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作者: 青葉かなん
残酷な描写あり
第二十九話 運命の日
 再び巨人の目が赤く光り、各接続部から火花を散らして再び動き始めた。巨人の頭上に槍を構えて立っているミラは突如動き出した巨人にバランスを崩してしゃがみ込む。どこか掴むところが無いかと必死に探すが頭部はつなぎ目どころか凹凸すら見えない。次第に巨人の前の方へ滑り、そして落ちた。
 だがミラは慌てなかった、落ちると直ぐに右手に持っている槍を口にくわえると両手にそれぞれ風の法術を別々に練り上げた、胸部まで落下した時、巨人目掛けて左手に圧縮した風を思いっきりぶつける。まるで大砲が発射されたような轟音が街全体に鳴り響きミラの体はその反動でまっすぐ後ろへと吹き飛ばされてしまう。圧縮された風をぶつけられた巨人はビクともしない。
 そこまではミラの予想通りであった、苦笑いを一つして勢いよく吹き飛ばされていく。途中体を捻って地面に誰もいないことを確認すると右手に作り出した風を地面に叩きつける。また轟音が一つなった。叩きつけられた風は地面にぶつかると周囲に強風を巻き起こし、少し離れた所に居るレイ達に容赦なく襲い掛かる。
 一瞬だけ体の動きが止まり滞空する、もう一度体を捻って口に銜えた槍を空に向けて放すと片膝をついて着地する。そのすぐ横、右手をいっぱいに伸ばすと手の平に槍が帰ってきた。

「あんたの弟すげぇな」
「えぇ、自慢の弟よ」

 その一部始終をアデルが見て素直に褒めた、姉のミトも自慢げに語る。当の本人は褒められたことなど知らず巨人がこちらへと動き出す前にもう一つ攻撃をする準備に入った。
 腰を深く落とし前傾姿勢を取ると折り曲げた右足に力を込める、そのまま地面を思い切り蹴って前へと走り出した。その傍で二丁の拳銃を構えているファリックの隣を通り過ぎ言葉を交わす。

「ファリック、再装填リロードは?」
「終わってるよ!」

 すれ違いざまに二人は互いの目を見た、よほどの信頼関係なのだと推測が付く。止まることなく駆け抜けるミラの走る速度は徐々に上がり始める。走りながら風の法術を詠唱し周りの空気抵抗を極限にまで下げていた。同時に自分の背中に風が流れるよう調整も入れその効果はミラ自身の走る速度を加速させる。炎帝剣聖結界ヴォルカニック・インストール自のアデル程とは言わないがそれに近い速度を最終的には叩きだした。巨人の足元まで走ると再び地面を蹴って飛び上がる。体を垂直に走り一気に腰の位置までと駆け上がった。そこには下半身と上半身を接続する部位が火花を散らしていた。ミラはソレ目がけて右手の槍で突き刺す。霊剣ですら歯が立たない巨人の装甲を他の武器で傷つける事が叶わない今直接刃を入れるにはこれしかない。槍が突き刺さった場所は一度小さく電気が走って爆発を起こす。そこに渾身のエーテルを叩きこんだ。

雷帝攻弾槍ライトニング・アーツ

 ミラの握る槍に猛烈な電圧が一気に掛かると突き刺さっている接続機関にその電流が一斉に流れ始めた。再び膨大な電流が流された巨人の体は動きを止める、大きなその体は細かく振動しながら体の細部にまで一斉に電流が走る。数万ボルトにも達する巨大な電気をまともに流された巨人は甚大なダメージを負った。散らしていた火花は一層激しくなり各部位で爆発が起こり始めた。
 槍を引き抜き巨人の体を蹴ってその場を離脱するミラだが、巨人の目はその姿を捉えていた。全身がしびれて動き辛いのだろうその体、しかしそれはきっと巨人にとって最後の攻撃になるはずだった。巨人の目が一段と輝きを増すとミラに目がけて先ほどの光線を発射しようとしていた。そう、今まさに発射しようとしたその時だった。
 地上から銃声が聞こえる、そこにはファリックが両手に銃を構えて巨人の目を狙ってトリガーを引いていた。聞こえた銃声は一発、だが巨人の目に着弾した弾丸の数は全部で十二発だった。ミラはそれを確認すると口をいっぱいに広げて。

