアリアが教えてあげられることと言ったら、それこそ料理くらいだろう。
受付の職員が、システィナから受け取った依頼書に印をつける。
「コルナ草の採取の依頼を受けるのですね。そこは魔物の多く出現する地域であり、魔族の目撃情報もあるのでお気をつけください」
「はい」
答えるアリアの隣で、システィナも静かにうなずいた。
「それでは、ご武運を」
依頼を受注したアリアとシスティナは、さっそく冒険の準備に取り掛かる。
こうして二人の、ナガルの町の冒険者としての暮らしが始まった。
金属の甲冑から、外出用の外套まで。そこでは女性用の防具も揃っていて、どれにするか悩んだが、結局は最初に着ていたものによく似た、動きやすい革鎧に落ち着いた。
試着用のカーテンの中から出てきたアリアを見て、システィナは微笑みを浮かべる。
「どう、似合ってるかな?」
「はい。とても……素敵です」
「そう?」
「はい」
システィナが迷いなく答えるので、アリアはなんだか照れてしまった。
動きやすさも重量も問題なさそうだったため、試着した防具をそのまま購入して二人は店を出た。
「装備も揃ったし、今度こそ冒険者ギルドに行こっか。システィナ」
「ええ。行きましょう、アリア――」
冒険者ギルドの建物は想像していたよりも綺麗で、それでいて廃れていた。
剣と盾とドラゴンを模した看板がかかった、ちょっとした屋敷のような外観の建物。ロビーにあたる場所には赤い絨毯が敷かれていて、飾られた装飾品もどことなく小洒落ている。
しかし、人が少ない。
アリアはなんとなく人で賑わっている市場や酒場のような場所をイメージしていたのだが、実際はがらんとした静かな場所だった。
休憩スペースのような場所に、戦士らしき格好の人物が数人。おそらく彼らが冒険者という人たちなのだろう。建物の中に入ってきたアリアとシスティナのことを、物珍しそうにジロジロと眺めている。
その視線を無視して絨毯の道を進むと受付に当たる場所があって、きっちりとした身なりをした職員らしき人物がテーブル越しに控えていた。
ギルドの職員はアリアとシスティナを見て一瞬だけ訝しげな表情をしたが、すぐに姿勢を正して丁寧にお辞儀をした。
「おはようございます。本日はどのようなご用件でいらっしゃいますか?」
「お、おはようございます。えっと……」
職員は清潔感のある見た目をした男性だった。年齢は三十代前半くらいだろう。
こういう公的な場ではどのように話していいかわからず、アリアはちらりとシスティナのほうを見た。
おそらく人見知りなシスティナも緊張している様子だったが、彼女は一つ深呼吸をすると、意を決して用件を伝える。
「冒険者として依頼を受けたいのです」
「かしこまりました。冒険者証はお持ちですか?」
システィナは羽織っていたケープの内側から、翼のような意匠の施された金属製の板を取り出した。色合いから、素材はおそらく銅だろう。
「銅級の冒険者証ですね。お連れ様のほうは?」
「彼女は……今回が初めてです」
「そうでしたか。では、最初に冒険者登録をいたしましょう」
「はい。お願いします」
受付をシスティナに任せて、アリアはただ従うことにした。
ギルド職員の男性は「書類をお持ちします」と言って、いったん受付の奥へと引っ込む。
職員が見えなくなったところで、システィナが小声でアリアに語りかけた。
「ここの冒険者ギルドの仕組みは、他の町よりもしっかりとしているようです」
「そうなの?」
「はい、私が今まで旅してきた町では、こんなふうにギルドとしての形を成していませんでした」
もともと冒険者ギルドは世界的な組織であり、王都フォンデインにある本部を総本山として各地と連携し、秩序立てた運営をしていた。
しかし、王都フォンデインが穢れに飲まれたことによって、本部の運営が機能しなくなった現在、冒険者ギルドのシステムも崩壊。
冒険者という職業そのものが曖昧なものとなっているという。
「なので……今はもう、地域ごとに仕組みや解釈も異なってしまっているのです」
「そっか……それだけ、世界が廃退しちゃってるってことだね……」
冒険者ギルドという団体が維持できないほどに荒んでしまった世界。それはやはり穢れの影響のせいであって、その穢れを祓うという使命がいかに重要なことであるか思い知らされる。
「お待たせしました」
職員が書類を持って戻ってきたとき、アリアの様子を見て何かを感じ取ったシスティナが小さな声で言う。
「アリア……」
「なに?」
「……いつだって、わたしは、あなたの味方です。……たとえ、あなたが、どれだけ大きなものを背負っていたとしても」
もし、力になれることがあったら……なんでも言ってください。
ささやくようなその言葉に、アリアは驚いた。
使命のことは、システィナにはまだ話していない。
「……うん……ありがとう、システィナ」
ギルド職員が、机の上に書類を並べる。
見たこともない文字ばかりだった。思えば、国どころか世界すら違うのに、こうして日本語が通じていることのほうが不思議なのだ。
「あの……私、こちらの文字がわからないというか……」
そこで気がついたシスティナが、職員に説明する。
「あ、彼女は読み書きができないので、代わりにわたしが……」
「かしこまりました。では、私が読み上げて記入をするので、いくつかの質問に答えていただければ大丈夫ですよ」
どうやらこの世界には、文字の読み書きができない人も多いらしい。
訝しむこともなく、職員は書類に筆を走らせていく。
ギルド職員の男性は書類を読み上げながら、アリアが答えた内容を書類に記していった。