「ざまぁみろ!」

 笑顔で叫んだ。
 後方でそれらを見ていたレイ達には一瞬何が起きたのかが理解できなかった。彼等も聞いたその銃声、確かに一発だけのはずだった。しかし巨人の顔に残された弾痕は全てで十二発。それは間違いなかった。ギズーはその異常な光景を目にして咄嗟にファリックへと視線を落とす。
 ファリックの体は少しだけ後ろへと押され出したかのように下がっていた、それを見たギズーが今この少年が何をしたのかを咄嗟に悟った。

「まさか……今の一瞬でシリンダーの弾丸全部を打ち出したのか」

 驚異的、まさに驚異的な早打ちである。そう、答えは簡単だが決して真似をすることなどできないその技術。ファリックはあの一瞬で片方六発の弾丸を二丁全て打ち切っていたのだ。銃声が一発しか聞こえなかったのではない。全ての銃声が一発に聞こえてしまうほどの速度で早打ちを行っていたのだ。一発の弾丸の威力で足りなければそのすべてを一度にぶつけてしまえばいい。言うことは簡単だが、いざヤレと言われれば誰もが首を横に振るだろう。シフトパーソルの扱いに長けているギズーですらそんな芸当不可能なのだ。

 光線の発射部分を潰された巨人はついに抵抗することができなくなり、次第に痙攣をおこしていた巨大な体はその機能を停止し始める。ゆっくりと動かなくなった巨人をミラはその目で確かに確認した。巨人はゆっくりと後ろへと倒れ始め、木々を倒しながら森へと倒れた。
 決着がついた、突如として出現した謎の巨人は結果としてこれもまた突如現れた少年少女三人の手で終息を迎えた。レイ達の攻撃は一切通用しなかったあの巨人をたったの三人で止めてしまったのだ。それは同時に脅威でもあった。

「っ!」

 ギズーの後ろに居たミトに対してギズーは何の躊躇もなくシフトパーソルの銃口を向けた。

「てめぇら……一体何モンだぁ?」
「ギズー!?」

 二人の間に割って入るレイ、だがギズーはその銃口をレイの顔越しにミトを狙っていた。表情は険しく眉間にしわが寄っている。レイは同時に恐怖の感情も読み取っていた。

「俺達が四人がかりでも倒せなかったアレをたったの三人で倒したんだ、しかもあのミラって餓鬼――同時にいくつもの法術を使ったみてぇじゃねぇか? そんなことが可能なのは極稀なんだろレイ」
「確かに、多重属性使いは希少だ。だけど僕や先生だってそうだ、稀に生まれてくるしそれだけで危険だと決めつけるのは不十分だろう? アデルとガズルも見てないで止めてよ」

 殺意を剥き出しに喋るギズーに対してレイは横で見ている二人に助けを求める、しかし二人ともギズーの気迫に押されていて動くことを躊躇しているように思える。それはきっと今動けばギズーは引き金を引いてしまうかも知れないという恐怖でもある。元よりレイの言葉はギズーに届いていなかった。

「答えろ女!」

 今まで見た事の無いその気迫にレイも一歩後ろへと下がってしまった。付き合いがそれほど長い訳ではないがここまで感情を露にしている親友の姿を見るのは初めて、いや、一度だけ……たった一度だけ見た事のある表情だった。

「テメェらは一体何者で何が目的だ、あのデカブツは何だ? 何故あの餓鬼がいろんな法術を使える、ファリックとかって餓鬼もあの技術は一体何だ!」

 捲し立てる様にミトへと一歩迫る、間に割って入っているレイ越しに銃口を突き付けたまま決して目標を外すまいと狙いを定めている。ミトはその表情と浴びせられた幾つ物質問に対してため息をついた。それがギズーの逆鱗に触れる。

「このアマぁ!」

 左手でレイの上着を掴んで引き寄せる、レイがよろけると銃口の先に障害物が無くなり標準が完全に定まった。そして引き金を引いた。

「っ!?」

 完全に殺すつもりで居たのだろう、それだけに自分に起きた事が理解できなかった。確かに引き金は引いた。銃口から硝煙の匂いがする。弾丸が発射された反動も手に伝わっている。それだけに目の前でミトが無傷で立っていることが不思議でたまらない。だがそれは自分の腕の角度と残る痛みで理解した。
 引き金を引く直前、バランスを崩したレイによってギズーの腕を蹴り上げていたのだ。狙いを定めていた銃口はミトの遥か上空へと向けられて空に弾丸を射出していた。

「頭を冷やせギズー、まだ彼女たちの話を聞いてない」
「このお人よしが! こんな得体の知れない奴らを――」

 ギズーの言葉はそこで途切れた、正しくは悶絶して言葉にできなかったのだ。彼のみぞおちにはガズルの右手が突き刺さっている、一瞬だけ隙を見せたギズーに自身の動きを悟られないようにゆっくり、そして静かに動いていた。
 苦しさのあまり右手の力が抜けて地面にシフトパーソルを落とす、腹部を押さえて地面に倒れようとしたギズーをガズルが抱きかかえて押さえた。シフトーパーソルはアデルが拾い上げて腰のベルトに差し込んだ。

「有難うレイさん、助かりました」
「肝が据わってるねミトさん、ギズー相手にさっきの対応は流石に冷っとしたよ」
「あら? 確信はありましたよ。レイさんが多分何とかしてくれるって」

 悶絶しているギズーはゆっくりと呼吸を整えて今一度ミトを睨んだ、それでもミトはギズーから向けられる殺意と疑惑の視線から目を離さずじっと見つめたままでいた。その様子をアデルは交互に両者の顔を見て呆れる、そして彼らの後方で銃をこちらに構えているファリックに対して。

「もう大丈夫だ、すまねぇな」

 そう一言だけ詫びた。
 それを聞いたファリックは未だに拳銃を下さずギズーに狙いをつけたままでいた。そこにミラが歩み寄り方を叩いて拳銃を下すよう促す。

「前途多難だな全く」

 もう一度両者の顔を見てから機能を停止した巨人を見てアデルが呟いた。


 

 それからの事、レイは通信機を使って指令本部へと巨人は完全に沈黙した事を告げる。それを合図に傭兵部隊が一斉に瓦礫の影から出てきた。ここで彼等を攻めてはいけない。何故なら彼等は司令部の指示であえて動くなと指示されていたからだ。理由は単純明快、レイ達の足手まといになると判断されたからだ。
 数が物を言う対人戦争であれば彼等傭兵部隊も活躍の場はあるだろうが、司令部はアデル達の攻撃が一切通じない事を無線で聞き即座に判断したのだ。半分は住民の避難へと向かわせもう半分はいざという時の為に待機させていた。この判断は間違っていなかった。結果だけを見れば巨人を倒したのはミト達三人であるが。
 傭兵部隊は即座に行動を開始した、倒れた巨人の調査と街の復旧作業へと向かう。正直こればっかりはレイ達も感謝している。細かい雑務を全て押し付けているようで後ろめたい所は否めない。だがこれは彼等傭兵部隊からの申し出でもある。一度帝国兵が攻めてくれば彼等もまた前線へと出向く、それはこの街に駐在している民間兵や傭兵、またFOS軍も然りである。だがこの街最大の戦力であるFOS軍には普段大事を取って貰いたい。この戦いに勝つことが出来るのであれば彼等は喜んで雑務をこなすとレイ達に告げていた。

 彼等は自分達のアジトへ戻ると応接室に集まった、プリムラ達は怪我人の対応に追われているころだろう。しばらくは戻ってこないと思われる。ガズルの方に捕まりながらアジトに戻ってきたギズーは真っ先に椅子に座らせられた、ガズルは申し訳なさそうにギズーに治癒法術を唱えている。思いのほか良いのが入ってしまったようだ。
 他の面々もそれぞれ椅子に座って一息を付く。

「それで、あんたらは一体何者なんだ?」

 アデルが開口一番に質問する、先ほどミトの口からでた言葉を確認するかのように。
 ミト達三人は固まって座っている、その中央にミトが居て左右から挟むようにミラとファリックが座っている。三人は互いに顔を見合わせて少し困惑した表情をしていた。数秒沈黙が流れた後ミトが口を開く。

「分かりません、あの巨人を見た瞬間戦い方とアレの倒し方を思い出しただけ。私達がどこから来たのかはまだ分かりません」
「テメェ! そんな話誰が信じると思ってやがる!」
「そう言っても分からない物は分からないの!」

 真っ先に噛みついたのはギズーだった、ようやく呼吸が整い苦しさから解放されたギズーがテーブルを右手で叩きつけながら吠えた。

「落ち着けよギズー、手から血が出てるじゃねぇか。それはテメェで直せよ?」
「うっせぇな。そんな事分かってら!」

 回復法術でギズーを癒しているガズルが彼の手の傷について文句をつける、先のダメージは自分がやったことだからと治癒しているが自業自得で出来た傷までは面倒見切れないと苦情を入れる。ギズー本人もそれは分かっているだろう事で反を返した。