冒険者ギルドの仕組みの説明から、冒険者となる上で守ってもらうべき規約、また規約違反の罰則などが主な内容。
これから生きていく上で重要になる話ばかりだったので、アリアは真剣に職員の話を聞いた。
「冒険者には等級があり、それによって受けられる依頼が変わってきます」
冒険者の等級は、駆け出しの鉄級から始まり、銅級、銀級、金級と、実績によって上がっていく。
「最上位の金級になれる冒険者は少なく、とても大きな栄誉となります」
「そうなんですね。……システィナはどのランクなの?」
システィナが、先ほどの銅でできた冒険者証をアリアに見せる。
「わたしは銅級の冒険者です」
それを聞いて、ギルド職員が微笑む。
「なので、システィナさんはしっかりと実績を積んできた冒険者ということですね」
「えっと……わたしの場合は、登録した町のギルドの仕組みが少し大雑把だったもので……」
続いてギルド職員は、アリアに書類の一部と一緒に小さな金属製の板を手渡した。材質は鉄。翼のような意匠が施されている。
「こちらがオースアリアさんの冒険者証です。まずは鉄級からスタートしてもらいますが、システィナさんと一緒なら、一部の銅級向けの依頼も受けることができます」
「ありがとうございます……!」
アリアは冒険者証を受け取ると、なんだかほっとすると同時に、嬉しくなった。
ようやくこの異世界ファウンテールで、自分の立場を証明するものが得られた気がするからだ。
地に足がついたような気がする。
「手続きはこれで終了です。頑張ってくださいね」
「はい、ありがとうございました!」
アリアがふたたびお礼を言いながら頭を下げると、ギルド職員は微笑みを浮かべた。
もらった鉄のプレートをかざして眺めるアリアに、システィナが声をかける。
「では、さっそく掲示板を見て手頃な依頼がないか探してみましょう」
「うん!」
冒険者ギルドの掲示板には、依頼が書かれた紙がいくつか貼られていた。
内容は、植物の採取やボディガードなどから、近隣にいる魔物の討伐依頼、さらには魔物の体の一部を調達してくるものまであった。
魔物と戦う必要のある依頼に比べれば、植物の採取などは安全かとアリアは思ったが、システィナの話を聞くと、どうやらそうでもないらしい。
冒険者に採取依頼を出すということは、相応に危険な地域に生息する植物であることがほとんどだ。現地に行って帰ってくるだけで命懸けであることも多い。
魔物の討伐依頼は、腕に覚えがあれば手早く済ませることができて報酬も高いため、人気がある。
その反対に、意外ではあるが護衛の依頼は時間が掛かる代わりに安全で、初心者向けらしい。
「とは言っても……今のご時世では、冒険者に安全な仕事なんてないのですが」
とシスティナ。穢れの影響で世界中に魔物や魔族が増えていて、生態系も変化している現代では、たとえ街道を歩くだけでも危険なこともあるらしい。信用が何よりも大事な仕事である以上、依頼主を死なせて自分だけ生き延びることなど許されない。
そういった理由で、一時期は供給過多になり依頼の取り合いとなっていた冒険者という仕事は、今ではやろうとする人も少なくなったのだという。
もちろん供給が減って需要が増えているので、得られる報酬は大きくなっている。なので、たとえそれが命懸けであっても、冒険者になろうとする者もまたいる。
「それでも、他の仕事で生計を立てられるなら、そっちのほうがよさそうだね」
アリアが言うと、システィナが申し訳なさそうにうつむく。
「そうですね……。すみません。こんな仕事しか紹介できなくて……」
「き、気にしないで。仕事があるだけでありがたいから」
それに、この冒険者という仕事にはアリアにとってメリットもある。お金を稼ぎながら、魔物と戦う訓練もできるからだ。
フローリアから与えられた使命を果たす上で、強敵との戦いは避けられないだろう。これまでの道のりですら、すでに戦いの連続だった。さらに今後は、弟の晴人を守るために穢れの怪異と戦わなくてはならず、またアウラの花弁を探す過程でも、多くの障害があるだろう。
この世界にまずは慣れろ、とフローリアは言っていたが、その過程で戦いに備えておくに越したことはないだろう。
もっとも――死んでしまっては元も子もないのだが。
「システィナ、とりあえず……この植物を採取してくる依頼を受けてみたいな。護衛は時間がかかりそうだし、これなら鉄級の私でも受けられるよね」
「はい。いいと思います」
システィナが掲示板に張り出されていた依頼用紙を剥がして手に取り、二人でまた受付の職員のところへと向かう。
「システィナと二人で受ける、初めての仕事だね」
「そうですね。……もし、何か危険なことがあっても……アリアのことは必ず、わたしが守りますから……」
「ありがとう。頼もしいよ」
冒険者としてだけでなく、この世界で生きていく上で、先輩であるシスティナの言葉は素直に聞こうとアリアは思っている。
逆にアリアが教えてあげられることと言ったら、それこそ料理くらいだろう。
受付の職員が、システィナから受け取った依頼書に印をつける。
「コルナ草の採取の依頼を受けるのですね。そこは魔物の多く出現する地域であり、魔族の目撃情報もあるのでお気をつけください」
「はい」
答えるアリアの隣で、システィナも静かにうなずいた。
「それでは、ご武運を」
依頼を受注したアリアとシスティナは、さっそく冒険の準備に取り掛かる。
こうして二人の、ナガルの町の冒険者としての暮らしが始まった。