「でもレイさんとアデルさん。あなた方二人は見覚えがあるわ、どこかでお会いしてます?」
「少なくとも俺は覚えてない、レイお前はどうだ?」
「申し訳ないけど僕も知らないかな、どこかで見かけただけじゃないのかい?」

 突然問われた二人は即答した。記憶力は良いこの二人だが揃って答えは「覚えていない」だった、各地を旅してまわってたこの二人であればどこかで見かけた事がある可能性は否定できない、しかしミトは首を横に振って否定した。

「見かけたのではなく、多分一緒に行動していたが近いと思うのよ。その辺は曖昧だから断言できないけど……でもあなた達二人の顔はなぜかよく知ってる、そんな気がする」

 そう語るミトの目に嘘をついてる様子は感じ取れなかった、それでもレイとアデルは過去にミトとあったことも無ければ一緒に行動を共にした事も無い。それは断言できる内容だった。思い出してほしい、グリーンズグリーンから東大陸へと出航した時に出会ったメルの事を。レイはギズーを探す旅の最中に出会いそれ以降女性と行動を共にすることは無かった。またアデル達は義賊として活動しておりそこには男しかいなかった。つまり彼らがミトと接触をし行動を共にした事など無いのは明白なのである。
 だが先にも触れた通りミトの目に嘘を付いている様子は感じ取れない。それはギズーにもはっきりと分かるほど真っすぐに四人を見つめていたからだ。

「っち、嘘はついてねぇみたいだな。だがそれでもお前たちはどこの誰だって話に戻るわけだが――」
「一つ質問させてくれないか?」

 これまたギズーの会話を遮るようにガズルが割って入る、舌打ちをしてからギズーは会話を遮った張本人を睨みつけてから椅子に深く座って足をテーブルの上に乱暴に乗せた。気が立っている、誰でも一瞬でそれが分かる程に。

「こう見えても学者の端くれだ、謎解きじゃないんだろうが俺達四人の中じゃ一番物を知ってると思う。医療に関してはギズーに負けるけどな」

 不貞腐れているギズーを一度ヨイショしてフォローする、でもギズーの虫の居所は悪いままである。回復法術を使いながら一度深呼吸をしてミト達に語り掛ける。

「ずっと気になってたんだが、何だそれ」

 ミラの首にぶら下がっている金属に指を刺した。同じものがミトとファリックの首にもぶら下げられている。色は銀、鎖に繋がれていて先端にプレートの様なものがぶら下がっている。ミトは服の中に入っていたが首には銀色の細い鎖が光っていた。ぶら下がっているのが目に映ったのは最初ミラの物だった。それから三人をじっくりと観察すると他の二人にも同じ鎖が見えた。

「え、なにこれ」

 指摘されて初めてミトがそのアクセサリーに気が付く。ミラは何か邪魔なものが在る程度にしか認識していなかったようで特に慌てることは無かった。隣で大慌てして服の中からそのアクセサリーを出すファリックに思わずミラが笑う。

「三人とも同じ物なら、何かアンタ達の手がかりになるじゃないかと思ったんだ。よかったら見せてくれ」

 言われて首からアクセサリーを外して一度ミトがマジマジと見つめ、そしてガズルに手渡した。受け取ったガズルは眼鏡を掛けなおして目を細めてじっくりと観察する。プレートの表にはミトの名前が刻まれていてその横にも文字が羅列している。

「タグ……か?」

 どこかの軍隊の様な名称が掛かれているがその名前は聞いた事の無い部隊だった。ひっくり返して裏面を見てガズルは思わず声を荒げる。

「は!?」

 そこに刻まれているのは数字だった、その数字を見た瞬間ガズルが勢いよく立ち上がると右腕がギズーの頭を直撃した。反動でギズーの顔はテーブルに打つかって頭を震わせていた。右手で腰のホルスターからシフトパーソルを抜こうとした時アデルの左手がそれを阻止してゆっくりとホルスターへとシフトパーソルは戻っていく。

「どうしたよ、何が書いてあんだ?」

 声を荒げた張本人にアデルが尋ねる、目を見開いてそのプレートを見つめるガズルは残りの二人にもアクセサリーを渡す様に迫る、二人は首から外してガズルにそれぞれ渡した。同じように裏面を見て疑惑が確信へと変わる。

「アデル……今何年だ?」
「何年って、二七六五年だろ何言ってんだ」
「じゃぁ、これなんだ?」

 そう言ってアデルへ三人のアクセサリーをまとめて放り投げた、放物線を描いてアデルの頭上で右手を伸ばしてキャッチする、そして問題の裏面を見てアデルは首を傾げた。

「四七六五の四……これが何だ? ただの数字が並んでるだけだろ?」
「馬鹿言うな、それはタグだ! 軍隊とかで使われてるタグだよ、持ち主を識別する為のアレだ。裏の数字は入隊年と月だ」

 その場の六人にざわめきが走った、レイ達は目を見開いてミト達を。ミト達は互いに顔を見合わせて今の言葉を信じられない様子でいた。

「待ってくれガズル、その情報って確かなのか? どこの軍隊でも共通な話なのか?」
「こればっかりは共通事項のはずだ、帝国もケルヴィン軍も西のも全て統一されている企画な筈だ。身元を確認するためのタグを偽造しようなんて馬鹿はまず居ない、これが事実だというなれば――」

 咄嗟にレイが立ち上がってガズルに質問するがその答えは即答だった。続けてガズルが口を開く。

「でも確証はねぇ、仮に二千年も未来からやってきたと仮定しても『同じ規格』を使ってるかなんて保証はねぇんだ。だけど可能性は高い。俺は確信に近い物を感じてるが」

 そこでもう一度ガズルがミト達三人を見た、事の大事さに今一ピンと来ていない様子でレイ達四人を見ていた事に少しばかり拍子が抜ける。声を荒げた自分が少しだけ恥ずかしくなる。

「そもそも時空転移なんて聞いたことねぇ……古文書をいくら読んでもそんな事無理だって書かれてるのばっかりだったし……二千年でこの時代からどれだけ文明が進んでるかもわかんねぇ。あくまでも可能性だ、でもお前らの装備見ると正直今と大差ないんだよな」

 そう言うとミトの服装を下から上までじっくりと見る、視線を感じたミトは胸部を胸で隠して顔を赤く染めた。

「ジロジロ見ないで変態!」
「誰が変態だこの貧乳!」

 互いに罵倒し合った、今までの空気はどこへやらと珍しくアデルがため息をついた。体の事について批判されたミトはさらに顔を赤くし幻聖石をポケットから取り出すと鉄の杖に姿を変えた。そして思いっきり振りかぶりガズル目掛けて投げつけた。

「誰が貧乳よ!?」

 投げつけられた鉄の杖は回転しながらガズルの顔に直撃して、ガズルはそのまま後ろへと倒れた。

「ま……まぁとにかく一度先生の所に戻って相談してみようよ、今の僕達じゃミトさん達の手助けになりそうな情報は何も持ってないし。ね?」

 場を取り繕うとレイが提案した、アデルも「そうだな」と頷いて同意する。その隣でギズーもムスッとしながらもそれ以外に方法が見つからないようで渋々どういした。納得はしてないようだが。

「そもそも俺は全面的に賛成してる訳じゃねぇからな、変な挙動してみろ、その面撃ち抜いてやる」
「あら、その時はまたレイさんが助けてくれるから私は安心してるわよ」

 売り言葉に買い言葉、巻き込まれたレイも苦笑いしながら目を細めた。その隣でアデルは笑顔で椅子に座っている、この男は退屈していた日々に久しぶりに面白そうなことが起きていると内心楽しんでいるようだった。

 その日の夜、ある程度の回収作業を終えた傭兵部隊は残りを翌日に回すことにした。撤去できた外装をあらかた回収しそれを郊外の小さな工場へと運び保管する。一仕事を終えた彼等は修復作業もそこそこの街へと戻り司令部に状況を説明して仕事を終えた。雨は完全に上がり街の明かりに火が灯る。酒場ではその日の出来事を話し合う傭兵や兵士達の声で賑わっている。中には商人の姿も所々混じっていた。
 そんな騒ぎの中郊外では黒ずくめの何者かが数をなして集まり始めていた。



 その日、要塞都市メリアタウンは怒涛の一日を送ることになった。始まりはミト達が突如としてレイ達の元に現れた事、そして謎の巨人の出現。これが一体何を意味するのか、はたまた何者かによる仕掛けられた罠なのか? それはこの時点では彼等の知るところではなかった。そしてこの日を境に世界情勢は一気に加速を始めることとなる。
 帝国側にも動きが有ったことを知るのは翌日、彼らがメリアタウンを旅立つ日となる。睨み合っている南部支部にもあの巨人の姿ははっきりと捉えられていた。それが何なのか、それは帝国もまた知るところではなかった。
 だが、歴史を振り返ると世界に異変が起きたのはこの日を境だったことは間違いない。レイ達率いるFOS軍、武力国家スティンツァ帝国、そしてケルヴィン領主軍に西の大軍。それぞれの勢力が次第に動き初め歴史は加速を始める。

 空から現れた三人の少年少女、ミト達は一体何者なのだろうか? ガズルの仮説通り未来から来たタイムトラベラーなのだろうか? 技術的にも難しいと言われているタイムトラベル、二千年と言う未来で一体何があったのか? もしくはタグが偽造された何処かの刺客なのか?
 それは今はまだ分からない、しかし彼女たちが今後のFOS軍、あるいは世界に与える状況は紛れもなく多大であり歴史を変える起点であることは確かだった。だがそれを彼らが知るにはまだ先の話であり、現時点ではまだ誰も世界に異変が起こるなんて事は誰もが想像しえない事だろう。だがこれだけは明確にしておく、この日の出来事がレイ達FOS軍の運命を大きく分ける出来事なる。それはまた先の話。


 翌日、朝日が東の空から登りメリアタウンをゆっくりと照らし始めると街もゆっくりと動き始めた。煙突からは煙が出て家からは人々が伸びをしながら出てくる。司令部に常駐している人間も交代で緊急事態に備えているが一人を残して今は全員寝ている、主に商店街や商人達やギルドが今日の商売の為に準備を始める時間である。
 FOS軍の彼等もまだ眠っている時間だ、そんな中彼等のアジトの屋上に一人の少女が立っていた。

「……」

 東の空から登る太陽を見て物思いに更けている、遠くを見つめてジッと一点だけを見つめているようだった。そんな彼女の後ろからレイがあくびをしながら登ってきた。

「あれ、ミトさん早いんですね」
「……おはようレイさん」
「おはよう、レイで良いって」
「分かった、おはようレイ……。それなら私の事もミトでいいわよ」

 少し強めの風が吹いている、腰まで長いミトの髪の毛がその風に遊ばれている。ふわふわと靡く髪の毛を右手で押さえて振り向きレイを見た。二人は簡単な会話をして互いに微笑む。

「昨日あんなことがあったのに街はそれまで通りに動くんだ、凄いよね」
「そうね、私はこの街二日目だから普段がどうなのか分からないけど」
「朝はいつもこんな感じだよ、ゆっくりと歯車が動いて全体にその動きが伝わる様な。そんな感じ」

 レイもミトの傍へやってくるとフェンスに両手を掛けて寄りかかる。彼は眼下に広がる巨大な街を見下ろして人々が動き始めるのを見てもう一度微笑む。

「ごめんなさい、私達の所為で滅茶苦茶になっちゃって」
「うん?」

 ミトもまたそのフェンスに寄りかかって街の西側を見た、レイが振り返り同じ方向を見るとそこには巨人によって壊された城壁の一部が見えた。

「大丈夫、城壁が壊れるなんてこれが初めてじゃないんだ。この街の職人の力とスピードを侮っちゃいけないよ。だから気にしないで。むしろギルドは大喜びじゃないかな?」
「何で?」
「石材とかが売れるから」

 その後二人の間に少しだけの沈黙が出来たが、それは直ぐに笑い声に変わった。最初にミトが小声で笑った後つられてレイも同じように笑う。

「何よそれ、おっかしいの」
「真実だもん仕方ないよ、事実この戦争で一番潤ってるのは間違いなくギルドなんだから。この間新しい帆船を購入したなんて噂も聞いた位だしね」

 二人は静かに動き出した街の中で楽しく笑っていた、まるで昨日の事が嘘だったかのように楽しい会話が続いている。レイなりの配慮なのだろう。それに気づいているミトは笑い終えた後呼吸を整えてからお礼を言う。

「有難うレイ、少しだけ元気になった」

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「……うん、それならよかった」

 アジトの屋上で二人がそんな会話をしている中、司令本部の通信装置へと引切り無しに伝達が入っていた。ほんの少しだけ席を外していた空の本部の中で通信装置は大きな独り言のように指令室に声がこだましていた。

「”……誰もいないのか! こんな一大事に何で誰も応答しないんだ!”」

 男の声だ、外を巡回している兵隊の声だった。焦っているようにも聞こえるその声から緊急事態が伝えられる。

「”大変なんだ、巨人の姿がどこにもない!”」

 事態が動くにはあまりのも早く、そして歴史は加速を始めていた。
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